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■ 激走!!まぼろしトラック ■ 10: 斬馬 腫れぼったい一重瞼に七三にわけた頭髪、、全く特徴のない顔、、「特徴がない」それこそが三平の特長だった。見せかけだ、、斬馬はそう思った。 |
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階段を一歩上るたびにゴムと皮膚の間に溜まった汗が動くのが判る。まるでウォーターベッドの中に入っているみたいだった。 時々はジッパーを下げて上半身の汗を逃がしてやるのだが、下半身までケアをする余裕はなかった。 結局、ゴム製防護服の着替えを探している内に、あたしは地下室から抜け出す階段を偶然に見つけ出してしまったからだ。 こうなったら自分の部屋まで戻り、総ての荷物を纏めてこの屋敷から今すぐ出て行ってやる。殺人を犯しているかも知れない異常者相手に契約なんて糞喰らえだ。 この身体を覆い尽くす三平の唾液がしみ込んだ不潔な汗や脂は、屋敷を出てから洗い流せばいい。神室屋敷の中の水を使ったって、本当に身体を洗った事にはならないんだ。 コンクリートがむき出しになったかび臭い階段のどんつきにある鉄扉のドアノブをアタシは祈るような気持ちで握った。 こんな所にもう一度閉じこめられたら、、ここで眠る紋場の三人姉妹にはかわいそうだがアタシは発狂してしまうかも知れない。 目をつむって思い切ってノブ球をまわす。がちゃりと音がしてロックがはずれ、アタシはついに地下室から解放された。 後ろ手でドアを閉めるとその場にへたり込む。意味のない涙が出てきた。こん畜生、なんで泣くと堪えてみたが涙は止まらなかった。 そんなアタシの肩を誰かの手が優しく撫でる。誰かの手?鶴継君?アタシはハッとして思わずドアに背中を擦り付けながら立ち上がる。 でもアタシの目の前にいたのは、あの優しい鶴継君ではなく黒シャツ姿の見知らぬ男だった。 先ほど優しげにアタシの肩をなぜた手は、今度は凶暴にアタシの口をふさぎにかかってくる。そげた顔にへばり付いた顔に浮かぶニヤニヤ笑いがアタシの怒りに火を付ける。 「なめんじゃねぇ!!」 アタシは頭を下げてそのままの体勢で頭突き攻撃に出るつもりでいた。アタシには一通りの喧嘩が出来る自信がある。 そりゃ、この身体になってから筋肉が違って来てはいるけれど喧嘩は切れたもん勝ちだ。 しかし実際には、この男にアタシの頭突きは効かなかった。それどころか見事に身体を入れ替えられ、アタシは次の瞬間に腕をねじり上げられていた。 「ちっ!どいつもこいつも!!」と三平が小声で毒づいた時、ドーンという空気を揺るがすような破裂音が聞こえた。
なぜ「あの時」から、急にこの用心深い男がこれほど大胆になったのかアタシには想像もつかなかった。
回廊式の廊下を右に曲がるドンつきが見えた頃、その巨体がのっそりと現れた。 数分走った時に転機が訪れた。信じられない事に斬馬は羽蘭の気を感じたのだ。この悪霊の気が充満した屋敷の中でそれを感じ取れるとは奇跡に等しかった。しかもその気は二つ前の部屋から流れ出ている。 |
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その時だった。斬馬が攻撃を受けたのは。 通常であれば背後から忍び寄ってくる敵の気配ぐらいは掴めていた筈なのだが。よほどペニス付きパンツの面妖さに心奪われていたのだろう。 屈み込んだまま襟首を捕まれた斬馬の身体がフワリと浮かび、部屋の反対側に叩きつけられる。勿論、斬馬も無抵抗にそれを受け入れたわけではない。 男から投げ飛ばされる間際に、縁絶ちの小太刀で男の二の腕を斬りつけている。叩きつけられた壁の上にあった棚からの落下物が斬馬の頭部を打ったのだろうか、血が流れ出し、それが斬馬の視界を曇らせた。 それを斬馬が拳でぬぐい取る。男の顔が見えた。先ほど倒した双子の馬面男の片割れだった。 「弟に何したっ!!」 男は血相を変えている。余程、斬馬に対する怒りが強いのだろう。先ほど傷つけられた自分の腕を庇おうともしない。 縁切りの小太刀は、その相手の闘志自体には何の影響も与えない。記憶の一部分さえ消し去ることも改竄することもない。 つまり縁切りの太刀がふるわれた時点では、肉体的にも精神的にも一切の影響を相手に与える事は出来ないのだ。