不定期リアルタイム連載小説
 近緒の挑戦。推敲をしない一発勝負、エモーションのままに。

Revengers



■ リベンジャーズ ■

 
11. ブラックパール

  パーティ会場では異なる位相の二つの世界が重なっていた。感受性の高い人間はそれを強く感じ居心地の悪い思いをしただろうし、そうでない人間はそれが醸し出す雰囲気を催淫的な力として味わうのだろう。
 私はその二つの感覚の中を揺れ動きながら軽い酩酊状態に陥っていた。
 
 歪んだ力場の発生源であるウィルソンは、天使や悪魔の羽が腕が変形したものではなく背中から余分な形で生えている事をさして、その存在が人間の欲望に直接繋がったものであるといった内容のスピーチを、スポットの当たるステージで喋っていた。
 私は賢治として阿部先生の側に寄りそって人々の間を漂っていた。阿部先生はジョウジに約束した事を守るべく、多くのパーティ参加者に私を紹介し続けていた。
 真っ赤なレザーのボンデージルックの阿部先生と、単純な黒のシルクの上下のパンツルックの私は、並み居るビザールな扮装をしたどのパーティ客よりも注目を引く存在だったようだ。
 特にブラックパールである私の身体には貪欲な欲望の視線がいつも突き刺さっていた。これが昔の私だったら、その視線がもたらす目も眩むような高揚感だけで簡単に誰にでも身体を許していただろうと思う。それは普通の男や女には決して与えられる事のない感覚だ。
 だが皮肉な事に、これほど人の欲望を惹きつけて止まない私の容姿は、死人が残したイメージであり尚かつ科学が作り出した表層にしか過ぎないのだ。
 
 突然、ラバーで覆われた女の手のひらが私の頬を容赦なく打った。阿部先生がその女をとがめている。女の隣に立っていたバイキングの扮装をした男はすまなさそうに私を見ていた。
 女がもう一度手を振り上げる。経緯はよく判らないのだが、この女が私に途轍もない敵意を抱いている事だけは判った。恐らくその原因はバイキング男にありそうだった。私の方には身に覚えはまったくない。勿論、私がバイキング男に見せた表情や目線まで責任をとらねばならないのだとしたら話は別だが。
 有り難い事にこの女性の攻撃のお陰で、私は先程からの酩酊状態から抜け出しつつあった。問題は私の意識の戻り先がいつもの「私」ではなく、ブラックパールだという事だ。ブラックパールの報復に容赦はない。
 私の唇が吊り上がったかと思うと、私の膝頭はすーっと、自分のおなかにくっつくほど強く引き上げられる。前蹴りの初動作だ。別に私がそう意識したわけではない。
 しかし次の瞬間、私の右足が女の顔にめり込む前に、数人の黒服達が現れそっと私を女から引き離していた。このパーティ会場に埋もれていた警備員達がどこからか音も立てずに人々の海から浮き上がってきたのだ。
 彼らは、争乱の元である女を取り押さえず私をキープし、尚かつ、尋常ではなかったとは言えこの私に気配を気取られないで近付き得たのだ。この男達の能力は警備官としてそうとうのレベルにある事が読みとれた。
「ウィルソン様が、あなたにお話があるそうです。」私を背後から確保した男がそう耳元に囁いて来た。
 いつの間にかウィルソンのスピーチは終わっている。思いもかけず、チャンスが向こうからやって来たというわけだ。
  
「、、いやはや女性の嫉妬というものは、どうにも世俗的でね。こちらが元気な時はそれも楽しみの一つだが、大体においては疎ましいものだ。トラブルを避ける為には君を彼女から引き離す方が早いと判断したんだが、、。」
 近くで見るウィルソンはとても「爽やか」だった。だが勿論それは演技でしかない。ウィルソンは手に持ったグラスを傾けながら続けて言った。
「それも仕方がないかな、この黒いシャム猫ぶりではな。、、並のドラ猫は嫉妬するしかない。」
ウィルソンは私の頭の天辺から爪先までを宝石を眺めるような視線でなめ回した。 
 しかし普通ならこんな場面では、私を連行してきた警備員をにこやかな仕草で下がらせるはずだが、彼はそれをしようとしない。要するに彼自身の私という人間に対する品定めがまだ完了していないという事だろう。
「あの、、ウィルソンさん、、僕は、、」
「ああ、君の事は知っているよ。美衣賢治君だったな。阿部先生の紹介でここに来た。」

