The 13th package                 最遠寺近緒  後れ毛をアップに纏め上げ恥ずかしいほどうなじを晒した私の首筋を、岸沼 がねちっこく舐め続けている。いじらしいことに岸沼は、私の「耳を舐めるな 」という命令を未だに守っている。鏡台の鏡に、喉裏を見せて映っている上気 した私の顔が我ながら色っぽい。特に今日は眉が上手く描けた。  自然な眉のラインを意識したメイクなんてお笑いぐさだ。自分の眉を細く削 った時点で、女は男の頭の中にしか存在しない女の顔になる事を夢見ているの だ。つり上がり端に向かって細く消えていく人工的な毒婦の眉。 「綺麗だよチカ、、。たまらないほど好きだ。君は肉色をした僕のラバードー ルだ。」  今の私は緋色の長襦袢しか身につけていない。今度の旅行先が隠れ宿の純和 風旅館だと聞いて、苦手な着物でやってきたのだ。どうせレンタルだし明日は 普段の自分に戻れる。 「ラバーは明日の約束でしょ。」 「そうじゃないんだ、、チカはもうそのままで、魂の宿ったラバードールなん だよ、、、ああこの鼻、、この唇。」  岸沼の唇が私の鼻を包み込む。舌先で鼻の穴を探っている。 「は、ふうっ、私になりたいのね。お前、私の中に入り込んで私になってしま いたいんだろう。」  私は岸沼のキスを逃れ、彼の髪を掴んでその顔を仰け反らせながらSモード に入っていく。岸沼の顔の中で唇が一番すきだ。乾いた唇の皺の一本一本、そ してその流れ。  彫りが深くて小柄な顔、そろそろ中年と言ってもおかしくない年齢だが、こ の男の女装が美しいのは実験済みだ。 「これからお前にも化粧してやるよ。ただしその眉毛はそり落とすからね。私 の顔が好きなんだろう。私の顔そっくりにしてあげる。でもそうしたら二度と お前は教壇に立てないからね。」  この日常のスケッチは、金輪際、愛について触れるものではない。ただ、人 はどれほど他人に対して無関心を装うとも、完全に自己完結し他者に寄りかか らないで生きていけるものではないから、多少は「愛」の匂いがするかも知れ ない。  でもそれは安物のカーラジオから流れ出てくる「名曲」程度の値打ちしかな い事だけは心に留め置いて欲しい。そうでなければ「私」という人間があまり に哀しく思えるから、、。 他人から私はよく「神秘的なオンナ」と言われる。自分自身では「よく頑張 って装っているね。」とチカヲという人間を慰めてやっているぐらいだから、 神秘的などとはお笑いぐさにしか過ぎない。  私は「何者」でもない。だから神秘的に見える。しかしちょっと考えれば、 年を経ても叔父さんになるわけでも叔母さんになるわけでもない人間に安住の 場所が約束されていないのはすぐに判る事だ。だから疲れる。  母親になりたくない、あるいは、父親になりたくない、挙げ句の果ては、永 遠の少女や青年でいたい人間からすると、私の外見は神秘的で時には魅力的に 映るらしい。  しかし彼らはその私が、彼らの抱いている幻想ほど滑稽なものはないと断じ ている事を知っているのだろうか、、。  上地君はそんな私の崇拝者の内の一人だった。  上地君は大学生で、本当なら裏の私と付き合えるような社会的ステータスを 持ち合わせてはいないのだが、どういうわけかクラブの情報が彼に漏れてしま い、現在は半分お客様のような半分下僕のような関係を私と結んでいる。  いつもならこの様な関係などすぐに処理してしまうのだが、上地君の異常な までの清潔さと、しかしそれを他人に強要しないというアンバランスがとても 気に入ってしまって、ずるずると個人的な関係を続けているのだ。  例えは悪いが、彼は風呂上がりに使う清潔なバスタオルのようなものだ。上 地君は己の清潔さで私の不潔さをぬぐい取ってくれる。  もっともこれは私流の過剰な表現で、実際には私の前で跪き、私の足の裏や 指先で自分の顔や耳をなぶられるのが好きな「足拭きマット男」と言った方が 似合っているかも知れない。 「岸沼先生の講座を聴講してみませんか」  ある日、上地君が涼やかな目元を神経質にひきつらせながら私に話を持ちか けてきた。