|
「ねえ伯父さん。このトラックのペィンティングの名前なんて言うの。」「まぼろし探偵。いいだろ。」
皮ジャンを羽織った骨張った肩の上にある角刈りの頭は小さく厳つい顔に不釣り合いな優しい目を細めている。今は皺が深いので判らないのだが若い頃はいわゆる美男子だったのかも知れない。
「どうしてのっけてくれたの、、方向が逆みたいだし。」
男に下心があるなら、どの程度のものか掴んでおきたかった。それは職業柄の習性とも言えたし、いざという時、相手に逆上されない為の必要な予防措置とも言えた。旅先だとか、ふとした弾みで始まる「男女」の出会いには充分注意をする必要がある。本物の女の子であればレイプという可能性があるし、、あたしらのようなタイプは正体を知って切れた男に手ひどい暴力を受ける場合だってあるのだ。
「暇だからな、今の所、次の仕事は入っていない。」
「ふーん、今は不景気なのに随分実入りのイイ仕事なんだね。」
時々あたしが「出張」に出かけさせて貰っている運送会社の社長さんのリクエストは面白い。最初はその会社の女子事務員の格好をさせられるのだ。その時の台詞がリアルというかなんというか、、とにかく世の中不景気で、無理矢理仕事をとってきて馬車馬のように働けるウチがまだ「花」、従業員の労務規則を守りだしらもうお終いなのだというお家事情がよく判るのだ。
「個人で運送してたらトラックの維持費だけでも大変でしょう。」
「おいおい。これは随分と苦労人のお嬢さんをのっけちまったなぁ。」
伯父さんはごま塩の入った角刈りの頭を掻きながら言った。仕草に愛嬌がある、それだけ見てると悪い人ではないようだ。
「儂が運ぶ荷は、みなワケ有りでね。数は少ないが見返りが大きい。それに儂の仕事は景気には関係がないんだよ。」
今度は瞬間的にお客さんのやくざ幹部のにやついた顔を思い出した。この伯父さん、密輸品の類を専門にしてる?だったらもうこの話題は終わりにしよう。やぶ蛇だ。
「ある人間には意味があるけれど他の者にすれば全然意味のないものってあるだろう、、例えば、どんなものか考えてみてよ。」
「甲子園の土とか、、。」
我ながら平凡な答えだと思ったが、積み荷の話題からずれていく為には絶好じゃないかと思った。トラックの運転手なら高校野球の放送なんかはいやという程、ラジオで聞いている筈だった。来年の優勝候補はなんて話になれば、、、。
「いかにも健康的だな。残念ながら儂の運んでいるものは、その正反対の代物だよ。まあメインは呪物かな。」
「ジュブツ?」
「ほら良くTVなんかであるだろう、髪の毛の伸び続けるフランス人形だとか、、あれの本物だよ。結界込みで運ぶ場合が多いんだがね。大体、ああいうものはそれがある地場自体に問題がある訳だから、いくら結界込みでも呪物だけを移動させたって意味がないんだが、、、世の中にはいろいろなケースがあってね。例え一時だけでもとか、、見せかけとか、色んなニーズがある訳だ。所がこれも又、誰でも請け負えるって訳じゃないんだな。それで儂のような専門家が出てくる。」
「専門家、、、。」
「さっきの嬢ちゃんをのっけた理由なんだが、説明不足だったかな。勿論、暇は暇なんだ。嘘じゃない。言いにくかった、肝心の所がね。、、感じたんだよ。嬢ちゃんに良くない事が起こるってな、」
「、、、、、。」
「またまた。伯父さんたら冗談がうまいんだから。」
あたしは伯父さんの肩をしなだれた感じで軽く叩く。
伯父さんはまんざらでもなさそうに嬉しそうに笑う。
「嬢ちゃんは霊感が鈍そうだから心配でさ。霊感の強い人間ならその席に座っているだけで、後ろの荷室に残った霊気を感じてぶるってしまうんだが。」
まだ引っ張るか、、しつこいんじゃないのこの親父。あたしは少し腹が立ってきた。それに「鈍い」ってなんなのよ。
「あたしに何が見えたの。」
「難しいな。儂は霊的なものに耐性があるちゅうかタフっていうだけで、霊能力者や超能力社じゃないからな、、ただ漠然と感じるだけなんだ。、、嬢ちゃん自体に問題はないよ。これから行くところで嬢ちゃんを待ってるものに問題があるんだろうな。」
神室村に行きたいという旨は既に伝えてある。あたしを脅すだけ脅して峠にポツンとあるようなホテルに誘い込むつもりなんだろうか。
