悲しみの歴史

初めに、今回のコラムは事実である。   

1941年12月8日
     真珠湾攻撃、太平洋戦争勃発
1942年2月
     日本、シンガポール占領
1942年6月
     ミッドウェー海戦
     日本、壊滅的な打撃を受ける
1942年8月
     ガダルカナル戦、ソロモン海戦
     日本、補給線を維持できず大敗
     多くの餓死者を出す。
1943年2月
     日本、カダルカナル島より撤退
1944年10月
     台湾沖航空戦、レイテ沖海戦
     日本、航空戦力の大半を失う
     日本、連合戦艦の大半を失う
     又、本土が空襲を受けるようになる
     この頃より神風特攻隊が登場
1945年2月
     硫黄島戦
     日本兵は降伏を良しとせず
     次々と突撃玉砕を行う。
     後に3大激戦に数えられる。
1945年3月
     東京大空襲
     大阪大空襲
     神戸大空襲
1945年4月1日
     沖縄戦勃発
     米軍沖縄中部西海岸より上陸
     日本軍は民間人を巻き込み
     ゲリラ戦を展開
     学徒動員が盛んに行われる
     また、日本軍は降伏を良しとせず
     民間人を含め多くの者が
     自決、玉砕を敢行する
1945年7月26日
     ポツダム宣言発表
     米・英・中3ヶ国首脳は
     日本に無条件降伏を要求
1945年8月6日
     広島に原子爆弾投下
     広島は正しく地獄絵図となる
     一瞬にして多くの命が失われる
1945年8月9日
     長崎に原子爆弾投下
     市外の1/3は一瞬にして
     焦土と化す
1945年8月15日
     日本、ポツダム宣言を受諾
     無条件降伏する

さて、何人の人が戦いたかったのでしょう。
どれだけの人が玉砕を望んだでしょう。
沖縄戦での民間人の戦死者はすさまじく
5人に1人の割合です。
ほとんどの方が遺族となるでしょう。
米軍にやられただけではありません。
戦争に異を唱える全ての人がスパイとされ
憲兵に捕らえられました。
米国兵は非道と教育されました。
学徒動員も盛んに行われました。
まだ15・6歳で戦死していきました。
勝ち目のある戦いで
命を落としたのではありません。
勝ち目の無い戦いで、ただ時間を稼ぐために
彼らは命を落としました。
ただ盲目的に日本を崇高し命を落としました。
それからまだ60年ほどしか経っていません
まだ、戦争経験者も存命しております。
それなのに日本はまた戦争を行います
人間はどうして歴史から学ばないのでしょう。
60年前は悲劇の幕を下ろすのに
莫大な数の命と悲しみが必要でした。
戦争よ、
悲しみと絶望に魅了された子どもよ
お前は後、どれだけの命を欲するのだ。
どうか、神よ。
恒久的な平和を。
それができぬのならば、
せめて、人間の完全なる死を与えたま