上地君の口からはいつもミントの匂いがして、そのせいで彼が話す 内容は総て清潔に思えた。 「岸沼、、テレビの?」  岸沼の事は私も知っていた。脳神経が専門でありながら文化文明論のフィー ルドで有名なコラムニストだ。何よりもそのダンディな外見でマスコミ受けが 良い。 「いいけど凄い人気だって聞いてるよ。たちんぼするならノーサンクスだわ。 」 「僕の大学の特別招聘講師なんですよ。聴講生の枠も融通が効くし。それにち ょっとしたプレイを考えているんです。」 「あなたの大学?ご立派なものね」と混ぜ返しそうになってそれを止めた。私 の正式な顧客であり彼の父親でもある人物の事を考えると、上地君が自分の通 っている学校を「僕の大学」と表現するのはあながち的外れではなかったから だ。  第一、彼の父親も「私の大学」と自分が学長を務めている大学の事をそう呼 ぶ。 「ここだけの話なんだけど、岸沼先生は僕と同類の人間なんです。」 「・・まさか上地君、私のことその先生に喋ったんじゃないでしょうね。」 「、、、」肯定の沈黙、、分かりやすい青年だった。 「どうなっても知らないよ。」 「いいじゃないですか、岸沼先生なら正規のルートだって十分会員資格ありま すよ。それにあの人なら必ずチカさんの専属になる。」  SM関係が成立するのはクラブの中だけのことだ。現実的に見れば、お金を 払って貰っているのは私たちの方だった。主従が逆転した「専属」という言い 回しがおかしかったが、ここで上地君に隙を見せるつもりはなかった。 「そういう問題じゃないの。プラダやヴィトンがスーパーの袋物売場にたくさ ん並べられても意味がないでしょ。それに私の所属するクラブがお客さんのプ ライバシーを完全に守れるのは昔の五人組制度みたいな形をとっているからな のよ。それに会員になるには最低でも二人以上の保証人がいるわ。」 「、、まだクラブの事ははっきり喋ったわけじゃないです。それに今度の事は 僕の発案なんですよ。」 「プレイと受講とどういう関係?」 「完全武装したチカさんの写真を撮りたいんです。」 「クラブとしては私の顔が公然とでるのはまずいのよ。」 「公表するつもりなんか端からありませんよ。もったいない。」 「・・プレィって何を考えてるの。」 「チカさんは完全武装した上から普通の服を着て、受講するんです。岸沼先生 は講座の真ん中で25分間の休憩を挟むから、その時、教授にラバー被せて犯 してやってください。その後、何食わぬ顔をして二人は元通り講演者と受講者 の役割を続ける。ホントは先生の役、僕がやりたいんだけど、写真が撮れない し、僕は今んとこ大学の教授じゃない、、。」 「確認しとくけど。これってビジネスなの?」  答えはどちらでも良かったような気がする。この時点で私の気持ちはこの企 てに魅力を感じ始めていたからだ。 「ビジネスじゃないです。でもチカさんが望むなら教授も僕も金を払います。 それに教授は自分の秘密をチカさんに握られることになる、、これはチカさん にとって安全なゲームだ。」 「相手のゴシップネタを握っている事が安全に繋がるとは一概に言えないけど ね、、。」  それは危ういバランス上の問題だった。窮屈な会員制にこだわるのは、やば い人たちとの関係を出来るだけ少なくするためと、このゴシップという諸刃の 刃を上手く処理する為だったからだ。 「アイテムは僕が総て用意しました。主にマーキスです。気に入ってもらえま すよね。サイズは僕が選んだんだから間違いないと思うけど、チカさんが承諾 してくれたら今すぐ試着してもらおうと思って今日持ってきてるんです。」  海外からの輸入品でしかもセミオーダーだから、上地君はかなり昔からこの 計画を考えていたに違いない。私は上地君が玄関際に置いた大振りのジュラル ミンのケースに視線を流した。  マーキスのラバーコスチューム、、それで私の気持ちは決まった。 「それ見せてちょうだい。」  上地君がフリスビーをくわえて戻ってくるレトリバーよろしくケースを抱え て駆け戻ってくる。  ケースのふたが開けられた瞬間に、頭の芯がとろけるようなラバーの甘い匂 いが立ち上ってきた。 「ねぇ着せてくれるんでしょ。」 