その力が発揮されるのは「その後」つまり「未来」でのみ、縁を切る力として発動されるのだ。 「何?弟の縁・しがらみを切ってやっただけじゃ。オマエと同じじゃ、、。」 「うっ、うそを付け!!寛司、、、ナメクジみたくなってたぞっ!!この糞爺っ。三平さん、言ってた通りだ。変な魔法使いやがって!!」 「ナメクジってのはなんだ、、。いいがかりもたいがいにしろ。人が親切に、、」 斬馬が起きあがる。 馬面男は金属バットを見つけてそれを構えていた。 「皮膚がドロドロに溶けてた。三平さんは俺達の病気を治すいい魔法をつかうけど、爺、オマエは最悪だ。ここでたたき殺す。」 斬馬は覚悟した。先ほどは、なんとか殺生沙汰を切り抜ける事が出来たが、今度ばかりは無理なようだ。今度の相手にははっきりとした殺意がある。 そしてこの男には本来、付いて居なければならない「霊」が完全に削ぎ落とされていた。三平が何かをこの男に施していたのかも知れない。 それに縁切りで馬面男の弟の身体をなんとか出来るわけがないから、三平は弟にも過去に何か施術を行っている可能性があった。 「、、、一つ教えてくれないか、、この部屋、誰のだ?」 「、、、鶴継さんのだ。」 扱いやすい。同時にこんな「幼い」人間を傷つける事になるのかと思うと斬馬の胸に痛みが走る。 「質問はもういいのか?」 男はそう言ったかと思うと金属バットを振りかぶって突進して来た。それは恐ろしいスピードで、斬馬は縁断ちを頭上で水平に構える事で、辛うじてそのバットの攻撃を受け止めるのが精一杯だった。 斬馬はお互いの隙を見切る為に、こうして暫くにらみ合いが続くのかと思った。 だが男の反応は違った。男は無防備にもすぐに飛び下がると今度は横殴りにバットを振ってくる。 男には攻撃の合間に出る隙をなくす、という戦術的な概念がないのだ。ただしその分、この男にはスピードがあった。今度も斬馬は縁切りでそれを受けざるを得ない。力もスピードも男が勝っている。このまま間合いを外さす、バットと刀で打ち合いをしていればいずれ打ち負ける。 斬馬は男の数度目の打撃を受けながら態と、男との間合いから転がり出た。勿論、男が追撃してくるのは目に見えているのだが、、。 腰を落とした斬馬に、男が再び金属バットを振りかぶった時、彼の背後から弱々しい声がかかった。 「兄ちゃん、、、痛い、、、痛いよう、、。」 腰を落とした斬馬の位置からは男の弟、寛司の姿がよく見えた。寛司は先ほど倒れた廊下からココまで這いずってやって来たのに違いない。 だがその姿はどうだ。皮膚という皮膚から内分泌液がシミだし、その下の筋肉が弛緩しきっている。男が「弟がナメクジになった」と表現したのも頷ける。それに実際、あちらこちらの部分では皮膚の腐乱が起こり初めている。 男が弟の声に一瞬、振り返る。斬馬はその隙を見逃さなかった。縁切りを力いっぱい横様に振り切る。両足首切断とまでは行かなかったようだが、男はその痛みに絶えきれずそのまま仰向きに倒れた。 斬馬は躊躇せず次の行動に移った。自分の身体の上で金属バットを蠅をおうように振り回している男を後目に、先ほどのクローゼットに駆け寄りそれを押し倒しにかかる。 男が斬馬の意図に気付いて這い蹲りながらその位置を変えようとした時には、既に大きなクローゼットは男の身体の上に倒れ込んでいた。 斬馬はクローゼットの下敷きになって動きの小さくなった金属バットをもぎ取ると、そのバットで巧い具合に突き出していた男の頭部を強打した。 勿論、手加減はした積もりだ。ほんのしばらくの間眠っていてくれるだけでいい。 そして斬馬は金属バットを遠くに投げ捨てると、再び縁切りを腰のベルトから引き抜いた。しかし斬馬は、鶴継の部屋の入り口で小さく痙攣を繰り返している寛司と、男を交代交代に見比べてから、小さくため息を付き鞘から抜き出しにかかった縁切りを再び元に戻したのだった。 「いけるかも知れねぇなぁ、、、」 遠ざかりかけた意識が戻ってくる時に、そんな言葉を波が砂を巻き込むように運んできた。 「いや、すまん、すまん。神室がさ、女が落ちる時の顔は格別だっていうからさ、、、こいつはこの際、試してみようかって、、、」 まだ意識がはっきりしない。でもたぶんこういう事だろう。柊はまだアタシの事をいつでも始末出来る対象と見ていて、柊がそれをするかしないかは、アタシのサービス次第だってことを遠回しに言ってるわけだ。 