6: どうにも止まらない。  目川は文字通り「早鐘のような鼓動」を味わっていた。もしかしたら窃盗犯 の何割かは、金品目当てではなく、この興奮を味わいたくて、盗みを働いてい るのではないかと目川は思った。  部屋から遠ざかって行くガンジャの後ろ姿を見届け、緊急避難通路にある緊 急電話からパスワードを打ち込み、ドアノブに手をかけた。  ドアが空いた瞬間の喜びから、いつガンジャが帰ってくるのかという不安な 感情への急降下が引き起こした心の波は、目川を激しく飲み込んでいた。  ドアを背に、恐ろしく整理されたガンジャの部屋を見渡しながら目川は深呼 吸をする。 『落ち着け、俺。ここまで来たらやるしかないんだ。』  例のジョン・レグイザモが、手慣れた様子で鷹匠クンを手枷足枷を使ってX 字型にコンテナの壁へ張り付けていく。紫ガスマスク女装男はその様子を椅子 に座ってじっと眺めている。  レグイザモの手荒い攻撃を受け半分意識を失っているとは言え、男の子なら こんな時、もうちょっと抵抗して欲しいものだ。  もっとも僕も男の子だけど、見かけは娼婦ファッションに身を包んだパンク 少女なので、ぎゃーすか喚きながら唯々諾々と紫ガスマスク女装男の目の前で、 張り付けの刑に処せられているから大きな口は叩けないのだけれど。  いずれにしても僕たちはスーパーヒーローじゃない、敵地のど真ん中で捕ま えられたら、生半可な体術でいくら抵抗しても無駄なこと。この窮地を脱する にはチャンスを伺うしかない。 「あんただろう。猪豚を誘惑して色々と俺達のビジネスを嗅ぎ回っているのは。 」  自分の正体を晒す気になったのか紫ガスマスク女装男の口調が男言葉になっ ている。それどころか、今まさに、自分のガスマスクを脱ごうとさえしている のだ。  やばい、これは本当にやばい。自分の正体を晒すと言うことは、僕たちに対 して徹底的な束縛を考えているということに他ならない。  ガスマスクを脱いだ後、セミロングの栗色の髪を纏めながら、女装男はふぅ と短いため息を付いた。  細面の顔で目鼻立ちがはっきりしているのできついメイクが映える。すらり とした脚を組んでこちらを見上げているその姿を見て、まるで外国の映画女優 みたいだ、、と僕は少し場違いな感心をしていた。 「外には鷹匠クンのお抱え運転手さんが待ってる。アタシ達が帰らなければそ れなりの手は打ってくれる、、、だから、」 「だからなんだ?」  女装男は椅子から立ち上がると鷹匠君の側に行きその頬を人差し指でつーっ と撫でた。 「第一、こいつとお前の関係はそんなに深いものなのか?」  今度は女装男の手が鷹匠君の股間に伸びる。 「用があるのはお前だけだ。この坊やはすぐに解放してやるさ。身元は分かっ ている。スキャンダルで雁字搦めにしてやれば、ここでの体験は誰にも漏れな い、、お嬢ちゃん、あんたの蒸発も含めてね。」  名残惜しげに女装男は鷹匠君の側から離れると、今度は僕の方に近寄ってき た。 「何故、猪豚を嗅ぎ回った?正直に言ってみろ。人一人を始末するのは結構手 間暇がかかるんだ。無駄なことはしない主義だ。話によっちゃ無罪放免ってこ ともありうるんだぜ。」  僕は頭の中で計算する。知らぬ存ぜぬを通したら、、いややっぱり拷問は避 けられないだろう。  逆に総てを話したら、、結果はどうでる?この男が猪豚や煙猿と平成九龍城 にどう関わっているかによって僕に対する処遇も変わってくる筈だ。 「あたしの友達の女の子が行方不明なの、、とても心配で今、探してる。いな くなる前に彼女が関わっていた人間を調べればなんとかなるんじゃないかって、 、。」  僕は、世の中のことは何も知らない、無鉄砲な友達思いの可愛い子猫ちゃん 路線でいくことにした。 「で、探偵ごっこの真似事か、、。」 「あんた猪豚を旨くあしらったらしいな。」  女装男の瞳が真っ直ぐ僕の目を覗き込んでくる。