「勿論です。」 「おニューだけどいっぱい汚しちゃおうかな。」  上地君の膝の上に手を乗せてそうささやいてあげる。上地君の目が血走って いる。 「いいですよぉ、、本番までにすぐに綺麗にしちゃいますから。」 「どうせ持って帰って、ああチカさんになりたいとかなんとか言いながら私の 汗だらけのラバスーツ嘗めちゃうんでしょ。」  上地君はもう興奮しきって涙目になっている。勿論、その後の3時間、私た ちはたっぷりラバーセックスを楽しんだ。  その日がやって来た。完全なボンテージ武装をする時は、身体の前処置が大 切で、それはメイクなどと違った身体的行為だからかなり大変である。もっと も私はその大変さを楽しんでいたりするのだが。  まず恥毛を完全に剃毛する。普段からケアしてるからって手を抜かないこと が大切なのだ。コスチュームを着けると排泄も思うように出来なくなるから、 前もっての浣腸が絶対に必要になってくる。ゴムにこびり付いた糞尿の匂いが 好きだというMも結構いるが、私は嫌いだ。  注入したお湯がそのまま排泄されるまで、徹底的に何度も浣腸する。更にお 尻にバルーンプラグを詰めてパンパンに膨らまし密栓すると絶対に外れないし 、拡張も出来て一石二鳥になる。  ここまでくると相当疲れているけれど、今からが本番だ。これでやっとラバ ーを装着する事が出来る。肉体的な前処理をして、初めてコスチュームをつけ た全くの別人、いや別の「物体」になった自分と向き合うことができるわけだ 。  ラバーの靴下をこっそり履くだけで、普通の仕事をしていても、妄想が刺激 されて快感の水域が低くなる私の体質。その時は人知れず4回も昇天したけれ ど、、。今度はラバーの完全武装だ、、一体どうなる事やら。  マーキスのビデオや写真を観ていると、それだけで脳内麻薬が垂れ流し状態 になり、アナルやあの辺りに灼熱感を覚え全身の皮膚がそのまま性感帯になっ た様などうにも抑えようのない感覚に襲われる。  私はラバーに関しては、単なる人間の形をした快楽装置にしか過ぎないのだ 。  スーツを手に取った瞬間、その妖美な光沢と生地のしなやかさに、否応なく 神経が高ぶるのを覚える。  しばらくのあいだ愛しい男を愛撫するように、ラバーの表面を指先と掌全体 でその感触を存分に楽しむ。  胸の異様なまでの鼓動が、自分の耳に外部の音として聞こえて来る。一瞬も 早く袖を通したい気持ちを必死で押さえ込む。あそこに外出用のプラグを挿入 し、バストもトップが透けないように、テープで押さえ込むのを忘れない。  いよいよだ。慎重に爪先からスーツの中に入りながら、その肌触りの心地良 さと、圧迫感・密着感に目眩を覚えつつ私は別の生命体に変わっていく。  クチュ、キュラ、ドロン。足首、ふくらはぎ、膝、腿。順番に、慎重にゆっ くりと、私の身体がゴムの中に詰め込まれて行く。  お尻と腰周りは特に注意深く、丁寧に身体に沿わせてやる。ラバーがぬるる と張り付いて来る。爪に気を付けて、新しい皮膚を移植するように……。  ウエストから上部は、呆気ない程簡単にラバー空間に納まってしまった。フ ァスナーをしっかりと閉じて、私は完全に新しい肌を手に入れる。  恐る恐る鏡の前に立ってみる。大好きな瞬間だ。そこには何とも形容しがた い異形の美しさを放つ自分自身が存在している。 『……これが私』なんど見ても慣れる事がない。 その頃には、もう抑えが効かなくなている。  上地君が用意したそのほかのボンテージアイテムを取り出し、床に並べた。  絨毯の上で芋虫のようにのたうち、うごめいてスーツの感触を思う存分味う 。乳房も生殖器も、身体中一分の隙間も無く、人工の皮膚に覆い尽くされ、纏 わり付き、締め付けられ、何処までも吸いついてくるラバー。  きっと第三者が目にすれば、思わずギョッとする異様な光景に違いない。  横たわりうごめく私は、他人の目からは現代美術のオブジェクトか人外生物 としか認識出来ないだろう。私は名も性別も年齢も無い、一個の無機物に成り 果ててしまうのだ。  キツイ、でも温かい。果てし無い快感。