不定期リアルタイム連載小説
 近緒の挑戦。推敲をしない一発勝負、エモーションのままに。

Revengers

■ リベンジャーズ ■

 
7. 精神分析医

 久しぶりに人間の姿に戻っていたコニーがある日、物憂げに言った。
「私は思うのよね。私は、狼人間じゃなくて、人間になれる狼じゃないかって。」
「僕もそう思うよ。」という言葉を飲み込んで、この日私は、この娘の心の治療に全力を注ぐ決心をした。
 ・・判っているんだ。
 私は女だった頃、物事に煮詰まってしまうと無性に買い物をする人間だった。今でこそ、買い物への衝動は無くなったけれど、それに代わる代償行為が未だに私には必要なのだ。
 この娘の治療に専念する事が「復讐の完成」を目前にしながら無為に過ごすしかない日々への焦りを癒してくれる筈だった。
 だけど「本物の狼人間」を見てくれる精神科医なんて、この世に存在するのだろうか、、、。
 そんな時だった、、ハマーがおずおずと、、そうおずおずと「彼」を紹介してくれたのだ。
「ゴム仲間なの?」
 ハマーは筋金入りのラバーフェチだ。私の戦闘用コスチュームも彼の趣味で作られている。
「、、、いや、、まあ、、つまりなんて言ったらいいのかな、フリークス専門なんだよ。俺も昔、世話になった。」
「あんたが。」
「なんだ、、文句があるのか。」
「文句はないわよ。最近じゃ動物園のゴリラだって人格障害を引き起こすらしいわ。」
 勿論、本気じゃない。リベンジャーズに入る人間が鈍感な筈がない、ましてやハマーの身体は普通じゃないのだ。要は、それだけ私たちの関係が強固なものになってきたという事だ。
「、、、すまんな。本業のほうが開店休業じゃな、、。」
「ハマーが気にする事じゃないよ。じゃ行ってくる。コニー。立つんだよ。何時までも寝てるんじゃない。」
 銀灰色の巨大な狼は、不思議そうにゆっくりとその頭をもたげた。

 そんな経緯を経て、今、コニーは別室にいて、私は阿部先生と今日の診察結果について話し合っていた。
 私はコニーの保護者になったような気分だった。でも阿部先生は、私の事をそんな風には見ていないだろう。
 だって私は外見上、阿部先生の目には、女顔をしたどこかの軟弱な男性モデルか、根性のないジゴロのように見えている筈だからだ。とても年若い女性の保護者という風情ではなかった。
 おまけに私は、つい最近身につけ始めていた「ハードさ」さえ私のオーラから失いつつあったのだ。随分、男としての行動様式や嗜好パターンを身につけ初めていた筈なのだが、コニーのような保護対象を見ると、かなり元の自分に後退してしまうようだった。男のハードさの代わりに、ムクムクと私の中で頭をもたげてきたのは、胸焼けのする言葉だが「母性本能」というものだった。
 こんな私の分裂した二面性と外見を相手にして、阿部先生は可哀想なほどしどろもどろだった。そんな噛み合わない会話が十分ほど経ってからの事だった。
 ちょっと肉付きが良すぎるかも知れない、目の大きな後退しつつある額を持った先生の顔だったが、そんな彼の顔が真っ赤になった。阿部先生は自分のある思いつきに、自分自身で赤面しているようだった。
「ちょっと話が長引きそうですね。次の予約が入っているんですよ。ですが今夜の9時以降なら身体が空きます。どうです。ご一緒に食事でもしながらお話の続きをしませんか。」
 ついさっきまでの話の内容から考えると、ちっとも話が長引きそうでもなかったし、さほど緊急をようするとも思えなかったが、私はコニーの為に、この医師の申し出を受けた。それは、まあ正直に言って、女だった頃の「衝動買い」みたいなものだ。
 それに女の身体の時には、私は阿部先生の申し出に「誘惑」の臭いをかぎ取ったのだろうが、今は自分の身の上に、なんの危険性もない、、。あるとすれば、むしろそれは誘った相手のほうにあるのだろうと私は思っていた。


 指定された豪華ホテル前の小公園に着いた。公園と行っても、そこはホテルの付属施設のようなもので、四季折々の飾り付けがつねに施してあり、来園する人間をリッチな気分にさせる、ちょっとゴージャスな待ち合わせスポットだった。

 中央にあるモダンなデザインの噴水、、北向きの赤いベンチで、、そばにアルタイラ加藤の可愛い光の彫刻があります。
 それが阿部先生が指定した場所だった。

 場所は直ぐに判ったが、そのベンチには、やや大柄で派手な感じのする女性しかいなかった。服装は水商売のティストをぎりぎり残したフォーマルスーツという妙なセンスだった。彼女の服の色は照明の加減で灰色ぽくみえるが、実際には違う色味を帯びているはずだ。
 私は自分のブレスレットみたいな腕時計を見た。9時を少しばかり回っている。帰ろうと思った。私は待ち合わせの時刻に容赦がない。そのことだけは今も昔も同じだ。
 きびすを返してタクシー乗り場に向かった時、背後から切迫した声が掛かった。
「目の前で帰るなんて酷いじゃないですか。」
 声の主から肘を軽く捕まれたので、思わず日頃の訓練結果がでてしまい、あやうく相手の顔面に掌底をたたき込む寸前までいった。
 それを押しとどめたのは相手の驚愕にゆがんだ顔だった。
 その相手は、さきほどベンチにいた女性だったのだ。
何故、彼女が近づいて来たことに気づかなかったのか。私は、敵と認知しない人間の動きについては全く無関心になっていたのだ。それは最近の私の身に付いた奇妙な自信のせいだったとも言える。
「金持ちは金を浪費しない、武闘家は注意力を浪費しない。」わが武術の師、チーの言葉だ。たぶん私のそれとは意味が違うんだろうけど、、。
 けれど、いったん相手を敵と認知した後の私の顔は相当に「怖い」らしい。私は昔からそんな「男の顔」が好きだが、残念ながら戦闘前では自分自身の顔を鏡で見るのは無理だ。
「ご、ごめんなさい、、私、、阿部です。」
「阿部、、先生?」
 我ながら素っ頓狂な声が出た。それはそうだろう、私はこう見えても女性として化粧歴10年、人工皮膚歴数ヶ月の「変装のセミプロ」なのだ。
 その私が相手に言われるまでその正体に気づかなかったのだから。
実に見事な女装だった。よく言われる男の喉仏の出っ張りだってほとんど気にならないし。
 初めてあった時も、薄い眉毛や残り少ない頭髪の柔らかさを見て体毛が少なくて柔らかそうな肌をした人だなとは思っていたが、化粧一つでここまで化けるのだ、、。


