■ 激走!!まぼろしトラック ■

8: 兄と妹

「ばあさん、、無理させちまったかな。」
 途切れ途切れになりがちだった老婆の昔語りがついに途絶えた。老婆は座ったまま船を漕ぎ始めている。老婆をなんとかしてやろうと斬馬が腰を上げかけた時、二人がいる部屋の温度が一気に下がった。
 老婆の口や鼻、さらには耳の穴から白いドライアイスの靄のようなものが漂い始めている。それが一般的にはエクトプラズマと呼ばれている事を斬馬は知っていたが「言葉」としては縁遠いものだった。
 斬馬にとってそれは見慣れたものであり、敢えて意識的な呼称で呼ぶ必要がないものであったからだ。
「あんた依童か、、。あの石動神社と関係があるんだな。それにしても強烈だな。」
 斬馬が首をひとまわり見渡す。霧がますます濃くなっている。白い靄は老婆が発生させるものだけではなかった、この世界に隣接しているどこか別の空間から染み出してくるものの方が多い。勿論、斬馬にとってはそれもなじみ深いものだ。だがその量が圧倒的に多かった。
「これだと向こう側にいっちまえるな、、。完全に入り口になっちまってる。」
 斬馬がそう呟いた瞬間、彼は神社の境内に立っていた。彼の側には庭を掃いている若い男がいた。灰色のズボンに白い開襟シャツ。平均的な服装だったが、男の癖に妙に艶めいた雰囲気を持っている。
 名前は判っている。木佐貫朔児、この神社の跡取り息子だ。老婆がつい先ほどまで語り詰めていた当の本人だった。
「朔児兄さん!朝御飯の用意が出来ました。」
 木佐貫一家が住居用に使っている棟から、朝の張りつめた空気によく似合う声で、妹の綾菜が声をかけてくる。
 朔児の顔が上がると、斬馬の視点もそれにつれて移動する。夢の仕組みと同じか、、と斬馬は思った。朔児は斬馬であり、斬馬は朔児ではない。
 朔児は大きく頷いてそれを返事の代わりにすると、神社の向こうに見えるこんもりとした黒い森の天辺を見つめた。
 あの森の向こうに蛸蜘蛛桜屋敷がある。なんとしても色狂いの当主から妹を守ってやらねば、、そんな決意がいつものように朔児の腹から湧いてくる。朔児はその女性的な見かけに依らぬ芯の強い人間だった。

「朔児、、もうよかろう。」
 朝食の食器が女たちの手で片づけられようとする頃に、朔児の父、有太郎が茶をすすりながら言った。
「元来、屋敷のお目付役であるこちらが何故、綾菜を差し出す必要がある?」 
 朔児の口調がきつい。たとえ抗弁の相手が、木佐貫家にとって婿養子の立場の人間であろうとも、自分の父親なのだ。その無礼さは、この時代にあっては考えれれない事だった。
 が、朔児には次期神主という既成事実以上に、本来女系の血筋である木佐貫家の中で、男として初めて依童の力を発現した者という自覚があった。
「取って喰おうというのではない。奉公に上がらせろと仰ってるだけだ。名誉なことではないか。」
「親父、あんた、本当にそんな事を信じているのか?第一、今の木佐貫には子どもを生める女は綾菜しかいない。綾菜を外に出してしまえば、木佐貫の中で依童の血筋は絶える。」
「しかしそれはお前がおるから大丈夫だ、それが判っているからこそ当主様も綾菜のことを」
 と言いかけて有太郎は言葉を飲み込む。思わず自分が綾菜を人身御供にすることを言下に認めそうになったからだ。
「どこの世界に、自分たちの事を睨み続けている家系の存続を願う人間がいる。俺は特別だ。、、依童の血は木佐貫の女たちにしか流れない。その事を俺は誰よりも一番よく知っている。」
 ポマードでオールバックにした前髪から幾筋かの黒髪がパラリと落ちて、朔児の形の良い白い額に掛かる。
 絵に描いたように美しい瞬間だが、どこか居座りが悪い。村の娘達は、これを見て心をときめかすが、逆に朔児に近寄れないでいるのはその居心地の悪さ故のことだ。
「、、、。だが何故、当主様を睨み続ける必要がある。それが儂には納得できん。この村を実際に支えているのは当主様じゃ、第一この神社とて、、」
「石動神社に奴らが金を出し続けるのは昔からの蛸蜘蛛桜との取り決めじゃ、別に我らが奴らに飼われているわけではない。それに切りつめれば村の衆からの金で十分やっていける。贅沢さえしなければな。」
 朔児が有太郎を睨む。婿養子に入った憂さ晴らしの遊興三昧と言えば、まだ聞こえはいいが、有太郎の金遣いの荒さは彼、本来の気質故のことだった。自分の村でもそれで親の財産を食いつぶしかけている。木佐貫に養子に入って、妻をなくしてからは益々、金遣いが荒くなっていた。
 そういった男でも頭を下げねば、外部の男を婿に迎え入れられない弱みが木佐貫家にはあったのだが。
「お前、綾菜の事になるとえらく強情になるな。やってしまったのではなかろうな。」
 有太郎が、ニヤニヤ笑いと引きつれた声というアンバランスな組み合わせで、親子関係の一線を越えた話を持ち出す。その事に触れれば朔児は、引き下がらざるを得ないと踏んでのことだ。
 途端に、有太郎が手に持っている湯飲み茶碗が縦に割れて、中の茶がこぼれ落ちた。有太郎の顔が真っ青になる。自分の手のひらの中に違う力が流れ込んだのが判ったからだ。
「ほう、、珍しいこともあるものだな。」
 朔児はそう言ってから首をひねって炊事場に声をかける。
「おーい誰か、父上の湯飲みが割れた。何かふくものと湯飲みの代わりを持ってきてくれ。」
 血相を変えてやってきたのは綾菜だった。もう袴に着替えており、いかにも登校前の女学生という風情だった。綾菜は父親の着物の前身頃から膝上にかかった茶を丁寧に拭き始める。
「綾菜、、そこそこで良い。学校に遅れるぞ。お前は勉強をしろ。建前だけの古い習慣なんぞ、これからは役にはたたん。」
自分で呼びつけておいて、そう言ったのは朔児の方だった。
 綾菜は自分の父親と兄の顔を交互に見比べる。もうよいと、不承不承に頷いたのは有太郎の方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  白い鍵盤の上を、ぴったりと手に張り付いた黒いゴム手袋の指先が踊る。アタシは三平という男の才能の莫大さに圧倒され始めていた。
 三平が弾いている曲がどういったものなのか無学なアタシには判りようがないのだが、それが本物だという事だけは、背筋を突き抜ける感情で判った。
 さんざんいたぶられた相手に「感動」などという上等な感情は抱きたくなかったが、これ以上、三平のピアノをまともに聞いていると涙が出そうだった。
 アタシは椅子から立ち上がって、開け放たれた窓辺に向かった。そうだ、アタシが三平の誘いに乗ったのは、鶴継君の姿と三平を同時に視認する為だったのだ。それがかなうなら、三平と鶴継君は同一人物ではないと断定できる。
 窓の外には蛸蜘蛛桜が燐光を放って、天空に掛かる満月とその妖美を競っていた。
 目が闇に慣れてきた頃、中庭を挟んで真向かえにある鶴継君の部屋の窓が見えた。分厚いカーテンのせいで、先ほどまでは視認できなかった人影が揺らめいて見える。
 その動きは馴染みのあるものだった。セーター状の上着を脱いでブラを外している?
 その影は何度か部屋の中を行き来して、部屋の灯りを落としてしまった。続いてぼんやりと白いモノが先ほどまで窓があった位置で動いた。それが開け放たれた窓から揺れて見えるカーテンだと気付くまでに数秒かかった。
 その向こうに鶴継君がいるはずだったが、ここからではいくら目の良いアタシでも彼の顔は見えない。せめて蛸蜘蛛桜の樹皮や葉が放つ燐光の光が弱くなれば、、。
「綺麗な月だろう。その光に比べれば蛸蜘蛛桜の放つ光など只のまがい物だ。私はその内、本物の光を纏うよ。」
 いつのまにか三平がアタシの背後に立っていた。蛸蜘蛛桜の呼気が人の知覚に混乱をもたらすのだ。
「アタシの身体に触らないで!!」


