不定期リアルタイム連載小説
 近緒の挑戦。推敲をしない一発勝負、エモーションのままに。

Revengers

■ リベンジャーズ ■

 
1. Qという男

 私に美衣不二子などというふざけた名前を付けた男は、自らを「Q」と名乗った。あるスパイ映画に登場する秘密兵器の開発部長気取りなのだろう。私はQはQでも、この男の存在自体を指してのクエスチョンのQだと勝手に決めていたが、、、。Qという男、見た目が冴えないだけじゃなく何処か不潔で危険な匂いがしたからだ。

「変身能力、感覚遮断と拡張、包容体への治癒能力がそのMSSの基本的な力だよ。スーパーマンみたいに弾を弾くことも出来ないし、空も勿論飛べない。変身だって、カメレオンみたいにその場で瞬間的に変身できるわけじゃない。だが工夫をすればそれ自体で色々な小細工が出来るし、MSSの治癒レベルの上限を上げれば肉体改造だって出来る。」
Qは自分の後退した額の上あたりで、人差し指を使い「の」の字を書いてみせる。面長のキュウピー人形のような顔だ。こんな顔の持ち主が「復讐」などを過去にした事があるのだろうか、、。今度、機会があれば尋ねてみよう。

「ここから頭部全体に掛けて、極細のネットが埋め込まれてある、そのネットが君のニューロンの動きをモニターして身体全体を包んでいるMSSに、情報なり司令を送っている訳だ。その他、部位は今の所、君には教えられないが、生体CPUとメモリもMSSには搭載されている。それを旨く調整するコツがつかめれば、例えば君は極寒の土地でも温かくいられるし、指先に目がついたんじゃないかと思えるほど身体の一部分の触覚をとぎすます事が出来る訳だ。」
 Qは先ほどから私の全身を覆っている人工皮膚をメディカルスキンスーツつまりMSS・ミスと発音してる。
「そんな事がなんの役に立つの、いくら寒いという感覚を遮断する事が出来たからって、寒さの現実が変わるわけじゃないわ。逆に身体の方はどんどん意識しないうちにまいっていくんだから、そっちの方がよほど危険じゃない。」
「君の考えには二つほどの誤認があるな。今、君を覆っているMSSの耐寒能力は、それ専用の耐寒服には及ばないものの人間の皮膚の10倍に近い能力を持っている。それとスパイ活動や破壊工作に、本当に必要とされるものは一瞬の危機を切り抜ける機転なんだよ。あまり長時間にわたる身体上の能力が常に問われるという事は稀なんだ。つまり結局は本人次第という事さ。私は君のそのMSSだけで十分だと考えているが、、まあいいだろう。こっちへ来たまえ。」

 まあいいだろうと仰るわりには随分と嬉しそうじゃない。それにQさん、あなたはどれだけ実地を踏んだのかしら。でもいいわ、あなたのおもちゃを見せてちょうだい。

 しかし次の部屋に入った途端、私のQへの不遜な思いはかき消えていた。
Qが性格的に問題があったとしても、これだけのものを作り出せるので在れば、全ては許されるだろうと思った。
 私は男の才能に欲情する。私には想像もつかない素晴らしい様々なマシーン類が、倉庫の如き巨大な一室に所狭しと並べてあった。女は機械に弱いというのは間違いだ。機械を理解しないだけの話で、そのそれぞれが発揮する能力や魅力が判らない訳ではない。私の視線は、その中でも一番可愛い、真っ赤なドカティに吸い寄せれていった。エンジンの上にあるカバーカウルの文字はDUCATI SS900-Qと読めた。
「、、ああ、あれか。綺麗なオートバイだろ、、、君が気に入るだろうと思ったよ。たぶん君は戦闘要員と調査要員の中間的な仕事に就くだろうから、アレは脚としてはなかなかいいだろうな。洒落た仕掛けもしてある。」
 私の視線の先にあるモノに気付いたQは迎合するような口調で言った。今は、私の機嫌を損ねたくないのだろう。
「あれは一言で言えば自分で走るモーターバイクだ。例えば工事現場の鉄骨剥き出しの屋上まであれで駆け上がったとしてだ、一番天辺の運転じゃライダーだってビビるだろ?しかしあれに乗っている限りなんの問題もないという事だ。幅が、例えタイヤの半分の鉄骨の上だって高速で駆け抜けられる。私としてはおもしろみに欠けると思ってはいるがね、、。」
 Q本人はあのドカティがあまり気に入っていないようだ。それは彼の自慢が、ドカティのような「現実」にある機能美ではなく、この倉庫の7割以上を埋め尽くしたパワフル過ぎるガジェット達にあるからだった。Qの現在の欲望は、そのマニア魂が爆発したようなガジェットの内の一つを、私に押しつける所にあるようだった
 だってQの目から見れば、私も生きたフィギュアの一体にしか過ぎないのだから、、、。
 Qが倉庫の壁際に突っ立っている何か禍々しい立像に目を向けて言った。
「だが、私が君に本当にプレゼントしたいのは、こっちの方なんだがね。」