目尻の皺をファンデーショ ンが隠し切れていない。  マスカラの塗り方もちょっと甘い、、でも沙悟浄ってネーミングは撤回、、 かなり綺麗な叔父さんだし、、とか今の状況からはかけ離れた感想が頭をよぎ る。 「最近の高校生は大人なのよ。エロな親父は一番扱いやすい。」 「確かに、、、やりかねんな。判るよ、俺にもアンタぐらいの娘がいる。まあ 訳あって一緒には暮らせない身の上だがね。」  女装男は品定めでもするつもりなのか、僕の顎を指で支えるとぐいと僕の顔 を仰け反らせた。  娘?妙に僕に対してフェミニストなのはそのせいか? 「名は、、本当の名前だ。」 「リョウ、、、梶本リョウ」  梶本は二ヶ月程前に僕に交際を求めてきた金工科の先輩の姓だ。しつこかっ たからよく覚えている。全部本当のことを喋る積もりはない。それはこの女装 男だってそうだろう。娘がいるかどうかも怪しい所だ。 「俺の名前は蘭府。花の蘭に都道府県の府だ。ただし、らんふとは発音がしに くいらしいな、昔は時々ランプとよばれていた。」 「叔父さん、おとこの人?、、だよね。」  初めて女装男の顔に苦笑じみた笑いが浮かぶ。 「初めは暴力団から逃れる為に女に化けたんだが、これが結構、壷でね。もっ と早い内からこの趣味に目覚めていれば俺の人生も変わっていたかも知れない。 」  「さっき口封じみたいなこと言ってたけど、アタシここのこと誰にも喋るつも りない。だって興味ないし。アタシが知りたいのは沢父谷姫子って女の子が何 処にいるかってことだけなの」 「もしこの倉庫にいたらどうする?」  人体模型となった沢父谷姫子。それは僕にとっても沢父谷姫子にとっても最 悪の結果だった。  蘭府は僕からするりと離れて、後ろで控えていたレグイザモに何かの合図を 送った。  レグイザモはどういう訳か嬉しそうな表情を浮かべて壁際にあるロッカーを 開け、真ん中にボールの付いたベルトを取りだし始める。 「法律も正義も完全なものじゃない。よく法律は権力者の為のもので弱い立場 の人間にはなんの意味もないとか、知った風な口を叩く奴がいるが、そんなこ とは自明の理だ。 元来、人間は人間が作り出す枠組みやルール以外のものも 必要としている。そこに登場したのが九龍城だ。九龍城は外界からの不可侵の 壁を持っていると言われるが、それは違う。大きな目で見ると、九龍城を守っ ているのは外界の我々の方だ。あれがあるから我々のルール以外の部分で発生 する色々な問題を解決することが出来る。そういった闇の請負業的な事を九龍 城に一気に集約した頭のいい奴がいたんだよ。」 「何、言ってるの。意味がわかんない、」  レグイザモはボールギャグを鷹匠君の口に取り付け始めている。鷹匠君が意 識を取り戻しつつあるのが、ボールギャグの取り付けに抵抗する彼の動きで判 った。  次にレグイザモは屈み込んで鷹匠君のズボンのジッパーを下ろしにかかる。 「何、やってるよの、、鷹匠クンかわいそうじゃん!!」 「可哀想、、、懐かしい言葉だな。だがお嬢ちゃん、彼がこれから起こること を素直に受け入れることが出来たら彼にとって世界は急変することになる、、、 人間とはそういうものなんだよ。」   ウガァギャメロ、、言葉にならないうめき声が鷹匠君の口から発せられる。 レグイザモが鷹匠クンのペニスを引っぱり出して口に含む。  鷹匠君は身体をよじってレグイザモから逃れようとするがX字型の張り付け は予想以上に固定がきつく、彼の身体は殆ど動かない。 「あのギャグボールには仕掛けがあるんだ。圧力を加えると催淫剤が染み出し てくる。とても強力な奴だ。あれも九龍城で手に入れた。」  台所から拝借してきたアイスピックを臓器保管容器に振りかざすその一瞬、 目川に躊躇が産まれた。  この臓器で誰かの命が助かるのかも知れない。それを今お前は断とうとして いる。  いや闇のルートで臓器を手に入れようとする人間に同情しなければならない 理由が何処にある。