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Revengers
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■ リベンジャーズ ■
5.ドッペルゲンガー
スーパーマーケットから帰宅途中のコニー・マゼランを拉致したリッパー達を、「追跡」するのは簡単だった。
何故なら私はドカティに乗っている限り「透明」だったからだ。
もっとも私は、初めQから「流動鏡面体」というドカティに取り付けられたこの透明化機能を聞かされた時は思わず吹き出してしまったものだが、、。「透明」と言っても、まあ一種のめくらましのようなもので本当に物が消えてしまうわけじゃない。 この流動鏡面体、完全に静止している時と高速で移動している時がもっとも透明効果が高いようだった。
もしも、ドカティが渋滞に巻き込まれたら、私の側にいる車の中の人間も通行人も、自分たちの側をゆっくりと動いていくゆらゆらと輝く鏡面状の固まりを発見した事だろう。
コニー・マゼランを監禁した大型バンは市外の工場地跡に向かっていた。
「どこにいるのハマー。もうゴールは近いのよ。」
「まだ、お前のバックアップ体制が整っていないんだ。はやるなよ。」
「あなた達、なにやってんのよ。」
「渋滞に巻き込まれたんだ。」
「ばーか」
「事故渋滞なんだ。俺達は警察じゃない、サイレンを鳴らして周りを蹴散らすわけにはいかないんだよ。」
「間抜け。」
私はリッパー達に無理矢理こじ開けられた工場跡地の封鎖ゲートを、再び彼らの手で閉められる前に、そこをすりぬけようとドカティのアクセルを煽った。
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心臓が高鳴っていた。恐怖と不安の為だった。それはチーが闘いの前に「最もあってはならぬ」と教えてくれた心理状態そのものだった。ハマーはその事を違う角度でこうも言った。「復讐は情念でやるものだ。義務感や使命感にそれが変わった時は、お前が死ぬときだ」と、、。私は怯えている。リッパーにではない。
「復讐」という行為そのものにだ。
バンは広い敷地内の中のガレージ倉庫にその姿を消した。私はその閉ざされたシャッターの前でドカティに跨ったまま待機していた。
鏡面流動体は閉鎖された暗闇の中ではその効果を最大限に発揮することはできないし、なによりも消音性に優れたこのドカティでも、完全な無音状態でガレージに居続ける事は不可能なのだ。
私が、この倉庫の中に入る時は「追尾」ではなく「決戦」の時だった。
私はドカティのスピードメーターの横にある進出式のイヤホンを引っ張り出してラバーマスクの耳穴にそってへこませて在るくぼみにそれを突っ込んだ。
そこからはコニー・マゼランに辛うじて取り付ける事が出来た発信器件集音マイクからの音が拾えた。「辛うじて」と言ったのは、勿論、ジャック達に発見されない発信器自体の大きさと、私たちと彼女の接触のリスクを指してのことだ。
コニー・マゼラン自身はあの時の私同様、何処までも無垢で無防備な存在だった。私のようなリベンジャーでさえ彼女との接触は避けられるべきだったのだ。
むぐうう、、と押し殺したようで、しかも強い音が連続的に聞こえてくる。
どうやらコニーは猿ぐつわを噛まされているようだった。その他に聞こえるのは数人の乱れた足音と何か重いものを引きずる音や、金属と金属がぶつかる音。時間的に考えて、ジャック質は撮影機材を所定の場所に設置しているのだと考えるのが妥当だろう。
それにスピードメーターの上に張り込まれた液晶モニターは、ドカティの装備である遠感熱カメラによって、数人の人影が、地面にうずくまった人間を取り囲み初めているのを映し出していた。
急がなければならない。撮影の準備が終わり次第、ジャックは直ぐに事に及ぶはずだった。彼らのスナッフフィルムに演出などない。それは過去の出演者である私が一番良く知っていることだった。
そう思った途端、私の下腹は急に冷たくなり、先ほどから続いていた身体が浮かび上がりそうになる程のどぎまぎ感が嘘のように引いていた。
忘れていた事を思い出したのだ。私は既に一度死んでいる人間なのだという事を。
その時、耳にしたイヤホンから別のチャンネルが割り込んで来た。ハマーだ。
「渋滞を抜けた。そっちを補足できてる。五分で行ける待ってろ。」