 数分後、私はウィルソンに誘われてカウンターバーで酒を飲んだ。 
「君は恋人がいるかね。」
「君ほどの美貌だ。いないはずがないな。」
 そんなたわいもない話から始まって、十分後には、、
「ホントの事を言おうか。彼女の薄くて繊細な身体を見たとき衝動を感じたんだよ。こんなに愛しているのなら、これを自分の手で壊さなくてはいけない。壊す過程の中で自分は初めてこの女性と一緒に混ざりあえるんだと。いやそれは別の人格を持った人間同士は、どんな事をしても一緒にはなれないという諦観の裏返しだったかも知れないな。気が付いたら私は彼女を殴り殺していた。勿論、これは警察沙汰にはなっていない。今後もね。、、この話を知った君が黙っていてくれたらの話だが。」
そんな話になっていた。
 何故このような事を平気でカクテルを飲みながら言えるのかが判らなかった。テストをしているのか、それとも虚々実々のスリリングな物語を語って聞かせるのがこの男のアプローチなのか、、。
 しかしどちらにしても阿部先生が言ったような「悪を育てる男」といったような怪物性を彼から感じ取ることは難しかった。
 単にウィルソンはエキセントリックな男にしか見えなかった。しかも極めて魅力的な、、、。
「すみません。トイレに行きたいたいんですが。」
「ああ、それは気付かずに失礼したね。私は君を気に入った。とてもね。もし私と付き合うのが退屈でなければ此処とは違う場所に案内しよう。」
 私はウィルソンに自分を売り込むことに成功しつつある若者の期待に満ちた表情をつくって見せた。
 ウィルソンは満足げな微笑みを返すと指をぱちんと鳴らした。どこからか黒服の男がするりと顕れてくる。
「彼をドレッシングルームに案内してやってくれたまえ、その後は別館にお連れして。」  
 私はトイレの鏡で自分の顔をチェックした。ウィルソンに会ってからMSSの異常な装着感を感じていたのだ。MSSを着けてから初めて覚える感覚だった。
  それは単純に言えば、「仮面がずれている」感じだった。
鏡の中で賢治ことブラックパールが私を見つめ返していた。勿論MSSに異常が見られるわけがない。多分に心理的なものだ。言えばこのパーティに潜入した時点で私は常にどこか酔ったような感覚に陥っている。
 私はリベンジャーズだ。任務を果たす。そう気を取り直して私はトイレをでた。

 ウィルソンが「別館」と称した建物は、パーティ会場となった高級ホテル付属の公園の外れにある瀟洒な洋館だった。車で三分程の移動であるからホテル自体が相当な敷地面積を持っているのだろう。
 私はこの歳になるまでこのような存在自体を知らなかった。富と権力はどうやら一つの所に集まるのが好きなようだ。
 夜の照明下、白く浮かび上がる分厚い両開きのドアに迎え入れながら、私はかってブラックパールもこの門を潜りウィルソンとの蜜月を重ねたのだろうかと想像してみた。
 