 「出てこい朔児!!」
 珍しく、普段大きな声を出したことのない有太郎の怒声が境内から飛んできた。膿んだ顔に酒臭い息、朝帰りだ。
朔児がうっそりと母屋から出てくる。
「あれはなんだ!?」
 有太郎は境内の端にある小さいな庭園に首をねじ向けた。
そこに削り出されて間もない小さな猿の石像があった。
「鬼門を睨む猿だ。見ての通り。俺が作らせておいた。」
「お屋敷の方を向いておる。」
「まさに、鬼門だからな。」
 有太郎の顔色は度を超えた怒りの為に赤から青へと変化している。
「妹を庇うためにそこまでするかっ!」
「それにあの猿の石像、誰の金で彫らせた。儂の許しもなく。」
「お婆には相談したぞ。それにこの家にはあんたの金などない。あんたは綾菜のことで神室から端金を恵んでもらっているらしいが、それに手を付けた覚えはないしな。」
「ふざけるな、この男女がっ!!」
有太郎が朔児の頬を平手で叩いた。
「あんたみたいな人間が神室の妖力をより強くさせるんだよ。」
 朔児は頬も庇わず有太郎を睨み付ける。朔児の白目がち切れ長の目の力が増している。
 有太郎は今までやって来た自分の女遊びの中で、こんな光景を見た事があると思った。相手は自分の息子だ。嫉妬に狂った女ではない、ない筈なのに、そんなふうに思えてしかたがなかった。
「妖力だと、、何を失礼な事を、、いくら神主の息子だからと言って言って良いことと悪いことがあるぞ。」
「心まで神室に買われたか、、。実の父親が自分の娘を差しだそうとする、それこそ神室の呪術だろうが。」
 埒があかないとでもいうように朔児は石猿と自分の父親を見比べて言った。
 神室の村に対する影響力はあまりにも大きすぎる・・自分の頬の痛みがそう認識させた、、風水の鬼門封じぐらいでは追いつかない、後は実力行使しかないのだ。
 今日、蛸蜘蛛桜屋敷に直接乗り込む。乗り込んで妹に手を出さないと当主の八知助に約束させる。


 残念ながら朔児の戦いの結果は判っていた。現在でも神室家は黒い毒を巻き散らかし続けているし、鬼門を睨む猿の石像の顔は削り取られ、今は「顔なし」様と呼ばれながら村人の記憶からも消え去ろうとしてるのだから。
 では何故、ばあさまは儂にこの世界の門を潜らせたのだろう。
 朔児の戦いぶりの中に、現在の状況を打開するようなヒントが隠されているとでも言うのか、、。

 一年後、女学校を卒業した綾菜が神室家に使用人としてあがった。綾菜に対する神室家からの無理強いは、ある日を境にしてぴたりと止まったていたから、それは綾菜自身の意志であった。
 綾菜は失踪した自分の兄、朔児の行方を探るつもりで神室家に入ったのだ。
「使用人の数は足りておると申しておいたはずだ。ここで一体、何をするつもりだ?」
 当主の八知助が床にひれ伏している綾菜に言った。一度は自分が懸想した相手にかける声色とすれば、それは恐ろしく空々しく冷たいものだった。
「でも親方様は私を雇って下さいました、。」
 謙りながらも自分の意志は表明する。綾菜は近代女性の先端としての自覚を持っていた。それは兄・朔児が常に自分に言い聞かせてきた事でもあった。
「儂ではない、、屋敷にお前を迎え入れて欲しいというものがおってな。それを断りきれんかっただけのことじゃ。」
 その人物を思いだしてか面長の公家顔をした八知助は、悩ましい表情を一瞬見せた。そしてしばらくの沈黙の後に口をひらいた。何を思いついたか、その表情に狡さが見えた。
「ならば陰姫の身の回りの世話をすると良い。気むずかしい女だがお前なら扱える。」
「陰姫、、。」
 綾菜が始めて聴く名前だった。村の人間にとって神室家の総てが謎であったが、それは見えない「謎」ではなかった。村人たちは神室家の一番身分の低い使用人の名前まで知っていたのだから。
「話はおわりじゃ、外に下男の睦朗がおる。この儂に陰姫に仕えろと言われたと伝えればよい。後は睦朗に従えばよい。」
 そう言い残して八知助は早々と奥の部屋に立ち去る。
ゆっくりと顔を上げた綾菜は、始めて入る事の出来た蛸蜘蛛桜屋敷の部屋の内部を一つ一つ確かめるように見つめていた。


 綾菜との接見を終えた八知助は屋敷の奥まった部屋で、事の次第を自分の母親に報告している。  
「残酷じゃのう。」
 老いを全く感じさせない薔薇色の唇から、嗄れた声が震えながら流れ出た。
「残酷?惚れた相手と引き合わせてやるのが残酷ですか。」
 八知助が不思議そうに、どう見ても三十路前にしか見えぬ自分の母親に、猫が飼い主にじゃれるように言った。
「お前はおなごの心が判らぬ。」
「八知助を、そういう男に育てたのは貴女ではないのですか。」
「私はお前を育てた覚えなどない、、、神室家の人間は総て、蛸蜘蛛桜に育てられて来たことを忘れたの?」
「では尚更です。綾菜を変わり果てた朔児に引き合わせるのは御木の意志に叶うのではないかと。」
「またそのような戯れ言を、、、お前、綾菜が苦しむ様を、、、いやお前が女にした朔児の苦しむ様を見たいのであろうが、、、。」
 八知助の顔に隠微な笑みが浮かぶ。
「朔児の本当の姿を私に教えて下さったのは、母上あなただ。」
「あの時は久しぶりに若い男の精が吸えると喜んでいたのだけれど、、結局はお前のものになったねぇ」


