■ 激走!!まぼろしトラック ■

12: 弓と鋏

 柊が、今までの研究データやらのバックアップディスクをスーツケースに投げ込んで部屋を出ようとした時、タネ婆さんが白髪を振り乱して転がり込んできた。
 婆さんの胸元の位置にあるその両手には、黒い金属の突起物が握りしめられている。それは大振りの裁縫用裁ち鋏だった。
「この大事な時に、どこへ逃げくさる!!」
「逃げるだと。面白いことを言うな。俺は神室の客分だ。出たいときに出る。さあ、そこをどけ。怪我をする前にな。」
「姫様の薬が切れた。なんとかしろ。」
「化け物ばばぁなら、三平が面倒見てるんだろ?俺には関係ないね。」
 柊がからかうように言う。勿論、柊は暴走した「姫様」と三平が今この時も死闘を繰り返していることを知っている。
「よくもまあ、ぬけぬけと、三平ぼっちゃんにあれだけお世話になっときながら、、、この、、、この、クソ外道がぁ!」
 タネ婆さんは裁ち鋏を両手で前に突き出すように構え、柊の胸元めがけて突進した。
 柊は咄嗟に、タネ婆さんの手首を掴んで捻りあげる。だが枯れ枝のような老婆の手から裁ち鋏は離れることはなかった。そんなタネ婆さんの執念を感じてか、柊はニヤリと皮肉に笑った。
「その物騒なもの離せよ婆さん、、、怪我するぜ。」
「、、だれが、、、お前を、懲らしめて、、やるまでは、、」
 柊はタネ婆さんが示す神室家への忠義振りが昔から気に入らなかった。そういった感覚が自分にとって最も縁遠いものであると同時に、何より、その対象が人間ではなく蛸蜘蛛桜や三平の母親のような半妖怪に向けられていることが不快だった。
「そうかい、、、俺は一度忠告したぜ、、。」
「これって正当防衛って奴だよな。」
 そう毒を吐きながら、柊は裁ち鋏を離そうとしない老婆の手を丸ごと彼の大きな手で包みこんで、その切っ先を彼女の胸に一気に押し込んだ。
「ゲェヒィーイーーィ、、イーィ。」
 老婆はその口から化鳥のような叫び声を放ちながら、じたばたと見えない何かを掻きむしっている。チィと舌を打って柊がそんなタネ婆さんの腰を蹴りつける。
 柊には人殺しへの罪悪感などない。それは自分自身が生命を生み出すコトが出来る存在であるという自負の裏返しだった。ましてや枯れ木が動いているような老婆の生命を奪うことなど野犬を追い払うより抵抗のないことだった。
 床に蹴り飛ばされたタネ婆さんは、電池の切れた玩具のようにぴくりとも動かなくなった。 

