H. P. Lovecraft on TV
冷気 Cool Air
より良く、はるかに時代を超えたラヴクラフト作品のテレビ映像化は 1971年12月8日のナイトギャラリーで初お目見えした。これはロ ッド・サーリングが「冷気」に手を加えて補整したもので、ジーノット ・シュヴァルク監督、ジャック・レアード、プロデュースである。
潜在的にはピックマンを映像化するよりはるかに簡単であったにのに も関わらず、サーリングの脚本はすっかり原作を作り直してしまってい る。たぶん、もっとTV受けするものにし、深みを増そうとしたのだろ う。これらの結果は満足のいくものであった。しかしながら、真のラヴ クラフトの作品とは言えなくなってしまった。
ラヴクラフトの小説にあったように、サーリングはこの物語の始めか ら終わりまで、時折の画面に現われないナレーターの声を交えた1人称 の語り部の形体をとっている。しかし、サーリングの語り部はラヴクラ フトには不可能であったやり方で語りかけている。サーリングは女性( ラヴクラフトがエイリアンのように思って避けてきた種族)を登場させ ただけでなく、彼は物語の語り部としても女性を用いたのだ!
サーリングは映像化にあたって「冷気」を一種のラブストーリーにま でしてしまう。最後に死体愛を強くほのめかしてはいるが。
この物語は、ゴシック様式のセットで、秋の共同墓地のシーンから始 まる。1人称的なカメラが、年老いた女性の思い出話と共に墓石の方に 向って行く。彼女はこの墓を毎年訪れていることを話す。そして、この 50年間ずっとそうしてきたことも。
私達はここでフラッシュバックする。そして物語が展開して行く。
HPLの原作にあったように見知らぬ人と偶然めぐり会うのではなく 、サーリングが用いた語り部アガサ(バーバラ・ラッシュ)は ム−ニ ョス博士(ヘンリー・ダロウ)を探し出す。彼女はム−ニョス氏の文通 友達であった彼女の父親が死んだことを伝えに来たのだ。なぜ彼女が手 紙で知らせるのでなく、実際に会うことを選んだのかは正確には説明さ れていない。
明らかに、彼女はム−ニョスがかなり年輩でからだが弱いのだと思っ ていたようだ。彼に教養があり、才気縦横で、ハンサムな人であるのを 知って喜んでいるように見える。たぶん彼はちょっと風変わりな人でも あるのだろう。なせなら、彼は古風な発電機付きの冷却装置を用いて部 屋を摂氏13度(華氏55度)の寒さに保っているからだ。
その時代(1920年代頃)のセットと衣装そして不細工だが魅力の あるアンティークな空調装置は、50年代から60年代にかけてのハマ ーフィルムのホラーの雰囲気を思い出させる。スパニッシュ・ギターは 似合いそうも無いが、不思議なことにこの物語に適したBGMとなって いる。
アガサは、ム−ニョス博士が彼女の父親に送った手紙を全て読み、意 思の力を神秘的に使用することによって死に打ち勝つという彼の理論に 魅了されるようになった、ということを彼に伝える。
会話が進んで行くと、ム−ニョスは10年前のことを説明しだす。ち ょうど彼の妻が死ぬ直前に彼が奇病にかかったことを。彼の病気の治療 の一つとして、彼はずっと冷たくしたまま保たなければいけなくて、絶 対に部屋を離れることが出来ないということを。
それにもかかわらず、彼は洗練された紳士に見え、アガサは積極的に 彼にとりいって、彼の部屋でのディナーに招待してもらう。(冷たい料 理であることは間違いない。)
そのディナーと、その後も部屋で会うことを通じて、彼らはお互いに 愛し合うようになる。そして悲劇が襲いかかる。アガサがある暑い日に 訪れると、ム−ニョスは体調が悪いのだと言って。彼女を部屋に入れよ うとしない。その帰りに、下宿の女主人はアガサを引き留め、博士のこ とについて問う。彼女は、先週ム−ニョスに会った唯一の人は冷却装置 を修理しに来た修理工だけだとアガサに告げる。「そういえば、修理工 さんは階段を4段飛ばしで降りてきて、立ち去る時にはドアをそのまま 持って行ってしまいそうな勢いだったわ。」彼女は今までにあんなに怯 えた人は見たことが無いと言い、それが博士に関係することであるのは 間違い無いと言う。
(メロドラマすぎると思わないか?ここに、同じシーンをラヴクラフ トが描写したものがある:ある9月の日に思いがけなく(ム−ニョスを )ちらりと見た人はテンカンの引きつけを起こした。彼は(ムーニョス の)机の電灯を修理しにやってきた修理工だった。)。
真夜中にアガサは電話の音に起こされる。それはム−ニョスからのも ので、彼女に急いで来てほしいと懇願するものだった。彼は助けを必要 としている。
彼女はひどく激しい雷雨の中訪れる。停電になっていて、空調が壊れ ている。ム−ニョスは少しだけ空いたドアの向こうに現れる。彼は不気 味で恐ろしい白いクロークを羽織っていて、右目以外は全てマントのよ うなものに覆われている。彼はまだアガサを部屋に入れようとしないが 、機械工に急いで連れてきてほしいと告げる。彼の部屋の気温は危険な ほど高くなってきている。彼はいつもの彼にふさわしくないほど死に物 狂いで、ほとんどパニックになっている。彼は機械を今夜中に修理しな ければならないと言う。朝では遅すぎるだろうと!
