アル・パチーノ最新作
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★★6日間眠らせない・・・★★ 被害者の女性は殺害された後、髪を洗われ、爪を切られ、
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≪≪インソムニア≫≫出演:監督:クリストファー・ノーラン
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アル・パチーノ演じるベテラン刑事が、白夜で不眠症(インソムニア)のために、
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2002.5.28 全米BOX OFFICE(初登場)
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| CHINESE COFFEE | アル・パチーノ監督 | アメリカ公開待ち |
| SIMONE | アンドリュー・ニコル監督 | 2002年公開予定 |
| THE FARM | ロジャー・ドナルドソン監督 コリン・ファレル共演 | 2003年公開予定 |
ほとんどアル中! アル・パチーノの部屋 |
アルを初めて知ったのは、もちろん、ゴッドファーザーで、マイケル役。最初はマーロン・ブランドの成り切り演技やジェームス・カーン
の切れた演技に釘づけでしたが、前半部あの冴えない三男で、大学出のお坊ちゃま役から一転、後半、もう、あのレストランでの
殺戮シーンで、僕のフェイバリット俳優の座は約束されました。
彼の映画をむさぶるように、観まくりました。もちろん、ゴッドファーザーはもう20回以上は観ています。しかし作品の完成度でいけば
パートUが1番好きです。デ・ニーロのパート(若き日の父 ドン・ビトー役)も素晴らしく、この対比が何ともいい。通常盤も良いのです
が、年代別に構成されている、特別編が特にいい。アルの希望で、アルの師匠でもあり、マーロン・ブランドやロバート・デ・ニーロ、
古くはジェームス・ディーンやマリリン・モンローが門下生であった、あのアクターズスタジオの創立者であり主宰者でもある、演劇の
指導者リー・ストラスバーグもパートUで珍しく演技者として出ているのも見もの。(マイアミのマフィアの大ボス役)アルを子供扱い
するようなセリフにドキドキします。
アルの演技はアクターズスタジオ特有のそれまでの映画での演技の世界を覆すようなリアルな演技が本領でした。そう舞台のような。
1番最初にセンセーショナルを巻き起こしたマーロン・ブランドは映画界の演技というもものを根底から変えたと言えるでしょう。
その流れを組むアルの芝居は更に常に見る者を熱くさせる、これ以上ないという情熱的な演技が加味されている。それを悪く言う人は
オーバーアクトと呼ぶのですが、ここまで徹底してれば、何も言わせることはないでしょう。それが有無を言わさないのがアルの静かな
演技です。“摩天楼を夢見て”や“天国の約束”などは良い例で、演技の幅が広いからこそ、その手のネガティブな意見も覆せるので
しょうね。
映画一筋のデ・ニーロと違い、舞台も欠かすことなく勤めてきた彼は、実は長いキャリアの割に出演作は多くありません。しかし、その
1本1本が珠玉の彩りに包まれています。出演作は30本。
その本数で実にアカデミー賞ノミネート回数は8回。これは現役ではジャック・ニコルソンの12回に次ぐ数字ですが、多作である
ジャックと比較しても驚異的な事でしょう。そして、無冠の帝王と言われていたアルがついに1992年、“セント・オブ・ウーマン”で
最優秀主演男優賞を受賞。当然の、そして遅すぎた受賞劇でした。
難しいですが、彼の演技の真骨頂が見れる作品は、全ての作品なのですが(手を抜かない演技なので)、しいて3本挙げるとすれば、
スケアクロウ、スカーフェイス、狼たちの午後、でしょうか。個人的には、押さえた演技の、摩天楼を夢みて、何て最高だなあ。
1973
1993
SERPICO CARLITO'S
WAY
本名は Alfred James Pacino
1940年4月25日、ニューヨーク市マンハッタンで生まれる。シチリア出身の保険セールスマンだった父サルヴァトーレと母ローズが2の時に離婚したため、母の実家で祖父母との四人暮らしとなる。最初はイースト・ハーレム、それからサウス・ブロンクスで育った…と本人がインタビューで答えている。幼年時代に映画の真似をして遊んでいたのが演技への関心につながり、また60年代初めの実験的演劇やスクエア時代の初期サークル、カフェ・シアター時代の演劇鑑賞で刺激を受けたという。
14歳でチェーホフの『かもめ』の舞台に参加したのをきっかけに、ニューヨークのパフォーミング・スクール・オブ・アーツ(アラン・パーー監督作『フェーム』の舞台となった芸術高校)に進むが17歳で中退。
以降は小さな劇団に所属していたとも言われるが、さまざまな職(雑誌社の郵便係、ウエイター、ビル管理人、時計屋、印刷工、ペンキ屋、機械工、セールスマン、映画館の案内係などの経験があると伝えられる)を転々として資金を稼ぎ、59年に演劇学校ハーバート・バーゴフ・スタジオに入り、チャールズ・ロートンに師事。66年から69年までリー・ストラスバーグ主宰のアクターズ・スタジオ門下生となってメソッド演技を学び、アングラ劇団ラ・ママ、リヴィング・シアターなどで実験的な自作自演を始める。
本格的な舞台デビュー『The Indian Wants Bronx』でオビー賞主演男優賞、翌年の『Does a Tiger wears necktie?』でトニー賞助演男優賞、シアター・ワールド新人賞、ドラマ・ディスク賞を受賞し、注目を集めるようになった。
69年にパティ・デューク主演『ナタリーの朝』の端役で映画デビュー。71年の初主演作『哀しみの街かど』がカンヌ映画祭で評価され、
フランシス・フォード・コッポラ監督の目にとまって無名ながら大作『ゴッドファーザー』に抜擢され、映画界でもキャリアを築いていく。
ジル・クレイバーグ、チューズデイ・ウェルド、ダイアン・キートン、キャスリーン・クィンラン、マルテ・ケラー、ダイアン・キャノンなどと交際があったが、独身を通している。芸能人ではない女性との間に娘Julie-Maeieがいる未婚の父でもある生活を売り物にしない実力派大物俳優ゆえ、メディア側もそのあたりは避けて通りがちなのでプライヴェートな情報は少ない。
出演作
1969年 : ナタリーの朝
1971年 : 哀しみの街かど
1972年 : ゴット・ファーザー
1973年 : スケアクロウ
1973年 : セルピコ
1974年 : ゴッド・ファーザーPARTU
1975年 : 狼たちの午後
1977年 : ボビー・デアフィールド
1979年 : ジャスティス
1980年 : クルージング
1982年 : 喝采の影で
1983年 : スカーフェイス
1985年 : レボリューション めぐり逢い
1989年 : シー・オブ・ラブ
1990年 : ゴッド・ファーザーPARTV
1990年 : ディック・トレイシー
1991年 : イン・ベット・ウィズ・マドンナ
1991年 : 恋のためらい フランキーとジョニー
1992年 : セント・オブ・ウーマン 夢の香り
1992年 : 摩天楼を夢みて
1993年 : カリートの道
1995年 : 天国の約束
1995年 : ヒート
1996年 : アル・パチーノのリチャードを探して
1996年 : 決別の街
1997年 : フェイク
1997年 : ディア・ボロス
1999年 : インサイダー
2000年 : エニイ・ ギブン・サンデー