それに紋場三姉妹との関わりについては答える積もりはないらしい。 「なあ、あんたの色っぽい顔見てたら、もいちどやりたくなって来た。さっきはさ。あんたらが言うスマタだったんだろ。俺さ一度、アナルってやって見たかったんだよ。どうよ」 アタシは目をとろんとさせて、勿論、演技だ、黙って頷いて見せる。 「でも無理に入れちゃ駄目、、お互いに準備がいるの、、女の子でも乾いてちゃ無理でしょ、、、」 「乾く?ぷっ。面白れーこと言うな、、いいさ。やらせてくれるんなら時間かけてもさ、、第一、今日は何発でもやれそうな気分だしな。」 いちいちムカつく男だったが我慢した。さっきみたいに不意をつかれて首を絞められるようなドジな真似は二度としない。 「柊さんは、何を作る積もりなの」 柊の乳首を舌の先でねぶり上げる合間に尋ねて見る。勿論、アタシの空いた手は柊のペニスをじらし炙っている。 「作る?」 「さっき言ってたじゃない。三平の研究が完成したら次は俺の番だって。」 「そんな事よく、覚えてんな。」 「柊さんのこと興味があるのよ。」 勿論、柊は今のアタシの言動を命乞いの為の取り入り作戦だと思っているだろう。柊がアタシを利用するなら、アタシだってそうする。 アタシは本当に三平がこの屋敷で何をしているのか知りたかったのだ。柊の事なんて本当はどうでもよかった。 「新人類だよ。人類創世。つまりこの俺が本当に実在する神になる。」柊は目をつぶって恍惚としている。アタシの指先のせいだけではないのかも知れない。つまり柊は自分の言葉に酔っているのだ。 「なあ羽蘭、、実はクローン人間は、もう実用段階に入っているんだ。モラル上の問題があるだけなんだよ。でも下らねぇ人間のコピー作ったってなんの意味もない。せっかく一から人間をこね上げられるんだ。性能のいいのを作るべきだと思わないか。こういう思想は昔からあるんだぜ、真・神軍化計画ってな、神室家は先の戦争当時からそんな実験の手伝いもやって来たのさ。」 鶴継君が話してくれた毒蜜の話を思い出した。アタシは柊の乳首を甘噛みしてやる。 「くっ、、まあ神室の場合はクローニングじゃなくて純粋な人体改造だがな。三平はそっちの方は引き継がなかったみたいだ。奴ならそっち方面でも充分出来る筈なんだが、どうやらそれについちゃ家のほうでゴタゴタがあったみたいだな。もっぱら真・神軍化計画で生まれた副産物にご執心、、つまり植物を利用したバイオコンピュータの開発さ。」 柊はべらべらと良く喋った。要するに早くイかない為に男が頭の中で数を数えるのと同じ事だ。どうしてもアタシのアナルにその小汚い粗チンを突っ込みたいのだろう。 そろそろ潮時だ。あの地下室で見た写真の意味がなんとなく見えて来た今、この男からの脱出を考えてもいい頃だった。 それに紋場三姉妹の件については、純粋に三平の性癖から生まれた事件ではないかとアタシは考え初めていた。背後にどす黒い陰謀があるとか、両家の確執があったとか、多分全然そんなのじゃないのだろう。 要するに三平は「恋愛=相手との同一化」と考える人種で、我が儘放題で育ったこの男は自分の欲望をそのまま実行に移しただけの話なのかも知れない。勿論、その方が数倍、罪が深い。 アタシはフェラチオをする為に身体を入れ替えながら、先ほど脱がされたラバー製の防御服を柊に見られないよう身近に引き寄せた。なぜならそれがアタシにとって最も手に入りやすい武器だったからだ。
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2005/07/17
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「ねぇ自分でもやってみない、、気持ちいいわよ。アタシ、ホントのこと言うと、さっきので味しめちゃたみたい。」 「悪いが急いでいる。三平は儂が嬢ちゃんを取り返しに来た事を知って、死にものぐるいで妨害にかかってくる筈だ」 |
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斬馬は羽蘭を伴って薄暗い廊下を駆けた。外界に面する窓という窓は総て戸板でふさがれている。その戸板の隙間から漏れ出る光さえ、巨大な蛸蜘蛛桜の枝葉に遮られて、どこか濁って見える。