 どういうわけか、未だに下に降りたままの跳ね橋を通過し、三平屋敷の門を潜り抜け、前庭の植え込みに屈み込んで身を隠したアタシと理恵は、お互いの熱いほどの体温を感じ合っていた。
 これから先の進入経路として、屋敷の裏手に回り込むのが良いのか、玄関口から強行突破するのが良いのか、すぐにでも決めなくちゃならない。
「あんた何か隠してるでしょ。」
 色々なケースを想定し取捨選択してるアタシの貧弱な思考回路に突然、生意気で精気に満ちた声が送り込まれて来る。アタシはちらりと隣に屈み込んでいる理恵の顔をみた。
 切れ長の目に強い光が宿っていた。女王様やってる純女のアキラって同僚にどこか面影がよくにている。
 この先、目的の違うこの子と、一緒に行動することは難しいかも知れない。第一、アタシがいたからといって、この子を助けられるわけではないのだ。
 ならばいっそ早いウチに現実を見せてやれば、、この子も納得するのではないか、、、。
 裏手から回り込んで行けば、あの地下室へ通じる入り口へは一直線でいける。
 でもそんな残酷な事がアタシに出来るのだろうか、この子は照葉の生存を信じて今まで精一杯の努力をしながら生きてきたらしいし、その執念の強さは、初めて合ったばかりのこのアタシにだって充分理解できる程なのだ。
「何黙ってるのよ。時間がないのはお互い様でしょ!!」
「しっ、大きな声を出さないでよ、アタシは何も隠してないわ。」
「嘘。あんた照葉のこと何か知ってるでしょ。」
「知ってても言わない、、。それはあなたが見つけること、だから、それより作戦を立てようよ。」
 何も答えずに理恵がアタシを睨み付けて来る。そしてその場からすくっと立ち上がった。
 そんな理恵は女子高生の制服を着たジャンヌダルクみたいに見えた。それに比べてアタシは、だぶだぶの黒のシャツとズボンを身につけた化粧の半分落ちたオカマだ。それだけで気弱になって来る。
「ちょっ、ちょっと、、」
「作戦もくそもあるもんかっ、、今日こそ三平の奴に洗いざらい吐かせてやる。私の照葉を取り戻す。」
 理恵はスカートをなびかせて玄関に向かって駆け出していく。
 波動だ、、、アタシは三平屋敷が発している波動に多少なりとも免疫が出来ている。理恵はそうじゃない、波動の影響をもろに受けているのだ。
 どうする、、理恵を追いかけて正面玄関から行く?いや理恵が騒ぎを起こせば三平達の注意はそちらに向くはずだ。
 そうすれば多少なりとも鶴継を助け出す作業は楽になる。何も初めからつき合わなくても、理恵と合流してから彼女をサポートする事だって出来る。第一、可哀想だけど理恵の目的は決して叶えられないのだ。
 アタシはそう考えて屋敷の裏手へ回る進路を取ることにした。もう良いか悪いかを、じくじくと考えている暇はないのだ。

 まずは鶴継君の部屋に行こう。そして余裕があったらアタシの部屋にも行って持ち出せるだけの荷物を回収する、、三平がプレゼントだと言って寄越した鶴継君のフェィスマスクもきっといい形見になる、、、形見だって、、、何を弱気なことを、、。
 脱出の為に使った廊下の破れ目から恐る恐る内部に首を突っ込みながら、アタシは自分自身の弱気に気付いた。
 三平屋敷の波動は理恵を攻撃的に変え、アタシを気弱にしているようだった。
 考えて見れば鶴継君が生きている可能性は十分にあった。理恵の照葉探しとは意味が違うのだ。
 あの柊が鶴継君と思しき女性を大切にしているのは一目で判ったし、この屋敷のモンスター共はその柊の下部なのだ。それに三平と鶴継君の関係も険悪なものではなさそうだった。
 ポーチに手をかける。今が幽霊眼鏡を使うタイミングなのだろうか。さっきみたいに廊下を永遠に堂々巡りする事になれば、いくら好条件が揃っていても鶴継自体を探し出す事が出来ない。
 けれど長時間、幽霊眼鏡をかける事になればこちらの身が持たない。
 そうやってアタシが又、ぐちぐちと思い悩み始めた時、廊下の奥から、とても奇妙で、とても不快な叫び声がわき起こった。そしてその声にはどこか聞き覚えがあった。
 あの声の主は、、その不安がアタシの心に、目覚ましのビンタをくれたのかも知れない。
 アタシは柊の履いていた皮のスリッポンをカポカポいわせながら、廊下を声の方向に向かって走り出した。