私は返事をする代わりに、イヤホンを耳から抜いて、初めから目星を付けてあったガレージ倉庫の隣にある工場にドカティのタイヤを向けた。
五分は待てない。しかしシャッターから強行突破して入ったのではジャック達の意表を突くことは出来ない。不意を付かなければジャック達はかならず女を盾にするだろう、そうなれば私には勝ち目がない。
隣の工場は、リッパー達がいる倉庫の二倍ほどの高さがあり、丁度三階の窓が、倉庫の光取りの窓よりも少し高い位置にあった。
そこからドカティごとダイブして突入するのだ。
まずはコニーを私の保護下に置くこと、その後でも、あるいはその最中にでもかまわない。リッパーを殺そう。後の人間にはさほど興味はない。
そうこうしている間にハマーが追いついてくれる筈だった。
・・・
私を見上げている男達の顔が見えた。幸いなことに男達は撮影機機の周りに集まっていて、緊縛され地面に転がされたコニーに近い場所にいるのは一人の女性だけだった。
勿論、私の意識は集中し研ぎ澄まされていたからそれだけのことが見て取れたのであって、実際には、私はドカティに乗りながら秒速の世界で落下しているのだった。
私が着地に備えてドカティのステップに騎馬立ちになると同時に、眼下の男達はそれぞれの武器を取り出しにかかった。女はコニーの元に駆け出す。問題ない。女の脚と行動力では、私が彼らを制圧する前に、コニーを人質にとるのは無理なはずだ。
旋風砲の口はドカティの胸のカウルの両脇に一門ずつある。着地のエネルギーは旋風砲が吐き出す圧縮空気に変換され、男達をなぎ払うだろう。問題は私のハンドリング技術だけだった。
予想した地面からの激しい突き上げはまったくなかった。私は軽い衝撃をいなしながら、ドカティをスピンターンさせ圧縮空気を水平方向に扇形にして男達に浴びせかけた。
男達は拳銃を構えたまま、空気のハンマーでなぎ倒されていく。
私はその様子を視野の片隅で確認しながらコニーの方にドカティのヘッドを向けた。
私は自分の判断のうかつさを呪った。
先ほど私が上から見つけて高をくくっていた女がすでに、コニーの側にかがみ込んで拳銃を彼女のこめかみに突きつけていたのだ。
その女の顔に私は見覚えがあった。
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そこにかって「私」だったものがいた。私の顔を持った女の表情は奇妙に不自然だった。目と口元にしか表情が浮かばない、、まるで仮面のような、、、。
そしてその仮面から覗く右目の眼球は機械的に左右に激しく動いていた。私はこんな目の動きをする人間を一人だけ知っていた。リステリンのきつい匂い。
ある事に思い当たって私の血は沸騰し、私の手はヒップホルスターに差し込んであったマグナムを神速とも思える早さで引き抜いていた。
私の皮膚を剥ぎ、それを我が身に纏った男、リッパー、、、。
リッパーは私の顔でこう言った。
「物騒な物をしまえよ。この女を助けに来たんじゃなかったのかい。おねえちゃん。」
「助けに来たんじゃない。お前を殺しに来たんだ。私の、、私の皮膚を返せ!!お前の薄汚い身体から今直ぐそれを脱ぐんだ。」
私の頭の中ではそんな言葉が飛び交っていたが、それが自覚出来るという事自体が、冷静さを取り戻しつつあるという証明だった。
私のマグナムは、かって私だった顔の額の真ん中にぴたりと標準を当てていて微動だにしない。
私の身体は強化され、プロからの訓練も受けている。だがリッパーより早く引き金を引けるのかどうかだけは判らない。見てから撃ったのではいくら反射速度が速くても私はコニーを救えない。
突入してから2分は過ぎている。引き延ばしてハマーが今の降着状態を打開してくれるのを待とう。最も、ハマーよりも先ほど凪払った男達が息を吹き返す方が早ければ、今直ぐにでもこの場所は修羅場になってしまうだろうが、、。
「あんたリッパーだね。」
「ひぃひゃひゃ、、どうしてわかるのかしら、、。」
リッパーは気持ちの悪い声色を造ってみせる。
「どうして女の皮を被ったりするの。おんなになりたいの。」
「おんなになりたいのだって。サイコ映画のみすぎだぜ。これは皮ジャンを着たり毛皮の襟巻きをするのと同じだよ、、わかったかい。でもよ、今はあんたとあんたが着てるもんに興味があんなぁ、、。フェチの入った殺しっていう新ジャンルだ。いいフィルムが撮れる。俺のいう事を聞けば暫く生かしておいてやるがどうだ?」