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それの形状を言い表すのには「蟹の甲羅を身に纏った巨大な蜘蛛」という言葉が最もふさわしいのだろう。 ただし、その甲羅の中心からは赤子のような体型の人型の上半身が突き出ていて、この生き物の創造主の悪意が伺える。 さっきまで柊と羽蘭がエロチックな死闘を演じていた部屋にその蟹もどきがいる。だがその佇まいは外見の獰猛さに似ず穏やかだ。まるで主の命令を待っている賢くて成熟した猟犬のようにも見える。 「・・・・来たか、、まずは匂いを覚えろ。この俺をこけにしたオカマ野郎の匂いだ。」 蟹もどきは床に座り込んだ柊よりも二倍ほどの高さがある。その蟹もどきの鋏のある脚がそっと持ち上げられて、刃先を柊の身体すれすれをなぞるように動かし始める。 鉄をも断ち切れるような鋭い刃を持つはさみだがそれは内側の事で、外側は小さな藤壺ににた凹みのある突起物が帯状に並んでいる。それがこの生き物の、嗅覚を司る器官なのだろう。 面白いことに、それと連動するように甲羅の頂上にいる赤子の形をしたどす黒い肉の塊が、深呼吸するような動きを見せた。 「そのオカマ野郎の側には、俺を殴った奴がいる筈だ。そいつも始末しろ。だが二人ともトドメはささずにおくんだ。死ぬ前にこの俺が奴らに唾を吐きかけてやる。」 どす黒い赤子の肉界の頭部に当たる部分に二筋の切れ目が走ったかと思うと、そこからホオズキを思わせる真っ赤な眼球が現れた。続いて、口に当たる部分に裂け目が広がり真っ白な鋸の歯のようなものが見えた。笑ったのかも知れない。 「判ったら行け。」 柊はグロテスクな赤子の顔に頷いてやる。蟹もどきは来たときの素早さで柊のいる部屋からその姿を消した。
柊だ。柊の作り出した怪物だ。柊以外の誰が、こんな馬鹿げた生き物を作り出すというのか。アタシには直感的にその事が判った。 蟹もどきの甲羅の上から上半身を突き出した小人は、しきりと自分の顔を撫でながら何かを呟いている。
アタシはその背の高い女がアタシの名前を知っている事に驚きを覚え、さらにはその声色に不思議な懐かしさを感じた。 |
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強大な蛸蜘蛛桜屋敷は、腹痛に苦しむ動物のようにぎりぎりと震えていた。屋敷に使われた填めガラスの類が割れる音さえ聞こえた。地面が揺れているわけではない。 それは跳ね橋をわたり終えてあえぎながら地面に倒れ込んでいる羽蘭・斬馬の二人には自明の事だった。 「今一体何が起こっているの?」 「戦いだ、、、屋敷の中で誰かが蛸蜘蛛桜と戦っている。」 「・・・えっ、あの女の人?」 「いや彼女は、不思議な霊気を持った人だが蛸蜘蛛桜と戦えるような力はない。あの柊でもない、、。」 「じゃ三平、、。」 「だろうな、、儂は今まで三平が蛸蜘蛛桜の力を操っていると思っていたんだが、、何かの事情で、制御できなくなっているのかも知れない。」 「屋敷の地下室で三平の曾おばあさんが蛸蜘蛛桜の根と同化してる写真を見たわ。柊は蛸蜘蛛桜は生体コンピュータみたいなものだとも、。」 斬馬はタネが三平に「母親の薬が切れた」と告げに来た事を思い出した。 屋敷中の異変が始まったのも、そのあとのことだ。三平の母親に、蛸蜘蛛桜に接続された曾祖母さん、、。それにあの旧日本軍兵士の亡霊達。 「お嬢ちゃん、他に何を知ってる?」 羽蘭が斬馬の胸元の傷を調べて顔をしかめた。傷自体は深くはないが、ギザギザの傷跡が痛々しかった。今は斬馬のハンカチで傷口を押さえてやる事しかできない。出血が少ないのが幸いだった。 「昔の軍隊が超人兵士を作ろうとこの近くに研究所を置いた話だとか、それに神室家が協力して、その時、神室の女は不老不死になったって鶴継君が言ってたけど。」 鶴継の名を口にした途端、羽蘭は何かに気付いたかのように、その顔を上げ橋の向こうで震えている屋敷を急いで振り返った。 「彼女、鶴継君だわ、、きっと。」 羽蘭はふらりと立ち上がると、屋敷に向かって歩き出した。 「馬鹿。何をする積もりだ。」 「だって鶴継君をたすけなきゃ。」 「止めろ、、鶴継って奴がどういう人間か知らないが、今の儂らには、この屋敷はもう手に負えん。ここの屋敷は因縁や怨念が強すぎる。それを蛸蜘蛛桜は栄養分にしてるんだ。