 廊下の曲がり角を出た所で、アタシとは逆方向に向かって歩み去っていく柊の後ろ姿が見えた。
 アタシは思わず曲がり角に身を隠した。冷や汗が滝のように流れてくる。唇を噛みしめてもう一度顔を突き出して奥の廊下の様子をみる。
 柊の気配は完全に途絶えているのだが、代わりに生臭い臭いがひっきりなしにした。血の臭いだ。
 仕事柄、大量ではないが人の身体から流される血の臭いには慣れがある。そして自分の中に巣くい始めたのどす黒い不安はその血の臭いを嗅いでなおさら高まった。
 スリッポンを脱いで手に持ち直して廊下を走った。
 それはアタシが初めて見る部屋だった。その中でタネ婆さんが仰向けに倒れていた。
 その胸には鋏が突き刺されて、大量の血が流れ出していた。それらの光景を見てアタシの感覚は完全に麻痺していたが、身体が勝手に、なすべき事をこなしていた。
 まずタネ婆さんの側に屈み込んで、無念さに引き剥かれた瞼を閉じてやって、手を合わせた。そして部屋の中を見渡す。
 ラックに収まったディスクトップのパソコンが二台、書架に押し込まれた大量の本、素っ気ないベッドにディスクセット。開け放たれたクローゼットにはいかにも選び残されたという感じで所在なくぶら下がった男物の衣服。ここは間違いなく柊の部屋だったのだ。タネ婆さんを殺したのも柊に違いない。
 そして柊は三平屋敷を出ようとしている。そう、沈没する船からネズミが逃げ出すように。アタシも急がないと。
 アタシは居ても立ってもいられず柊の部屋を出ようとした。だがそれを押しとどめたのがタネ婆さんの死体だった。
 足が自然にタネ婆さんの元に向かう。憎たらしいばあさまだったけれど彼女がアタシには隠していた人情味は本物だった。それに婆ちゃんが作った夕食は涙が出る程美味しかったし。
 でも、こんな時にタネ婆さんの死体に別れを惜しんでいる暇はない。・・ないのにアタシはもう一度、タネ婆さんに引き寄せられるようにしてその脇に跪いた。
 アタシの手が勝手にタネ婆さんの胸に深々と突き刺さった裁ち鋏の取っ手を握る。口の中がからからに乾いた。
 次の瞬間、アタシはそ裁ち鋏を引き抜いていた。安物のホラー映画みたいにタネ婆さんの胸から血が吹き出たがそれはすぐに収まった。
 この時、もしアタシが幽霊眼鏡をかけていればタネ婆さんの幽霊がアタシの手をとって自分の胸に突き刺さった裁ち鋏を抜き取らせる姿が見えた事だろう。
 アタシにはその姿は見えなかったが、いくら霊能に鈍感なアタシでもタネ婆さんの気持ちは判った。
 その裁ち鋏を使って恨みを晴らせということなのだろう。
勿論、アタシはタネ婆さんの申し出に合意した。
 裁ち鋏が斬馬さんが使っていた縁切りの小太刀と同じ成り立ちを持つものである事も理解していた。
 ただアタシと斬馬さんが違うのは、斬馬さんは凄腕の霊能者であり、アタシはおおよそ霊能とはほど遠い所にいるデリSM嬢だってことだった。
 でも不思議な事にこの裁ち鋏を手にした途端、三平屋敷に近づいてからアタシにとりついていた弱気の虫はぽろりと落ちた。
 何故か気分は阿部定だった。柊のペニスも三平のペニスもこの鋏でちょんぎってやれる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 警報装置が鳴った。三平の置かれている状況から考えれば、今この時に大地震が起こったとしてもそれは何の驚異でもなかった。三平は今、「死」そのものと戦っているのだ。
 だから三平はその警報音を無視した。