「あれがわかるかい。」
ウィルソンが壁掛け式花瓶の草の影にある冷たいクリスタルな光沢を指さした。
「監視カメラだ。無粋なものだがね、、私の行くところには何処にでもある。移動できる簡易タイプのものや、ここあるもののように元から設置してあったり、、ちなみにこのホテルも名義は違うが実質上私のものだ。」
 ウィルソンは応接間のソファに身を沈めたまま、両腕を軽く広げて、室内を紹介するようなそぶりを見せた。
 その姿は気障にも尊大にも見えなかった。私のような素人が見ても、この部屋の中には強力な権力者にそう紹介されるだけの値打ちを持った調度があった。
「つまりあれで君の事を見ていたというわけだ。」
 ウィルソンは内ポケットからやや厚みのあるカードのようなもを取り出すと私に差し出した。
「スィッチをおしてみるといい。」
 カードの面積の四分の三は液晶ディスプレイだった。そこにこのカード自体を覗き込んでいる私自身が映し出されていた。
「このパーティは秘密のものだ。今、会場で行われている催し物一つとってもマスコミや権力に公表されれば、参加する全ての人間の立場があやうくなる。だから新しい参加者に対するチェックは常に厳しい。」
 私はウィルソンが差し出してくる手にそのカードを返した。私がウィルソンに接近する必要はなかった訳だ。初めからウィルソンの注意は私、いやパールに注がれていたのだ。私にパールをインストールした検死官の読み勝ちというわけだ。
「こうやって舞台の裏側を聞かせるのは君が初めてだ。そうするのは正直に僕の驚きを伝えたいからなんだよ。、、君は私が本当に愛した人に良く似ている。実を言うと君をこれで発見してから、今日の私は全てにわたって上の空の気分だったんだよ。」
 不思議な事に私の肌が上気していた。まるで憧れていた男性から恋の告白を受けた少女のように、、。
 気を引き締めるんだ美衣。今でもこの部屋には完全に死角のない監視カメラが設置してあって、ウィルソンに何か異変があれば護衛が直ぐに顕れる。自分はそんな人間と状況に相対しているのだ。
 、、でもこんなプライベートな事を喋っている時は、監視カメラを止めていたり、護衛を遠ざけたりするのが普通の筈だけど、、。
 馬鹿、検死官の調査資料に書いてあった事をもう忘れたの。ウィルソンの護衛達は、彼に自分たちの生活の生命線を握られているから彼を絶対に裏切れない。ある護衛なんかは家族を人質にとられているのと同じ状況に追い込まれていたじゃないの。
ウィルソンがそこまでする本当の理由を考えてごらん。
「その人の名前は?」
「ブラックパール。彼の元の名は忘れた、、。」
「彼?、、その人って男の人なんですか?」
「君は私の事を知らないのか、、それで、、その売り込みに来たのか。」
 ウィルソンはさも面白そうに言った。何処までも甘くて渋みのある笑顔。
「いいえ、あなたはバイだと、、だからその話しぶりで、てっきりその人が女性だとおもったんです。」
「君は愛についてもう少し学んだ方がいいな。」
「マスコミデビューが出来るなら学びます。」
「なんとも直接的だな。普通なら君はもうこの時点でバラバラにされている所だ。」
「来たまえ、君に愛を教えてやる。長い夜になるぞ。」


 私が「愛」を教えてもらう事になった部屋は別館の地下にあり、そこにはまるでアラジンの魔法のランプから出てきたような上半身裸の馬頭と牛頭がベッドの両脇に立っていた。勿論、彼らのヘッドは作り物のダミーだろう。
 それよりもっと異様なのは、キングサイズの円形ベッドを、ドーム状に取り囲むようにして配置された数十台の大型液晶モニターの存在だった。
 リッパーに撮らせたスナッフフィルムを環境映像代わりに流しながら倒錯的なSEXに浸っているウィルソンの姿が一瞬、脳裏をよぎった。
「気にするな。彼らは最後の護衛だ。こういう場面での訓練がされている。、、それとも見られて興奮するのなら違うタイプを呼ぶか。」
 馬頭が私に近づいてくる。チーが放つ気配と良く似ていた。強い。彼と良く似たオーラを放つ牛頭も同じぐらいの力量があるのだろう。首尾良くウィルソンを仕留めてもこの二人の攻撃を回くぐれるか、、なによりも、この二人に干渉されずに仕事が出来るかどうかが第一関門なのだが。
「すまんな、それも最後のボディチェックだ。」
 馬頭は、私の尻ポケットから小さく折り畳んだラバーマスクを見つけだしてウィルソンに掲げて見せた。
「それはなんだ。」
「、、、、。」
 遮断マスク、、「MSSの能力を加速させるのは君だ、マスクじゃない」と言ったチーの言葉を思い出す。
「言ってくれないか。」
「最後にそれをかぶせられてするのが好きなんです。」
 随分前から練習していた言い逃れだったが、それをウィルソンの前で言葉にした途端、何故か私はゾクッとした。
「どうして持ってきた。」
「特別ではなくていつも持っています。」
「チャンスはいつでもあるという事か、、。」
「、、そうです。でも誰にでもやって貰う訳ではないのです。本当に気に入った人にだけしてもらいます。」
「その辺りも、君はつき合い始めのパールと良く似ているな。さあそれをもって裸になってこちらに来なさい。」
「でもシャワーとか、、。」
「いいんだ。君の普段の匂いをもっと嗅ぎたい。」