2001/03/19

2 コスチューム

 なんなのこれ。私は自分の手のひらに乗せられたクタッとした頭の大きさほどの黒いゴム製の袋を見た。
「ラバーマスクさ。あんたの頭から型どりをしてあるから、ぴったりの筈だよ。」
「なんで、こんなのを被る必要があるわけ。」
 ハマーからは、始めこの衣装あわせを、「強襲」用の装備確認だと伝えられていたのだが、、。Qは天才オタクだったしハマーはハマーで強度のフェチストだというわけだ、、。
「それだけじゃない、こっちも着て貰う。」
 ジョー・ハマーは、彼の背後にある全身ラバーの黒いキャットスーツを親指でさした。どうやらスーツ自体に、なにか仕掛けがあるようで、本来ならつなぎの作業服を吊してあるようにストンとそれがハンガーに掛かっていても不思議ではないのに、それはまるで黒い女体がつり下げられているように見えた。
「変態。」
 彼のラバーフェチぶりは組織の中でも有名だった。彼はこの趣味を新しく入った女性メンバーに押しつける為、かなり以前から男性専門の「窓口」に回されていたそうだ。
「変態で結構だよ。俺はこれが楽しみであんたの世話を引き受けた。あんた、俺がこの組織の中でどんな位置づけの男なのかもうわかってるよな。」
 ジョー・ハマーは「チビ」だが腕利き、だ、そうだ。私たちのような素人が、実力のある復讐者となる為には、優秀なインストラクターが必要になる。スパイ活動のノウハウから、果ては殺しのコツまで、私たちは何から何までを組織から教えてもらわねばならない。リベンジャーズで復讐者として成功する為には初めて出逢う「窓口」が最も重要なのだ。

「、、、判ったわ。これがあなたの楽しみだってのはね。でも理由を聞かせて。あのスーツは女のボディをもってる。私は男で行くと言ったじゃない。男の姿で復讐するなら顔を隠すマスクなんか必要ないわ。奴ら、今の私とあの時の私が同じ人間だとは思わないはずよ。」
「あんたは契約を結んだ。そうだろう。」
ジョー・ハマーの顔が難しくなった。
「確かにむすんだわよ。」
「あんたはあんたの復讐を終えたあと、組織の為にその身をささげるんだ。どの部門に配置されるのかはまだ判らないが、Qのような後方支援にはまわされないのは確かだ。要するにあんたは実弾になるんだ。例え男の姿であろうと面がそう容易く割れては困るんだよ。特にあんたの特技は変身なんだぜ。最後まで謎の人物でいる必要がある。」
「でも、なんで女じゃないといけないの。」
「前にも言っただろうが。女の方が利用価値が高いんだよ。色仕掛けが利く。復讐の対象はほとんど男っだって事を思い出せ、。あのスーツは偽の胸や尻のあんこが入ってる。あんたは元は女なんだから、あれを着れば、簡単に女に化けられるだろうが、、、。それに今の姿を逆にとっておきに置いておいた方が、あんた自身がこの組織の中で、長くやってられるんだ。」
 組織の中で長くやるか、、、。確かにスパイや暗殺を長く続ける積もりなら自分自身の本当の正体は、出来るだけ世間から隠して置いたおいた方がいいのだろう。
「あのマスクは、目と口の部分を結構大きくとってあるデザインなんだ。俺の好みとしては口の開口部は狭くして、そこから飛び出る唇がたらこみたいになるのがいいんだが、、。そこまでは仕事に持ち込めないからな。まああんたはハンサムなんだ。しっかり化粧をしてマスクを被れば、だれだってそのマスクの下の顔は女だと思う。プログラムを使って何日もかけて化けなくても、一瞬にして女に化けられるわけだ。」