 並んで歩いた。握り拳三つぶんくらい阿倍先生の方が背が高い。私も女性としては、けして背が低い方ではなかったが、こうやって男性の属性を持ってからは中背という事になる。こうして背の高い女性と歩くと、その事が何故か腹立たしく思えてくるのが不思議だった。
 不思議と言えば、阿部先生の物怖じしない女ぶりも不可解だった。
私が嫌悪感を示さなかったから、阿部先生が平気でいられたのかも知れないが、実に堂々と彼は「女」を演じ続けていたのだ。 

 やや遅い夕食をホテルでとった後、私と阿部先生は最上階のバーで夜景を見ながらカクテルを飲んでいた。女性の時の私ならそれなりに満足のいくシチュエーションだったが、性的役割も含めて今は総てが逆だった。
 二人の話題は勿論、コニーの事だった。
 阿部先生は、さすがにこの会話だけは専門の医師としての姿勢を崩さずに受け答えをしてくれていた。
「先生の言うように、もしコニーの本質が人間にあるのなら、彼女を人間に引き留めておくような強い動機をつくってやるか、発見させてやればいいというのはよく理解できます。でも彼女の本質が狼にあるのだとしたら、、」
「あなたが考えておられる事は判ります。あなたのやろうとしている努力が返って彼女を不幸にしているのではないかという不安ですね。しかし、他人の幸せというのはどこにあるか判らないでしょう。まして相手の本質が人間ではなく狼だとするならなおさらだ。、、そんなのは考えても無駄なことだ、しかしベストを尽くす、、矛盾してますか?でもそういう患者への寄り添い方が物事を良い方向に持っていく場合が多いのですよ。」
「しかし、満腹で寝そべっている狼や、獲物を追って疾走している狼の姿はとても幸せそうに見える。」
「そう、、それもあくまで人間の価値観ですね。それにそんな能力を持つ狼がなぜ人間になる必要があります。不幸な偶然?」
「自分が人間になる能力を備えた狼だと思うほど、コニーは人間であることに絶望していると、、仰りたいのですか。」
「そう断定している訳ではありません。、、しかし私が扱って来た多くのフリークス達はそうでした。」
 私はちらりとハマーの強かすぎる面構えを思い出した。
フリークスか、、、そう、今の私も十分にフリークスだ。
 表面は美しい人工の皮で覆われてはいるが、その中身は赤むけの人体模型にしか過ぎない。
「分析すると言うことは、今抱いている悩みにアプローチする為の第一歩ではあるけれど、それから先の保証とはなんら関係はないのです。」
「あなたは、自分自身の分析を?」
 私はちらりと横目で阿部先生の仇っぽい感じのする横顔を眺めた。見れば見るほど化粧が巧い。男の顔の無骨さをメイクによって総て、はすっぱな色気に変換していた。女の時の私だったらきっと教えを乞うていただろう。阿部先生には、私の視線と言葉の意味が同時に理解出来たらしい。
「ええ、いやというほどね。そして私は、今の私をまるごと受け止める事にした。こんな自分を嘲笑する自我も含めてね、、。」
 私は大きく息を吸い込むようにしてから気持ちを切り替えるようにして言った。
「トイレに行きたいな、、。一緒に行きませんか。」
「え?」
「男同士だ、問題ない。連れションという行為、、ん、どうです。」
「でも、、、」
「さっき、あなたはあるがままの自分を受け止めると言った。俺はあんたにナメテもらいたくなった。」
 阿部先生の顔がその濃いファンデーションの飢えからでも真っ赤になったのが判った。
 自分でも、何故そんな事を言ったのかはわからない。多少は酒に酔ったのかも知れなかった。
 だが阿部先生という人物を可愛く思い、好きになったのが本当の所だ。それに今の私は、この男性を慰めることが出来るのだ。
 しかも自らは少しも傷つくことはない、、ずるいと言えばずるいが、、今の私はそう感じる性さえ剥奪されているのだから多少の事は許して欲しいものだ。
 「女」の古来からの商売は売春だ、、。春を売るのであって、奪われる訳ではない、、慈しみ、、平和な時、、、。私はそれの「逆」をやろうとしている。
 私は席を立った。
 阿部先生は、こちらの様子を見るともなく、私たちを観察していたボーイに目配せをおくると、私の後を追いかけてきた。ホテル側は総て了解しているようだった。
 女装した阿部先生が男を誘惑する、そんな事が過去にも何回かあるのかも知れない。だとすると阿部先生は、こんな名前の通ったホテルでそれが出来るのだ。私が知らないだけで、阿部先生は大した実力者なのだろう。









 ペニス。この人造器官が私のどの神経に接続されているのかは定かではないが、確実にいえることは、快感を感じそれに呼応するように形状も変化を見せるという事だった。
 乳房をそぎ取られ、ヴァギナもクリトリスも子宮そのものも掻き出されてしまった私に残された快楽神経、、、それが何であるのかは判らないけれど、今はその残された「快楽」を大切にしてやろうと思っている。
 それは、私の前にひざまずき私の股間の人造器官を愛おしげに愛撫している阿部先生の「快楽」を肯定してやる事でもあった。
 阿部先生は、自らの唾液でべとべとになった私の人工器官を自分の頬になすりつけながら恍惚の表情を浮かべている。
 私の頭の片隅で、あの忌まわしい体験の光景が点滅しかける。私は一端、破滅しかけたが「復讐」の二文字の元に、この世界に復帰した。、、だが、これから一体、私はどこにいくのだろう、、、。
 トイレという狭い個室の中で阿部先生のかぶったウィッグが前後に激しくピストン運動するを見下ろしながら私はそんな事を考えていた。

 私の快楽は、器官自身の激しい変化と比べて、鈍くゆっくりと高まるようだった。コニーの時のように射精感覚がなかなか突き上げてこない。ややあって阿部先生がフェラチオを休止して悲しげな目で私を見上げた。
 {、、多分、、あなたが下手なわけじゃない。}
 私はそれをみてたまらなく愛おしいと感じた。
私はゆっくり両手で阿部先生の顔を挟んで、彼を立たせてあげた。そして彼の舌を吸ってやった。
 阿部先生からは、てっきり男の本性としてのどう猛な反応が返ってくるものと思っていたのに、彼のそれは、まるで初めてキスをした時の女の子のような反応だった。
 私の中で、得体の知れない初めて見る黒いスイッチがその在処を顕し、同時に「それを押して見ろ」という内部の声が聞こえた。以前の私ならそれを躊躇しただろう。
 だが今の私は本能に忠実であろうとしている。
私は、衝動的に阿部先生の髪を鷲掴みにし、激しく舌を突き入れ、阿部先生の唾液を吸った。
 激しく空気を求めるように私のキスから逃げたのは阿部先生の方だった。
「お願い、、して、、我慢できないの。」
阿部先生が感極まったように泣き声を出した。
「じゃ、尻を出せ。犯してやる。それが望みだろう。」
「駄目。ここじゃ駄目。あなたには似合わない、部屋をとってあるの。来てくれる。」