 ブリーフ一枚になって、キングサイズのベッドの縁にウィルソンとならんで座る、変な気分だった。これから「人殺し」という仕事が始まるとはとても思えなかった。
「君のブリーフを、私にくれないか。」
 私はもじもじしながらブリーフを脱ぐ。阿部先生とやる時にはこんな脱ぎ方は勿論しない。
 ああ、何故私はトランクスでなくブリーフなんだろうと、唐突に妙に緊張感のない事を考えた。おそらくトランクスよりはブリーフの方がパンティに近い履き心地があるからなんだろうと思った。
 私がそう考えている間に、ウィルソンは奇妙な儀式を執り行っていた。彼は私の手渡したブリーフに鼻を埋めて匂いを嗅いでいるのだ。
 その姿が「変態」に見えないのが不思議だった。肛門のあたるあたりや、ペニスの先端部分などを丹念に嗅いでいる。こちらの方が恥ずかしくなって来た。
「人間は色々な匂いを発している。汗、分泌物、排泄物。動物だからあたりまえだ。しかし人間はそれらを出来るだけなくそうとする。これも人間の、いや文明人の習性だな。そういった行為から文明や人間の本質が見えると思わないかね。私はこうやって、これらの匂いを嗅ぎながら内側から沸き上がってくる自分自身の嫌悪感や抵抗感を味わう事にしてる。時々その正体が見える事もあるよ。」
 ウィルソンは私のブリーフを床に落とすと淡々と講義をするように喋った。
「勘違いするな、これをするのは気に入った相手の下着だけだ。私は便器に欲情するタイプじゃない。」
 今度はウィルソンの高い鼻が私の肩の先の匂いをかいでくる。
 
「パールの生まれた国は、この国の五十年前の状況下にあった。例えば生まれた赤ん坊を育てる事が出来ない若い母親は、コインロッカーにその子を捨てたりする訳だ。しかし考え方を変えれば、その行為はまだまともなのかも知れない。少なくとも子どもを育てるという行為の大変さを理解しているわけだから。今この国の若い母親達はとりあえず子どもを育てようとする、ペットを飼うのと同じだからな。与えられた環境として生活に余裕があり過ぎる、、だが生活に余裕があっても育てる能力はないから、結果、自分の子どもを虐めたり殺したりする。つまり母親としては糞以下だ。まあそれはいい。人間は元から糞なんだからな。」
「・・パールもそうやって捨てられた子だったんですか。」
「ああそういう話だ。嘘じゃないと思うね。私にはそれが判る。」
「さっきみたいに匂いで。」
 冗談を言った積もりはなかった。ウィルソンもそれは判ったようだ。
「同じ種類の人間は嗅がなくてもわかる、」
「あなたもロッカーに捨てられた。」
「ああ、、、人の形をしたロッカーだがな。パールがロッカー自体を恨みようがないように、私もあの人の形をしたロッカーを恨んではいない。」
 これは罠だ。人に危害を加える者はそれなりの背景があるというが、そんな事は、自分自身がその被害に遭っていない者の戯言だ。
 こいつはこれからも人を虫けらのように殺していく。こいつの身勝手な話に耳を傾けるな、、。私はリベンジャーズ、、「復讐する者」だ。 