「だとしてあたしどうすればいいの、、これから行く所はお仕事なの。行かないって訳には、、。」
「つきあってやるよ。見届けてやる。何かの役に立つかもしれんしな。」
こんな場面では、有り難うと言うべきなのかも知れないけれど、どう言ったらいいのかわからなかった。だってこれはTVや週刊誌の占いの世界なんだから、、。今日のあなたの運勢は最悪です。だから私が守って上げましょうと言われてるのと同じだ。
それに人の運命、いくら明日を覗き見る事が出来ようが、悪いときは悪いものなのだ。それは避けられない。結構、あたしの世界の子達は、占いが好きだけどあたしは占いぐらい人を馬鹿にしたものはないと思っている。
「気を使わないでくれよ。これは趣味と実益を兼ねているんだ。まあ言ってみれば顧客の開拓と宣伝活動だな。儂だって最初からこんな積み荷専門でやってきたわけじゃない。最初の積み荷は全くの偶然だったんだ。そのウチ、噂話が儂に仕事を運んでくれるようになった。そんな厄介なものならザンバジンに任せろってな。」
「ザンバジン?」
「儂の名前だよ。漢字で書くと馬を斬るで斬馬。ジンは仁徳天皇の仁だ。」
天皇の名前の方の漢字は頭に思い浮かんでこなかったけど、ザンバなんて結構インパクトのある名前だと思った。
「あたしは羽蘭。」
漢字でどう書くかは省略した。気には入ってるが源氏名にこだわって見ても仕方がない。聞く方がそう思いたければウランでもURANでもかまわない。
「ウランって鉄腕アトムのかい。」
「ええ。」
「いいねぇー。儂、嬢ちゃんの名、気に入ったよ。ウラン&ザンバジン。面白いねー。」
あたしはこの時この伯父さんそーとー変わっていると思った。普通なら「それって本名」とか聞く筈なんだけど、、、。
「ねっ伯父さん、さっきあたしの事待ってる悪いものって言ったよね、それってどんなの。」
「黒くて大きな屋敷がある。そこによからぬモノが巣くっていてそれが嬢ちゃんの来るのを待ってる、、そんなイメージだな。」
今度のお客さんは神室村随一の旧家の若主だそうだ。それに相当の資産家だとか。ジン伯父さんの描いたイメージにはピッタリだけど、それじゃまるで横溝正史の世界だ。それに第一、この辺に詳しい人間ならあたしの行き先を聞いたら、こんな話ぐらいすぐにでっち上げられるのではないだろうか。、、でもなんの為に。あたしの身体がどうしても欲しいのなら、どこかのそれ道で山奥に入れば済むことだろうし。
「ダッシュボードの中を見てご覧。そこに年代物の眼鏡がケースに入ってるだろ。両方とも鼈甲仕立てだから直ぐにわかる。」
あたしは言われるままにそれを車検書やらなんやらの中から取り出して手に取った。ケースを開いて眼鏡を取り出す、ロイド眼鏡というものだろう。レンズは内側へも外側へも湾曲していないので伊達眼鏡のようだった。 京都の東寺さんの骨董市にだしたらそこそこで売れるかも知れない。あたしの好みだ。いいファッションアイテムにもなる。あたしは眼鏡の蔓を開いてそれをかけて見ようと思った。
「駄目だ!今かけるのは。」
あたしは助手席で飛び上がるほど吃驚した。ジン伯父さんの声はやさしくしわがれているのに、この時は凄く迫力があったからだ。
「それは幽霊眼鏡だ。普通の人間には見えないものが見える。あるものを運んだ時に代金代わりに貰った。強烈だよ。儂、それをかけて震えあがっちまった。儂には見えすぎるんだろうな。、、だが霊能の弱い人間がかけると丁度ぐらいのようだ。一度、荷を運び終わった時に支払いの段になって横やりを入れてきた相手の関係者がいたんだが、あんまりむかつくんでそいつにそれをかけさせてやった。そいつは暫く、運んだモノや空っぽになった儂のトラックを見ていたが、急に震えだして以後だんまりとおした。それからだな、、時々、、そいつを説得が必要な時に使うようにしてるのは、、。」
少しあたしの顔が赤らむ。この伯父さんはあたしが頭から彼の話を信用していない事を判っているのだ。判っていながら、怒りもせず軽い調子であたしに話を合わせてくれていた訳だ。この伯父さんの話が全て本当ならあたしは今、相当失礼な事をしている事になる。
「もう少し行ったら山ん中にドライブインみたいな食堂があるんだ。晩飯まだだろう。そこで飯をくいながら、その眼鏡試してみるといい。あそこなら、かけた途端に腰を抜かすって事もないだろうしな。」