寸分の隙間も無く密着し、吸い付き 、身をよじる度に敏感な部分にも容赦無く喰い込み、張り付き……呆気ないほ どたやすく果てそうになるけれど、それを我慢する。  合皮の黒いコルセットを重ねて着る事にする。キャットだけでは攻撃的じゃ ないからだ。コルセット状の胴体部の紐を、思い切り締め上げてやる。さらに 膝上ブーツを履く。グローブも嵌めて、ほぼ予定通りの武装が完了する。  武装の上からは黒いパンタロンスーツに首もとはスカーフを巻いた。そして ラバーグローブを隠す為の白い手袋。 最近は日焼けを嫌がって普段でも外出 先では手袋をする女性が増えているから、そう奇異には見えないだろう。  マンションを出てみて判ったことだが、普段なら何気ない動作でも、思い切 り締め上げたコルセットが苦しかったり、ラバーの表面に上着のクロスがまつ わりついたりと違和感が大きい。  それに股間に通したベルトも、目一杯きつく締めているから、歩いている内 にお尻の割れ目にピッタリ食い込んでくる。内緒で悪い一人遊びをしてる様で 、窮屈だけど何とも言えない官能的な気分が高まってくる。  それに相手には判らなくても自分自身では非日常的な卑わいなものを身につ けているという意識があるから、周囲の視線が刺すように痛く感じられるのだ 。  ラバーの靴下を付けて仕事に出るといった些細な冒険なら、出来るだけそれ を楽しむために混み合った地下鉄などを使うのだが、さすがに今日はそれが躊 躇われた。そんな事をすれば大学に着くまでに私は感じすぎて意識を失ってし まうだろう。  上地君に出迎えさせるようにして置けばよかったと後悔したが、結局私はマ ンション前の道路でタクシーを拾う事にした。  タクシーの中は私が全身に纏っているラバーの匂いが微妙に充満し始めて、 初老の運転手は妙な顔をした。  そして思い切ったような顔でバックミラーを睨み上げながらこう言ったのだ 。 「ねえお客さん、ゴム臭くありません?」  私の心臓が跳ね上がる。私はアタマの中で「そうよ。このタクシーにはゴム オンナが乗ってるんだから、ゴム臭くて当たり前なのよ。その内、どんどん臭 くなっていくわ。」と赤い口の悪魔のように叫びながら、口では「そうかしら 私には何も匂わないけど、気になるなら窓を少し開ければ。私も外の空気を少 し吸いたいし、、。」と答える。 「はあ、、。」運転手は釈然としない顔をしながら私の指示にしたがってウィ ンドウを少し下げた。  運転手は「あんたが乗ってからゴム臭くなったんだけどねぇ。。」という言 葉を飲み込むつもりになったのだろう。  その代わり運転手の執拗でさりげない私へのチェックは取り下げられる事は なかった。 「あなたみたいな人が大学なんて珍しいね。」  接客業のイロハを一から勉強したらと言いたくなったが我慢した。私の住ん でいるマンションがある一角は確かにグレードの高い水商売の女性が多く住ん でいるし、今の私の格好は明らかに普通の用事で大学に向かう女の姿ではなか った。  年季を積んだ運転手はそこの所を見抜いてこちらに話しかけているのだ。 「最近はね、話題が豊富じゃないとやっていけないの。一般公開の講座がある のよ。知ってる?岸沼一正。」 「おおーっテレビで有名だね。、、ところでさ、変な音しない?」 「変な音?」 「うーん、何だが軋るような感じキュッキュュってさ。」 「いやだーこの車整備不良じゃないの〜」  私が着込んでいるラバースーツの音だ。違う男に違うシチュエーションで言 われたなら、間違いなく感じたろう一言だったが、この運転手では駄目だ。  仕方なく私は普段上手く使いこなせない甘えた嬌声で対抗せざるを得なくな った。 そんな経緯からタクシーを降りて大学の門をくぐる頃には私はかなり不機嫌に なっていた。  でも冷静に考えてみるとこの成り行きはかなり幸運な事だったのかも知れな い。今感じている怒りや不機嫌さがもし私を支えていなければ、私の意識は、 微弱にそして常に感じる快感の為に溶け崩れていたかも知れないからだ。   大きなすり鉢型の受講室は九割がた人で埋まっていた。私は上地君の姿を目 で探す。上地君は壁際の大きな三脚付きのビデオカメラが設置してある座席に 座っていた。  