 だが押さえ込んでいる人の形をした腐った深海魚のようなものがブクブクと泡吹きながら「若い・・・女の臭いがする・・」と久方ぶりに人語を発したので、思わず三平は振り返って警報装置の小型モニターを見た。
 そこには玄関に入ってきた一人の女子高生が映し出されていた。見覚えがあった、木佐貫理恵、、、石動神社の一人娘だ。
 人型の深海魚の抵抗も心なしか弱まっている。これはこれなりに新たに登場した人物に期待を抱いているのだ。
 三平にしてみればこの荒ぶる魂を鎮める千載一遇のチャンスだった。
「・・・待ってろよ。都合良く向こうから新鮮な生け贄が飛び込んできた。我慢できるだろ、、それなら、、。あんな紛い物の薬で痛みを誤魔化す必要なんてなくなるんだ。今度落ち着いたら、本当に死なせてやるよ。約束する、、な、、だから静かにしてくれ、、あんたが騒いでちゃ私はなんにも出来ないんだ。」
 己の欲望に掛け金をかけることが出来ないこの怪物にも唯一、心の暴走を自制する方法があった。
 それはより大きな欲望の為に目の前の小さな欲望を抑えるという単純な方法だった。
 三平は、ようやくのたうつ肉塊から我が身を離して壁際にあるディスプレイの窓がいくつもならんだパネルに近づいた。
「だれかいるか?寛司、宗司。」
 三平は双子の兄弟がいる部屋のカメラスィッチをいれる。もぬけの空。この時点ではまだ三平は、彼ら二人を斬馬が倒した事をしらない。
 紋場三姉妹の誘拐事件についてはもみ消すことが出来たが、村人達は、木佐貫理恵が真犯人を神室三平だと信じ込み今でも神室家を嗅ぎ回っている事を知っている。
 その理恵が神室屋敷で失踪したら、今度は騒ぎを押さえられないかも知れない。それに今は、早急に人間の血と肉と魂が必要なのだ。
 直接あの二人にやらせて、いざとなれば今までの拉致を含めて彼らのせいにすればいい。一瞬にして三平はそう考えて双子に声をかけたのだが、、、彼らの不在が三平に冷静さを取り戻させた。
 警察に捕まった後の双子に、自分の支配力が持続する呪いをかける自信が三平にはあったが、双子の知能を上げることは不可能だ。彼らが警察の尋問に何を喋るかは判ったものではない。結局、あの二人を全面に出せばこちらに累が及ぶのは確実だった。
「やっぱり、こんな時はタネしかいないか、、。」
 三平はスィッチを切り替えてタネの部屋を映し出す。ここにも誰もいない。
 三平は、タネが曾婆さんや母親に忠誠を誓っているのであって、心の中では自分をないがしろにしているは知っていたが、タネの年の功がいざという時には役に立って来た。
 今度もタネを動かして、理恵を上手く誤魔化し、こちらに累が及ばないような細工をさせてやろう。そう考えた三平だったがそのタネ自体がいない。
 部屋の中央に、ちゃぶ台が置かれて在り、その上に文字が書かれた白い半紙があった。側に墨の残った硯がある。
 それが気になった三平はカメラの倍率を上げる。「鬼神を治めんと骨身を削る仏かな」と読めた。
「、、私のことか、、それともお前のことか、、。」
三平は自分の顔を覆うゴムマスクの頬を撫でた。
「仕方がない、鶴継を使うか、、。」
 三平は鶴継の部屋のカメラスィッチを入れた。そこには鶴継の姿はなく、代わりに双子の死体があった。
 ここに至って三平は、ようやく神室屋敷を襲っている異変が本物であることを自覚した。だが三平にとって最大の懸案事項は双子の死ではなかったのだ。
 今もっとも大切なこと、それは母親の飢えを満たすことと、それに連動して暴走し始めた蛸蜘蛛桜をいかに鎮静するかだった。