 私の中の「女」がしつこく警告を送ってくるのは、ウィルソンの愛撫にMSSが快楽をもって反応し始めたからだ。MSSの皮膚感官のチャンネルは意識で選択できる筈なのに、今は私が選んだ不感症のフィルターがかかっていない。
 私はパニックに陥る予感を感じたが、それを押さえ込んだ。MSSは一生脱出する事が出来ない厚さ数ミリの牢獄だ。逃げることは出来ない。つきあい方を学ぶことだ。どんな時においても、、。
 私とウィルソンは激しく求め合った。私は歯を食いしばらなければならないような快楽の波に翻弄され続けていた。MSSはやはり暴走している。
 私は愛していない男から快楽を引き出せるような器用さを持ち合わせていない。それだけはこうなってしまってからも変わらない昔からの、私と身体の関係なのだ。だが今は、、、。
「驚いたな、、。」
「何が、、です。」
「君の事だよ。反応がパールそくりだ。」
「嬉しい、、ですか。」
「ああ、、少し怖いがね。」
 怖い、、、この男は今、何と言った?ウィルソンが怖いと言った。MSSの与えてくる増幅された快楽の奥底に沈み込んでいた「私」が急速に浮かび上がってきて吠え始めた。
 昔、死に別れた恋人とそっくりの男が現れて怖いだと、、なめるな、、お前に玩具にされ、ずたずたになっていった女達が浮かばれない。
「あれを」
 私は少し甘えた声を出した。
「あれでは判らないな。」
「あのマスクを僕にかぶせて下さい。」
「若いな。さっき出したばかりだぞ。、、そんな所もパールに良く似ている。マルタ。」
 牛頭が動いた。何の躊躇いもなく、私から取り上げたマスクを置いて合ったテーブルから取り上げてウィルソンに手渡す。
 部屋の片隅にいながらも微動だにしない彼らは、まるで置物もように見えていたが、彼らは全て、見て、聞いて、理解していることを思い知らされた。ウィルソンは自分の情事を他人に見られて快楽を呼ぶタイプではないだろう、、それでもそれが平気なのは、彼にとって牛頭や馬頭は、人間に値しないからだろう。
 そう思った時、ウィルソンがなぜスナッフフィルムを個人の趣味で撮るというような酷いことを簡単にやってのけるのかが理解できた。
 被害にあった彼女らは人間ではないのだ。そしてウィルソンは自分が人間だと認識した相手、例えばパールには人間として接する能力を持っている。その格差があるからこそ彼はマスコミ界の頂点を極められたのだ。 いくら先代の巨大な資産を引き継いだからといって精神に異常を来した者がさらにその上をいく権力を得ることは出来ない。
 しかし大なり小なり人間は、ウィルソンが示すような身勝手な傾向がある。ウィルソンはそのカリカチュアであるか、外見が完成されたように見えるだけのとんでもなく未成熟な大人なのかも知れない。
 だが専門家である阿部先生はウィルソンの事を「悪を育てる男」と呼んだのだ。その呼称がこの程度の異常さをさすとはとても思えなかった。あのリッパーを手懐けていた事自体が驚異なのだから、、。
 だが私は、この身にパールを纏っている限り、ウィルソンの最大の暗黒部分を発見する事はないのだ。そう言う意味でパールはウィルソンの懐に潜り込む為の暗殺用偽装としては最高の装置なのかも知れない。
 マスクをかぶせられて凹型にへこんだ口の部分で強烈に怒張したウィルソンのペニスを含むが、チーに教えてもらったあの超常感覚は訪れて来なかった。マスクはすでに私の中ではMSSの戦闘能力を高める為の起動キーでなくなっているのだ。
 その代わりに、MSSが再び感じ始めた。遮断マスクを被ったせいなのだろうか、押し寄せてくる快楽は先程のものより倍加されている。
 まるで死の淵を彷徨っているようだった。しかも、私の身体はウィルソンを激しく責め立て、彼の中から最大の快楽を引き出そうとしているようだった。そして私達はお互いのありとあらゆる粘膜を舐め啜り、擦り合い刺激しあった。
 ウィルソンのSEXはそれほど特別なものではない、ただ彼の脳内で発火している快楽神経が尋常の量・構成でないことだけは彼の肉体の反応から充分に理解できた。
 痛みも快楽も脳内物質の一つの現れに過ぎないといったリッパーの激しく動く両眼が、私を見つめているような気がした。いつもの私ならそれは悪夢からの覚醒のトリガーだったはずだが、、今は、、その幻影がフラッシュする度に快楽の波高が上がっていた。
「9本の指だ。」
 私の指でアナルを掻き回されているウィルソンが譫言のようにいった。
「お前が望んだから、私は彼を捜し当て、私の誠意の印として9本の指をお前に送ったんだぞ。」
 私に馬乗りになられたままウィルソンは私の怒張したペニスを自分の顔になすりつけながら言った。私の人造ペニスの快楽神経は、元女性の切り株の根っこに接続されている。急激な高まりはないが長くて糸を引く。
「自ら一本一本、枝キリばさみで奴の指を切り落とした。お前の為に」
 痩せこけた男を部下に押さえつけさせ麻酔もかけずに男の指を切り落としていくウィルソンが見えた。だが意外な事に、私を覆うパールはその幻影を強く拒否していた。
「パール、、何故、死んだ。奴はお前を捨てた父親のふりをして自分をこんな風に変えてしまった男だと、、」
 私は今までウィルソンのペニスを刺激し続けた手の動きを完全に止めた。
「、、そう言ったじゃないか。」
 マスクのせいで、ウィルソンがどんな表情をしているのかが私には見えない。判るのはウィルソンの声だけだ。泣いているようにも聞こえた。嗤っているようにも聞こえた。
 まるで自分を罰するように私のペニスで自分の顔面を打つウィルソン、ブラックパールの姿をしてウィルソンに馬乗りになっている私。全ては作りごとの様に思えた。
「その答、、お前には一生判らない。」
 パールの皮膚を持った私の手がウィルソンの首に巻き付いていく。
「締めてくれ。もっと強く。俺を元の場所に返してくれ、、。」
 そして言葉通り、私は、彼を彼の故郷に送り返してやった。
 