彼の周りには結構空席が目立っている。「特別講演の記録役」をかってでた 大学生か、、やるわね上地君。  私が大学生達の間をすり抜けて行くたびに彼らの粘っこい視線が絡みついて くるのが判る。  私は自分がまるで黒いコンドームで包まれた巨大なペニスになったような気 分になった。そして次に頭の中で、肉でパンパンにはち切れた黒いラバーの表 面に精液の白い粘りが糸を引きながら落ちていくイメージがかすめる。  そんな私の姿を、上地君がいかにもサブのハンディビデオで会場の様子を撮 影していますというような顔で撮影し続けているのが見えた。  私は上気した顔で、上地君の側の席に腰を落ち着ける。  私の一つ隣には気弱げな男子大学生がいて、私の着席と共に顔を伏せた。瞬 間的に私の中の「S」が起動する。そしてタイミング良く上地君がすり寄って きて私に囁いた。 「隣の奴は僕の知り合い、、いいおもちゃになる筈だ。勿論、今日の仕掛けは まったく知らない。満席の筈の受講席が何故空いているかも含めてね。前菜で すよ。じゃ僕はビデオとカメラで記録してますから、、あなたをね。」  上地君は立ち去る前に背伸びをするようにして私の隣の大学生に意味ありげ なウィンクを送る。  すこし肉の厚い丸顔の大学生はきょとんとした顔でそのウィンクを受け止め ている。おそらく彼の中では上地君と私に対する様々な妄想が駆けめぐってい る筈だった。  いたぶる対象としてはB級のお兄さんだが、カメラが回っているなら選り好 みは出来ない。  私は席を詰めて隣の大学生君の身体に上半身を密着させた。嫌なら席を立て ばいいのだが、そうしない所を見ると彼は私に何かを期待しているのだった。  私は手に付けていた白い手袋をゆっくりと外して据え付けてある長机の上に 揃えて置いた。  勿論、白い手袋の下から現れたのは、手の甲の血管まで浮き上がって見えよ うかという皮膚にぴちぴちに張り付いたラバー手袋だった。  私はその両手の平で自分の頬をさすってラバーの感触を楽しんでみる。勿論 隣の大学生君はそんな私の一部始終を横目で見ている筈だ。  私は止めに、ラバーで覆われた人差し指をゆっくり口に含んで、唾液をたっ ぷりなすり付けた。隣でごくんと生唾を飲み込む音が聞こえる。  「ソーセージみたいで美味しい、、。」ワザとらしい独り言を呟きながらそ の手をゆっくり大学生君の膝の上に置いた。大学生君の全身がびくんと震えた が、怯えているようではなかった。  私の手が大学生君の太股をゆっくり這いずり回りやがて股間に達しようとす る時に、岸沼先生の講演が始まった。  大学生君は時折うつむいたり、自らの内でせせり上がってくる快楽を散らす 為に、あらぬ方向を見つめたりしていたが、私の視線は演壇に立つ岸沼先生の 顔に固定されていた。  岸沼先生は今日の受講者の質を確かめているのだと言った感じで、受講室内 を見回していたが、やがて私を発見したようだった。  この距離からでは先生の顔の細かな表情までは読みとれないのだが、それで も私にはある種の直感によって判ることがあった。 強さと弱さが波状になっている視線。この男は私に支配されたがっていると、 。 「私にジッパーを降ろさせる気?」  私が前を向いたまま低い声で言ったので、大学生君は一瞬、言葉の意味を掴 み損ねたようだったが、すぐにベルトを緩めると自分のズボンのジッパーを降 ろした。  少し烏賊臭い匂いが漂ってきた。こいつのペニスを触るのかと思うと少しげ んなりしたが、その手の汚れを岸沼に嘗め取らせる計画を思いついた時には、 少し気分が上向きになり始めていた。  私は大学生君のペニスをしごいてやる前にハンドバックの中からコックリン グを取り出した。岸沼に使う積もりだったが、隣の大学生君にも填めてやらな いと一瞬のうちに果ててしまいそうな気がしたのだ。休憩時間まで遊び相手が いないと退屈してしまう。 「ちょっとそれなんです、、。」  生意気にも大学生君が不満そうな声を出した。実際には怯えてそう言ったの だろうが、私には生意気に聞こえた。 「ちんぽバンド。あんた早漏でしょ。ちょっとでも長く楽しみたいならじっと してて。」  