「変態坊や、どうやって私と遊ぶつもり、、。」
片手だけで拳銃の位置を保持し続けるのがつらくなってきた。しかし私が左手をマグナムに添えるそぶりを見せただけでもリッパーはアクションを起こすだろう。
私にはコニーという守るべきものがあるが、リッパーには何もないのだ。リッパーの性格からして相手に噛みつけるなら、その瞬間は自分の体さえ守ろうとはしないだろう。リッパーには一片たりとも隙を与えてはならない。
激情に狩られてマグナムを片手で構えてしまった自分が悪いのだ。
「まず、この女とのレズシーンを撮らせてもらおう。それから、そう、あんたのその服、テカテカツルツルでなんだかハムやらソーセージを思い出させていい感じだな。少しずつあんたの身体を切り刻んで、この女に無理矢理食わすってのはどうだ。」
瞬間的に、リッパーが私に加えた恥辱と暴力の数々を思い出す。
「あんた動物以下ね。肉食獣だって殺した相手の身体で遊ぶような事はしない。心が歪んでいる証拠だわ。あんただって人間の母親のお腹から生まれたんでしょう。」
「難しく考えるなよ。アドレナリン・えんどるふぃん、そんな問題なんだよ。あんたににゃ悪いが、、所詮、人間の心だって、化学反応の問題なんだ。」
「お前は私の靴の裏にへばりついた犬の糞より最低な男。」
「ありがとうと、いうべきかな。見事なほめ言葉だ。」
私は我慢出来なかった。それは怒りの為だったのか、恐怖のためだったのか。
私は自分の指が千切れてしまうのではないかと思うほど強く引き金を引いた。
だが響きわたる轟音とともに弾け飛ぶ筈のリッパーの上半身は、その前に何か黒い陰で覆われたのだ。
それはリッパーの身体をかけ登る黒い獣が作り出した幻影だった。
2001/07/21
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6. 付きまとう影 |

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身体中が猛烈に痒かった。爪を立てて掻きむしり皮膚が破れ肉がそぎ取られるのが判ったけれど、私は、それを止められなかった。爪痕が溝になった肉から血が滲み出ている。
痒みの原因は、リッパーが私の皮膚を着ているからだと思った。自分の肌を他人に(しかもそいつは最低の変態殺人鬼なのだ。)に着られて平気なわけがない。
「レズリー、レズリー。もう起きるんだ。」
レズリー?私の今の名前は美衣不二子よ。私をレズリーと呼ぶのはハマーだけ、、。えっ・・あなたはハマーなの?
そうやって私は目を覚ました。私はリベンジャーズの支部に設けられた自分の部屋で眠っていたのだ。
悪夢によって汗びっしょりで目が覚めた、と言いたいところだが、私の身体全体を覆っている人工皮膚は汗をかかない。
「すまんな。本当ならゆっくり寝かしておくべきなんだが、、あんたがあまりその体を掻きむしるもんでな。MSS(人工皮膚)は傷つかないがその下の組織はそうはいかない。リペア機能が追いつかないほどあんたは激しく爪をたててた、、、。」
「、、、そう。ありがとう、、。」
目が覚めて見ると、からだの何処にも痒みなどなかった。
「リッパーはまだ生きているの。」
「、、、、、。」
「どうして黙ってるの。ハマー、間にあったんでしょう。だから私がここにいる、で、しょう。」
「どう言っていいのか、わからんのだよ。確かにリッパーは死んでいた。ずたずただった。、、そう、、それに奴をやったのはあんたじゃない。」
そう言った時のハマーの表情は実に複雑だった。ホッとしたような、それでいて復讐を成し遂げられなかった私を気遣うような、、。
「死んでいた。ずたずたってどういう事。私は、、。」
「覚えていないのかい、、。こちらが聞きたいんだよ。一体何があった。あの倉庫の中に転がっていた死体は、人間が作り出せるようなものじゃないんだ。」
リッパーに銃口を突き付けながら、精神的には極限状態にあった私が最後に見た黒い獣の影。私はそれ以降の出来事を覚えていない。いや覚えているのかも知れないが、思い出したくないだけ、、。
「リッパーの死体はどんなのだった。」
「何故か素っ裸で、ずたずた、それに所々食いちぎられていた。顔面が特に酷かったな。さすがの俺もあげそうになった、、。」
「リッパーはちゃんと、男の裸だったのね。」