「確かにインパクトはつよそうね。この姿で男のあれをしゃぶれってわけ?」
 私はQに与えられた赤いドカティと鬼神の如きアーマードスーツを思いだし、さらにそのヘルメットを取った時に下から現れるラバーマスクの自分の姿を描いて見た。
 まるでいやらしいアメリカンコミックの女性ヒーローになった気分だった。こんな姿で敵に強襲を掛ける意味なんて何処にあるのだろう。それともリベンジャーズという組織は新しい都市伝説を量産したがっているのだろうか。

「ささ、納得できたら早速それを来てみてくれないか、隣の部屋が空いている。」
 ジョー・ハマーはその口調に似合わず総じて慎重な男だったがこの時ばかりは上擦っていた。
「いいわ。でもお願いがあるの。」
「ほうあんたがね、一体なんだ。」
「あのイヤらしい服にコックをつけてくれない。」
「コック?」
「ペニスの事じゃない。勿論本物って訳じゃないわ、例のおもちゃみたいのでいい。サドの女が付けてますって感じで。ただし丈夫でちょっとした仕掛けのあるのをね。」
「そんなもの付けちゃ、目立ってしかたがないんだが、、。」
「あの服だけで充分目立っているよ。今更なんなの。」
「、、、。」
「ああ、わかったなんとかする。で、しかけってなんだ?」
「私のコックで男のあそこに突っ込んでやるのよ。中で刃物が開いてずたずたにしたっていいし、硫酸をそそぎ込めるような仕掛けでもいい。」
「怖いな。あんた男になりたてだから教えといてやるよ。あれはパンツの中にしまっとくもんなんだよ、」
「そうなの?男がそんなに行儀がいいなら、女は誰も苦労はしないわ。」

 私は隣の部屋に入って、着替えを始めた。ジョー・ハマーがそんな私の様子をどこかで盗み見しているのは判っていたから、私はうんとサービスしてあげるつもりになっていた。でも今の私が「男」なのを思い出して少しだけ胸が痛んだ。
 けれどラバーフェチのジョーにとってはあまり性別など大した問題ではないのかも知れない。今の私の身体はラバーを纏うと凄く中性的な魅力を発生させる筈だ。私はラバースーツに足首を入れた。ストッキングを穿く要領だ。ゆくりと素材を脚の形になじませて巻き上げていけばいい。肌にまとわりつき締め付けてくる感触が心地よい。
 この手の身体に密着する衣装を、男は着るのが苦手かもしれないけれど、女にとってみれば力と柔軟性があれば、この手のスーツはボディストッキングの親戚のようなものだから問題はない。
 問題が有るとすれば、どこかであたしをのぞき見している筈のジョー・ハマーの股間をエレクトさせる為のアクションの方だった。
 私の混濁した記憶の中では、私にはそれが凄く上手な女友達がいたような気がしており、、更に、彼女はその能力でたくさんの男どもを興奮させて遊んだのだという自慢話を聞かされた・・・ような、気がする。
 でも、はきっりしている事が一つだけあった。私は断じて「それ」が旨くない女だったという事だ。
 
 その夜、私はリベンジャーズの宿舎で、長い夢を見た。それはジョー・ハマーがラテックススーツを来た私の全身をなめ回している夢で、私は私で自ら興奮を高める為にゴムで覆われた乳房を揉んでいるのだ。
 ただしそれは私の左手の役割で、私の右手は私のゴム製のペニスを扱き挙げている。
 最悪だったのは夢の中の私は、その永遠に興奮し続けるペニスを私の身体にしがみついていたジョー・ハマーの口に押し込めようとしていた事だ、、。
 私の体質は、MSSのせいで随分変化を見せて来ている。この変化に対する驚きは、私が見た夢に現れているように少なからず私の心に「戸惑い」を生じさせていたが、うれしいことも一つあった。
 それは「私の復讐」の時期が近づいているという事だった。