  自分が被っている遮断マスクを引き剥がされて、やっと意識が元に戻ってきた。ゆっくりと回復してくる視界の先にいたのは馬頭だった。
 腕は馬頭に逆関節に固められている。馬頭のむき出しの上半身には私と戦った跡がどこにもない。恐らく私は、瞬時の内にウィルソンの首をねじ切り、その後は馬頭達に対して無抵抗のままいたに違いない。
 首を回すとウィルソンが、キングサイズのベッドの上であらゆる体液をたれ流しながら死んでいるのが見えた。
「逃げろ。出来る限りの後始末はして置いてやる。」
「牛頭は?」
「病院にいる娘の所だ。」
 馬頭が悲しげに首を振った。私は事前調査資料の一項目を思い出す。確かウィルソンの息のかかった総合病院があって、彼の身辺護衛の一人娘がそこに長期入院していた筈だ、、。
「奴も同じ意見だよ。ウィルソンが死んでしまえば何もかもが破滅する。全ては終わってしまうんだ。その上に積み重ねてお前を殺す必要はない。それに、もしかしたらウィルソンの取り巻きの連中の大半は、俺達と同じ気持ちでいるのかも知れない。だとすれば破滅は連鎖しないかも知れない。俺達がお前を見逃すようにな。奴の娘だって、、」
 極寒の中で暖かいものを飲んだような暖かさが伝わってくる。一気に「私」が戻ってきた。
「顔を見せてくれないかな。」
「駄目だ。5年前にウィルソンに縫いつけられてしまった。」 
「牛頭は、、、、。」と言いかけて私はそれを止めた。
「さあ、行ってくれ。我々のあんたに対する感謝の念が消え失せる前に。」

 ビルの谷間にそそぎ込まれるような感じで冷たい雨が降っていた。早朝という時刻のせいで障害物がなく直線に伸びた通りの遙か向こうまで見通せる。
 見事な遠近法だ。しかし世界は、けぶる雨と夕暮れ程の光量のせいで水墨画のようにも見えた。
 傘など持っていない。ずぶぬれだ。持っていたとしても、さす気にはならなかっただろう。
 どこかで予想していた初めての殺人の気分は、その全ての予測を裏切って、とりとめのないものだった。
 復讐・正義・怒り・憎しみ・愛、全てがバラバラだった。そのバラバラの内のどの一つをとっても、自分自身が整理を付けられるような糸口になるようなものは一つとしてなかった。
 後悔もなく満足もなく空虚もない。ただ降りしきる雨の中を歩いている私がいるだけだった。
通りの奥から白い薄膜を抜け出るように、一台の車がこちらに向かってやってくるのが見える。
 運転席に座っているのはまるで子どもみたいな小さな男だった。その男がしきりとこちらに向かって手を振っている。
 又、私の行為に新しい意味を付け加えようとしているのだろうか、、私はただ雨に打たれて歩いているだけだ。
 そっとしておいて、、もう、堪忍して欲しかった。
 
 そして、暫くしてからだった。その小さな男が、個人的な判断で私を迎えに来てくれたハマーである事に気付いたのは。  
 

2002/09/14

 12. 再びハマーそして検死官

 冷たい雨がまだふっている。
美衣に戻っていくほど、憂鬱になった。MSSから少年男娼ブラックパールをアンインストールし、美衣という「私」に戻っていくほど、人を殺した事実の重みが増して来るのだ。
 第一、私は復讐を完結させてしまったのだ。死の淵からリベンジャーズによって救出されたこの命だが、目的を失った今、これ以上生きていく意味があるような気がしなかった。誰かの復讐のサポート、、。だが、その当事者も復讐を成し遂げた後は、私のような気持ちになるのは目に見えていた。
 復讐と悔恨、天秤秤はどちらに傾くのだろう、、。そういえば正義を司る女神ジャスティスは、秤を掲げていたっけ。
 