「こっ、これは誰の視点だ。止めろ!!」斬馬がそう強く念じた途端、八知助と女がいる空間が、凍結したのは斬馬の霊能の高さ故か、、。
 いやそれにしては門を閉じた筈の斬馬が現世に戻ってこれないのはどうしてか?朔児を中心とした不完全な一人称の視点で、向こうへの扉は開かれている筈だ。ところがここには朔児どころか綾菜さえいない。
 勿論、霊界とはチャンネルのようなものであり、それ自体が人間界に関わろうとする意志を持っているわけではない。
 過去の恨みは「恨み」の形態として門にシフトするが、霊界が、その境界線を飛び越えて人間界で復讐を果たそうとするわけではないのだ。
 故にこの場合、朔児が意志的に何かを斬馬を教えようとしているのではないのだから、可能性としては、八知助だけが登場する門が開いてもおかしくはない。
 だが、、依童としてのばあさんが開いたのは朔児のチャンネルの筈だ、、。なぜ八知助だけが登場する?
 ばあさん、、あんた神室に引っ張られているのか?待て、人間にそれ程、強い霊能が発揮できるわけがない。
 一端開いたチャンネルを混乱させてしまうほどの強い力が働いているのだ、、蛸蜘蛛桜か、、、。
「いかんぞ、このままでは流される。」
斬馬がそう思った途端に、場面が飛んだ。

 

 

 

 八知助が朔児の腕をねじり上げて、その身体を自分の下に組み敷く。黒光りする廊下に朔児の細面の顔が歪むまで押しつける。朔児の色白の肌に、汗で前髪の一筋が張り付いている。
 この場面、通常の人の目には八知助という頑強な男が朔児という優男を取り押さえているようにしか見えないだろう。
 だが彼らの思念は肉体以上の戦いを繰り広げていたのだ。
 朔児は自分を戒めている八知助の身体の筋肉の結合を総て解こうと思念を送り、八知助はその思念を防御しながら、朔児の呼吸を思念によって絶とうとしていた。
「ほう、こうして見るとお主そそるな。なにやら催してきたぞ。母上の仰ったことも満更嘘ではないかもな、」
 悪態をつこうとする朔児だが気道を狭められている彼にはかすかな声しか出ない。
「あっああ、、ひゅう、、」
 何を思ったか八知助は、大きく開かれた朔児の口に自分の口を重ねた。
 朔児は異常に大きく反応し、その身体をこわばらせたが、八知助の決めた技からは逃れ出る事が出来ない。八知助の筋肉の固さを思わせる舌が、朔児の口の中を犯してまわる。
「はっああ、ひぃ」
 糸を引く銀色の唾液でお互いの口をつないだまま八知助が一端、朔児からその顔を離す。
「木佐貫の跡取りは男女だという噂を聴いた事があるが、どうやら本当のようだな、、。どれ、この私が事の真偽を確かめてくれようぞ。遊びの法力合戦はもうおしまいじゃ。」
 朔児を捕らえている八知助の思念が一気に膨れ上がる。その大きさは圧倒的だった。その時、朔児は己の未熟さと思い上がりを知った。
 八知助の力は人の持つものではない。蛸蜘蛛桜の力を借りているのだ。そしてこの俺は蛸蜘蛛桜の膝元で神室に戦いを挑んでしまったのだ。
 次の瞬間、爆発するような痛みとともに、朔児のあらゆる関節が無効化された。
「な、なにをする」
 逆に声は出るようになった。勿論それは八知助が、これからの状況をより楽しむ為にそうしたのに過ぎない。
「だから先ほど言った。お前が男女だという噂を確かめてやるとな。木佐貫家に男の依童が出たと聴いて、そこからそのような噂がでたのだと思っていたが、、違うようだな。お前の身体は半分、おなごじゃ、しかも上物のな。」
「くっ、、殺せ、、ころしてくれ。」
朔児が狼狽えたように言った。
「そうしてやる、我が神室に真っ向から楯突いたのだからな。だが時間はたっぷりあるぞ。」
 八知助は朔児のシャツをむしり取りながら言った。艶やかで雪のように白い肌が露出する。胸の筋肉の先端が少しだけまろみを帯びている。乳首は男のものよりも一回り大きい。
「身体は正直だな、、これから起こる事に喜んで乳首が立っておる。」
「ばっ馬鹿なっ、、。」
 朔児が瞼をきつく閉じる。身体の自由を完全に失ってしまった朔児にはそれしか抵抗のしるしがなかった。
 八知助が朔児のベルトをもどかしげに緩めズボンの中に手を突っ込む。八知助に微妙な表情が浮かんだ。
「小さいが確かに男の印はあるようだが、、さて、、?」
「くぅ、、殺せぇ、、、」
 朔児が絞り出すような声をだす。綾菜にだけしか許した事のない部分が今、男の手になぶられている。
「おお、、半陰陽か、、聴いたことはあるがこれほど身近にいようとはな。」
 暫く朔児の女の部分をもてあそんでいた八知助は何を思ったのか朔児のズボンを下着ごと完全に脱がしてしまう。
「もうそろそろ女の身体には飽きておったころよ。どれ」
 八知助はオンナの恥丘から小さいけれどそそり立った瑞々しいピンクのペニスを眺めおろした。
「舐めてもらいたいか?」
「馬鹿なっ!」
「お前が妹に固執するわけがわかった、、これだな。お前の身体では恥ずかしくて普通の女とはつき合えまい。」
「違う、、綾菜とは、、そんな気持ちで」
「お前の戯れ言など聞く耳もたぬ。ならば私がお前にとっての始めての男になってやるぞ。」
 八知助が朔児のペニスにむしゃぶりつく。八知助の腰は朔児の顔の前にある。
ブパッ、一端、朔児のペニスを吐き出した八知助は己の怒張したペニスに手をあてがい朔児の頬に擦りつけた。
「どうした。口は動くようにしてあるぞ」
「ならば舌をかんで死ぬ。」
「誇りある男ならばとっくの昔にそうしておるわ。お前、私と組み合っている内に自分の身体が反応していたことを気付いておったろう。」
 図星だった。単純な組打ちならそうはならなっただろう。
 だが朔児には霊能者同士の思念を通じた肉体的な攻撃が、このような性的な興奮を呼び覚ます事をその時に知ったのだ。
「いや死んでみせる!」
 朔児の必死の決意は肉声ではなく思念の声として八知助の意識に届いた。
「お前が欲しくなった。お前が私のものになったら綾菜はあきらめる、どうだ!」
 数秒後、朔児の赤い舌が八知助のペニスを求めてぬらぬらと動いた。
 朔児の妹への想いが勝ったのか、それともこのまま男に抱かれたいという肉欲がそうさせたのか、、それは誰にも判らないことだった。 