 私は女性時代の、ある「イヴの夜」の出来事を思い出していた。その夜の相手は、不器用だったが誠実な男性だった。その彼が演出してくれた舞台装置に今夜はよく似ていた。
 「清楚な欲望」といったタイトルを付けられそうな演出スタイル。用意された部屋の窓から見える夜景は文句なしに美しいけれど、ことが始まってしまえば男にとっては、ムードなどなんの意味もない。そんな事が透けて見える夜だった。そして女はその舞台設定にかけられた投資を考え、それが己に見合うかどうかを考える、、、。

 私は阿部先生を跪かせると、人造ペニスを自分の手でしごき立て、白い濁液を放って、先生の顔面を汚してやった。(私の人造ペニスは水道の蛇口の栓をひねるみたいな使い方だって出来るのだ。)阿部先生の手首は私のネクタイで後ろ手に縛られている。阿部先生は私の屈辱から逃げられない。
 快感の伴わない射精、そんな裏技もこの人造ペニスは持っている。そのまま精液を先生の顔一面に塗り広げてやり、私はその手で先生の目鼻を塞ぎ彼の呼吸を奪ってやった。
「ううう、むウウん、ンん・・・・ッ」
 空気と、より以上の淫乱を求めてもがく阿部先生。後ろ手で縛られたその手では首を振るしかない。私の中で可虐的な奇妙な感情がうずいている。
 SMごっこをしているに過ぎないという覚めた感情と、このままこの男の窒息死を看取りたいという感情。
 そしてまるで悪魔の奸計を実施するかのように、阿部先生の口を覆っていた精液と先生の唾液にまみれた手をネチャリと引き剥がした。
「うふァ!ハアッ・・・・ヘゥぶ!ンむブ・・・・」
 そして阿部先生が息をつく間もなく私は自分の人造ペニスを先生の口に捻じ込む。今度は「本気の勃起」だった。
(女になりたいんだろう・・だったら少しでも早く私を本気でイカせてくれよ・・・・・)
 そんな私の無言の命令に従うように阿部先生は苦しい呼吸を懸命に堪えながら、彼が持てるテクニックの全てを駆使して私の逞しい肉の竿に挑みかかってくる。
 喉の奥深くまで吸い込み蛇のように舌を絡ませて胴を舐め、雁に歯を立てて甘く噛み、鈴口に舌先を這わせていじくり回す・・・・。私は、女としての私が、ここまで男にしてやった事がないのを思い出す。
 だが、今、男である私は、そうされながら阿部先生の両耳を卑猥な仕草でマッサージしてやる事が出来る。
「ンあくュ・・・ヘッ、あ!・・・・・」
 無理矢理に女装者としてのテンションを上げて私に奉仕をしているせいか、ただ単に久方ぶりに男性の身体にありつけそのエキスを浴びたからなのか、阿部先生の全身の感覚は、私が見たどの男性のよりもずっと鋭い状態をしめしていた。
 私のいたずらで耳の穴に差し込んだ人差し指のやんわりとした指の圧力にさえ、阿部先生は快感を引き出しているようだった。

“おっ、いいなその舌!明日から客を取れるよ。”
 私の下卑た言葉に、さらに刺激されたのか、阿部先生の下腹部のペニスが自らの力で怒張し膨れ上がった。それを見て、先生の口の中の私の人造ペニスがかってに絶頂間近の痙攣を始めた。
 阿部先生は再び奉仕に気持ちを集中し、震えるように前後し始めた私の腰の動きに必死でシンクロする。
「ェぶ、んオフ!・・・ンムッ、カフゥ・・・・」
 激しく突き上げながら再び劣情を噴き出そうとするペニスから、最後の一滴まで搾り尽くそうと阿部先生は、懸命に口の動きを合わせ、喉を鳴らさんばかりに吸い立ててくる。
 やがて私の人造ペニスは、彼女の口の中で射精し肉棒は急速に萎れ縮んでいった。そして阿部先生も私と同時に射精した。
 満足げに横たわる阿部先生を見つめながら、私は今さっきの自分自身の射精感覚を思い出してみた。
 それは、またもやコニーとのSEXとは違っていたのだ。手応えはあるのに、それが「嘘」である事も同時にわかる。不思議な気持ちだった。
   「くれてやるセックス、してやるセックス」
 口の周りに漏れだした唾液や私の精液を、恍惚とした表情で指先でまさぐっている阿部先生をみていると、私の心の中のイガイガが再びその針をもたげ始める。
 すると信じられない事に、私の人造ペニスは再び勃起し始めたのだ。私は「まだいっていない」のだ。
「おまえの下手なポルノ女優の真似なんてうんざりだ。尻を出せ。まだそっちがおわっちゃいないだろう。」  
 三度目だ。阿部先生が一瞬びっくりしたような表情を作ったが、再び勃起し始めた私のペニスを見て、彼女は何も言わずに抱きついて来た。  

 私が朝、目を覚ました時、当然のごとく阿部先生の姿は室内には見受けられなかった。代わりにテーブルの上に、几帳面な時で綴られたメモが置かれてあった。
「昨夜は、素敵な時間をありがとう。時間が来たので私は消えます。支払いは勿論済ませてあります。私は永遠に見いだされることのないシンデレラのようなものだと言えばあなたは笑うでしょうか。ですがそれが私にとっての真実です。
PS あなたが眠った後、少しコニーのことを考えていました。精神分析というより共感する部分で、と言ったほうがよいでしょうか。例えば、一人の美しくて魅力的な若い女性が、ある日、そのすべすべした肌に獣毛が生え、自分の愛着のある顔が醜くゆがむ宿命を背負わされたとしたらどうでしょうか?それなら一層のこと、自分自身が美しい人間の娘に変身できる狼なのだと信じる方がずっと救われるのではないかと思うのです。それがコニーの、そして(私たち)の分析結果です。 あなたの精神医より。」
 「シンデレラ」だって?私は笑っていいのか、感心していいのかも判らず、そのメモをくずかごの中に捨てた。
 でも、一つだけ判ったことがある。阿部先生は自分を冷静に分析出来るだけ、コニーや私よりも幸せだということだった、、。
 私はその後、洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。
鏡の中には「見知らぬ男」が歯を磨いていた、、。