 サンドバッグに拳をたたき込む。心は乱れていても訓練によって身に付いたリズムは崩れない。仮想の敵への攻撃、、相手の脇腹には短い距離で抉り込むように、、長い射程のストレートは相手のブロックを崩すために、、息は浅く、、足は力の溜と素速い移動のために、、、。
 私の身体は躍動する。サンドバックに隠れていた人間の姿勢が崩れた。短い半径の回し蹴りで決める。
 パアーンと綺麗な音がした途端、このトレーニングルームで訓練を積んでいった男や女達のかすかな汗の匂いを感じた。
 私は沸き上がってくる感情に耐えられなくなってその場にしゃがみ込み、暫くその匂いを嗅いでいる。ヒトの残した匂いにはかすかな慰めがある。
死ではない生が漏らすため息、、。私の背後から声がかかった。
「美衣、、検死官がお呼びだよ。第三会議室だ。」
 トレーニングルームのドアからこちらを覗き込んでいるのはラフなジャージを羽織った同僚のガヴェインだった。リベンジャーズの事務方と言っては変だがそういう位置づけの人物だ。

 第三会議室は私の好きな部屋だ。窓が大きく採ってあって、そこからまずまずの景色が見える。そう、、今なら雨に打たれ続ける大きな楡の木が一本見えるはずだ。
 部屋の中には検死官の他に、困ったような顔をしたハマーもいた。
 例によってその小さな身体はレザー張りの椅子に沈み込んでいて、まるでパパの書斎に潜り込んだ少年のように見えた。
「そちらのお方が、僕を呼びだしたように思うんだが違うのかな。」
 私は冷ややかに、部屋の中心に陣取って葉巻をくゆらしている検死官を見つめて言った。任務を終えてみると、この検死官の無言の圧力など何ほどのものでもなかった。
「、、ジョウジは勘違いしているようだな。私は単なるオブザーバーだ。ここにいる我らが愛すべきハマー伯父さんのな。」
 検死官はハマーも私も見ようとはしない。まるで自分が今見ている窓の外の景色の方が、私達より遙かに値打ちがあるといわんばかりだ。その癖、どうでも良い存在である私の事を、わざわざハマーの前で美衣と呼ばずにジョウジと呼ぶ。
「彼は、、俺が頼んで来て貰った。迷っていたんだ。だが美衣に隠しておくのはよくないと思ってな。」
「なんの話だよ、、。疲れてるんだ。」
 我ながら邪険な言い方だったが、何処かで自分を守り抜いてくれなかった恋人に対する思いのようなものをハマーに感じていたのかも知れない。
「ウィルソンについて悩む必要はない。」
 むかついた。余計なお世話だ。
「、、悩んじゃいないさ。これで俺も晴れてリベンジャーズの一員ってわけだ。」
「インストールされたのはブラックパールの身体情報だけじゃないんだ。」
「、、、、。言ってる事が判らないな。俺は洗脳された記憶もなければ脳に電極を差し込まれた覚えもない。」
「皮膚からだよ。そうやって徐々に美衣の意識に浸透していく。」
「。。。冗談、、湿布薬じゃあるまいし。」
「MSSがある意味、神経の塊である事は理解できているな。あれは衣服じゃないんだ。完全に美衣と繋がっているし、皮膚という見栄え以上の機能も付加できる。」
 私は反論しなかった。情緒的なもの言いでしかないが、パールの肌がウィルソンに対する強烈な憎しみと愛情の全てを覚えていたのは確かな事実だ。それはこの私が一番良く知っている。
「はっきり言ってやれハマー。リベンジャーズはジョウジの事を信用しきれなかったと。我々に失敗は許されない。だからブラックパールの意識を君に刷り込ませた。」
 ハマーの言葉を引き継いで、振り向きながらこちらを正面から見つめてくる検死官の瞳には一片の陰りもない。殺したウィルソンの目に似ていると思った。邪悪な癖に純粋、、。
「私は、ハマーと違ってジョウジがその事をどう考えようとかまわんよ。だがあえて君に聞いておこう。ウィルソンの首をへし折った手は誰のものだ?」
 私は自分の手を見つめた。死んでこの世にいないブラックパールが殺人を犯した訳ではない。ウィルソンを殺したのは正真正銘この私だった。
「そうじゃないんだ。美衣はあの時、自分自身の意志を持って行動できなかったんだ。その事の差が重要なんだよ。」
 ハマーが検死官に向かって顔を真っ赤にしながら喚く。
「ハマー、、。5年まえのことを思い出すな。あの時も確か私の勝ちだったな。」
 二人の確執は昔からの事だ。そして同じように私のようなリベンジャーズとしての不適応者も昔からいたに違いない。