2001/03/20

3 ジョー・ハマーという男

 ハマーが言うには一人前のリベンジャーズになる為の訓練は「実地」が一番なのだそうだ。それも「私の復讐」でやるのが一番だという。私は躊躇した。
 今更、怖じ気づいた訳ではない。私の未熟のせいで復讐自体が失敗するのが嫌だったのだ。それでは私が生き返った意味がなくなる。
 しかし「俺にまかせろ。」とハマーは言った。ここ数ヶ月の彼との付き合いの中で私の彼に対する信頼感は絶大なものになりつつある。
 それは奇妙な感覚だった。恋に似ていなくもなかった。しかし私の身体は、MSSがフィードバックしてくるエネルギーによって、筋力や神経系統が果てしなく戦闘的なものに造り替えられつつあり感受性もそれに伴って変化を起こし始めていた。外見通り、気持ちまで男らしくなってきているのだろうか。とするとハマーへの思いは、友情という事になるのだが、、、私にはそれを知ろうにも「男」であった体験は過去にない。
 けれど私はハマーの「俺に任せろ」に乗った。以前の私なら決してそんな確証も確約もない言葉に自分を預ける事なんてなかったはずなのだけれど。

 遊園地のベンチに座った私たちの事を、通行人達は、何故か羨ましそうに、そして賞賛するような目つきで眺めていった。中には通り過ぎてから私たちの事を振り返った若い女の子達のグループさえあった。
 私は胸をはだけた真っ白なドレスシャツの上に、上下そろえの真っ黒なスーツを着ていた。手足が長くてスリムな身体と引き締まった筋肉が、その下にあるのは誰の目にも一目瞭然だったろう。それに私の顔といったら飛んでもない美青年の筈だ。今でも鏡を覗き込む度に、我ながら「甘すぎる」と思う。でもその美しすぎる男性の顔の中に、以前の私の顔の面影を認める事が出来るので、私はどうにかこの顔に付き合っていられる。
 私の全体?一言でいえば、どこか崩れた雰囲気のある男性ファッションモデルのような男という所だろうか。以前の私が一番毛嫌いしていた男に、私自身がなっているのだから皮肉なものだ。
 だが、もっと問題なのは、私の隣に腰掛けているフランス人形のような女の子だった。私とこの少女の取り合わせを見て想像出来る関係が「兄姉」だとしたらそれは余りにも出来過ぎで、おそらく多くの人たちは私たちの事を、ファッション雑誌かなにかの撮影待ちをしているモデル達のように思っている筈だった。
 確かに私の隣に座っている少女には子役スターのような華があった。ただしそれは「毒の華」だ。だってこの少女の中身は、ジョー・ハマーなのだから。

「ターゲットが現れるまで、もう少し時間があるようだな。、、なあもう少しリラックスしろよ。」
 少女の唇は微かにしか震えていないが、とんでもない方向からジョー・ハマーの声が聞こえてくる。腹話術というやつだ。知らない者が見れば少女が兄の顔をあどけなく見上げているだけのように見えるだろう。少女の手にはソフトクリームが握られている。
「こんな化け物の巣窟みたいな組織を作ったのはどんな人間なの。」
 私は多少、苛つきながら言った。ハマーを直視しないように、遠くの回転木馬を見つめながらだ。
 理由は簡単だ。今のハマーが怖かったからだ。もう中年の領域に差し掛かろうとする大の男の大人が、いくら小柄だからといって「少女」に化けているのだ、不気味でない訳がない。
 それもピエロのように似合ってないのなら残酷だがあざ笑う事も出来ただろう。だがハマーは少女そのものに化けていた。原理的には私の第二の皮膚となったMSSを応用したスーツを着込んでいるらしいのだが、、。その事が私の恐怖心と嫌悪感をより煽り立てているのかも知れなかった。
「、、ああ、そう言えばリベンジャーズの創始者の話をしてなかったな。」
 聞きたくないような気がしたが、奴らを待っている間、私は何かで気を紛らわしておく必要があった。
「お猿さんの話?復讐は人間の歴史と共に始まったものだと思ってたわ。」
「俺が伝えたいのは、(復讐の経済構造)を発見した男の話だ。」
 また何人かの通行人が私たちを見物して通り過ぎていく。中年のおばさんグループなどは声が大きく遠慮がない。
「見た?モデルって凄いのね。こんなに日差しが強いのに汗一つかいてなかったわよ。」
 別段モデルだから汗をかかないのではない。MSSの皮膚表面には汗腺に当たるものはないのだ。それでどうやってMSSが身体の体温調節をしているのか私には判らなかった。ただMSSは光の圧力みたいなものを感じ取っていて、それを受け取った私は、頭の中でそれを温感として組み立てなおす事が出来る。今日は「日差しがきつくて乾いた感じの暖かさのある日」なのだ。だが汗はかかない。
「おい。聞いているのか。」
「あ、ええ、聞いているわよ。」
「聞いているわよ、は女言葉だろうが。」
 何を言ってるの、「だろうが」なんて喋る女の子はいないわよ、とやりかえしたかったが黙っていた。ハマーならその場面になったら見事、女の子に化け通すような気がしたからだ。
「相手と本人が対一で向き合う復讐なら、こちらに勝ち目はある。精神的なテンションでいえばこちらのほうが遙かに上だからな。だが大抵の場合、復讐の対象となる相手は、多数で権力を持ち横暴だ。だろ?第一、無念を抱えざるを得ない状況ってのは、そんな相手だからこそ産まれるんだ。で、テンション以外にこっちには何がある?」
 私はハマーが手に持ったソフトクリームを舐めている瞬間を思わず見てしまった。桜貝のような唇から、たばこの匂いがしそうな大人の男の唇が飛び出していた。私は急いで目をそらす。