その反問は暫く繰り返されたが、結局、目川の身体の方が、 彼が下すべき決断を知っていた。  アイスピックの先端はその機械の心臓部へ突き刺さって行く、何度も。  透明カバーから見える臓器そのものへの貫通を避けたのは、少しでも己に残 った偽善を慰める為だ。  適正な冷蔵が損なわれればやがて臓器は腐ってしまう、、結果は同じ事だ。  目川はアイスピックを胸ポケットにしまうと走った。ビッグガンジャは、間 違いなく自分にとっての最大の資本を粉々にした犯人を捜し出し報復しようと するだろう。  その犯人である目川に辿り着くのは時間の問題だ。こうなればマリーの元へ は帰れない。   九龍城から脱出する時だ。あわよくば田崎修の情報を得ること、当初はそん な目的もあった。だが事ここに至っては為すすべもない。  2週間で九龍城の秩序は崩壊すると蛇喰は言った。外界に出てからはその2 週間、何処かで身を潜めていよう。  九龍城の力という背景を持たぬビッグガンジャなら対峙する事が出来る。  相手は臓器密売人、、、そう只の犯罪者にしか過ぎない。いざとなれば警察 でも、あるいは蛇喰にでも頼ることが出来る。  そうさ、もしかしたら田崎のことだってガンジャから聞き出せるかも知れな い。 「鷹匠クンなにしてるの、目を覚まして!!」  鷹匠君は、既に張り付けの戒めから解かれているのに、レグイザモの言いな りになって服を脱ぎ、四つん這いの格好でレグイザモの革靴を舐めている。 「説明不足だったな。あの薬は人間の意思をもへし曲げて、自由に相手をコン トロール出来る。・・煙猿がよく使っていた、、。」  煙猿の名前を聞いて僕の心臓が跳ね上がる。蘭府が態と僕に煙猿の名前を言 って聞かせたのか、それとも自然に出た言葉なのか。  とにかく蘭府は煙猿の名を聞いた時の僕の反応を見逃さなかった。 「・・そうだった、猪豚と接触したんなら煙猿のこともアンタは知ってるんだ ろうな。アンタの友達は煙猿に浚われた可能性が高い、、煙猿達は死体で商売 をしてる、そのマーケットの末端がここだ。そうアンタの読みはそれほど間違 っちゃいない。」  かちゃかちゃとレグイザモが自分のズボンのベルトを外す音だけがコンテナ の中に響く。  レグイザモは唾を鷹匠君の臀部の中心に吐きかけている。それを受けながら 鷹匠君の唇の両端が快楽への期待に吊り上がる。吐き気がこみ上げてくる。 「これって一体なんなの、、」 「大した薬だろう、、誘導次第では、四肢を切断されてもその痛みが快感にす り替わるらしい、、煙猿の奴らこんなものを何処で手に入れたと思う。軍の研 究チームからだよ。」  レグイザモが鷹匠君に覆い被さってペニスを彼の中心にねじ込んでいく。 「さあアップといくか、、」  蘭府がそう呟くと、さっきレグイザモが開けたロッカーの中からビデオカメ ラを取り出してくる。 「何、さっきから一部始終は自動的にあのカメラで撮影してるんだがね、イン パクトにかけるだろう。それに時々こんなものでも買い取りたいという物好き もいるんだ」  蘭府は、レグイザモ達の前に陣取りながら、親指を立てて彼の背後にある天 井の一角をさした。  そこには確かに目立たないが小型のカメラが設置されていた。  レイプフィルム・・鷹匠君が受けている受難はやがて僕を襲うだろう。 「止めて!!叔父さんって元、刑事なんでしょ。なんでそこまでやる必要があ るの。」  カメラを構えていた蘭府の顔が僕の方を向き凝視しする。だが撮影ボタンは 押されたままだ。  鷹匠君はお尻を高々と突き上げ、自分の頬を床に擦り付けている。 「ほう、色々知っているんだな。ご褒美になんで俺がここまでやるのかを教え てやろう。それは俺が元刑事だからだよ。」  下りのエレベータに駆け込んだ目川は、このエレベーターは降りるのにいつ もより倍以上時間をかけているのではないかと思い、睨めば降下スピードが上 がるのではないかという程、階移動のディスプレイを擬視していた。  