刑罰体系
について


江戸幕府の刑罰は、主に以下の7種に分類されます。

・死刑 ・追放刑 ・奴隷刑
・肉刑 ・自由刑 ・労役刑
・財産刑

この他にも様々な付加刑(晒し、引き回し等)がありました。
ここでは、これらについて概要を整理してみました。


刑罰体系

死刑 死刑には6種類あり、一般に公開され、みせしめとした。
その刑場では鈴ヶ森、小塚原が有名。
死罪 死刑場である切場で斬首され、死体は様斬(ためしぎり)にされる。
土壇場とは、様斬をする台の事をいう。
獄門 死罪と同様に斬首するが、その首を3日間獄門台に晒(さら)して捨てる。

(はりつけ)
受刑者を十字架に縛り、左右の脇腹、肩にかけて交互に突き刺す。
とどめは、咽喉(のど)を右から貫く。
別名を”八っ付”、”張付”、”機物(はたもの)”ともいう。
火罪 火あぶりの刑。
受刑者を薪(たきぎ)の上の立たせて、柱に輪竹で縛る。
その輪竹は粘土で固められ、焼き切れないようになっており、さらに上から茅(かや)、薪で取り囲む。
火あぶりは過酷で、死体にさらに止めをさす。
男の場合は陰嚢(いんのう)、女の場合は乳房を更に焼く。
一説には、火あぶりにする前に咽喉を切って殺していたともいわれる。
鋸挽
(のこぎりびき)
主殺しなどの反儒教、縦秩序の犯罪に科される。
受刑者を箱に座らせて入れ、首かせをして、首だけを箱の外に出す。
希望者に1回ずつ挽かせるのだが、江戸時代になるとみせしめ的となり、傷をつけ、血のりをつける程度となった。
だが、2日晒した後に磔刑になるのである。
 
追放刑 追放刑は8種類あり、遠島は死罪に次ぐ重刑だった。
遠島になると、大赦以外は帰ることができず、更に島で罪を犯すと殺害された。
遠島 終身刑。
流刑地は江戸からは”大島”、”八丈島”、”三宅島”、”新島”、”御蔵島”など。
西国からは”薩摩”、”五島列島”、”隠岐”、”壱岐”、”天草”などがある。
重追放 関東八州、五畿内、肥前、甲斐、駿河、東海道筋、木曽路筋での居住を禁じられる。
中追放 武蔵、山城、摂津、和泉、大和、肥前、下野、甲斐、駿河、東海道筋、木曽路筋、日光道中での居住を禁じられる。
軽追放 江戸十里四方、京、大阪、東海道筋、日光道中での居住を禁じられる。
江戸十里四方追放 江戸日本橋から四方五里以内の居住を禁じられる。
江戸払い 品川、板橋、千住、本所、深川、四谷大木戸以内の居住を禁じられる。
所払い 受刑者の居町、居村からの追放。
門前払い 奉行所門前から追い払われる。
 
奴隷刑 奴隷刑は2種類あった。

(やっこ)
女のみに科され、3年間吉原で遊女奉公させられる。
もらい手のあるまでは、牢屋に監禁される。
非人手下 身分を非人とされ、処刑の手伝い(引き回しの罪状持ち)などをさせられた。
 
肉刑 肉刑は2種類あり、身体を痛めつけられる刑罰。
入墨
(いれずみ)
入墨の形や場所は決まりがり、それによってどこで犯罪を犯したか分かるようになっていた。
再犯すると、”増入墨”となり前科を区別できるようになっている。

(たたき)
”箒尻(ほうきじり)”と呼ばれるムチで肩、背中などを打たれる。
通常は50回だが、重い場合は100回打たれる。
 
自由刑 身分によって分類されるが、身柄を拘束される刑罰。
手鎖
(てぐさり)
手を合わせて瓢(ひさご)型の鉄製手錠をかける。
30日、50日、100日の3種類の刑期があった。
押し込め
戸〆
庶民の刑罰。
屋敷内に幽閉して外出を禁じられた。
閉門
逼塞(ひっそく)
遠慮
隠居
蟄居(ちっきょ)
謹慎
追院
退院
武士、僧侶などに用いられた。
 
労役刑 無宿人を捕らえ、隔離された場所での過酷な労働を科される刑罰。
鉱山役夫 佐渡金山などに送られ、地下水を汲み上げる人足などにされた。
人足寄場 佃島の中洲に作られた寄場に送られ、手に職をおぼえさせられた。
当初は大工、左官、髪結いなどがあったが、実際は油しぼりなどの重労働をさせられた。
 
財産刑 財産刑には2種類あった。
闕所
(けっしょ)
追放刑以上に付加される刑罰。
重追放には田畑、家屋敷、家財取り上げ。
中追放には田畑、家屋敷取り上げ。
軽追放には田畑取り上げ。
過料 現在の罰金刑。
罪によって、3貫文から30両程度までの幅があった。

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