2001/12/29

 
  8 デウス・エクス・マキナ
 私は仲間内から密かに「検死官」と呼ばれる男の前で、ラバースーツのミィの姿のまま直立不動の姿勢を取らされていた。検死官の肩越しにこちらを心配そうに見ているハマーの顔が見える。
 ハマーは背が低いので彼のデスクの上に立って背伸びをしながら私を見つめている。その姿を見て私は、滑稽さを感じるどころか悲しくなってしまった。
 検死官の強靱だが白くていかにも清潔そうな手が、私のラバーで覆われその姿をくっきりと表している乳房のてっぺんにある乳首を摘み上げて「パチン」という感じで離した。
 勿論、その乳房も乳首も良くできてはいるが、偽物だから全然痛くない。私の第2の皮膚であるMSS(医療用人工皮膚)でも女の乳房を作れるが、今、胸に付けているような俗に言う「巨乳」は出来ない。MSSはリアルで精巧な分だけ、自然に逆らった極端な増殖を行わないという「限界」があるのだ。
 そのMSSが作った、私の第二の性器であるペニスを押し込んである股間に検死官の手が伸びる。
 まったく遠慮がない。彼の端正な顔立ちの表情に変化がないので、その仮面の下に欲望に関する類のものが隠されているのかどうかさえ判らない。
 その点ハマーは正直だ。私の事を気遣って実に悲痛な顔をしている。
「こういう格好をする時には、これをもっとちゃんとしまって置くべきではないのかね。」
 検死官はラバーの上から私がこれを着る前にガムテープで後ろ向きに張り付けておいたペニスを揉みながら言った。彼の口からは全く口臭が漂ってこない。普段、一体彼は何を食べているんだろう。
 不覚にも私のペニスは興奮を訴え始める。股間のやや上部にはジッパーが取り付けられているが、この男ならそれを引き下ろしかねない。
「もっともこんな格好が、我々の任務に必要とされるのかは、検討の余地があるがね。」
 検死官の人差し指はジッパーの留め金の位置まで上がってきたが、私の思ったようにはならず、その指先は私のラバーの体表を滑りながら首の付け根までやって来た。
 ちょうど私が被っている全頭ラバーマスクの切れ目に当たる部分だ。私は思わず怖くなって顎をあげて顔を仰け反らす。   
「美衣は元女性だ。完璧におんなに化けられる。つまり二人分、動ける。そっちの方はひっかき回しようだ。陽動のな。、、そのなんだ、、派手な方がいいと思ってな。」
 ハマーが私たちの背後で受け答えするのだが、検死官の灰色の瞳は一度たりとも私から離れない。いけ好かない男だった。この男の位置付けは私たちの組織においてハマーと同等だと聞いている。
 だのにこの男はとても偉そうだった。私は、私への態度より彼がハマーに見せる見下したような態度に腹立ちを覚え始めていた。
「痛っ!!」
 次の瞬間、私のラバーマスクがはぎ取られている。その時に髪が絡まってラバーに持っていかれたのだ。
 検死官は、さっきまで私が被っていたマスクの臭いを彼の鷲鼻をツッコンで嗅いでいる。私は羞恥を覚えたが、その事自体が検死官の狙いである事に気づいて再び胸くそが悪くなっていた。
 検死官は、私から剥ぎ取ったマスクを自分のズボンの股間部分にこすりつけ、それをハマーに投げ渡した。この男はその紳士然として洗練された外見とはまったく裏腹の行動を平気で取る。
「私からの餞別だ。今日から美衣不二子は、私の管轄下にはいる。」
 今にも泣き出しそうな顔をするハマーを後目に、再び検死官は私に向き直ってこう言った。
「その下らない服を脱ぎ、我々の組織がお前に与えた身体で三十分後に駐車場に来るんだ。私の車はダークグリーンのアストンマーチンだ。」