「どういう意味だ、、。」
「いい、いいのよ。」
少し思い出した。私はあの時、声を張り上げてこう怒鳴ったんだ。
「そいつを殺していいけど、皮膚は傷つけないで、その皮膚は私のものなんだから!!」と、でもその言葉を投げかけた相手がハマー達じゃないとしたら、私は一体誰に言ったのだろう。
「他のメンバーは。」
「リッパーと同じさ。ただしこっちは、みんなちゃんと服を着ていた。狂った腹ぺこの虎かライオンが、数頭あの倉庫に迷い込んで暴れ回ったとしか考えられないな、、。」
「コニーの死体はあったの。」
一番最初に安否を気遣わなくてはならない筈のコニーへの質問が、今、、、。でも私はちっとも恥ずかしくなかった。なんとなく頭のどこかで私はその「答え」を知っているような気がしたからだ。
「それが不思議な事に死体どころか、血痕の一つも残さず彼女はきれいさっぱり倉庫の中から消えて無くなっていた、、。」
「、、でしょうね。彼女のお家をあたってみたら、彼女きっと家に帰っているわよ、、。」
「そいつは難しいな。もう彼女には、一切関わるなと上からのお達しが来てる。」
「どういう事それ!」
「おっと勘違いするなよ。今言ったような事は俺達の組織じゃそんなに珍しい事じゃないんだ。何度も言うが俺達は警察じゃないんだ。失敗した復讐の為に使った道具立てに、いつまでも関わるとろくな事はないという事さ。逆にいえば、我々とコニーとの関係は、こんな風になった今でも、後を引きずらなくて済む予測が立ってると言うことだ、、。」
「そうならいいんだけどね、、。」
と私は力無くいった。 |
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私たちは、リッパーが何者かに殺されてから動きを止めてしまっていた。未だにリベンジャーズの上層部は、今回の出来事を整理出来ずにいたのだ。それは相手方のウィルソン社も同じ事のようだった。
私の方も、暴発寸前までいった復讐への強い緊張が奇妙にほどけてしまっていた。すべてはあの黒い獣の影のせいだった。
そんな私にハマーはある指示を下していた。
「男の日常的な生活に慣れること」つまり、暫くの間はリベンジャーズ゙としての仕事から離れろという事だった。
私はそれに従った。私は私で「復讐を横取りされてしまった」事に対する整理の時間が必要だった。
・・・だが「私のような男」に日常などあるのだろうか。私は、かって私が女だった頃に知っているどんな男にも似ていなかった。
美しすぎて強すぎるのだ、、。しかも仕事で命を落とすことはあっても、日常の細々とした悩みの為にすり切れてしまう事はない。逆だ、現実社会にはこんな男などいない。
本部で一通りのトレーニングをこなし、諸々の機材の取り扱いの練習を終えれば昼からはほぼ自由だった。
私は図書館に行って本を読んだ。司書の若い女の子は、途端に私にお熱をあげたようだ。彼女の伊達で掛けている黒いセルフレーム眼鏡の下の目が潤んでいた。私もかってあんな目で男を見たことがあるのだろうか。
私はプレイボーイ然として彼女と接した。その方がゆくゆく彼女自身を傷つかせずに済むと思ったからだ。本を読み終わったら街を歩いた。
ついついブテックやバーゲンを実施している場所に足が向きそうになるのには笑ってしまった。そして私を軟派してくる女性が実に多いことにも吃驚した。
こんな生活を5日ほど続けた後、私はある事に気づいた。
私に対するストーカーの存在である。
しかし不思議だった。以前の私ならまだしも、今の私がその追尾者を発見する事も、追尾自体を振り切る事もできないでいたのだ。
発信器?そう思って本部で徹底的に身体中を調べてもらったが、空振りだった。
それにストーカーの気配自体が、一度ふっつりと消えてしまってから、再び私への追跡が再会されるという事が度々あった。どういう訳か、この追跡者は私を見失っても、もう一度私という目標を補足しなおす事が可能なようだった。
つまり相手は、視覚や聴覚を使って私を追跡しているのではないのだ。
「・・・嗅覚だ。」
ある日私は、その事に思い至って、デパートの化粧品売場に紛れ込んでいった。何故か私を見て女性の売り子達が緊張するのが判ったが、今はそれを楽しんでいる余裕はなかった。