「八知助に破れた夜、恥ずかしいことに蛸蜘蛛桜に抱かれて犯される夢をみた。」
 神室屋敷の蔵にしまい込んであったものかこの時代ではもう余り見られなくなった七重の着物を着た女が顔を伏せてそう呟いた。
 眉が見えるか見えないかの位置で真っ直ぐに切りそろえた前髪が少し揺れる。かって村中の女達を魅了し忌避させたその仕草が形を変えてそこにあった。ただしその髪は腰に届くほど長い。
 陰姫の前にひれ伏した綾菜の身体は小刻みに震えている。自分の中にわき上がってくる感情の正体が掴めない。朔児に再び出会えたという圧倒的な安堵の感情なのか、それとも変わり果てた朔児への怒りなのか、、あるいは、、。


「触るんじゃねっ!!」
 アタシは十八番のドスを利かせた声で、肩に伸びようとしてきた三平の指先を制止すると、後先も考えずに目の前の窓から飛び降りた。
 でも、この部屋が二階でそこそこの高さがあるのは判っていたが、悪くても足を挫くぐらいで済むだろうという読みが働いたのだから完全に自失していたわけではない。
 その時アタシの感情を支配していたのは、何故か「鶴継君に裏切られた」という思いだったのだ。
 蛸蜘蛛桜が植えられてある広大な中庭に着地した途端、頭上で何かを注意するような三平の強い声が聞こえたが、アタシはそれを無視して真向かいにある鶴継君の部屋に向かって走り出した。
 地面は蛸蜘蛛桜が地に張る太い根があらゆる場所で隆起している上、羊歯や苔の類が密生していたので、この上なく走りにくい状態だった。
 それに蛸蜘蛛桜が発する圧倒的に甘くて濃度のある匂いが、アタシの意識をさらに混乱させていく。
 鶴継君が女の子?そんな馬鹿な、、このアタシが相手の性別を見損ねるわけがない、、、三平は鶴継君と自分が同一人物ではないかとアタシが疑っているのを知っている。
 三平の部屋の前であんな手の込んだいたずらをしたぐらいなのだから、、、そう、今だってワザと鶴継君の部屋に別の女の子を潜ませておいて、、、。
 でも、なんの為にそんなことを、、動機、、、動機なんて簡単だ、三平はとにかくアタシが苦しむことならなんでもしてみたいんだ。
 それともあそこにいたのはやっぱり彼で、鶴継君は下着女装の趣味があるのかも、だって脱衣場で彼はアタシが着ていたレズリーのゴムの皮に顔を埋めていたもの。
 ・・いや違う、、あの仕草は絶対にオンナのものだ、、チクショウ、、なんで、なんでなんだよう。

 蛸蜘蛛桜が点滅させる燐光と、先ほど三平が引いていたピアノ曲の旋律が頭の中で同調して、ますます私を混乱させる。
 あんなに才能があるのに、こんなに恵まれているのに、人をいたぶる事でしか満足を得られないオマエが憎い。
 負けるもんか、オマエなんかに負けるもんか。
アタシはプロの女王様よ、きっとオマエを跪かせてやる。
 下らない自負心だと判っていた。アタシは単なる頭の弱い風俗にしか過ぎない、しかも身体だって親の反対を押し切っていじってしまった底抜けの変態だ。
 けれど今はその自負心に頼りたかった。
「アタシはプロの女王様なんだ」隆起する根瘤に躓いてそこから起きあがる度にアタシはそう念じた。
 そうして中庭の中央、つまり蛸蜘蛛桜の根本までたどり着いた時に、アタシは再び根瘤に足をとられて転びそうになった。
 もう嫌だと思って地面に手を突こうとした。
 手のひらにひんやりとした硬い感触が返って来るはずだったものが、そうはならなかった。
 そこから返ってきたのはアタシにはお馴染みの、その下に骨を隠した裸体の柔らかな感触だった。裸の人間?こんな所で何故こんなものが、、ショックのあまりに手を引っ込めようとしたが、勿論、そこに預けた自分自身の体重がそれを許さなかった。
 唯一の救いは蛸蜘蛛桜の放つ燐光だけでは、地面の闇の中に潜むものの正体は、定かに見えないという事だった。
 それでもアタシはぼんやりと見えたそのものの恐ろしさで反射的に手のひらをもう一度グンとついた。
 その途端、何処からか風笛のような断末魔の悲鳴が上がった。
 同時に、そう、まったく同時にアタシの頭上から何か重たくて柔らかいモノが降り注ぐようにバラバラと落ちてきた。
 この訳のわからないものは蛸蜘蛛桜の枝振りから落ちてきてるんだ!!そう思った途端、アタシは気を失っていた。

 

 
2004/08/14

■ 激走!!まぼろしトラック ■

9: 縁断ちの小太刀

 命あるモノは必ず滅びる。しかし人はその無常を受け入れようとはしない。そこに総ての妄執が生まれる。愛憎もしかり、、だが、それはそれでよいではないか、、何故、そこから解脱する必要がある。
 薄暗い蔵の中でもつれ合う朔児と綾菜の青白い裸体を眺めながら斬馬の頬は涙で濡れそぼっていた。
「斬馬さん、斬馬さん、朝ですよ。」
 理恵が掛け布団の上から斬馬の身体を揺すっている。
斬馬は皺の目立つ手で頬を擦りながら半身を起こした。
「、、儂に布団を掛けてくれたのは理恵ちゃんか、、ん、、ばっさんはどうした?」
「斬馬さんに用意したお部屋に人気がなくて、いつまで喋っているんだろうと思ってたんです。こっちは定期テストの勉強で徹夜ですから、、頃合いを見てのぞきに行けばいいかなって、、でも吃驚しました。二人とも死んだみたいにそのままで寝てるんですもの。」
「理恵ちゃんがここに来てくれたのはいつ頃?」
「午前3持をすこし回っていました。婆ちゃんは軽いから私の部屋におんぶしていって、斬馬さんはあんまり良く眠っていたんで掛け布団をかけただけで、、ごめんなさい。」
 朔児の世界に転移を果たした後、知らない内にこちらに戻ってきてそのまま眠ってしまったらしい。斬馬に対する何者かの悪意が、あの転移の力を呼び寄せたのなら、睡眠への平穏な移行などあり得ない筈だから、昨夜は何か違う力が自分たちに作用していたことになる。
「いいさ、いつもはトラックの運転席で眠ったりするんだ。で、今は」
斬馬が腕時計を見るまでもなかった。
「6時半です。朝御飯の用意が出来てます。」
 確かに何処からか味噌汁の匂いが流れ出ていた。現金なモノで、あれほどの悪夢世界に閉じこめられながらも朝御飯の声を聞いて斬馬の腹はぐぅと泣いた。
 だが並の霊能者ではこうはならない。昨夜のような霊体験を経た後では食欲どころか心身ともに憔悴しきっているのが普通なのだ。
「よし、じゃ、ごちそうになるか、、でも、頼むから湯飲みは割わんでくれよ。」
「えっ?」
「・・いや、つまらん戯れ言だ。第一、嬢ちゃんはしかりものの妹の方だからな。」
 斬馬は白い飯が自分の喉をぐりぐりと下り落ちていく感覚を楽しみながら焼き魚に箸を運ぶ。若い頃は痩せの大食いとか言われる程、大食漢の斬馬だったが今はさすがに食は細くなっている。それでも並の老人以上のたべっぷりだ。
 そんな斬馬の様子を理恵の婆様が嬉しそうに眺めている。
「決めたよ、お嬢ちゃん、。」
「えっ何をですか。」
「若い頃のようにやるってことだよ。儂みたいな人間が妙に分別くさくなっては、なるもののならんてえことだな。」
 理恵は自分の茶碗に白米をよそいながら怪訝な顔をする。
「今日、神室のところへ直談判に行くつもりだ。」
「その時、照葉ちゃんの事も聞いてやるよ。」
今度は理恵の顔に微妙な表情が浮かぶ。
「こう見えても儂、昔、取り立て屋を家業にしてた事あるんよ。結構、やる時はきつい人なんだよ。」
理恵の口元が堅くなる。
「・・いや逆に相手がこっちを爺と思って口を滑らすって事もあるかな、、。」
 やっと理恵の顔に笑顔が浮かんだ。斬馬が危険を冒さないかと気使っているのだ。どこまでも優しい娘だった。