「その姿でも美衣と呼ばれているのか。」
 私は、男モードのお気に入りである黒の上下スーツに身を固めアストンマーチンの極上革張りシートに身体を沈めている。
「そうだ。装備開発課のQが命名した時から変わっていない。変えるつもりもない。」
 嘘だった。今まではこうやって男の姿でいる時は曖昧に「美衣」とすり抜けて来たが、いずれ男としての正式な名前が必要になるのは目に見えていた。
 だが隣の運転席にいるこの男には、自分の本心など一欠片も喋る気持ちはない。
「そうか、なら今日から君は、ジョウジだ。ミイジョウジ。語呂がいいだろう。覚えやすい。そうしろ。」
この男、自分の強引さを楽しんでいる。誰が挑発にのるもんか。
「、、あんた。自分の渾名を知ってるか?」
「検死官。、、らしいな。それがどうかしたかね。ジョウジ。」
 検死官はなにがおかしいのか含み笑いをしている。
「私の生きる値打ちは私が決める。リベンジャーズになった時点でそう決めた。、、そうだな、、今、素敵な渾名を思いついた。私はデウス・エクス・マキナだ。」
 deus ex machina ? この男は自分の事を古代ギリシャ劇で突然現れて物語を急転直下させる神様気取りでいるのだ。
 組織の中の只の始末屋に過ぎないというのに、、。しかもあんたが登場する時は、既に多くの無駄死にが出た後に決まってる、、、つまり「だから検死官」って事だ。
 しかしどうして私たちの所に「検死官」が送り込まれてきたのだろうか。
ジャックザリッパーは、表向き私とハマーが処分した事になっている。次のターゲットであるウィルソン社へのリベンジを止めているのは他ならぬ組織の上層部の筈だ、、。
 私の疑問をよそに、車は巨大な高速道路架橋に差しかかる。初めてハマーと一緒に「仕事」をした日の事を思い出す。
 あの時もウィルソン社のジョルジュガバンを追跡して確かこの橋を渡ったはずだ。
「あの車だ、ジョウジ。タリバゼッタンの最新車だよ。暫く併走して走る。若きウィルソン社総帥の顔をよく見ておくんだ。彼が君のターゲットだからな。」
 遙か昔の巨大なアメ車が、指紋一つ無い流麗なそのボディを煌めかせながらアストンマーチンの前を走っていた。オープンカーなのに中にいる人間達の髪は一筋も乱れていない。
 実はこの車には目に見えない天蓋部分があるのだ。空気流動学と微弱エネルギーバリアーの結晶。それが過去のアメ車をリニューアルした車を売り出すタリバゼッタン社の目玉だった。
 こんな車を購入する人種は二種類しかなかった。要するに本物の悪党か、偽物の善人だ。
 恐ろしく広い後部座席に二人の女性に挟まれ彼女らの肩に手を回している男がいるのが見える。
「後部座席の真ん中の男だ。悪趣味だろう、、。だがあれは演技だ。色々な意味でな。ジェィド・ウィルソン。奴の本質はあんな所にはない。いずれ君が殺す相手だ。よく理解しておく事だ。そうでないなら虫を殺すように無感覚でいる事だ。」
「あんなでかい虫はいないよ。それに今日初めて会う相手だ。あのリッパーの雇い主だと言われても実感がわかない、、。」
「誰かが拳銃で殺された。そいつが死んだのは銃弾が当たったからだ。だが銃弾は引き金を引かない限り飛び出さない。」
 検死官が下らない例えを持ち出した時、アストンマーチンはちょうどタリバゼッタンと併走状態になった。女の一人がめざとく私を見つける。ウインクをして手まで振ってくる。
「チャンスだ。かまってやれよ。女を見てる振りをしてジェィドを観察しろ。」
 今度はジェィドの顔が瞬間的に真正面から見えた。たれ目気味の大きな目と、分厚くて大きな口を持った男で、その濃くて意志的な眉を合わせると、腕白坊主がそのまま大人になったような陽性の印象が強い。
 こんな男がスナッフフィルム等を他人に撮らせたりするものだろうか、、第一、ウィルソン社は超一流のメディア総合企業だ。金には困っていない。
 私は女達に流し目をくれてやる。
その途端、ジェィドの顎がくぃと上がったかと思うと、私たちのアストンマーチンは軽く彼の車に追い越されてしまう。
 私は思わず隣の検死官の横顔を見る。だが予想に反して検死官の顔は平然としたままでアストンマーチンの車速にも変化はなかった。
「、、、、いやな奴だろう、、。あれがジェィドという人間だ。君の標的だよ。」
 標的、、、いやな奴ぐらいで「人」は殺せない。私の頭の中で検死官が冗談混じりで言った、銃弾と引き金を引く指の関係が、ぐるぐると巡る。
 答えは判っている。
私は自分の命を殺人者の道を選ぶ事によって買ったのだ。ジェィドが私の本当の復讐の相手であろうがなかろうが、いずれ私は自分とはなんの関係のない人間を殺さなくてはいけない事になる。
 遅いか早いか、、ただそれだけのことだ。いや待て、リベンジャーズとの契約?そんなものに縛られる事はない。殺人は人間が犯してはならない罪だ。その前ではたとえ「契約」といえど、総ての事が反故にされて良いはずだ。私は私で総ての精算が終わったときに法の裁きを受ければよい。
 だが一方で、私の苦しみを同様に架された人々の無念が、私を捉えて放さない。もし私があのまま廃材置き場で皮膚を全部剥がされて朽ち果てていたら、、そんな事を考えると、殺人だって許されて当然だと思うのだ。
 ましてや、その復讐の相手が分厚い権力の向こう側にいるとしたら、只の人間は泣き寝入りするしかないのだ。それを支援してやって何故悪い。
「ジョウジ。まだピンとこない様だな。大丈夫だ。これからたっぷりジェィドという男を拝ませてやるよ。」
 検死官は私の内面の混乱を見透かしたようにそういった。  


















 小高い丘陵地帯。晴天。青空には刷毛で薄く撫でたような雲が張り付いている。気温は上着を羽織っていると少し汗ばむかも知れないという程度。
 時々小鳥達の囀りが聞こえる。
 まあ要するに、私達のやっている事ともっとも似つかわしくないシチュエーションだって事だ。
 私達がいる別荘のバルコニーからは一つ下の丘にあるジェィドの別荘の庭が見える。ジェィドが何故、こちらの別荘地を買い取らなかったのかが不思議だった。ジェィドはどんな場合でも「世界のてっぺん」にいるのが大好きな人物である筈だ。この別荘のおかげで彼はこの丘陵地帯の中では二番手になっている。勿論、敷地面積は比べものにならないほどジェィドの別荘の方が広いが、、、。

