映画映像の美しさとは、ただの美しさではないことだと思います。それは、象徴としての背景や音とは、
違います。それは詩の情緒に似て、見えないところで人間の心の一角に影響を与えるものです。
抽象的すぎると思われるワンカットにも、それが潜在的にあるからこそ生きる他のシーンがあり、
登場人物の台詞なり行動があると思います。それらが全て整っている状況での美しい映像、それ
こそが、映画映像の美しさだと思います。質感の美ですね。
もちろん音楽自体のクオリティが高いことに越したことはなく、大前提の1つと成り得るでしょうが、
いかに映像にマッチしているか、いかに効果的に使われているか、が重要でしょう。そして最も重要
な事は、音楽を入れない効果もあると言う事です。ここぞとばかり音楽を多用するのではなく、音楽を
入れない事により逆に効果を出す事も多々あるからです。映画は、表現方法としてまず1番に映像が
あって、成り立つものです。音楽がその映像を効果的にする場合もあれば、壊す事もあるのです。
これを僕は、引きの美学と呼びたいです。
かのビリー・ワイルダーも黒澤明も、言います。良い脚本なくば、どんな良い演出をしてもいい映画に
は成り得ない、と。特に黒澤は、脚本が書けない映画監督はダメだ、と言いました。僕も正にその
通りだと思います。同じ脚本で、違う演出をし、才能の違いがあることも事実でしょうが、それにも限界
があると言う事です。アカデミー賞でも作品、監督、主演男優・女優、助演男優・女優の主用6部門の
他に最も重要視されているのが、次に挙げる脚色と、脚本賞なのである事をみてもそれは明らかで
しょう。
いいシナリオから悪い映画が出来る事はあっても、悪いシナリオからいい映画が出来る事は決してない
映画は映像や背景の設定からカメラのアングルやセリフの言いまわしに至るまで、脚本段階の時点で
は何もありません、白紙です。(構想はあるにしろ) そして、それらを決め、撮影し作り上げて初めて
成り立つものです。原案や脚本をいかに映画的に(これは限りなく手法があり、個性もある)するかが
重要です。編集作業におけるまでの、映画作りの基本である脚色なのであり、映画制作の行程で最も
重要な1つなのです。しかし、それは観る側には非情に分かりにくく、よって軽視されてしまうものなの
ですが、脚色なくして映画は成り立たないでしょう。それ程、重要なものであります。