「ごめん下さい。誰かいますか。」
 理恵は我ながら間抜けだと思いながら先ほどから大きな声で挨拶を繰り返している。
 敵の本拠地に乗り込んで挨拶もなにもないものだが、かと言って彼女には何をどうしていいのか判らなかったのだ。
 こんな時は先ほど別れたニューハーフのような世慣れた人間ならどうするんだろうと、理恵は一瞬考えて頭に浮かんだ羽蘭の可愛らしい癖に妙にエロチックな顔を振り払った。男の癖にオンナより綺麗ないけ好かないヤツ、、。
 三平屋敷は静かだった。その静けさに押されて理恵は大きな声が出せなくなった。
 その代わりゆっくりと靴を脱ぐと上がりがまちに足をかけた。何故か忍び足になって理恵は屋敷の奥へ進み始める。
 一つめの部屋である大広間は応接室のような役目を果たしているようだった。
 大きなテレビジョンセットやオーディオが立派なソファやテーブルと共に置いてあった。
 そのテレビが突然、ブゥンと唸ったかと思うと一人の異形を映し出した。飛び上がる理恵。
「木佐貫理恵さんだね。とうとうここまでやって来たんだ。照葉が言ったとおりになったわけだ。」
 テレビの中の黒いゴムマスクの男がくぐもった声でそう語りかけて来る。
「あなた、、三平、、?照葉生きてる?」
「二つともイエスだ。」
「だったら照葉を返して、今すぐ。」
「ああかまわんよ、、私もそろそろ彼女に飽きて来た頃だしな。お嬢さんと引き替えなら、家に戻してやる。」
「・・・。」
 嘘ばっかし、照葉が帰って来たら総ての真実が明るみになる。そうなったらいくら神室だって只では済まない筈だ。そんな馬鹿な取引を申し出るなんて。それとも照葉は洗脳か何かをされているのかしら。
「私と引き替え?」
「そうだ。そうでなければ照葉を返すつもりはない。ずっと今までのままだ。君は照葉の事が好きなんじゃないのかね。照葉は君が必ず私を助けに来ると言っていたぞ。」
 照葉以外の紋場のお姉さん達はどうしたのと問いつめたかったが、理恵はそれを我慢した。今、三平との話を拗らせるのは得策ではないと判断したからだ。
「照葉が生きてるって証拠を見せて、話はそれからだわ。」
「尤もな話だな。この部屋の左側にある廊下を右手に進むといい。ここから数えて九番目の部屋の奥に照葉がいる。座敷牢の中だ。会ってから答えを出すがいい。」
 唐突に顔面が切れた。
もしかしたらその座敷牢を破って照葉を助け出せるかも、、簡単すぎる?これって罠なのかしら、、理恵はテレビドラマに出てきそうな台詞をそっと吐いてみた。