 イギリス式庭園のど真ん中で、首輪で繋がれたブラインドタイプのラバーマスクの女が丁重にジェィドの股間を嘗めている。ラバーマスクの首もとのから豊かな金髪がはみ出している。
 ゴージャスなウェーブと手入れされた髪。多分そのマスクをはがしたらならばウィルソン社系列の出版社が最近出版した雑誌の表紙を飾る女の顔が現れるのだろう。
 しかしその首にはかなり年季の入った本物の大型犬用の首輪とチェーンも付いている。一時の男女の戯れ合いというのでは無いのかも知れない。
 ジェィドはネクタイを緩めてワインの利き酒をするみたいな顔をして己の快楽を確かめている。
 此処からでは勿論、濃厚なフェラチオの淫猥な音は聞こえない、その上、彼らのバックグラウンドが、とても美しく手入れされた庭園だったから、、ジェィド達の営みは、まるで飼い犬とその主人のように見えた。
「無防備だな。」
「わざと見せているんだよ。」
「ここからライフルで狙撃したら。」
「やって見るか。銃弾はバリヤーで無効にされ、私たちは10秒後に完全包囲される。ここは並の別荘地じゃないんだよ。極端に言えばあの緑の芝生の一本一本にセキュリティが仕込まれているんだ。我々が今いるこの監視所を確保するのにリベンジャーズ程の組織が三ヶ月かかった。」
 ジェィドは椅子からずり落ちそうになるほど腰を前に突き出した。ラバーマスクの女はソビエトあたりの元体操選手なのかも知れない、ビンボーダンスの要領でジェィドの股間にその黒光りする頭をつっこんでいく。
 おそらくジェィドのアナルをなめているのだろう。ジェィドのペニスは90度に勃起しているのでここから眺めていると潜望鏡のように見えるのがおかしい。
「我らがジェィド君は、人に覗かれるのが好きなんだよ。『俺は膨大な量の秘密を抱えて生きている真っ黒な人間なんだ。俺を覗いていたらそれが判るだろう?さあお前、どうするんだ。俺を断罪してみるか?俺と力比べをしてみる度胸がお前にあるか?』きっとそう言いたいんだろうな。」
 検死官、それは説明になってない、、今の言葉は、まさしくあんたの独り言のようにしか聞こえないんだから。
 でも私はそれを口にせず、双眼鏡をテーブルの上に置いた。 
私はこの程度の変態行為なんてざらだよといった表情を検死官に向けて作ってみせる。検死官の長くて細い灰色の眉毛の端がつり上がる。
『仕方がない。説明して上げるよ、ど素人君』という検死官のいつもの表情。
「スナッフフィルムにも傑作と呼ばれるものがある。ああいうものは殺しや残虐行為をただ記録だけしているように見えるが、そうでないものも時々出回る。心を病んだ人間どもはそれを芸術とさえ呼ぶようなな。他人の極限の暴力や性衝動を覗きたい、覗かせて一体化する、それだけを純化したフィルムが受けるんだよ。ジェィド自らが手がけたのがそんな一本だった。」
「1本?ジェィドが手がけた?」
「そうだ。我々が掴んでいる限りはな。彼が総帥になるまでの見習い期間は結構ハードなプログラムだったようだが、なんと言っても御曹司の立場だ、やろうと思えばその特権を利用して色々な事が出来ただろうな。彼の若い頃の無軌道振りから考えると、やばいフィルムを少なくとも後五本は撮っているんじゃないかという噂もあるが、この時期の彼は先代会長の保護下にあって一切の情報がとれないんだ。しかしこの一本の後、彼はスナッフを手がけていない事だけは確かだ。彼はリッパーという優秀なカメラマンを手中にした訳だし、彼自身の倒錯に確実な変化が訪れているからな。」
 、、あのリッパーが人に飼われるという事があり得るのだろうか。それが以前からの私の疑問だった。しかし確かにリッパーは撮影クルーを率いていた。私が突入したあの時にも、周りのクルー達は極めてまともに見えた。、、そして「私」の時もリッパー以外に人影はあったのだが、私の記憶は恐怖に彩られていて正確なものではないのだ、、。
 ともかくリッパーが完全な狂人ならクルー達はその配下で働く事は出来ないだろう。
『リッパーは見かけ通り完全な凶人だった訳じゃない。』
 その認識は私の心の中に新たな黒い腫瘍を生み出しつつあった。天災によって苦しめられたからと言って「天」に復讐しょうとする者はいない。 そんな風に人は復讐の情念を納めていくものなのだ。だがその相手が仮に私と同じような感覚を持つ「ちょっと狂った普通の人間」であったのなら、、。
「スナッフの内容は突飛なものじゃない。単純に言えば1ヶ月に渡る全身レザーの拘束責めなんだがな、、。ジョウジはDDと呼ばれた新人アイドルを覚えているかね。」
 私は恐る恐る自分の記憶を探ってみる。家族の事、かっては本当にいたのであろう恋人の事、友人の事、仕事の事、自分にとって重要な事柄は総て抜け落ちているが、どうでもいいことだけはよく覚えている。
 きっとこの記憶の部分的な欠落には重要な意味が隠されている筈だった。要は私自身がそれを思い出すことを恐怖しているのだ。
 その心配に反してDDの名前は直ぐに上がってきた。今から四年ほど前にマスコミに彗星のごとく現れたアイドルだった。四年も前の事を覚えているのはこのDDが「本物の逸材」と騒がれ、そして直ぐに失踪してしまったからだ。確かに映像で始めた見たDDは他のタレントの女の子達とは別格の何かを持っていた。
 女の私でも「犯したい」と思ったぐらいの、、、。
「そうだ。女でも犯したくなる美女だった。彼女を拉致して殺したのがジェィドなんだよ。」
「しかしDDを発見しプロデュースしたのはウィルソン社だったと思うんだが、、。」
「正確に表現するとDDを発見したのはウィルソン社お抱えの凄腕スカウトマンだ。ウィルソンではタレント達は商品として売り出される前に会長が参加する品評会に展示される習わしだ。そこでジェィドがDDを見初めた。会長の肝いりだ。DDを売り出すための一大プロジェクトが組まれた。そして若き総帥我らがジェィドもその陣頭指揮にたったという訳だ。そのDDを拉致監禁したのが他ならぬジェィドだとは誰もが気づくまい、、。」
「そのスナッフフィルムにはDDの素顔も時々挿入されている。醜くギチギチに固め上げられた革の拘束着やマスクの下にDDが覆われている事を観客が忘れないようにな。」
「そんなフィルムがあるなら立派な証拠品じゃないか!!何故ほっておくんだ!!」
 検死官が笑いの発作を押さえようとしたのか、テーブル越しに私の肩をどやしつけてくる。後から思えばこの時、検死官は半分私の事を本気で怒っていたのかも知れない。
「いくら新米のリベンジャーズだと言って今のは食えないジョークだぞ。」
 検死官はテーブルの上のソフトドリンクで喉を潤しながら、気を取り直すように話を再開した。
「DDは一ヶ月の間、通常の食事を与えられず、、その時々のサド行為のバリエーションに耐えられるだけの処置を施され続けていた。ある時は栄養剤の点滴、ヘロイン、麻酔、止血剤ETCだ。この辺りはジョウジにはよく理解出来るだろう。その間、DDは全身を覆う革の拘束着を一度も脱がされた事がない。しかし驚くべき事は、撮影も含めて、この一ヶ月の間DDのお相手を勤めたのはたった一人の男だったという事だ。DDの下の世話や、四肢の切断、投薬、治療、色々あっただろうな。それがジェィドなんだよ。彼はその時、昼間の顔では自分が育て上げようとした稀代の天才タレントの失踪に苦悩する若き総帥を演じていたんだ。」
 検死官は彼のスーツの内懐からカード型の何の変哲もない黒い映像メモリを抜き出してテーブルの上に置いた。
「これがそのフィルムの一本だ。当然の事ながらこの手のものはコピーが効かない。本物だよ。君に進呈するよ。最後の決断を下す時どうしても迷うならその時に見ると良い。」
 白いテーブルの上には検死官と私のソフトドリンクのカップ、二つの双眼鏡、そして黒いカードがある。
 木漏れ日がそれらの上に段だらの縁を投げかける。遠くで小鳥達がさえずっているのも判る。
 私はその黒いカードを手元に引き寄せた。どんなものが映っていようと私にはそれを見る義務がある事が判っていた。それに、この機会を利用して検死官にどうしても聞いておきたい事が一つあったからだ。
「一つ質問してもいいかな。」
 検死官は私が黒いカードをポケットに滑り込ませるのを見つめながら「なんなりと、まだ時間は十分にある」と応えた。
「ハマーは私の、いや俺の事をジェィドから遠ざけようと細工をしてたのか。」
「残念ながらその通りだ。幹部達が今度の仕事を延期する方針を立てた事など一度もない。だから私が君たちの元へ派遣されたのだ。」
「、、さすがに隠蔽工作を行ったハマーの内なる動機までは、この私に聞くつもりはないようだな。だったら私の方から説明してやるよ。ハマーは君の事を気遣っていた。そういう事だ。もしかしたら君に特別な感情を抱いていたのかも知れない。リベンジャーズという機構の中では吐き気がするような理由だがな。」
 私は自分の総てが否定されたような気になって、思い切り検死官を睨み付けた。男になってからのこんな私の顔はそうとうに怖いものであることを知っている。
 基本的に「男」は相手を憎みきってしまう事が出来ない、それは「女」の専売特許だ。それを男顔の私がやったら、、大体は想像がつくだろう。
 しかし検死官は、毛ほども怯まなかった。彼には彼なりのたぎるものがあったのだ。
「よく聞けジョウジ。誰が好き好んで人助けをする。君を死の淵から救い出すためにどれだけの元手がかかっていると思う。最初の個人的な復讐を果たしたなら、後の君の命は組織のものだ。それが未だに自分の復讐さえ果たせないという。計画的な復讐が困難だというなら、君は腹に爆弾を抱いて差し違えてでも相手を殺すべきところではないのか。」
「契約は覚えている。でもジェィドへの接触を止めてるのは組織の上層部だと思っていたんだ。」
「契約だと、、。勘違いするな。君の命をリベンジャーズが拾っただけの事だ。君が恐らく使いものになるだろうと踏んだからだ。それにトップは今度の件を焦っている。我々の仕事はタイミングが総てなんだよ。一日違えば殺しの依頼者が入れ替わる事だってあるんだ。」
 検死官は、まだ半分ほど液体が残っているグラスをちらりと眺めただけでそれに手を触れなかった。素晴らしい感情の制御力だった。思っていることは総て伝えるが消して声はあらげない。
「ハマーに関しては今回のようなケースがよく起こる。しかしハマーは組織から決して放逐されない。なぜだか判るかね。奴の関わったリベンジャーズの三分の一はどうしようもない屑だが、残りはずば抜けて優秀なんだ。そいつらが組織の中でハマーを支えている。単なる人殺しどもが、、育てて貰った恩義など、、口が腐っても言えないはずなんだがな。それが奴の力だ。汚い野郎だ。私は逆だ。ハマーみたいな組織内のアマちゃん野郎がし損ねた仕事の後始末をしてまわる。結果、私だけが嫌われる事になる。」
 私の中の「女」の部分が検死官のすさんだ心を撫でてやりたくなる。だが今の私は美衣不二子だ。美衣はこの男の「嘘」に騙されるなと私に囁いてくる。
 しばらくの沈黙の後、検死官が唐突に立ち上がってこう言った。
「、、疲れたよ。今日は少し喋りすぎたようだ。君を最寄りの駅まで送ろう。ジェィド君の観察は明日で最後にする。私とハマーでは君に対する評価が違うようだ。一日付き合ってみてよく判った。君は理解力がある、、それに実力の程はチー師範から折り紙付きだしな。後は覚悟の問題だけだ。ハマーはその覚悟を、君自らがつかみ取る場面を回避したかったようだ。だが私は君にそれを要求する。」
「勘違いするな。答えは決まっているんだ。」
 一区切り置いてからの彼の言葉は、いつもの皮肉を微かに帯びた冷徹を取り戻していた。 
 私も検死官に続いて席を立った。、、私は躊躇ってはいるが、勘違いなどしていない。それはハマーといた時だっていつも同じだった。
 私は立ち去る前に、もう一度だけジェィドの別荘を双眼鏡でのぞきこんだ。そこにはもう誰もいなかった。
 もしかしたら本当にジェィドウィルソンは私たちに覗かれていた事を知っていたのかも知れない。
   