「執念だよ。執念は工夫と努力をもたらす。ある巨大な暴力組織に妻子を奪われた若い夫がいた。なんの変哲もない普通の男だ。いやだった、と言い換えた方がいいな。世の中には結構優れた資質を持ちながら、そいつが生きてきた道筋があまりに満たされていたんで、本来の資質が表面に出ない奴もいるんだ。この男もそう言う種類の男だった。そんな幸せすぎる男が、どうしてそんな目にあったかなんて話はあんたには必要ないな、、。この男、敵のボスが一人の時を見計らって刺し違えて玉砕しようなんて考えなかった。もしそうしてたらボスの護衛にあっという間に捕まって、さんざいたぶられた上で殺されるのが落ちだ。この男には、それだけ知恵もあり、又、言い換えればそれだけ怒りが強かったのさ。、、この男、性転換をしたんだよ。」

 私は目眩を覚えて軽く目をつむった。奇妙に歪んだ組織の、奇妙に歪んだ創始者の話。
私はその男のネガだというわけ。
「普通の男が、金を稼ぐ為と組織に近づく為に、それが一番てっとりばやい事に気が付いたのさ。幸いな事に男の身体と顔はそれに適していた。それでもその男が性転換をしてからそれなりの体制を整えられるまで八年かかったらしい。自分の店も持った。理解者や応援者も得た。本当の意味での子飼いの部下も得た。言うのは簡単だが、それらを手に入れるって事は純生のとびっきりの美女でも、才能と運がない限り難しい事なんだぜ。つまりはその男、そうなる為のありとあらゆる手段を使い、自分自身の骨身を削る努力を怠らなかったということなのさ。そして元から頭のいい男なんだ。奴は水商売とショウビズの世界でめきめきと頭角を現した。彼を地獄の底にたたき込んだ組織の方から、彼に接近してきた。普通ならその時点で相手の懐に飛び込んで玉砕って所なんだろうけど、男はこの時点で、もっと別の事を考えるようになっていた。そうさ、相手を殺すだけじゃなくて、相手の死体の上に脚をのせて嘲笑ってやる事を考えたのさ、、それが本当の復讐だと思うようになっていたんだ。で、男が冷静な目で回りを見回した時、そこに噛ませ犬には打ってつけの対抗組織があった。ただこの組織はまだ若すぎて誰かが援助してやる必要があったそうだ。そこで男はもう二年我慢した。一方では組織の中に自分の身を食い込ませながら、もう一方では若い組織の後押しをしてやった。そしていざ決戦の時が来た。それはもう見事だったそうだぜ。男は復讐と成功を同時に二つ手に入れたんだ。」
「、、その人って自分が復讐する相手と寝たんでしょうね、、。」
「、、まあそういう事だろうな。」
「その人が援助してあげた組織も、きっと誰かを泣かせているんでしょうね。」
「まあな。しかし復讐ってのはそんなもんだろが、正義を執行してるわけじゃない。復讐される相手にだって家族はいるんだ。だからといって諦められないのが復讐だろう。」
「ええ、、でもそれは個人の場合だわ、リベンジャーズはそれを組織化して、しかも利益を上げている、、。」
「蒸し返すなよ。あんたはそれが判って契約した筈だ。」
「そうね。私の場合、誰かに手助けして貰わなければ手も足もでない、、でも、時々、、この腐りきった社会にも正義がどこかにあるんじゃないかって思わなくはないわ。」
「、、ああ言い忘れてたな。創始者の職業だよ。彼は警官だった、、。それに出番が回ってきたようだ。」
 ハマーは突然、ベンチから立ち上がると、遊園地の中ではぐれてしまったママを見つけた幼児のように走り出した。
 自分に向かって走ってくるハマーを見た男も、彼の事をそう思ったに違いない。男はそんなハマーの手に握られた溶けかけのソフトクリームに注視していた。男の名前はジョルジュガバン、私の敵、ウィルソン社の会計役を受け持っている男だ。