私の言葉で萎え始めたペニスは、ゴムの手袋で一撫でするだけで信じられな いほどの強度を取り戻した。私はすかさずコックリングをペニスの根本に取り 付ける。 「ねえ、私の身体へんな匂いしない?」 「へ?」気が動転してる大学生君は又、私の言葉の意味を見失っている。  私は上半身を彼の肩に預けてやった。勿論ペニスをいじる事は止めない。 「ゴム?ゴムの匂いがします、、、。」 「そうよ、、私の全身はゴムで包まれてるの。私、変態だからこうしないと感 じないのよね。ねえあなた変態女ってどう思う。」 「え、いやぁ、性癖って個人の自由だから、、それはなんとも」 「俺のこと気持ちよくさせてくれれば、変態でもおっけーって事ね。」  そういいながら私はゴムの指先を素早く大学生君の肛門付近に滑り込ませる 。こんな子だからきっと肛門の周りは不潔に決まってるけれど、指先についた 汚れはこのこ自身か岸沼に嘗め取らせれば済むことだ。    「あっ、ちっよっそこは、、。」 「そこはなんなのよ。大学生の癖に肛門オナニーも知らないの。」  大学生君の身体が緊張で堅くなるのが判る。もうこうなってくるとこの方法 で意地でも行かせたくなって来る。大学生君の耳に息を吹きかけ耳たぶを少し 囓ってやる。  大学生君の身体がますます堅くなる。彼は私から仕掛けられている快楽攻撃 と、「周囲の目」という二つの要素から自分を守る必要があったのだ。  しかしこのような場所では周囲の人間は逆に無関心を装うものだ。それにい かに程度が落ちたからと言っても最高学府である「大学」という要素も大きい のかも知れない。 これが浮浪者達で一杯の「蓮池」辺りなら話は違ったのだ ろうが。  だがそんな無関心という冷気が充満した講義室の中でも、二つの視線だけは 、私の身体を突き抜けてくるのが判った。 それは少し離れた位置から無言で ビデオカメラを回し続ける上地君と、演壇の上の岸沼のものだった。  私の大学生君に対する責めは、後半になるにつれて激しさをエスカレートさ せていったが、それはこの二人へのいや特に岸沼へのメッセージの意味が大き かった。  岸沼は受講席で私が何をしているのか、その一部始終を知っているはずだっ た。  それはSとMとの間にリンクされる距離や五感を超えた通信が、岸沼と私の 間に成立しているからだ。  待望の休憩時間がやって来た。私は、テーブルの上に投げ出したゴムの手を 、覆い被さるようにして舐めて続けていた大学生君の頭を小突いて、それを止 めさせた。  先ほどまで黒いラバーの表面に付いていた大学生君自身の精液も、大便の残 滓も綺麗に舐め取られていて今は彼の唾液がラバーの表面を扇情的に光らせて いた。  顔を上げた大学生君の頬も涙で濡れ光っている。「犬」だ、、それも雑種犬 。仲間の中では雑種の方が可愛いという子がいたが、私は頭のいい犬が好きだ った。  まだ濡れているゴムの手を乱暴に大学生君の頬になすりつけて、私は立ち上 がった。  もうすぐだ。コックリングと白い手袋をハンドバックに放り込むと通路に出 る。すると絶妙のタイミングで上地君がやって来た。 「おかげでいいビデオが取れましたよ。でもこれからが本番だ。岸沼先生の控 え室ねぇ、、元は古株の有本教授の教授室だったんですが、その部屋、採光が 良くていい感じなんですよ。最高のビジュアルが撮れますよ。」 「でも時間が短いんじゃない。私、前菜食べるのに時間使いすぎてだれちゃっ た。」 「のーぷれぶれむ。岸沼先生は本物ですから、、先生、、、なんとさっきの講 演中、アナルプラグ下の口にくわえ込んで上からラバーパンツはいてたんです よ。さっ早く。」  その教授室は「採光が良くていい感じ」どころではなかった。本好きの私に とっては羨ましい限りの調度品で溢れかえっている理想の環境だったのだ。  部屋の両サイドの壁はどっしりした木製の書架が取り付けられてあり、正面 の壁は裏庭に通じるガラス壁面のようなデザインになっている。  裏庭にあたる部分は、隣接する校舎までの距離を利用した人の入り込めない 小さな庭園だった。  そんな教授室の中で岸沼はアンティークな回転椅子に深く腰を沈めていた。 