最後のたより



★お茶の花(スケッチ)

福田恵子さんは、ビルマで戦死した父上の絵手紙をもとに『ビルマの花』(みすず書房)という美しい本を書きました。

これに感銘を受けて、私も父のたよりをもとに、追悼集を作りたいと思っていました。ひとまず「21世紀風」に、このページを作ってみた次第です。
これらは私ども家族への遺書とも言うべきものです。

北の丸公園の一隅で、この梅のような花が咲くお茶の木を見つけました。


★赤ん坊の車(スケッチ)

翌年(昭和20年)小学校に入学する弟に宛てたものです。
生後8カ月になった筈の末の子を思い浮かべて、スケッチしたものでしょう。

戦後我が家にも,これに類する車があったように記憶します。

昭和13年生まれのこの弟は、かろうじて父の記憶を持っています。


★支那のある町とおばあさん(スケッチ)

このページの葉書は瀏陽(あるいは衡陽)から、1944年11月中〜下旬に出したもので、上から順に、私、次の弟、三番目の弟宛です。

もう絵葉書が手に入らなかったのか、代わりに自分でスケッチしています。
父は何より音楽が好きでピアノをよく弾きましたが、絵心も多少あったのでしょうかね。


★母に宛てた最後のたより

「宮澤大隊」の歌を作り作曲したこと
しばらく便りできないこと、などが書かれています。

このページの一連の葉書を最後に、父の消息は途絶えます。
折りから南部粤漢鉄道打通作戦が始動していました。