 ガキは夢中だ。こんなガキがする事は二つぐらいしかない。俺を避けようとして俺の目の前ですっころぶ。俺を突きのけて母親だかなんだか自分が見つけた相手にすっ飛んでいく。どちらでもいいんだが。問題はそのソフトクリームだ。いずれにしったて俺のスーツに接触する筈だ。こっちもたまにとれた休みで娘と一緒にやって来てるんだ。娘の目の前であのガキに乱暴な事も出来ないしな。面倒なこった、、。

 だがこの男の心配は杞憂に終わったようだ。確かに女の子はすっころんだが、その場所は男の足下だったし、その手に持ったソフトクリームは少女の手を離れはしたものの、近くにいたポップコーン売りの台車のタイヤにぶつかっただけだった。
 女の子は男の足下でつっぷしたまま暫く動かなかった。男は、それが女の子が火がついたように泣き出す前の前兆だと感じて、屈み込んで女の子を抱き起こしてやった。しかし女の子は泣き出しもせず、吃驚するぐらいの可愛い笑顔を見せて、男に抱きついたあと、再び一目散に走り出していった。
 男の頭の中には、女の子の身体からたばこの匂いがした事、そして彼女がとんでもなく重くて堅かった事が疑問として残ったのだが、それも男の傍らで一尾始終を見ていた我が娘の瞳に、父親への賞賛の色が宿ったことですべて忘れさられていた。

 私は、車を運転しながら車載テレビに映った画面を見ていた。それは私がフロントガラス越しに見ているシーンと同じだった。今、車が渡っている川に掛けられた橋の天からぶら下げられたような支柱とロープ、前を走る車の後ろ姿。私はあの遊園地からずっと、あの男を追跡しているのだ。
 隣にはまだ少女の扮装をとかないハマーが座っている。
「いつまでこの画面をみなきゃなんな、、、見てる必要があるんだい。」
「男だって着替えるんだぜ。自宅か組織の事務所か、あるいは着替えないとしてもボスの所にご機嫌伺いに行ったとしたら最高だな。その時(ひっつき虫)を落とせばいい。だからさ、それまで奴にくっついていくんだよ。」
 ひっつき虫とは遊園地でハマーがあの男・ジョルジュガバンに抱きついた時に仕掛けた自走型の盗聴透視装置だ。今は彼のスーツ生地の胸当たりでツィード地に偽装中の筈だ。
「Qいわく、あれが自分で動く時は、それように出力を使うんで発信電波の出力が低下するんだそうだ。だから俺達はひっつき虫が収まる場所を見つけるまでは、あいつの電波を送受出来る範囲で尾行を続ける必要がある。」
「おもちゃね、、。」
 私がそれ以降、黙りを決め込んでいるとハマーは慌てたように喋り出す。こんなところが可愛いといえば可愛い。やっている事と言えば、中年男がMCCで女の子に化けるなんて事を平気でやる変態だけど。
「、、ああ今日のレッスンは、準備の大切さと我慢の大切さを覚えてもらえばいい。あんた、もしかしたら俺と組んで奴らを一人一人抹殺出来るなんて考えていたんじゃないだろうな。、、、やってやれないことはないが、今それをしたら奴らに警戒されるだけだろうが、、。」
「私が今日学んだ事は、あんたが正真証明の変態だって事。なんならその格好のまま、あんたのあそこをさすって抜いてあげようか。」
「、、、ああ、どうせなら口のほうがいいかも。」
あどけないない少女の笑顔。
 大都会に薄闇が落ちかけていた。もうすぐこの橋にも電飾が灯る筈だった。
私はずっとむかし、横にいるハマーとは無縁の男と、この橋を見つめた事がある事を思い出した。今となってはもうどうでもいいことだが、、。