MSSで加速された動体視力だからこそ、その一瞬を見過ごさなかったのだろうと思う。そのフィルムにはサディストの手と腕、最大でも彼の足下しか登場しないように念入りの編集が施されてあったのだが、人間のする事には必ず綻びがある。
DDが全身を革でギチギチに拘束され、最後にレザーマスクの開眼部まで閉じられようとするその直前、サディストは彼女の後頭部にあるストラップを掴み、側に立て掛けて合った姿見に向けて、その顔面を強烈にたたきつけたのだ。
カメラは恐怖に見開かれるDDの目をスローで撮影したあと、絶望という名の最後の目隠しをされるシーンに繋がっていくのだが、その一瞬の間の繋ぎ目にDDのレザーマスクに斜めに食い込んだ小さなガラス片に撮影者の顔が映し出されていたのだ。
それは紛れもなくジェィド・ウィルソンだった。
私はそれを確認した後、電源を落とした。今は検死官が私をこのフィルムではめようとしていない事が判るだけで充分だった。
私は疲れ切っていた。ベッドに入ると、夢を見た。
それはハマーと検死官が子どもみたいに手を繋ぎ合って闇の中でスキップをしながらこちらに駆け寄ってくるものだった。ただしそれは寝入りばなに見たものか明け方にみたものかも判然としなかった。それほどに私の眠りは浅かったのだろう。