「なにもかも、、旨く行き過ぎているって思ってたんだよ。」
 私だって、只、うじうじと同じ事を考えていた訳ではない。ハマーの言葉で私の中の引っかかりが解けた。
 二人の顔が再び私の方を向く。検死官の片方の眉はホウという感じで吊り上り、なぜかハマーは怯えたような表情を浮かべた。
「この計画はブラックパールでなければ成功しなかったと思う。あのウィルソンの内懐まで潜り込んで、しかも彼の狂気に晒されずにすむ人間はパールだけだ。、、もしかして瀕死の私を救い出したのは、この計画が最初にあったからなのか?」
 ハマーが顔を伏せる。
「ご明察だ、ジョウジ。ウィルソンに復讐の念を抱く人間はそれこそ数え切れないほど存在するんだ。そんな中で、非力な君がなぜ選ばれたと思うのかね。君がブラックパールに成りすませる事の出来る人間だったからだよ。リベンジャーズは組織だ。個人の復讐が先にあるわけではない。、、だが勘違いするな。本部が計画したのはパールのソトガワだけだ。整形手術で十分だ。MSSの存在はラッキーな偶然に過ぎない。君にMSSを通してパールの意識を刷り込んだのは違う人物だよ。」
「違う人物?あんたじゃないのか?」
「彼とは珍しく意見の一致をみたんだがな、、言い出したのはここにいるハマーだ。」
「、、美衣のジレンマを救ってやるのにはこれしかないと思った。」
 嘘じゃないよね、、ハマー。
「、、、あんたも検死官も同じだよ。」
 ハマーに対してそんな言い方はない。自分では判っていたが、私はその言葉を止められなかった。
「後悔している。だがそれは美衣にパールを刷り込んだことじゃない。結論は、やっぱり君自身が出すべきだったってことだ。俺の答えや願いは俺のものであって美衣のものじゃない、、、それを忘れていた。」
 検死官は、自分の役目は終わったというように再び窓の方を向いている。
会議室の中に沈黙の時が流れた。この舞台の主役は、どうみても私だったが、私には次の台詞も演技も思いつかなかった。
 会議室のドアがノックされた。ガヴェインだった。今度も彼は部屋に入ってこようとせずハマーを手招きした。しかしトレーニングルームで私を呼んだときとは明らかにガヴェインの様子は違っていた。
 ガヴェインは腰を屈めながらハマーになにやら耳打ちをしている。耳をかたむけるハマーの横顔の視線が時々私の方を向く。そしてガヴェインも時々私と検死官を盗み見る。一通りの会話が終わったあと、ガヴェインは肩をすくめてから会議室のドアを閉めた。

「なんなの?ハマー、、。私に関係すること?」
「いいや違う、、。」
ハマーからは歯切れの悪い返答しか返って来ない。
「さっきのは次のメンバー候補者の話だろう?」
 検死官の肩越しから憂鬱な声が流れ出る。まるで開けっ放しの冷蔵庫からもれ出る冷気のようだった。
「、、また、俺に隠し事をするのか?」
 性の端境を揺れていた私の言葉使いが再び男のものに変わっている。
「次のリベンジャーズ要員、、、の予定者なんだが、予想できなかった事態に陥っているようだ。本部は全ての予定を変更してでも彼を救出したいと言っている。今度のターゲットを捕らえられるのは、ある事情があって彼しかいないんだ。だが今は救出メンバーの全員が出払っていて人数が足りない。」
「全員じゃない。女性が必要なんだろう?ハマー、、。それもすこぶるつきの美女がな。ケイトの代役がいる筈さ、、それも今すぐに、、。」
「お前、、なぜ知っている。」
 ハマーは今にも泣き出しそうな顔をしている。だがそれは嘘だ。今の私には、検死官とハマーが一人の人間の半分づつだという事が理解できていた。
 一人が胸にしまっておいた事をもう一人が喋る。それで、どちらの半分の人間も深いところで傷つかずに済む。仲の良い偽善者と偽悪者。
「あのプロジェクトには私もかんでいるからだよ。しかしジョウジの件が終わってからでも、十分間に合うと思っていたんだがね。」
検死官は楽しそうな顔をして私を眺めている。私の答えを待っているのだ。

「、、場所はどこなの?ハマー。」
 私は自分の口からこぼれ出る言葉を人事のように聞いていた。
「美衣、、。」
「何をすればいいの?早く教えて。」
「美衣。」


・・答えはでない。

 でも、たった一つだけ確かな事は、世界中にリベンジャーズが溢れかえる程沢山いて、それは現在も今後も永遠に変わらないという事実だ。

 そして私はリベンジャーズ、、美衣不二子。一度死んだオンナだ。

   

2002年9月20日 完