そのディプレイが突然止まった。ショッピングゾーン階との共通フロアまで 後3つの階だった。  そしてエレベーターに乗り込んで来たのは当のビッグガンジャだった。ガン ジャも目川と鉢合わせしたことにすくなからず驚いたようだった。 「なんだ、まだいたのか目川さんよ、、俺の話を判ってくれてないのかな、。 」  二人は出口を見たまま並んで突っ立っている。まるで小便でたまたま隣合っ た二人のように。 「・・今からここを出るつもりだ。」  目川は心の動揺を隠すために努めて平坦に答えた。それにこれから九龍城を 出るのは本当のことだった。 「ああそうか、それならいい」  エレベーターが2階分下ったところで再び止まった。今度は人を乗せるため ではない。緊急停止か、さもなくば故障だ。  沈黙の内に数分が経過し、ついにガンジャがしびれを切らせてエレベーター 内の緊急通話ボタンを押した。 「俺だ。抱月だ。一体何が起こった?」 「あっ抱月さんでしたか、さっきこのビル内で異常事態が発生したようで管理 室からビルを封鎖しろと命令がでました。」 「・・・ミッキーがそう言ったのか」 「そうです。」 「何があったんだ。」 「少し前に一瞬ですがこのビル全体が非常災害時モードに入ったとのことです。 」 「地震も何も起きていないぞ、、」 「だからです。どうやら人為的にその状態が引き起こされたようです。」  ガンジャは苛立ったように腕時計を見た。 「このエレベーターだけ動かしてくれ、時間がないんだ。」 「でもそれは」 「俺は抱月だぞ。この九龍城の為にいくら金を貢いでいると思っているんだ。 それとも何かこの俺がその非常事態とやらを引き起こした犯人だと思っている のか」  ガンジャはエレベーター内の監視カメラに自分の首を突き出すようにがなっ た。   「そ、それは、で、でもお隣の方は大丈夫なんでしょうか・」 「あぁっ、こいつか、こいつは俺の昔の知り合いだよ。人物の保証はしかねる が、残念ながらこいつを足止めするってことは俺をここに釘付けにするってこ とだろうがよ。早く動かせよ。ミッキーには俺が後で説明しといてやるからさ。 」  最後の言葉が聞いたのだろう。エレベーターは再び動き始めた。  エレベーターが共通フロアーに着いた途端、目川は走り出したい欲求に襲わ れたがガンジャの手前それは我慢せざるを得なかった。 「あんたも、これから外に出るのか。」 「ああ、でかい取引の下打ち合わせだ。外の世界はあんたの方が詳しいだろ、 いつか旨い飯でも奢ってくれると有り難いな。」  ガンジャがエレベーターを下りながら鷹揚な心根を披露し始めた頃、今度は、 彼らの行き先であるショッピングフロアーブロックに通じる通路にシャッター が下り始めた。  それを不審気にガンジャが眺めている。 『封鎖が始まってる。ミッキーの野郎にばれてるんだ。どこかの監視カメラに 俺の姿が捕まったんだ。』  目川は意を決して走り始めた。その時、フロアー全体に管理人・ミッキーの 声が鳴り響いた。 「抱月、そいつを押さえろ。九龍城を半身不随にしてあんたの部屋に押し入っ たのは、そいつだぞ!!」  ガンジャの判断も速かった。走り出した目川の襟首を掴む勢いで追走を始め る。  二人の距離は3メートルも離れていない。それにシャッターが完全に下りき るまでの時間の余裕は、目川にとってぎりぎりの所だった。  目川はフロアー面との隙間を50センチ程までに縮めたシャッターに向かっ て、ヘッドスライディングで突入した。  その最後の瞬間にガンジャの手が目川のズボンの裾を掴む。  目川は目を瞑って靴底の裏をガンジャの顔面にたたき込んだ。足の裏から嫌 な感触が伝わってくる。だが運命は辛うじて目川に味方したようだ。  目川はシャッターの向こうで血だらけの顔のこっちを睨んでいるガンジャを 一瞬振り返ったあと、外の世界に向かって再び全力で駆け出し始めた。  