『今読み返す少女漫画』  オルフェウスの窓


「オルフェウスの窓」再読の印象は雪と涙と不条理と・・・

 とても緻密な計算の上に描かれた作品だと改めて思います。 描き進んでもアドリブの余地もなかったのではないか。 人物のつながりが複雑に織り上げられていて、「ははん、なるほど。そういうことなのね」と読み進める布石がたくさんあります。

 ですが、肝心かなめの部分でところどころ詰めが甘いなとも感じます。 主人公の一人ユリウスが男のふりをさせられているのがまず一つ。 思春期をほぼ過ぎた年齢で西欧人の骨格・体格からして性差ははっきりとわかります。 15歳で周りの人間がひと目で見破れないはずはないと思うのです。

ユリウスを「わが不滅の恋人」と呼んだクラウスは13歳くらいのときロシアからドイツに亡命して、ユリウスが入学したときは音楽学校の上級生として生徒の人気者になっていたけれど、言葉だけでなく、顔でもロシア人であることを気取られないほどドイツ人って鈍い? ヨーロッパ人はそういうことには敏感なはずです。

それにイザーク。 ユリウスを片思いしていた頃には「結婚は慈善事業とは違うのです」と令嬢のカタリーナを拒絶したのに、デビューして名士の仲間入りをした数年後、スパイ容疑で逮捕されたロベルタに面会し、嫌疑が晴れた後ダーヴィドの反対を振切って結婚する。 私がカタリーナだったら「昔私に言った言葉をそのままお返しするわ!」と怒り出すところです。

主人公以外の登場人物の中で好きなのは「氷の刃」の異名を持つレオニード・ユスーポス侯です。 私って強面が好きなんでしょうか。 というか硬派が好きなのです。 女性ではイザークのピアノの教え子クララ。

 ロシア革命の時代を背景に、音楽で味付けして、青春を踏みにじられた若者たち。 特に第三部のロシア篇では読み進むほど「どうしてこの人達がこんな目に遭わなくちゃならないの?」と悲嘆にくれてしまう。 読み終えると涙と疲れと怒りとで、この作品はもう二度と読まなくてもいいなという気分になりました。 連載時には結構好きだったのですけどね。 今はお金を払ってこういう思いをさせられるのは嫌という想いがあります。 ハッピーエンド症候群に陥っているかもしれませんが。 ロシア革命を経てソビエト連邦が崩壊した今、英雄だったレーニンは銅像も取り壊され社会主義という大実験は失敗に終わったことを今の私達は知っています。 資本主義同様かそれ以上に貧富の差はあったし、賄賂ははびこっていたし。 ただ一つの成果は多民族をまとめるには有効だったということでしょうか。

 絵も美しい。 バックも細部まで描きこまれている。 その割りに絵そのものはあまり印象深くありませんでした。 一方、読み返してみて改めて作品中の詩のような言葉遣いの美しさにひたりました。 たぶん日本語の魅力に引きずられて絵の記憶は忘却のかなただったのでしょう。 特に、ダーヴィドが寝たふりをしているユリウスに「では、これは独り言というわけだ」という部分は名シーンとして記憶に残っていたのですが、これは私だけの感想ではないはずです。

私は、池田理代子はこの作品を描き終えてから燃えつき症候群にかかったのだろうと想像しています。 この後も作品を発表しているとはいえ、歴史的人物のいわゆる偉人伝ばかりです。 自分で創り出すことに疲れてしまったのかもしれません。

次回「 あ〜ら わが殿! 」に続く

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