 

 アタシは鶴継君の部屋に向かった。そこに彼がいるとは思えなかったけれど、アタシには他に選択肢はなかった。
 それに何故かタネ婆さんの裁ち鋏を手にした時から、絶好調の時のアタシの「元気」が維持できている。
 当然それはタネ婆さんの怨念なのだから気持ちのいいものではないのだけれど、元気には代わりはないのだ。
 こんな化け物屋敷の中にいるのに、気分はへそ曲がりのS気取りのM男を完全に自分の下僕にした時のあの感じに近い。
 でもそのエネルギーは鶴継君の部屋に入った途端、半減してしまった。
 それは入り口近くに人の形をした蛸蜘蛛桜の根がびっしりと床を突き破って巣くっていたからだ。
 この根の下には死体がある。それは確信に近かった。しかも2体もある。
 奥の死体の側には何かとてつもない力で抱きしめられ粉砕された跡のような木屑が散らばっていた。

 アタシは手に持った裁ち鋏を呪った。これは何かの罠なのだろうかとさえ思った。
 アタシは仕方なく、羊歯とも毛根とも昆虫の触手とも見分けがつかない蛸蜘蛛桜の根で出来上がった人型の頭部付近に跪いて、はさみの刃をそれに入れた。
 裁ち鋏の切れ味は恐ろしい程だった。根の棺桶の下から馬ズラの生乾きのミイラが見えた。アタシはほっと胸をなぜ降ろした。鶴継君じゃない。
 このミイラ、どこの誰かは判らないが、鶴継君以外の神室関係者の死体に同情など感じる必要はないのだ。
 アタシは二体目の顔を覆う根を切った。こちらも同じ様な馬面顔が出てきた。
 その時、アタシは自分の足首に針で刺されたような鋭い痛みを感じて思わずその場を飛び退いた。
 床の上には夥しい蛸蜘蛛桜の根しかない。どんなに目を凝らしても昆虫などの刺し虫の類は発見されない。
 ・・・まさか根の先端?アタシはこれだけの量の根が床を突き抜けて成長する為の時間を想像してみた。
 普通なら数週間の時間が必要なはずだ。でもアタシはその頃にはこの部屋を訪れて居る。
 あの時には何もなかった。やっぱり蛸蜘蛛桜の根は動物並の速度で動く事が出来るのだ。こいつらが今、じっとしているのはアタシを騙そうとしてるからに過ぎない。
 アタシは何も気が付いていない振りをして出口に向かった。
 その途端、何処かでネズミの出すような小さくて鋭い叫び声が上がった。根が鳴いているのだ。それはアタシの幻聴だろうか、それとも、、、、考えている暇はなかった。
 アタシは一気に扉めがけて頭から飛び込んでいって、そのドアを後ろ手で叩き付けるように閉めた。
 ドアの隙間から、一本だけ振り下ろされる鞭のように蜘蛛桜の根が勢い良く飛び出て来た。
 アタシはドアを背中で押して閉め絞めながらはみ出たその根を裁ち鋏で切り落とした。
 切り取られた根はしばらく自らの意思がある生き物のように床の上で浅ましくのたくっていたが、やがて動かなくなった。
 その様子を見ているとアタシは何故か無性に腹が立ってきた。その怒りを逃がすためにアタシは裁ち鋏をドアに発作的に突き立ててしまった。
 その途端、裁ちばさみから、電流の様な勢いである思考がアタシに流れこんできた。


 俺はぺしゃんこになったお前を病院から盗み出し、救急車を強奪してここに運び込んだ。・・その頃、蛸蜘蛛桜はすでに一つの人造生命生産工場であり、不死さえ可能にする巨大病院そのものだったからな。
 勝算はあったさ。だがお前は本当に死にかけていた。俺はお前のクローンが欲しかったわけじゃない。
 お前自体を再生させたかったんだ。そこで思いついたのが、三平の身体を利用することだった。奴の身体は、代々の蛸蜘蛛桜との係わりで異常に高い再生能力を発揮していたんだよ。
 俺は大学生の時に、奴からその実演を目の前で見せつけられて吃驚したものだ。
 その再生能力とキメラさえ生み出せる俺のクローニング技術、、それに蛸蜘蛛桜の力があればお前を再生出来ると思ったのさ。
 俺は三平の身体から四分の1の血と肉をそぎ取りお前に与えた。接ぎ木みたいなもんさ。結果は上首尾だった。
 三平が自分の身体を俺に提供したのには理由がある。一つは俺が三平の婆さんや曾祖母さんの延命に協力してやったということがあったし、蛸蜘蛛桜の改造にも随分手を貸してやったからな。
 だが一番、大きいのは三平がこの俺に惚れていたからじゃないか、、。ああ見えても三平の奴はしゃぶるのが上手なんだぜ、、4分の3になった三平?いくら再生能力が高くても、そのままじゃ死んじまうさ。
 勿論、俺がヤツの身体に手を加えた。奴のリクエストを聞きながらね。その結果は三平のゴムマスクを剥いで見ればわかるさ。良い出来だぜ。
 何故、三平がマスクであれを隠すのか良く判らない、、ひょっとして夜中に自分の顔を鏡で見てうっとりしてるのかもな。まあとにかく、三平とお前は、、、そのう、、俺の「思い人」なんだよ。

 流れ込んで来た柊の記憶の背景に、毎夜、鶴継の部屋の前で立ち尽くす柊が見えていた。

 
2006/05/21
 

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つぎのぺぇじ!!