ウィルソン放送ビルの巨大地下駐車場の一角で、私たちはかれこれ一時間ほどジェィドの登場を待っている。今日の車は勿論、アストンマーチンではない、それに二人とも偽の通行許可書に相応しい風体をしていた。
そう、大ざっぱに言えばウィルソンという巨大マスコミに食べ残しをねだりにきて待ちぼうけを食らわされた「自称マスコミ関係者」という感じだろうか。
ここまでは実に簡単に入り込めていた。それがリベンジャーズの組織力故の事か、ウィルソン側のセキュリティの甘さなのか、私にはよく判らなかった。
 第一、毎日何千人という人間が交差するこのような場所で万全のチェックがかけられる筈がない。
それでも検死官はここではジャッドを仕留める事は不可能だと言い切っていた。
『なんなら今ここで確かめてみるか』と検死官に挑発されても私にはそれに乗るだけの材料すらないのだ。
それがハマーと仕事を組んだ時との一番大きな違いだった。検死官は己の持つ情報が人に在る程度の有効性を持つ限り、それを相棒にさえ絶対に教えるつもりはないのだろう。勿論、この私が検死官の相棒で在ろう筈もないのだが、、、。
しかし検死官は、私にとってどうでもよいカードだけは、さりげなく、そう実にさりげなく、うんざりするほど多くを広げて見せてくれるのだ。この点も自分の事を語りたがらないハマーと対照的だった。
「2代目で企業を成功させた奴はあまりいない。2代目は苦労をしらんからな。ジェィドは珍しい例だ。だがそういう2代目は苦労の代わりに別の違うものを使うんだよ。、、それは、、簡単に言えば人間としてのゆがみだな、、、。私にはよく判るが、ああいった育ちをしてしまった人間には永遠に取り戻せない心の部分品があるものなんだよ。つまり人間としては欠損品なんだが、他人にはそれが強さや優秀さに見える場合があるんだ。」
 検死官の表情の中に自嘲が浮かんでいる。私はハマーのある日の言葉を思い出した。
『自分自身に復讐をするためにリベンジャーズなった奴もいるんだよ。』勿論それが検死官だとハマーが言ったわけではないのだが、昨日の検死官がジェィドにして見せた分析や、今の言葉が、ハマーの発言をよみがえらせたのだ。
 この男、上手く誘導してやれば、自分の過去をさも愛おしそうにベラベラと喋り出すかも知れないなと一瞬思った。だがそんな気にはなれない。げす野郎の悔恨に満ちた半生など聞いてなんの役にたつ。

「来たぞ、あれだ。さすがにお忙しい人は違う。行動はラフに見えるが中身は秒刻みで時間通りって奴だな。よく観察するんだな。私にはここからじゃ細かい部分を見る事は無理だが、君には可能だと聞いている。」
 勿論だ。この程度の距離ならMSSで強化改造された私の視力は例え地下駐車場でサングラスをかけている今の状況下でも、相手の唇の動きまで読み取れる。

ジェィド達はB2ブロックの中央にある関係者用エレベーターから吐き出されてきた。ドアが開くと同時に、そこからきらびやかささえ、物体化しながらあふれ出して来たように思えた。
 ジェィドは歩きながら若手タレントのヒカルの肩に手をまわすと彼を抱き寄せ、ねっとりとキスを始める。
 ヒカルは今をときめく「歌もうたえる野生派若手男性タレントナンバーワン」だ。勿論、こんな時代の野生派だ。野生と言ったって華奢な顔立ちに太い眉毛がのっかっているだけの話である。
 ジェィドのキスの仕方は、他の取り巻き連中が見ているという訳でもないのに、相手の口を半開きにさせ舌を絡ませるやり方だ。ヒカルの舌が、貝殻を中途半端に砕かれて中身が露出した貝みたいに見える。
 ヒカルの喘ぎ方は女そのものだ。ああなるには相当仕込まれたに違いない。それとも天性のものか、、、。
 彼の女性ファンがこの姿をみたら一体なんというだろう。ジェィドは駐車場に規則的に並んでいる柱の陰までくると、そこで立ち止まり他の仲間達を先に行けと指で合図する。
 取り巻き連中はニヤニヤしながら二人から離れていく。目立った事と言えば、グループの中の一人が振り返って自分の腕時計をさしてジェィドに軽い暗号を送ったぐらいだ。こんな事はよくあるのだろう。
 残ったジェィドは、ヒカルを柱に押しつけるような位置をとってから、お互いの又の間に太股をあて腰をゆっくりくねらせはじめる。ジェィドはヒカルの耳朶を嘗めながらなにか囁いている。
 ヒカルの顔だけがこちらからはっきり見えた。泣いているような笑っているような奇妙にゆがんだ顔だった。
 どう見てもその唇の動きは「コロシテ」と読める。
私の胸の動機が高鳴った。驚いた事に私はヒカルにシンクロしているのだ。
 美衣になる前の私なら、こんな場面を目撃したら間違いなく比喩ではなくゲロを吐いていた筈なのに、、。
 ヒカルは自分の顔を押さえつけ始めたジェィドの指を口に含み始める。
 指を舌で舐めるだけじゃない。歯茎に押しつけたり頬の裏側に挟んだり、そうとう男の逸物をしゃぶるのが上手なのだろうという事がよくわかる。
 若いヒカルはあれだけの摩擦で一回目の精を放ったのかも知れない。先程まで執拗に責め立ててくるジェィドの太股に呼応して動いていた腰の動きが緩やかになっている。だからもう一度、自らの淫乱さを高めて欲望を呼び出そうとしているのだろう。
 ジェィドはヒカルの既に溶けてしまった口から自分の指を引き抜くと、次の瞬間軽々と彼の身体をひっくり替えしてしまう。ジェィドの大きな両手がヒカルの華奢な尻タブを揉み上げる。ジェィドの意を一瞬の内に汲んでヒカル腰を後ろに突きだし気味にする。
 だがジェィドはその突き出された尻をパンパンを叩いてから大笑いをしながら、何もせずにその場を立ち去ってしまった。
 後に残されたヒカルはそのまま泣き崩れてしまう。
確かに酷い野郎だ。もしヒカルが私の友人だったら、私は今直ぐここを飛び出してジェィドの顔のど真ん中にパンチをめり込ませてやるのに、、。 だがヒカルは私の友達ではないし、ジェィドにはパンチをめり込ませる以上の事をこの私がするかも知れないのだ。 
「ジェィドを殺すチャンスが広がるのは秘密パーティしかない。」
私の夢想を検死官の言葉が破った。
「今ので判るだろう。奴の肉欲対象は女じゃない、お稚児趣味なんだ。ジョウジ、MSSの変身機能を利用してあと5・6歳若返るんだな。それがジェィドの好みの上限だ。ジェィドのペニスをしゃぶってやったあと奴の首をへし折れ、それで仕事はおわる。」
「、、接近の仕方が判らない。ジェィドは街で若い男の子を買うような事をしない。」
 検死官が意外そうな顔で私を見る。私とハマーだって今まで何もしなかった訳ではない。それぐらいの情報は仕入れていた。
「君は精神科医の阿部という男を知っているだろう。阿部はジェィドのパーティのメンバーでもある。彼を利用するんだ。」
 驚いた事にこの男、阿部先生の事まで知っていた。もしかするとコニー・マゼランの事さえも既に知っているのかも知れない。
 私はこんな男に、例え一時の間でも人間の弱さを見、それを哀れに感じた自分自身を恥じた。しかしこれがリベンジャーズという組織の本質なのかも知れないのだ、、、。
 私の復讐が近づいて来る。この青白いデウス・エクス・マキナの登場によって、、、。

 2002/03/23