2001/03/24

   

4 ジャック・ザ・リッパー6世


 私を「直接」切り刻んだ男の名前は、周りの男達からジャック・ザ・リッパー6世と呼ばれていたようだ。その他、単にシクスともリッパーとも、、、。
 ジョルジュガバンに運んで貰った「ひっつき虫」のお陰で仕入れる事が出来た情報は、其れぐらいのレベルのものだった。
 今の所、組織そのものに壊滅的な打撃を与えられるきっかけとなる重要な情報は何一つとして得られてはいなかったのだ。
 私はジョー・ハマーの前で、これ見よがしに、私の形が良くて長い足を優雅に組んで見せ椅子に座った。
 いつもの事だ。ちびのハマーに対する嫌がらせ。そしてテーブルの上に置かれた監視ディスプレイに飽きたと言わんばかりに、脚をぶらぶらさせ、手に持ったバタフライナイフをカチャカチャとやって見せる。
 一昔前の「女の私」が見たらその危険な魅力にまいっていたかも知れない。、、そう、今の私は、男装の麗人のような雰囲気はずいぶん和らぎ、本物の男に近づきつつあったのだ。
「チンピラみたいな真似はよせ、、。」
 何言ってるのよ。初めて会った時は、私にすぐに復讐させてくれるような口振りだったのに。
「ミスの送ってくるホルモンのせいだよ。その内、胸毛まで生えてきたりして、、。」
 私は今はもう無くなってしまったが、生理前のあの感覚を久し振りに思い出していた。
「冗談はよせと言ってるんだ、それにあんたがナイフをそんな風に玩具にするのは、あんたが苛立ってる証拠だ。」
 私は咄嗟にナイフを逆手に持って、テーブルの上に思い切り突き立てた。
ドンと鈍い音がした。自分でも驚く程の衝動的な行動だった。
「いつやるんだ!あんたは待てというばかりじゃないか。私は、それなりの訓練は続けてきている。自分でいうのもなんだけど、素手でやっても一人で5人はあしらえる筈だ。チーに聞いてくれたっていい。」
 チーはリベンジャーズの武術指南役だ。
「ああ、、チーは、あんたが希にみる逸材だって言ってたよ。組織は思わぬ拾いモノをしたともな、、。MSSがあんたを根本から塗り替えた。、、、そしてその選択をしたのはあんただ。だから今の力は、全てあんたのもんだ。」
 そこでハマーは一端、言葉を切った。次のせりふを効果的にするためだ。
「だからって今がその時とは言えないんじゃないか。」
「私を、直接その薄汚い手でなぶり者にした男達も、その背後にいた男達の事も、全てデータをそろえたじゃない。今じゃ、いつ襲撃したらいいのか、彼らの防御がいつ弱まるかも判ってる、、。」
「それだけじゃ駄目なんだよ。あんたにとってはただの復讐だが組織にとってはビジネスなんだ。ウィルソン社に壊滅的な打撃を与える必要があるんだ。」
 私はスツールから跳ねるように降りるとハマーに近づいた。そして彼の右手をとって私の股間に彼の手のひらを導いた。
「どう?勃起してるのがわかる。」
 ハマーはその手を引こうとしたが私はそれを許さなかった。私の手の外見は男としては華奢に見えたが、その握力も腕力も常人男子の約3倍程の力を秘めていた。
「私のペニスはね、、。怒りで勃起するのよ。今はおへその下当たりでもうこれ以上はないと言うほどそりくりかえってる。ねぇ、、ハマーあんたこれを慰めてくれる、、、前みたいに女の子の格好をして吸い出してくれてもいいのよ。」
 ジョー・ハマーの顔が怒りでどす黒くなっていくのが判った。彼は私のこんな口調をとても嫌っていたのだ。私はそんなハマーのかわいらしさに免じて彼の手を解放してあげた。
「リッパーを見ろ、、凄腕だぞ、奴はウィルソン社の裏の顔の突撃隊長だ。素人のあんたが奴をしとめられるか。。・」