 村の外れに止めておいたトラックの座席の下に斬馬は顔をつっこんでいる。そして座席の裏側にガムテープで止めて隠しておいた「縁絶ちの小太刀」を取り出す。
 白鞘に収まったそれを斬馬は背中のベルトの隙間に差し込んだ。斬馬は常に姿勢がいいから上着を羽織るとその小太刀の存在はほとんど判らない。
 ここから神室屋敷へは、林道を使うと村中を通らずに一直線で到着する。空は雲一つない青空で空気も透明度が高く紫外線がきつそうだった。腹には先ほど食べた朝食が良い具合にこなれ初めている。
 いかにも美しい日本の山里の光景の中、斬馬は小太刀が放つ耐え難い冷気を腰の後ろに感じながら歩き始めた。

 腰裏に差した「縁断ちの小太刀」は、斬馬が霊能者として世の中に認知され始めた頃に手に入れたものだ。
 悪霊に祟られた者は藁をも掴む思いで様々な職種の人間に声をかける。財力があればあるほど、その数も種類も多い。有名な宗教者から得体の知れない自称霊能者まで、、。後に小太刀を斬馬に委譲する事となった矢井田家もそうだった。
 従って斬馬が声をかけられた時には、矢井田家では自分たちが何に祟られているかがはっきりと判っていたし、何が祟っているのかその対象も判っていた。
 だが矢井田家が雇い入れた霊能者達は誰一人としてその原因を取り除くことが出来ないでいたのだ。
 一振りの自害用に使われた小太刀が矢井田家を祟っていた。そこまでは判っていたのだ。斬馬に声がかかった頃には万策つきた矢井田家にはあきらめのムードが流れていた。
 まして最後にやって来たのは霊験あらたかなる大僧正ではなくただのやくざめいた個人トラックの運転手だったのである。

 その小太刀は矢井田家の奥座敷の柱に突き刺さっていた。何も根本まで深々とその刀身を埋めていたわけではない。切っ先が数センチ、木目に沿ってめり込んでいただけだ。だがこの小太刀をだれも柱から抜き取る事が出来ないでいた。
 斬馬が頼まれたのはその小太刀を抜き取る事だったのだ。
 斬馬はすたすたと部屋に入っていくと、畳から70センチほど上の高さで柱に突き刺さっている小太刀の柄に手をかけた。
 途端に柄からイメージが斬馬に流れ込んでくる。
和服を着た男がその前をはだけて、自分の股間を壁際に追い込んだ女の顔に押し当てていた。膝を割って座り込んだ女は、そんな男の行為を受け入れているのか拒否しているのか、、そのイメージからは判然としない。
 じゅぶじゅぶとペニスをすすりこむような淫猥な音が漏れ聞こえたかと思うと、自分の喉に差し込まれた異物を吐き出そうとするえづくような音も聞こえる。受容と拒否が同時に進行するのは、ここで展開されるイメージが単純に過去の現実を反芻しているわけではないからだ。
 それが証拠に、助けを求めるように畳を叩く女の手元に忽然と小刀が出現し、女はそれを逆手に握りしめて、男のペニスで膨れ上がった自分の喉を突いたのだ。
 その勢いはあまりにも強く、小太刀の切っ先は女の喉を貫通して彼女の背後にあった柱にまで届いた。
 女の白い喉からどくどくと血が流れ出る。男は何故か恐怖よりも極度の快感に我を忘れていた。
 斬馬はそのイメージを追い払うと、柄を握る手に力を込めた。今度は新しいイメージが浮かび上がる。
 小太刀は壁際でもつれ合う男女の間に割り込んできたもう一人の女の手に握られており、それはフェラチオに我を忘れている女の喉に突き立てられた。
 そして今度の小太刀の切っ先も同じように柱にめり込んでいる。
その時、斬馬はすべてを霊視し理解した。この小太刀に込められた念が矢井田家の「縁」のすべて断ち切ってしまったのだと。
 縁、すなわち家族・親族・地縁、歴史、小社会、、矢井田家におけるそれらすべてのつながりをこの小太刀がこの時に断ち切ってしまったのだ。
 斬馬は無造作にそれを柱から引き抜いた。念仏を唱えるでも尊を上げるわけでも、護摩を焚くわけでもなくだ。それが斬馬の力だった。
 斬馬は他の霊能者同様、俗に霊界と喚ばれる「現実界に干渉する特殊な力場」を関知する事が出来る。
 その力場は、あたかも何かの意味や物語、あるいは何者かの意志が宿っているように見える。しかしそれは錯覚だ。
 そこには意志や物語などはない。そこにあるのは「現実に干渉しようとする力」だけだ。映画はスクリーンの上に踊る色彩ある光の乱舞に過ぎない。そう言った認識がなければ映写機のスイッチを切れない。幻の物語に振り回されるだけだ。
 斬馬にはそれが出来た。何故出来るのか本人にも判らない。霊の発生する力場に何らかの形で干渉する事ができるのだ。 
 その力によって斬馬は並み居る名高い霊能者が誰一人として成しえなかったこと、つまり小太刀をいともたやすく引き抜いたのである。
 それ以来、小太刀は矢井田家の縁を断たなくなった。ただ一端、断たれてしまった縁はそれこそどんな霊能者であっても修復できるものではなかったが、、。
 斬馬はその後の矢井田家の事は知らない。斬馬は礼金と処理してくれと頼まれた小太刀を持って矢井田家を離れた。
 その縁断ちの小太刀を未だに斬馬が持っているのは、小太刀の力がいっこうに衰えていない事を知っていたからだ。小太刀はあらゆる縁を切る。良縁であっても悪縁であってもだ。その力はいつか役に立つことがあると斬馬は考えていた。
 そしてこうして神室屋敷に訪れる前に、「縁断ちの小太刀」を備えたという事は、斬馬が神室に対して並々ならぬ警戒心を抱いているという証明でもあった。