私は陳列棚の上の香水のサンプルをむやみやたらに振りまいてみたり、化粧水のふたを開け中身をこぼしたりした。おそらくそんな事を女性の私がしたなら直ぐに通報され慇懃に警備員によってこの場をつまみ出されたのだろうが、、超絶的な美男子の私はそんな目に遭うどころか、女子店員達には、私の行為にはきっと深い意味があるのだと思われていたようだ。
まあ実際に、その行為には深い意味があるのだったが、、。私はさんざんフローアーを荒らし回ったあげく、素早くその場を退散した。
追跡者をまくために使った経路は、エスカレーターの側にあって殆ど誰も使わない階段を使用した。
そして私は、ある階の踊り場の壁に自分の体を隠して追跡者を待ったのだ。私の「鼻の良いストーカー」は、私が臭いの攪乱戦法を取った事に気づいて、あわてて私を追いかけてくるはずだった。
そして案の定、「私のストーカー」は姿を現したのだ。
「コニー。どうして私の後を付けるのかな。」
私に背後から呼び止められたコニー・マゼランは文字道理飛び上がらんばかりに驚いたようだ。
こちらを振り向いたコニーは真っ赤な顔をしていた。それはお下げに結んだ彼女の赤毛よりまだ赤かった。彼女が、突然きびすを返して逃げ出そうとしたので、私はコニーの手首をつかんでそれを止めた。
事情を知らぬものが見たら、まるで私が「泣かせた女」を引き留めているように見えただろうと思う。もっと具合の悪いことにコニー・マゼランは儚げな「少女」のような印象を止めた女性だった。誰が見ても私の方がにやけた悪役に見えるだろう。
実際、私はそんな奇妙な気持ちになりかけていたのだが、、、、。
万引き少女を偶然に見つけてしまった足長おじさんみたいな気分で私はコニーをカフェレストランに連れて行った。
そして万引き少女が決して本心から反省しないように、コニーがしおらしかったのはほんの数分間だけだった。
コニーの行為が立派な犯罪行為である事を説明し終わると、今まで何も聞いていなかったと言わんばかりの口調で彼女は急に喋りだした。
「あなた。あの時のゴムの服を着てた人でしょう、、。」
私は驚いてコニーの顔を見た。美衣の時の私と、今の私は、顔は別にして体型は全然違って見える筈なのだが。それにあの時はラバーマスクも付けていた筈だし、、この娘は意識を失った私の顔や身体を調べたのかしら。
「あなたは本当はおんなの人、、ちがうかしら、、。」
私の疑惑をよそにコニーの口調はあくまで子どもじみていた。まるで大人に見られようと背伸びをしている少女のようだ。
私の方も、それに釣られ、急にいたずら心が沸いてきて、テーブルの下と膝の間にきちんと置かれたコニーの手をつかむと無理矢理私の股間においてやった。
そこにには本物そっくりのペニスがあるのだ。
「どう思う。」
コニーは顔を真っ赤にさせながら、ひったくるようにして自分の手を取り戻すと、それを胸元に避難させた。
「それでもあなたはあの時の女の人だわ。私には、あの女の人の悲しみの臭いが判るんだから、、。」
その彼女の言葉は、私の封印された記憶を呼び戻すきかっけとなった。私があの時、黒い獣に感じた恐怖以外のもの、・・・それは「共感」だったのだ。
だからこそ私はあの時、あおの黒い影に「私の皮膚を破かないで」と頼んだのだ。
「、、なら聞く。君はあの時の狼か。」
「、、、、ええそうよ。」
コニーは一見して少女のように見える顔立ちをしていたが、じっくり眺めると実に意志的な目と口元をした女性でもあった。その大きな青みがかった灰色の瞳がまっすぐにこちらを見ている。
「、、そうか、だったら答えよう。君が言うようにボクはあの時の女だ。」
私たちはお互いをしばらくのあいだ見つめ合っていた。多くの言葉は必要なかった。
お互いに、何故男性器が股間にぶら下がっているのか、なぜ狼になってしまうのか、、言葉にすれば随分長い時間が必要なはずだ。
だが判っていたのだ。私たちが「現れ」こそ違っても同類である事を。そしてそれ以上にコニーという存在が強烈に「私」を必要とする事を。
コニーは「狼女のレズビアン」だったのだ。・・・そして私は「元、女の女装者」だった。
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その日の夜、私たちは愛し合った。私にしてはしごく自然な、そう、、宿命さえ感じさせるなりゆきだった。元の私ならレズ行為など性倒錯として完全に拒否していた筈だ。
そして私はMSSを着込んでいても、、いや着ておればこそだが、男のSEXが可能な事を発見した。