組んだ脚が上品な服地の上からでも骨張っているのが判る。  上半身は上着を脱いで真っ白なドレスシャツ、伊達としか思えない細身のサ スペンダー、、まあちょっとばかり私の好みだった。  こちらを正面から見つめている目に力がある。征服と支配を知っている目だ 。だからこそ真正のMに成りうるのだ。  上り詰めて尚かつ賢い者は、転落の恐怖と快感を知っている。  私は巨大な木製の机の上にあるペン立てに大振りなハサミが突っ込んである のを素早く見てとった。瞬時にMとの間に紡ぐべき「物語」を組み立てるのは 職業上の習性だ。小道具は上手い具合にそろっている、前戯はいらない。  岸沼の目の前に仁王立ちになって私は黒のスーツを乱暴に脱いでいった。岸 沼の顔に喜びの表情が浮かぶ。上地君は一眼レフタイプのデジカメで私の姿を 撮り続けている。  先ほど確認したハサミを手にとって私は岸沼に挑み掛かる。まずネクタイを 首もとでちょんぎってやった。  そしてサスペンダーに刃を差し込んでそれを分断する。用済みのハサミを布 製の背もたれクッションに突き刺した後、岸沼のシャツの合わせ目に指先を差 し込んで、ボタンごとそれを引きちぎってやる。  その間、岸沼は怯える様子もなく恍惚として私の行為を受け入れ続ける。  彼には気弱さがない、私が仕事で出会った真正Mたちと少しタイプは違うが ・・・本物だ。嬉しくなった。  岸沼の後頭部の髪を引き掴んで後ろに仰け反らせながら私はズボンの腰の部 分から左手を差し入れる。  キュっというなじみのある音と暖かい肉棒の弾力。 「こんな変態ゴムパンツを履いて大学生相手に講演してたってわけね。この恥 知らず。」  私はラバーパンツの上からでも判るペニスの勃起を楽しみながら、低い声で ささやいてやる。 「だめだ。君は想像以上だ。こんなに早く逝きたくない、。」  始めて岸沼が口を開いた。しかも苦しそうに目を閉じて。 「カミチ!!コックリング!!それにドールマスク。」  私に命令された途端、カミチ君はカメラを投げ捨てるようにして私のバック から命令されたものを取り出して私の側に傅く。 「立ちな、私がお前のペニスが汚いものを吐き出さないように、その根本をく くりつけてやる。」  岸沼はズボンをずり落としながら、のろのろと立ち上がった。ラバーパンツ をめくり降ろすとびっくり箱みたいにペニスが跳ね上がる。  少しの刺激だけでも弾けそうなペニスの根本にコックリングを装着してやる 。私が跪く形になるからこんな時、似非Mは私の頭を掴んで強制的にフェラチ オをさせようとするが、ここでも岸沼は本物だった。 「いつまで、私より上に立ってるつもり?」  そう言いながら私が立ち上がると岸沼は入れ替わるように跪いた。 「カミチ、きしぬまにドールマスクを付けておやり。」 「でもこれは編み上げ式で、一人で解くのは難しいんですよ、一端付けたら次 の講演の再開までに間に合わないかも、、、、僕は最後までチカさんを撮って いたいし。」 「お前は、私を撮ってればいい。早く岸沼にマスクを被せるんだ。」 「えっ、でも、、、こんなものを。」  上地君が手に持ているラバーマスクは精巧な人面とダッチワイフの中間のよ うな表情を持っている。つまり女性の顔からエロチシズムだけをデフォルメし たものだ。  上地君が言いかけたように、もしもこんなものを被った状態で誰かに発見さ れたら岸沼は破滅だろう。  例えば出番に遅れた岸沼の様子を誰かが見に来ないとも限らない。  しかし「こんなものを」と言いかけた上地君は、私が仕掛けたゲームの意味 を理解したようだった。  そして誰よりもこのゲームの本質を理解したのは当の岸沼のペニスだった。  岸沼のペニスの鈴口は、Mにとっては最高のごちそう話を聞いて透明な涎を 垂らし初めていた。  上地君がマスクを被せている間中、岸沼は瞼を硬く閉じていた。ラバーマス クを装着される時に感じる皮膚を無理矢理に移植されているようなぬめっした 感覚、私はこの瞬間が好きだが、岸沼はどうだろう。 「岸沼。いいざまだね。これからお前は男どものザーメンにまみれた淫乱ダッ チワイフになるんだよ。」  