 神室館は洋館と純日本家屋の様式が奇妙に混じり合った建築物だった。回廊式になっているから見ようによっては黒い洋城のように見えなくもない。物見の塔は、神室屋敷の中心からかすかに突き出て見える巨木、、つまり蛸蜘蛛桜の頂点だ。
 屋敷の前にある深くて幅の広い堀と橋のせいで、ますます洋城の印象が強くなる。
「ふん、入れず逃がさずのはね橋か、、、念の入ったことだ。」
 斬馬は堀を満たす濃い緑の水と屋敷側にある吊り上げの為のからくりを交互に眺めながらつぶやいた。
 玄関の両開きの大扉は車の出入り用らしく、小扉の方にインターホンが付いていた。小扉と言っても比較上の話で、普通の家の玄関ぐらいの大きさはある。
「はい、どなた様?」
 老いた女の声。木佐貫の婆さんと知り合いだというお種婆さんに違いない。話は木佐貫の婆さんがすでに通してくれているはずだった。
「こちらにご厄介になっておるウランという娘の祖父で斬馬と申します。親族に不幸がありまして、仕事の途中かとは思いますが、どうしてもつれて帰らねばいけません事情がありましてのう。」
「それはそれは、、、急いで当主に用向きを伝えますけに、、、中にお入り下さいませ。」
 玄関のドアの施錠が解かれる金属的な音がかすかにした。カメラ付きのインターホンといい、、古風な見てくれにだまされてはいけないと斬馬は気を引き締めなおして、神室屋敷に足を踏み込んだ。
 下町のなんとかハイツなら3棟は収まりそうな前庭の中央に黒塗りのベンツが止めてあり、尊大な雰囲気の小柄な男が車を磨き上げていた。
 斬馬は屋敷の上がりがまちの前で小さくお辞儀している老婆に会釈をし、その男にも頭を下げたのだが、男には無視されてしまった。
 ベンツという車のグレードと自分のそれを混同しているのかもしれなかった。たかが運転手風情がと、若い頃ならこの時点で男をしばき倒していたのだろうが、斬馬は奇妙なほほえみを浮かべながらタネばあさんに歩み寄るばかりだった。
 そして今度は、背後から恐ろしいほどの勢いで突っ込んできた一人の男に突き飛ばされそうになった。
 男は多々良を踏む斬馬を一瞬振り返り、苛立たしげに舌を鳴らした。黒いパンツに黒いシャツ。削いだような作りの顔とその色だけが異常に白くて全身からは剣呑な雰囲気が立ちこめている。
 ここでも斬馬は詫びるように頭を下げた。それを認めたのか、男はそのままタネの横をすり抜けて母屋にその姿を消した。
 ようやく上がりがまちまでたどり着いた斬馬は、タネの背後に大柄な二つの影が並んでいるのに気が付いた。
 二人とも馬面で、よく似た顔をしていた。おそらく双子なのだろう。表情の中に欠けているものあるのも二人とも一緒だった。何らかの知的障害があるのかもしれない。
「よくよくこの屋敷には個性の強い方が集まっておられるようで、、。」
 斬馬は柔らかい声で目の前のタネ婆さんに感想を述べた。
「村のもんはこの儂と運転手の黒部だけじゃ。後は旦那さんが、あちこちから集めて来なさった流れもんじゃ。」
 タネは気分を害したように言った、、、いや明らかに害しているのだろう。彼女はそれから後、斬馬を待合いの為の部屋に案内し茶を置いて立ち去るまで一言も声を出さなかったのだから。これで婆さん同士が知り合いだというメリットもなくなったかとため息を付きながら斬馬は、タネに導かれ通された部屋に軽い概視感を覚えていた。それは昨夜、綾菜が神室八知助に面会を果たした部屋だったのだ。

 人一人が座っているには広すぎる和室は、それだけで人に緊張を強いる。ましてや部屋の中は完全な無音状態だった。そしてこれから出会おうとする人物は自分と敵対する人間である。
 今、自分が感じている何倍もの緊張に綾菜は耐えていたのだと斬馬はあらためて彼女の兄に対する思慕の念の強さに感心した。
 そして斬馬は自分の心を落ち着かせようと、タネが残していった湯飲みに手を伸ばした。
「良い葉を使っている、、」
 と、その茶の味が喉を下り落ちる瞬間に、変わった、、。喉を焼き焦がすような味、、毒薬を盛られた、、いや違う、前触れだ。
 斬馬にはそれが判った。力場がここに出現しようとしている。多くの力場の登場は気温の低下を伴う、、それ以外に、人の知覚を完全に変調させながら出現するタイプのものもある。今度のはそれだ。

 それは畳の表面を下から突き破るようにして現れた。最初は血に濡れまみれた指先が畳の表面を押し分け、やがて両手首を通すだけの穴を確保し、今度は自らの身体を引っ張り上げるように、関節の動きを無視した角度でその手のひらを畳につけた。
 座したままそれを見続ける斬馬は身体を動かせないでいた。今、ここに出現しつつある力場に気を飲まれているのだ。
 斬馬にして初めての体験だった。
硬直した斬馬の目の前で、それは前身の皮膚をはがれた血塗れの上半身をこの世の空気にさらす悦楽に身体を震わせていた。
 そしてそれは瞼のない、むき出しの眼球で斬馬を見つめた。獲物をとらえた猟犬の目だ。
 その時、斬馬は本当の意味で恐怖した。この悪意の力場は「意志ある視線」を持っている。
 つまり、それは攻撃する対象を意識し、策略を練り、一時的に撤退さえするかもしれないのだ。この世に出現する霊界とは「単一特性を持った力場」に過ぎないという前提が崩れている。
 待て。考えろ、、、今日、儂が持ってきた縁断ちの小太刀も、この敵のごとく現世に激しく関与するではないか、、、だがあれは自ら動きはしない。人が近寄って被害を被るだけだ。
 まて、その小太刀を引き抜き持ち歩き、なおかつ武器にしようとしているのは誰だ。儂だ。儂に出来る事が、他の誰かに出来ぬ筈はない。本当の敵はそいつだ、、目の前にいる死に損ないの赤剥け死体ではない!
 赤剥け死体は腕を伸ばしてその手を斬馬の首にかけようとしていた。全身を表さぬのにそれをしようとするのは、自分が今しがた這い上がって来た「穴」に斬馬を連れ込むつもりなのかもしれなかった。
 近づく人間を、自分と同じ苦しみに引き寄せようとする、ただそれだけ指向性を持つ力場の現れ。いつもとも変わらぬ。その仕掛けが判る者においては何の威力も発揮しないトラップ。
 斬馬の呪縛が解けた。中腰になりながら上着の裾を跳ね上げる。その後、小太刀の柄をつかみ刀身を引き抜くのに数秒もかからなかった。斬馬は袈裟懸けに刀身を振り下ろした。
 がつんという手応えがかえってくる。斬馬はその衝撃に目を見開いた。こいつ物質化の濃度が高すぎる。それにその断面はなんだ。一体おまえは、、。
 赤剥け死体が斬馬をつかまんとして伸ばした腕は見事に肩先から 切り落とされていた。その断面からは、どす黒い粘度の高い血がにじみ出ていたが、何より目を引いたのは、本来、白い骨の断面が見える部分にある金属光だった。
 さらによく見ればそこにある筋肉も脂肪も常の物とは違っているように思えた。
 赤剥け死体は、ちらりと切り落とされた自分の腕を見たが、何事もなかったように身体をかがめ、残った腕で自分の全身を穴から抜こうともがき始めた。
「そうか、何があってもこの儂を、おまえ達の穴にひきずりこみたいという訳だな、、。」
 斬馬は小太刀を右手にぶら下げたままゆっくりと立ち上がる。
そして小太刀を上段にゆっくりと振りかぶった。
「縁断ちよ、、しっかりせい。おまえはこの世のあらゆる良縁・悪縁を断ち切るのではなかったか。たとえ相手が霊界のものであっても、こちらに出た限りにはおまえの力及ばぬ筈はなかろう。」
 全身を表した赤剥け死体の下半身は、ゲートルと軍靴を付けた軍用ズボン姿だった。歯茎がむき出した骸骨に近い顔は泣いているのか笑っているのかよくわかない。その顔が斬馬をにらみつける。
「何があったかしらんが兵隊さんよ、成仏せい。」
 斬馬が一気に縁断ちを赤剥け死体の頭上に向けて振り落とした。