レグイザモの小便を浴びながら鷹匠君が泣いていた。気持ちが良すぎたのだ。 ペニスが又勃起している。 「今度は俺とお嬢ちゃんの番だな。カメラを頼む。主役が可愛いから高く売れ る、、。」  蘭府は手に持ったカメラをレグイザモに手渡すと、ロッカーからシリコンデ ィルドーとOリングが真ん中に着いたレザーベルトを持ち出して来た。  「こっちの顔面拘束具は可愛いお嬢ちゃんには使いたくはないが、素直に張 り型をしゃぶってくれるとも思えんしな。」 「鷹匠君助けてよ!」無駄とは知りつつ僕は声をかけてみた。今、鷹匠君は完 全にノーマークだ、もし正気を取り戻してくれたら、、。  蘭府の指が、僕の頬に食い込んでくる。もの凄い力だった。たまらず僕は口 を開けてしまう。  その瞬間に僕の口のなかに金属シリンダーが押し込まれてしまった。そのシ リンダーが革ベルトで僕の顔に固定される前に、僕は首を激しく振ろうとした が、今度は髪の毛をがっしりと掴まれて、その動きを封じられてしまった。 「ほう、意外と似合うな。さあこれからこのぶっといのを舐めてもらおうか。 いい汁が吸えるぜ。」  蘭府がディルドーをペタペタと僕の頬にたたき付けてくる。恐らく鷹匠君が 口にくわえさせられたボールギャグにあの薬が仕込んであったように、このデ ィルドーに同じものがしこんであるのだろう。  いよいよデッドエンドだ。  その時、コンテナのドアが乱暴に開かれた。ここに潜り込んだ時に最初に見 た守衛の男が顔を覗かせ「蘭府さん、警察の手入れだ!!」と叫んだ。 「馬鹿な、、奴ら鼻薬が効かなくなったのか!?引き上げるぞ。撤収だ。」  蘭府は手に持ったディルドーに一瞬だけ視線を向けたが、そぐにそれを投げ 捨て身繕いが終わったばかりのレグイザモに顎をしゃくる。 「お嬢ちゃん、命拾いしたな。坊ちゃんが目を覚ましたらテープは俺が持って ると言っておいてくれ。」  そして蘭府はコンテナのドアから出て行こうとする寸前、僕を振り返ってこ う言った。 「信じようが信じまいが自由だがな。俺はお嬢ちゃんの探してる同級生とやら には会ったことはない。だからもう猪豚や俺を嗅ぎ回るな。煙猿をあたれ。」  倉庫内の何処かで、肝を冷やすような拳銃の発砲音が響いた。  僕が一瞬目を閉じて次に目を開いた頃には、僕たち二人は完全にコンテナの 中に取り残されていた。  鷹匠君が僕の膝の上ですすり泣いている。バックミラーにそんな鷹匠君の様 子を気遣ってこちらを見ている剛人さんの目が映る。  僕は鷹匠君の上半身を覆うように被せてある剛人さんのコートの上から彼の 背中を撫で続けるしかなかった。 「ありがとう御座いました。剛人さんが助けに来てくれなかったら二人とも今 頃どうなっていたか、、。」  実際には、鷹匠君は一生残る心の傷を既に負ってしまっていたが、僕はそれ を誰にも話す気にならなかった。 「・・・いや私の判断は遅かったのかも知れない。それに人手を揃えるのに時 間がかかった。」  やっぱりいい人だと思った。普通、ただの運転手なら、自分の危険を省みず あんな「悪の巣窟」に乗り込んでくれる筈がない。 「そんなことない。凄いですよぅ。映画みたいだった。」  剛人さんが微かに首を振ったのが判った。 「昔の私なら、あと一人ぐらい加勢を頼めばなんとか出来た筈なんだが、もう 歳だ。それに声をかけて集められたのがたったの四人、、情けない話ですよ。 」  あの時、倉庫内では拳銃の応戦音が時たま響いていた。 剛人さんが警察の手入れに見せかける為に呼んだ助っ人が拳銃を持っていたと いうことになる。一体、剛人さんてどういう人なんだろう。  僕は俄然興味が湧いてきた。  というか、少しだけ剛人さんが好きになって来たのかも知れない。  でもそんな気持ちの反対側で、九龍城に入り込んだまま消息をたった所長の 顔が思い出されて胸が痛んだ。