上地君はマスクの位置が岸沼の顔面にフィットするように念入りな調整を始 めている。 「頭の良い振りをして大勢の凡人共を騙して来た罪だよ。お前は今から中身の 空っぽのダッチワイフになるんだ。」  きつく編み上げられた細ひもがそれを覆う形のベルクロで隠された時、私は 上地君を下げさせた。  岸沼はディズニーが得意なアニメと実写が混在した映画の女主人公みたいな 顔をしている。私は数歩前にでて股間を岸沼に突き出してやった。 「舐めろ。」  ドールマスクの唇には細いスリットが入っているのでそこから舌を出すこと が可能だ。 「もっと強くだよ、」  私は岸沼の頭のてっぺんを掴んで、その顔面をあそこに強く押しつける。気 持ちが良かった。  出来ることなら岸沼の頭を擦り潰してその脳漿を自分の股間になすりつけた かった。  絶頂が近づきつつあった。けれど意識としては丸半日、逝きつづけて来た私 には、肉体的なオルガスムスは極めて低いものだろうという予想はついていた 。  起動するには電圧が低すぎる。フランケンシュタインの怪物は目覚めない。 そう思った途端、鼻の奥にゴム以外の匂いがした。  奇妙に懐かしい匂い。乾ききったコンクリートや木々が雨に濡れる匂い。そ うだ雨だ。  雨が降り始めている。教授室の大きな窓に水滴がつき始めているのが見えた 。  岸沼を掴む私の手がゆるんだ。だのに岸沼は興奮した子犬のように私の股間 にその鼻を突っ込んでくる。  私の結界は既に破れかけている。はやくシャワーが浴びたい。  苛立ちが爆発した。私は岸沼の頭を、まるでボーリングの球を放り投げるよ うに突き放した。 「よつんばいになりな。」  私の口からそんな言葉が流れ出る。もうその言葉に真実は含まれていないの だが、岸沼や上地君にはそれは判らないだろう。  総ては降り始めた雨のせいだった。私にはどうしようもない、、。 「けつを上げろ。おまえ、私に犯してもらう為に講義中ずっと準備してたんだ って?」  岸沼のラバーパンツに覆われた尻タブの筋肉がまるで返事をするようにきゅ っと縮んだ。  吐き気がした。お笑いぐさだった。私はブーツの尖ったヒールを岸沼の肛門 部分に当てると、ぐりぐりとそれを押し込んでやる。  私を撮影している上地君の息の荒さがここまで伝わってくる。これが今回の ゲームのハイライトと言うわけだ。  岸沼が激しく尻を突き上げてくる。上下の動きだけではなくグラインドまで させるところが浅ましかった。 「中身が空っぽのダッチワイフのくせして、けつまんこで感じるのかい。次の 講演でみんなの前で白状するんだよ。あたしの正体は、けつまんこでよがり声 をあげていっちゃう変態ダッチワイフです。今までみんなを騙しててごめんな さいって。」   窓の外では雨に濡れた緑がうっすらと輝きを増していた。 「もういっちまいな、じゃないとお前の身体に穴が空いて破裂しちゃうよ」  実際、私のヒールは深々と岸沼のアナルに突き刺さっていた。 「くひぃ、、、!」  ついに堪えにこらえたような小さな悲鳴をあげて岸沼が崩れ落ちた。   私は脱ぎ散らかしたスーツを手早く集めると、それを身につけ始めた。下着 がないぶん、いつもより早く更衣が出来る。 「すごかったですよ。これから帰って僕としませんか。実を言うとチカさん撮 ってて何度も射精しちゃったんですけど、今日は何度でも出来そうなんです。 」 「・・・ゲームはおしまい。先生のこと手伝ってやんなさい。」 「でも、、チカさんだってそのつもりで」 「究極の羞恥プレイ?冗談、」  私は未だに床に倒れている岸沼をちらりと見て言った。 「つまらないゴシップで、私の事を嗅ぎ回られるのはゴメンだわ。ゲームは終 わったのよ。」  私は上地君に背を向けてドアに向かった。  雨はすでに止み初めていた。通り雨だったのだろうか。  ラバーが張り付いた手のひらで雨粒を受けてみた。 もちろんラバーごしでは何も感じる事が出来ない。けれど雨が降っていること を私は知っている。  要するに、そういう事だ。  後日、岸沼先生から連絡があった。上地君とは可哀想だったけれど縁を切っ た。