儂らでは無理だ。紋場姉妹のことも諦めた。お嬢ちゃんを取り戻しただけで充分だ。これ以上儂を苦しめんでくれ。」 「・・ありがとう斬馬さん、でもここからはアタシの問題なの、ゴメンね。」 斬馬の顔が今まで見せた事のない表情に歪んだ。 「それなら私もいくわ。」 その時、彼らの背後から若々しいけれどせっぱ詰まった声がかけられた。 そこにいたのはカーディガンを羽織った制服姿の木佐貫理恵だった。右手には和弓、背中には矢筒を背負っている。ここまで駆けて来たのか息が荒い。 「・・理恵ちゃん、どうしてここに。」 驚いたように斬馬が後ろを振り返る。 「どうしてじゃないわ、神室屋敷に何か異変が起こっているのは村にいる誰もが感じてる、、もっとも誰もここに来ようとはしないけれど、、私は、お爺さんが心配になったのよ。」 斬馬は今、理恵が悪気なく発した「お爺さん」という言葉に深く傷ついていた。羽蘭を曲がりなりにも助け出した今、己の年齢という実態と体力の限界は、もう気力だけでは跳ね返せないものとなっていた。 「この子、斬馬さんの知り合い?」 羽蘭の声には棘がある。微妙な嫉妬が混じっていた事もあるが、何よりも神室屋敷の化け物ぶりを知っている身とすれば、一緒に屋敷に乗り込むという小娘は足手まといとしか良いようがなかったからだ。そこに排斥の念が生じるのは当たり前だった。第一、理恵の身が危険だった。 「・・ああ、紋場照葉さんと同級生だった娘さんで、照葉さんを探してる。儂はその事も頼まれておったのだ。」 「、、、。」 羽蘭の脳裏に地下室に寝かされてあった三つの死体の姿が浮かぶ。照葉の死を伝えればこの娘は引き下がるだろうか、いやこの子なら却ってその言葉を確かめに行こうとするだろう。 気の強そうな理恵の顔からそれが一目で判った。第一、羽蘭は自分に照葉の死を伝える力がない事を知っていた。 「斬馬さんは怪我をしてるの、誰かが面倒を見なくちゃ。」 それが理恵をここに縛り付ける為の、羽蘭が思いついた策略だった。実際、斬馬は一人で身動きが出来るような状況ではなかった。 「だったらあなたが側にいてあげて、お爺さんが傷ついたのはあなたのせいなんでしょう。」 理恵が強い調子で答えてくる。それを聞いた羽蘭の拳が握りしめられる。斬馬が驚いたように顔を上げる。だがやがて何事かを決意したように言った。 「二人とも行っておいで。儂の事は心配せんでいい。理恵ちゃんには、照葉ちゃんを探すこれが最後のチャンスかも知れない。そんな予感がするんだ。それに羽蘭、、あんたの決心もどうやら本物のようだ。二人とも、やって失敗した後悔よりも、やらなかったことの後悔を大きく感じる人種のようだからな、、いくがいい。だが危ないと思ったらすぐに引き返せ。あんたらの命よりも大きなものがあの屋敷にある筈がないんだ。いいな。」 羽蘭は不思議そうな顔で斬馬を見つめ、やがて納得したように理恵を見た。 斬馬は霊能者だ。常人にはないものが見える。おそらく神室屋敷に起こっている力場の混乱が、羽蘭達の進入を有利に導くと判断したのだろう。あるいはこの理恵という娘に何か特別な力があるのか、、。 そうでなければ羽蘭達の決意など一蹴していた筈だ。それに今、神室屋敷には柊を押さえる事のできる冬子という女性がいるのだ。 「幽霊眼鏡、又、借りていくね。」 「・・・ああいいだろう。良い考えだ。今も神室屋敷は荒れ狂っている。だがそれは儂が思うに内輪もめだ。三平が儂らを追ってこれなかったのはそのせいだ。幽霊眼鏡であの時のように活路がひらけるかも知れない、。」 「理恵ちゃん。理恵ちゃんはその矢をこちらに、」 そういわれた理恵は不思議そうな顔をして、たすきがけしていた矢筒を斬馬に手渡す。 斬馬は刃先の折れた縁切りを矢筒にあて、目をつむって神経を集中させている。 「・・なーに、呪いだよ。この矢が敵に良く当たるようにな、さあ行っておいで二人とも。」 羽蘭は自然に理恵の手を引こうとしたが、理恵はその手を無視して神室屋敷へ走り出した。 「ちっムカつく!」 そして数歩遅れて羽蘭が理恵の後を追って走り出した。
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2006/01/01
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