 ウランの仰向けになっても形の崩れないシリコン入りの乳房に舌をはわせていた照葉が突然顔を上げた。そして制服の上からでもその膨らみが判る胸元に手をやる。胸骨の間の神経に激痛が走ったのだ。
 だが不思議な事に、苦痛を感じている筈の照葉の表にそれほどの変化は見られない。生まれつき苦痛に強い体質なのだろうか、、どちらにしても照葉は自分の身体に起こった変調に大事をとるつもりになったらしい。
 手術台のようなベッドの上に横たわるウランの裸体を名残惜しげに一瞥したあと、彼女は足早にその地下室を出ていった。
  
 鶴継君のマスクを股間にあてる。それは三平が自分の顔からはぎ取り私に投げてよこしたものだ。相手があたしを侮辱するために投げ捨てた物で自分を慰めるなんて、なんて卑しい奴、、。
 それでもかまわないんだ。鶴継君、大好き。あたしはマスクの中に左手を入れてそれをそーっと身体の表面を滑らせて、おっぱいまで移動させる。
 人差し指と親指でマスクの内側から鶴継君の唇を開けて、あたしの乳首を含ませる。もちろんあたしの右手はおちんちんを握りしめている。・・だよね。最初からフェラなんてしてくれないよね。鶴継君は、、でもそのうちアナルだってなめっこするようになろうね。今はおっぱいなめてくれるだけでいいよ〜。なんでなんで鶴継君、どっかへ行っちゃうの?あたし悪いこと言った?いや行かないで。
 あたしは、その悲しい気持ちから逃れるように目が覚めた。
背中が冷たかった。それに体中がだるい、、。なんでこんなところにいるの。夕べ蛸蜘蛛桜の根っこに蹴躓いて、その後、上から変な物がいっぱい落ちてきてあたしは気を失って、、今ここにいる。

 ・・又、三平に捕まったんだ。
あたしは飛び起きた。身体の裏がひんやりしてる意味がわかった。解剖台みたいなテーブルに裸で寝かされていたのだ。
 はっきりした理由は判らなかったけれど、あたしの本能は何故か、この部屋に拒絶反応を示していた。本能が今直ぐここから逃げろとわめいている。
 しかしいくらあたしでも一糸まとわぬ素っ裸で動き回る訳には行かなかった。第一股間の一物がぶらぶらして落ち着かない。いつもならそれをパンティの中に逆向きにたくしこんでいるんだから。
 ホラー映画に出てきそうな薄暗い地下研究室みたいな室内を見渡すと自立式のハンガーみたいなのが部屋の片隅にあってそこに白いものが垂れ下がっていた。
 近寄ってそれを手に取ってみて自分の予想が当たったので少し笑ってやった。ラバーで出来た防護服、、いかにも三平の趣味らしい。
 けれどそれは動きを重視したルーズフィットな作りで、取り外し可能な頭部を覆う頭巾にはしっかりしたフィルターが付いている。この部屋ではこの服の機能を使う何かがあるのかも知れない。
 あたしは頭巾袋を外して防護服に素足を通した。足元は硬質ゴムで長靴仕様になっている。ひんやりとして肌にまつわりつくようなラバーの感触があたしを包んでいく。
 こんなのを着て動き回ったら直ぐに汗だくになるし、なによりも三平に無理矢理に着せられたゴム人形のレズリー・ローの事を思い出させるから、直ぐにでも脱ぎ捨てたかったけれど残念ながらあたしには選択枝がなかった。
 それにおちんちんの固定以上に、衣服を着ているという安心感が今のあたしには必要だったのだ。そう、さっきまで自分の耳の鼓膜が破れるんじゃないかというくらいの動悸が収まりつつあったのだ。
 あたしは深呼吸して気を落ち着かせると、この部屋の探検の為の一歩を踏み出した。

 しかし見れば見るほどこの部屋は不思議だった。あたしにはその用途が想像もつかない様々な実験器具や計測機械が山ほどあるんだけれど、その製造年月日には恐ろしいほどのばらつきがあって、それがこの部屋の奇異さを生み出しているのだった。
 いくら機械音痴のあたしだって今日日、真空管が使われるような機械などないことぐらいはわかる。それにところどころに書き込まれてある文字の大半は大昔のものだ。かと思えば最新型のコンピュータや液晶デスプレイが古い機械の隣にあったりする。
 あたしはそれらの機械を横目で見ながら脱出口を探すために部屋の奥へ奥へと進んでいった。


 斬馬の周りに二人目・三人目の「赤剥け」が出現し始めていた。斬馬の救いとなったのは彼らの出現スピードの鈍さだった。もしそれが早ければいくら縁断ちを持つ斬馬でも危うかったかも知れない。
2体目の頭蓋を断ち割った返す刀で、自分を羽交い締めにしようとする3体目の指先を4・5本跳ね飛ばしながら斬馬は息をついだ。
 こいつらが本来現れ出る場所はここじゃないんだ。だからこいつらは現れるのに時間がかかっている。しかし縁断ちが何故、一体一体にしか効かぬ。その力場のすべての縁を絶つ筈の小太刀がなぜだ。
 それともこの力場を移動させたものが、縁断ちが断ち切った筈の「苦痛や恨みの力場」を再生させているのか。
 力場はこちら側の世界のたわみだ。世界をたわませるほどの人の悲劇があって力場は発生する。それを瞬時に再生させる力とはなんだ。
 斬馬は三人目の赤剥け兵隊が彼に掴みかかろうとのばしてきた腕を迎え撃つようにまっすぐ縁断ちを付き入れた。
 指先から血をにじませた掌に剣がめり込んでいく。金属の表面をひっかくような感触。多分、剣はあの鉄の骨に沿って腐った肉の中かを進んでいるのだろう。斬馬は二人目の断ち割った頭蓋を思い出す。半分骨のまま白く、まだらに金属化していた頭骨。緑色に変色した脳髄。
「もう苦しむな。縁断ちよ。苦痛を断ってやれぃ」
 次の瞬間、時空が少し揺れて、兵隊の姿が霧散した。
「おまたせしました。」
 斬馬のいる部屋の廊下側から男の声がかかる。斬馬は急いで小太刀を鞘に納めるとそれを背中にしまった。男が入り口代わりにもなっているふすまを開けたのと同時だった。
 ふすまの向こうには電動車椅子に乗った男がいた。斬馬は小太刀こそ隠し仰せたものの、大汗をかいて突っ立ったままだった。

