■田中隆一略歴
※山陰ホームページナビゲーターに田中が紹介されました
山陰の元気人
■経歴
昭和42年生まれ
横浜育ち
平成3年3月 横浜国立大学工学部建築学科都市計画研究室(小林重敬教授)卒業
平成3年4月 コーポラティブ住宅を扱うミサワホーム系列の会社入社。入社後、建築設計事務所アモルフに出向。
平成4年9月 会社都合により退職
平成5年4月 (株)計画技術研究所へ入社
5年間、東京を拠点に全国各地のまちづくり、都市計画の調査、計画業務に携わるが、5年目に島根県松江市の仕事が集中したことから、それをきっかけに地域に根を張ったプランナーの道を探るべく自身の決断により松江市へ移住
松江市北堀町在住 妻、子供3人
■資格
技術士(都市及び地方計画)/一級建築士/宅地建物取引主任者
普通免許、大型二輪
■委員
島根県景観アドバイザー
島根県交通アドバイザー
■参加団体
NPO法人プロジェクトゆうあい(理事/事務局長)
NPO法人まつえ・まちづくり塾(理事)
まちかど研究室(代表)
出雲そば通団
全国バスマップサミット実行委員会
松江観光協会
北堀町鼕保存会
島根県景観サポーター
島根県技術士会
島根県建築士会
■特技
松江の伝統的なお祭り「どう行列」で、横笛をふくこと
■計画技術研究所、東京で携わった主な業務(平成5年〜8年)
・逗子市グランドデザイン策定業務
・建築物の規制・誘導手法による市街地景観形成に関する研究
・富士市都市環境計画
・帯広市都市デザインマニュアル策定業務
・横浜市都市デザイン基本条例検討調査
・高森町地域交流施設基本計画 など
■平成9年度〜松江事務所における業務・・・参照 松江事務所実績
■松江歳時記
[平成18年度]
妻の叔母の家を増築し、2階に居住することになる。改築のため、封印していた一級建築士の知識をひもとき、はじめて住宅の設計を手がけ、はじめて建築確認申請を通す。秋には鼕行列保存会、北堀町内会として、大阪の御堂筋パレードへ参加。3男が生まれ、ついにだんご3兄弟になる。
音声案内システムは、東京の柴又や、東京大マラソン祭りに進出するなど、全国展開に向けて舵が切られた。
全県版であるどこでもバスブック島根旅案内のネット検索システムを立ち上げる。
まちづくり塾で企画した「出雲そばりえ」は大きな反響を得て、10種類以上の新聞、テレビ、ラジオに取り上げられる。
[平成17年度]
事務所を天神町にうつす。商店街の1階で、気軽に立ち寄れる雰囲気になる。
全国バスマップサミットが松江で開催され、その主催者として大忙し。全国22都市から約50名のバスマップ市民が集結した。
プロジェクトゆうあいとして、触覚ディスプレイのコンテンツ開発に本格的に関わることになる。
まちづくり塾の取り組みの一環として、「出雲そば通団」を結成し、出雲部の出雲そば店を概ね網羅するガイドブック「出雲そば通」を調査、制作する。
[平成16年度]
NPO法人プロジェクトゆうあい、NPO法人まつえ・まちづくり塾の2法人の設立に携わる。ゆうあいは、事務局長として多大な職責を担うことに。
しまねユニバーサルデザイン研究会(のちにプロジェクトゆうあい)として、松江のバリフアリーマップである「てくてくマップ松江」の調査制作に携わる。
どこでもバスブックシリーズは、掲載広告も順調にのび、市民の認識率も高まる。
[平成15年度]
13年度から取り組んでいるバスマップが、「どこでもバスブック」として結実。小冊子に編集し、市内配布したところ大反響。秋には、第一回全国バスマップサミットを、岡山の市民団体とともに、開催し、大盛況。その後、島根県バスフォーラムへのパネラー参加、島根県交通アドバイザー会議の委員委嘱など、バスと公共交通に関するスペシャリストの道へ?
AMラジオを用いた「まちなか音声案内」の事業化に向けて、境港市水木ロード、大田市大森町などで、実証実験を実施。観光客、視覚障害者の利用者からは高い評価を得る。
島根県景観アドバイザーとして、益田駅前通りのまちづくりに関わる。水木ロードの黒目氏とともに、ミニパネルディスカッションに参加。
まちづくり塾の活動では、多くの人に参加、執筆していただき、小冊子「知られざる出雲そば」を制作。島根建設技術展では、市民まちづくりブースをコーディネートした。
[平成14年度]
松江生活5年目。2人目の子供が生まれる。引っ越した庭付きの平屋の家にて、にわかガーデニングをはじめる。栗の木からロープと板でオリジナルブランコを制作。子供が喜ぶ喜ぶ。
夏は、県立プールに、子供と連れだって通う。そのプールがこの年で閉鎖されると聞き、お別れの映画会を開く。
島根県の景観アドバイザー(まちづくり部門)に任命され、県内を見て回る機会が増える。技術士会の活動では、羽須美村の棚田を見学に。
古い民家の情報をうまく交換できる場ができないか、ということで、まちづくり塾の仲間とともに「しまねCO民家情報バンク」を設立。京都で活動する町家倶楽部の小針さんを招いた座談会を開催。
[平成13年度]
松江生活4年目。事務所を白潟本町に位置する昭和初期の近代建築「出雲ビル」に引っ越しし、独立事務所に。ビルは、ライトアップで演出。
島根県浜田土木建築事務所、鳥取県日南町、鳥取県建築住宅課に招かれ、松江の市民参加型まちづくり等について講演。
造景35号の松江のまちづくり特集に編集の立場で汗を流す。
松江市天神町で解体が決定されている「藤忠ビル」を舞台にして様々な催しを行う「藤忠ビルプロジェクト」に参画。期間中3000名の人が訪れ、連日のようにマスコミで紹介された。プロジェクトのしめくくりである、12/31の夜にまちかどシネマの夜を開催。
産業振興財団の助成を受け、ラジオによる音声案内システムの開発普及チームを結成。リコーマクロエレクトロニクスの高井氏、視覚障害者でネットワーク応用通信研究所の三輪氏、島根大学平松氏とともに、実証実験を進める。
市内の複数のバス路線を統合したバスマップ「どこでもバスマップ」を島根大学学生の太田氏、平松氏とともに改訂版を作成。製作、普及、改訂を進めるための方策を探る。
[平成12年度]
松江3年目。市民運営のまちづくり塾に積極的に関わる。松江エコマネー「だがぁ」の設立に携わるとともに、「だがぁ」の積極的な普及に励む。県立美術館の前庭を会場に「まちかどシネマの夜」を開催。
歩いて暮らせるまちづくりでデビューした「ラジオの音声案内システム」及び「どこでもバスマップ」は、同年3月に実施された「しまねビジネスプラン大賞」に応募し、60の提案の中から上位6位の入選となる。
[平成11年度]
横笛を習い、地元の鼕行列に参加。親しい仲間と参加無料の野外映画「まちかどシネマの夜」を開催。300人は来ただろうか。
寺本建築都市研究所に指名がかかった「宍道町公営住宅コンペ」及び「島根県松江警察署コンペ」に参画し、両コンペとも勝利する。
[平成10年度]
松江生活初年。地元の設計事務所である寺本建築都市研究所に居候させてもらうことに。中心市街地にちょっと素敵な長家を見つけ、地元の若者6名と共同で借り、まちづくりのささやかな拠点に。自分の住まいとして、武家屋敷の並びの一軒家を借りる。建築学会が主催し、米子市で開催されたワークショップ型のフォーラムに企画メンバーとして関わる。