ドライブをしてると、観光地でもない山の中にぽつんとラブホや食堂が現れる時があって、あたしはそれが不思議で仕方がなかった。一体だれがどんなタイミングでそれらを利用するのかが判らなかったからだ。
ラブホの方はあたしがこの商売をするようになってから、その存在理由を体験的に理解したがレストランや食堂は未だに理解できないでいた。
ジン伯父さんのトラックは、既にどっぷりと暮れてしまった峠道の抉れ込みに這い蹲るようにしてある一軒の平屋建ての食堂に突っ込んでいった。 窓から煌々ともれる光や店先で揺れている赤い提灯がかえって嘘臭い。広いのかも狭いのかも判らぬような手入れのない駐車場には先客のトラックが見事なくらい数台きちんと隙間なく並んでいた。
ジン伯父さんも何気なく空いたスペースに自分のトラックをすぱっと納めてしまう。
「眼鏡を忘れないように。」
トラックを降りる直前、あたしにそう念押しをしたジン伯父さんは、何故だか楽しそうだった。トラックから降りてみて判ったのだが、ジン叔父さんは結構背が高かった。小顔だから背が低いように思っていたのだ。二人で並んだ時少しだけドキッっとした、、。
「すこし残ってるな、、さあ肩慣らしだ。ここから眼鏡をかけてごらん。」
トラックから食堂の入り口まで10メートルもなかったけれど、どうやらジン伯父さんの「肝試し」はここから始まるらしい。
あたしはジン伯父さんの言葉通り、眼鏡をかけてみた。何も変わらなかった。駐車場の地面に食道の窓の明かりが落ちている。どこかで虫の声が聞こえた。夕食時の秋の夜。ただしあたしは見知らぬ伯父さんと山の中のドライブインの前にいる。
と突然、あたしと食堂との間の空間を、何か半透明のものが走り抜けた。思わずあたしは隣のジン伯父さんの手を握る。走り抜ける?半透明なのにどうして走っているって判るのよ、、。
息を凝らして見ていると、再びそいつが私の目のまえを駆け抜けていく。ビデオの繰り返し再生みたいだ。それにそいつは半透明というよりも空気がゆがみで見えるものと言った方が近いかも知れない。
今度は、形が確定できないのにそれが人間である事が、何故か判った。この眼鏡で「音」が聞こえない事に感謝した。その半透明が酷く苦しげに何かを叫びながら走っているのが感じられたからだ。そんな声が聞こえたら、たまらない。
「さあいこう。」
「でも、、。目の前にいるよ、あんなのとぶつかったら大変だよ。」
「心配することはない。普通に生きてるだけでも、人はああいう存在には何度もぶつかっているんだよ。みんな気が付かないだけの話だ。害はない。残留思念の慣性法則みたいなものだ。アレ自体にはなんの意志もない。むしろここの問題は、座標軸がずれてる所だろうな。」
ジン伯父さんが歩き出したのであたしも進まざるを得なかった。こんな場面でジン伯父さんの手を離すつもりはない。
「座標軸ってなんなの。」
あたしは身体をジン伯父さんに擦り寄せる。そうすれば守って貰える、「女の子」の特権だ。
「さっき、嬢ちゃんが見たのはトラックへ飛び込み自殺した奴の姿だ。衝動的にやったらしい。飛び込まれた方は良い迷惑だ。生活が駄目になって最後には首吊りに追いやられた。いや、こういうのは自殺とはいえんな、他殺だよ。怨んで化けてでたいのは運転手の方だろう。所が相手は死んでる。因果な話だ。そっちでトラック仲間には有名な話なんだ。だが現場はここから少し離れている。化けて出る場所が違う。それが問題なんだよ。奴はこの食堂に吸い寄せられているんだ。」
物事を悪い方に考えると物事はその方向で進むみたいだ。飛び込み幽霊が、ループ映像みたいに闇の淀んだ林から再びわき出して駐車場を横切ってくる。このままでは、あたし達と完全にクロスする。
あたしは、、その瞬間、ジン伯父さんの手をぎゅっと握りしめ目を瞑った。何ともなかった。呆気ない程だ。確かにこれで「見えない」のなら何の問題もない。あたしたちはこんな風に毎日どこかで幽霊たちとぶつかっているのかも知れない。
店内に入った。しかしジン伯父さんが言ったような亡霊を吸い寄せるような魔物はどこにもいなかった。
新聞を眺めながら丼物をかき込んでいる人や、まだ運転があるだろうにビールを上手そうに飲んでいる人。まったく普通だ。