それはそうだろう。この薄い人工皮膚は皮膚感覚を、深い部分で皮を剥がれた赤剥けの私に、実に正確に、時には増幅・縮小してまで伝える事が出来るのだ。それを考えると私のクリトリスと、それなりにボリュームのある模造バイオペニスをシンクロさせる方がもっと簡単な事に違いなかった。
もっともこの模造ペニスが、私のラブジュースが混じった「偽」の精液まで射精した時には本当に驚いてしまったが。
そしてコニーの身体は、丸くて柔らかく普通の女の子だった。こんな身体がどうやって、野生の狼を遙かに凌ぐ怪物に変身できるのか、、私には判らなかった。
「その歌、なんていう歌なの。」
賛美歌のような不思議な響きをもつ歌声が途絶え、朝の光の中でコニーが私を振り返った。彼女は今、二人の為にコーヒーを入れてくれているのだ。こんな些細な事ででも私が「男」の役割をしている事がわかる。
「私の本当の故郷に伝わっている古い民謡なの、、。」
彼女は一夜を共にしてもその居住まいを変えなかった。嬉しいことだった。男でも女でもいったん親密な関係になると、がらりと性格を変える人間がいる。その多くは気持ちよい変化ではなかった。
「言葉の意味が分からないわ。どんな歌詞なの。」
「ごめんなさい。あまり教えたくない。人狼に関する悲しい歌よ。」
「じゃ、聞かない。コニーは今、悲しいの?」
コニーはゆっくり首を振った。
「私たちに伝わる伝説の中では、この世でたった一人の人間だけが私たちの事を判ってくれると言われてるの。その人が見つかったら自分の一生を捧げる値打ちがあるとも、、」
私はコニーからカップを貰う。コニーはベッドに潜り込んでくる。一生を捧げるって、、、じゃ、リッパーの時の殺しは、、、。
「たぶんそれは、私たちが人間世界に絶望しきってしまわないように、作り出された、ただの言い伝えだと思ってた。それに私は、一族の中でも珍しいレズだし、、、。でも本当だった。こんな幸せな事はないわ。」
幸せか、、。このコニーに、ずたずたにされたリッパーの手下達の事を私は考えていた。
彼らの近親者が事の真相を知ったらコニーに「復讐」しようとするのだろうか、、、彼女は狼人間なのだ。コニーは、あの場にいた人間を皆殺しにした事を、まったく悔いていないようだった。
いや、あの殺戮の場面は彼女の意識にさえ上っていないのかも知れないのだ。それはそうかも知れない。ネズミを殺したことを気に病む猫がいないのと一緒だ。
どうなんだろう。たとえばライオンに夫を食われた妻はそのライオンに復讐を誓うのだろうか、、、。
「あたし、、ずっとここにいたい。」
コニーの頬が私の肩に乗せられる。
「自分の家があるじゃない。」
「自分の家ってどんな場所をいうの。」
私は多少の痛みを伴いながら「家」のイメージを思い起こした。私にはもう自分の家と呼べる場所はないのだ。だがコニーには、没落していようが貴族の血筋を伝えた家族がある。
「そうね。心から安心していてられる場所かな。」
コニーが養子である事を知っている私は、その言葉を少し躊躇して言った。
「だったら、ここがそうだわ。」
頭が良くてその癖、頑迷な娘、コニー。
「、、、そうね。番犬なら飼ってもいいわ。でも人間は無理よ。」
きつい言葉だったが、それぐらいの方が良いのだ。
「だったらそうする。」
コニー・マゼランはそう答えた途端、ベッドから飛び出し私の目の前で変身し始めた。
「ちょっと!ちょっと待ってよ!私は番犬って言ったの。あなた狼でしょ。狼は断るわ。」
その時すでに遅く、私の言葉は、コニーの「長い毛の生えた耳」には届かなかった。
そんなふうにしてコニーの居候生活が始まったのである。
今も私の部屋には、尻尾の部分だけ穴のあいたラバーキャットを着せられた黒い狼がいる。これはハマーの発案なのだが、それによってコニーは変身の度に服を破く事もなく、抜け毛で部屋をよごす事もなく、居候を決め込めるようになった訳だ。
黒と灰が混じった剛毛を撫でてやるとコニーはうっとりと目を閉じ、その岩をも砕く牙を秘めた顎を私の膝に乗せた。私にしたって、それはそれで結構幸せな気分になるものだ。
でも私は、時々不安になる。
その不安の原因は、床の上に「狼」の状態で伏せたコニーの姿が、どんどん長くなる一方だという事だった。
2001/10/12
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