 ハマーは私の恐怖心を利用して、私のはやる心をいさめようとしたかったのだろう。何と言っても、私の皮を直接剥いだのはこの男だったからだ。
 怖くないと言えば嘘になる。だが怒りがそれを圧倒的に上回っている。今の私は、この人外の存在が幾多の命を、スナッフフィルムや、己の欲望の為にあやめてきているのを知っている。
「やれる、、と思うわ。もし私がこの男をやれない弱虫なら、今後私はあなたの指示通り動く、、一言も文句を言わないでね、、、でもこいつだけは先にやらせてみて、、。あなたは、ウィルソン社を完全につぶせるチャンスが転がり込んでくるのを待っているみたいだけど、、。この2ヶ月の監視の中で奴らの組織が、危なげに見えた事なんて一度もないわ、揺さぶらなくちゃ駄目なのよ。一番強い奴を一人、やるの、なんの前触れもなくね。そしたら奴らは動き出す。その時にこっちが食い込む隙を見せる筈よ。なんならあなたが用意した、あのキャットスーツを着込んでやってもいいわ。どう刺激的でしょ。あなたにとってもウィルソンにとっても。」
 ハマーの目が左右に激しく揺れ動く。これは彼が何か物事を考えているいつもの表情だ。
 ハマーの元に私の知らない情報がどれだけ集まっているのか見当も付かないが、、少なくとも、私には彼の普段の浮かない表情から、彼も又、手詰まりに陥っているのだと感じていた。
「なあレズリー、、。」
 ハマーは改まった時に私の事をナナセ・レズリー・ローと呼ぶ。それが私の本名らしいのだが、、私には未だにぴんとこない。「あんた」か美衣不二子の方が、今の身体にはしっくりくる。
「人を殺すという本当の意味が分かっているのか?リベンジャーズの一員になったものの、人を一人あやめただけで、残った自分の復讐さえも放棄した人間。逃げ出してしまって我々が粛正をせざるを得なかった人間もいるんだ。今言っているのは契約後の話だ、、。」
「相手が人ならね。でも奴らは人間じゃない。それに奴らを止めないと又、人が死ぬ。確証はないけど、彼らの会話を聞いているだけでも、少なくとももう3人の不法入国の女性が殺されているような気がするわ。」
「3人じゃない4人だ。、、、それに確証は掴んでいる。」
「なんで助けないの!」
「我々は警察でも慈善団体でもない。」
「冗談!!」
「今度は助けてやれるかも知れない。奴ら今までとは違って上玉をターゲットにしたようだ。スナッフフィルムじゃ、そういうのが高く売れる。没落貴族のお嬢様だ。それをこっちがインターセプトする。撮影現場で、クルーも含めてたたき潰すんだ。それで奴らが動き始める。」
「そのお嬢様にウィルソンの屋台骨を揺るがすような何かがあるのね。」
「、、いいや。何もない。浚ってきたって誰も騒がないし後始末も簡単だ。何もないから奴らが手を出すんだ。だが我々が細工する、お嬢様を救出した後でな、いかにも奴らがそのお嬢様の背後について読み切れていなかったように不測の事態を演出するのさ。奴らが事後策を練る段階でしっぽを出すようにな。さっきあんたが言ったようにこっちから仕掛ける訳だ。」
「どうだ、やるか、、。今度は修羅場になるぞ。」
「やるわよ、、さっきも言ったじゃない。私をもう試さないで。人を殺したらどうなるかなんて私には判らない。でもこれ以上、奴らのせいで誰かが惨い目に会っているのを黙っている積もりはない。」
「個人的な正義より、まだ復讐の方が純粋だぜ、。」
「ご託は沢山よ。」
私はリッパーの灰色の瞳を思い出した。奴が私の身体を撫で回した手のひらの感触も、、。
 心配することはないわ。ハマー。私は殺人の罪の意識に苛まれる事はないだろうと思う。
 あなたは知らないでしょうけど奴は本当に「人間」ではないのよ。

2001/07/21