「どうするかな。ここは何故かかもなんばんが旨いんだよ。」
ジン伯父さんの手があたしの手の中からさりげなく抜ける。嫌という感情も、無関心という感情も残さず手のひらの暖かさを残したまま、、。この人、ひょっとして昔はオンナでかなり遊んだ人かもと一瞬思う。
「だったら、あたしもそれでいい。」
トラックを降りる前は凄くお腹が減っていたけど、あんなものを見てしまった後じゃ、あまりたくさん食べる気はしない。伯父さんは慣れた様子で調理場に向かってなにやら言うと、すたすたと、、親子づれの座っている席に歩いていく。
いかにもトラックの運ちゃんって感じの客が多い中で、その母一人・子一人のペアは珍しくて最初から気になっていた。若い母親は化粧い感じの人で、カレーライスを半分以上残したまま煙草をくゆらしている。坊やのほうはハンバーグ定食を一心不乱に食べ続けている。
「あ”っ。」あたしは声にならない声を上げた。なぜってジン伯父さんがその坊やの上に重なるようにどしんと座ってしまったからだ。
母親の方がもの凄い目で伯父さんを睨む。何か文句を言っているのだが例によって音は聞こえない。代わりに母親の口からめらめらと炎が吹き出すのが見えた。
伯父さんが危ない、、、あたしが母親を突き飛ばそうと駆け出した途端に、二人の身体は一瞬にして消えてしまった。
あたしは変な感じであの母親が座っていた席にストンと腰を下ろしてしまう結果になった。
「もう眼鏡を外していいよ。儂を助けてくれようとしたみたいだな。礼を言うよ。嬢ちゃんは勇気がある。並の女の子なら泣き出しているだろうに。」
あたしは並の女の子ではないから泣き出したりはしないが、眼鏡を外しそれをケースに戻す手は微かに震えていた。
そうこうしている内に店の人が、かもなんばんを盆に乗せて持ってきてくれる。暫くあたし達は何も言わずにそれを食べた。かもなんばんは伯父さんが言うように美味しかった。蕎麦は普通だったけれど鴨とネギが新鮮で出汁が思い切り上出来だった。あんな事があっても食べられる事自体が不思議だったけれど、、。
私は器のなかに数筋だけ沈んでいる蕎麦を見つめながら伯父さんに尋ねてみた。
「さっきいた人たちは、駐車場のと違ってはっきり姿がみえたんだよ。それに伯父さんがした事に怒ってたみたい。」
先に食べ終えたので楊枝を口にくわえて遊んでいた伯父さんは、それを灰皿に捨てるとおもむろに言った。
「儂はあれをいっぺんしか使った事がない。理由はさっき言ったね。見えすぎるからだ。さっきだって儂には嬢ちゃんが言った親子連れのことは見えていた。ああいうのがあれ以上はっきり見え始めると困った事になるんだ。今まで見た連中は、存在の在りようとして儂らに干渉する事が出来ない。いくらリアルに撮られた映画でもスクリーンの向こうから手を伸ばしてこちらに触れてくるなんて事がないのと同じだ。だがそれを見ている人間が取り込まれると奴らは影響力を持ち始める。さっき儂に奴らが怒ってたと言ったね。」
「うん。子どもを伯父さんに下敷きにされて母親の口から火がでた。」
「、、、それは嬢ちゃんの心の動きだよ。」
「えっ、、。」
「奴らはそんな事が出来る存在じゃない、、だが、、結果は奴らがそうした事になるんだがな、、。これが世の中で起こっている怪異現象の三割がたの説明になる。」
そう言って伯父さんは手のひらを上にむけてテーブルの上に突き出してくる。
「蕎麦代ならあたしが二人分払うよ。トラックにのっけてもらってるし、、」
伯父さんは、にこにこ笑って返事をしない。
あたしはポーチの中にしまったあの幽霊眼鏡を思い出して、それを伯父さんの手のひらの上に戻した。
「必要がある時に、又、貸してあげるよ。」
あたしたちはそんな風にして店を出た。ふと見上げた夜空は先程まで天空を覆っていた雲がきれて煌々と光る満月が出ていた。
「ねぇ、あんな親子を吸い込む何が、この食堂にあるの。」
「一杯のかけそば的心かな、、いや、つまらん冗談だよ。そいつは知らない方がいい、でも一つはっきりしてるのは、この食堂が解体される事があるとするなら、その廃材はこの儂があのトラックで運ぶ事になるだろうな。」
ジン伯父さんのまぼろし号は月光の下でくっきりとその姿を浮かび上がらせていた。
|