 それを見てあたしは凍り付いた。そしてお棺の影で激しく嘔吐した。お葬式で何度か死体を見た事があるし、お店がある界隈で「綺麗じゃない死体」も見たことがる。
 でもこんな人間の悪意が作り上げたような死体には初めてあった。いやそうじゃない、前にお店のママにつれられて「人体の驚異展」というのを見に行った事がある。本物の人間の死体を使った標本展だ。ここにあるのはあれとそっくりだ。
 ・・でも全然違う。ここにある死体には誰かの悪意が悪魔の唾液のようにこびりついている。この娘の皮膚をはいだ奴の悪意。
 筋肉がむき出しにされた死体には眼球がなかった。これほど見事に解剖が出来る人間に眼球が残せないわけがない。きっと持ち去られたのだ。たぶん、その皮膚とともに、、。

 その三体はあたしが閉じこめられた部屋の一番奥で、透明な覆い付きの棺の中でエジプトのミイラみたいに腕を組んで横たわっていた。
 二人は無傷のマネキンみたいな死体だった。スタイルも顔も凄く綺麗だった。そして二人は、その顔や体つきが良く似ていたから姉妹だと言うことが判った。
 三人目の全身の皮が剥がされて筋肉がむき出しになった人体標本みたいな死体も、姉妹の内の一人だという事は容易に想像できた。
 それによく見ると無傷の筈の二人の死体もどことなく様子がおかしかった。なんとなく皮膚の張りが浮ついているのだ。
 あたしが吐いてしまったのは三人目の死体を見て、あることを思い出してしまったからだ。そう、失踪した紋場三姉妹の事を、、。三平の性癖のことを。
 あたしは胃が痛くなるぐらい吐いた。吐くものがなくなると今度は代わりに涙が出てきた。何も悲しくないのに涙がでた。
 でもその内それが悔し涙であり怒りから来る涙であることに気づいた。・・・もし、そうなら、、もしあたしが考えている事が当たっているなら、あたしは絶対に三平を許さないだろう。なぜならあたしは金で買われた紋場姉妹の4人目だからだ。

「三平さん。あれはまだなの?わたし苦しくて苦しくて。三平さん。いるの、そこにるならお返事ちょうだい。」
 突然、そんな艶やかな声があたしの頭上を流れた。あたしはその声の持ち主を捜すためにお棺の影から反射的に立ち上がろうとしたが、かろうじてそれを思いとどまった。今、自分を満たしている怒りのおかげだった。そうあたしは今、敵地のど真ん中にいるのだ。うかつな行動などとれない。
「三平さん。」声は流れ続けている。あたしはかがみ込んだまま声の方に物陰を伝って進む事にした。
 やがてそれは地下室の薄暗闇の中でぼんやりと姿を合わした。コンピュータのモニターとスピーカーだった。
 案の定、モニターの上にはカメラが取り付けてある。カメラの首自体が左右に動いているから、向こう側からリモートコントロールが出来るのだろう。でも通話システムならそのディスプレィをのぞき込めば相手の正体が判る、、もちろんそれはこちらの姿をさらすことにもつながる。
 あたしが一か八か相手の顔を覗き込んでやろうかと考え始めた頃に、当の相手が切れてしまったようだった。
「サンペイ!!いけない子ね。!くくっ、腐れちんぽだけ大きくしやがってぇ。このぉやくたたず。いいから薬を早くもってきやがれ〜っ!!!」
 先ほどまでとは別人のような声がスピーカーから爆発するように発せられるとカメラの動きが止まり、ディスプレィの切れるヴンという音がした。
 あたしはしばらく様子をみてから出口を探すという行動を再開した。いつまでも正体の判らないヒステリー女のコトを考えていても仕方がないからだ。
 早くもラバーの防護服の中は汗まみれになって来て歩くたびにクチュクチュといやな音を立てた。やっぱりこれは着てられない。
 そう思ってあたりを付けていた方向とは、やや離れたところにあるどうみても物置のドアにしか見えないものがある方向に進んだ。ぼろの作業着でもなんでもいい、少しでも通気性のあるのものを見つけ出しそれに着替えたかった。

 物置部屋のドアは簡単に開いた。ただ問題はこの物置には明かりがなくて縦長の構造を持つ部屋の奥になると中に何が入っているか見当が付かないことだった。
 でもそれはこの地下室のオーナーにとっても同じ事だったようで、入り口近くの目の付く棚に懐中電灯があるのを直ぐに発見した。
 あたしは半分あきらめながら懐中電灯のスィッチをいれたのだが、それは時たま付いたり消えたりを繰り返しながらも、かろうじて者の役にたとうとした。
 壁の両側にしつらえられた木製の棚には床葺きのワックスの缶だとかロープだとか、結構日常的な細々としたものがおいてあったので、あたしはひょとしてという淡い期待を抱き始めていた。
 そして、とうとうあたしはそれを見つけてしまったのだ。それは物置部屋の一番奥の壁に立てかけてあった。
 額にはいった古びたセピア色の一枚の肖像写真。いや標本写真の方が正しいのか。写真の真ん中に写っ人物はとても美しい女性だった。その身にまとっている着物も色がわからなくても相当派手やかなものである事が判った。そしてバラのような笑顔、、何も問題ない、、彼女の首や髪の中に潜り込んでいる無数の毛根がない限りには、、、。
 これがさっきの声の主の正体?いや違う。写真の中の女性は美しく微笑んでいるが、その瞳は 虚無しか見ていない。
 あんな憎悪に満ちた声など出したくてもだせない筈だ。少なくても薬を求めて三平に話しかけたオンナはまだ人間なのだ。
 だがこの写真の人物はすでに人間であることを放棄しているようにみえた。そしてあたしは、この肖像写真を覆っている埃だらけのガラスの表面に張り付けてある紙片を見つけた。
 何かの標本写真のようにも見えたのはこの紙片のせいだったのだ。点滅が激しくなってきた光の輪の中で、その紙片に書かれてある文字がかろうじて読みとれた。
 でもあたしにとって昔の漢字はほぼ暗号にちかい。あたしに判ったのはこの写真を撮ったのは「日本陸軍医療特殊研究班」の誰かという事だけだった。


 
2005/05/21
   
   
 

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つぎのぺぇじ!!