不自然な構想として、こんなことが偶然起きる。ム−ニョスも知らな かったことだが、機械工が彼の下の部屋に住んでいたのだ。この熟練工 はしぶしぶ装置を検査することに同意する。彼は、ポンプ・アームが損 傷を受けていることを発見し、朝になって部品屋が店を開けるまで修理 できないことがわかる。
ム−ニョスは、まだ体を布で覆ったままで、アガサにたくさんの氷を 買ってくるように頼む。そして彼はバスルームに鍵をかけて閉じこもり 、冷たいお風呂の中で低い温度を保とうと努力する。氷の塊が届けられ 次第それを足し続けて。
アガサはロックされたバスルームのドア越しに無理にム−ニョスと話 そうとする。彼女は(視聴者もだが)彼に何が起きたのかわからない。 アガサはドアをドンドン叩き、会わせて欲しいとム−ニョスに懇願する 。
「そんなことをするのは、とてもあさはかなことだろう。」と彼は彼 女に言う。「私はこの、たった数時間ですいぶん変わってしまったのだ 。」
その後は長い、良い演技のモノローグとなる。カメラはアガサの顔か ら全く離れないまま。ム−ニョスは閉じたドアを通して、全ての話を語 る。私達は彼を見ることは出来ない、ただ、彼の声を聞き、それにラッ シュが反応するのを見るだけである。
カメラはバスルームの中に位置を移す。ム−ニョスはドアのところに いて、アガサは鏡のように反対側に位置している。私達はム−ニョスを 後ろから見ている。完全に彼の幽霊のような白い覆いに隠されて彼は言 う。「私の妻は自殺をしたのだ。なぜなら彼女は死体と共に生きていく ことに耐えられなかったからだ。」
カメラはアガサに戻り、ム−ニョスは姿の見えないまま話し続けてい る。最後に彼女への気持ちをはっきりと表現して。「もうわかっただろ う、愛しい人。私はその時、10年前に死んでいたのだ。」
私達は彼がドサッと床に倒れる音を聞く。
アガサは無理やりドアを開けて、ム−ニョスの毛が逆立ち、しなびた 茶色の肌をした死体を見つける。
死体(とアガサの絶叫)のシーンから現在へと場面は移る。主観的視 点のカメラが墓地を写し、かなり年輩になったアガサの声が聞こえる。 「毎年私は彼の墓を訪れてるの。そして、もし私があの時起きたこと、 それともあのとき起きたかもしれないことを哀悼したらどうなるかと思 うの。でも私はその問題を深く考えたりしないわ。起きたのかもしれな かったことは、恐怖の要素を含んでいるから、私を狂気に陥れてしまう ことが出来ただろうから」
モノローグは続き、主観的視点のカメラがだんだんと「Dr. Juan Munos (ファン・ムーニョス博士)」と読める墓石に近づいて行く。その後に書 いてある碑文は落ち葉に覆われている。うまいタイミングで一陣の秋風 が落ち葉を吹き飛ばす。そこで私達はその後何が書いてあるかを読むこ とが出来る。
DR. JUAN MUNOS
Born 1877
Died 1913 and 1923ラヴクラフトの「冷気」は、いちずな意思の力によって死体に命を与 えることができるという、身の毛のよだつような概念を基にして作られ たぎょっとさせられる物語だ。これはラヴクラフトのマイナーな作品の 典型的なものである。そして、他の多くの彼の作品と同じように、最後 に意外性に欠けることが、あからさまにイタリックで書いてある。:「 なぜなら、君もわかっているだろうが、私は18年前に死んでいたのだ 。」
彼はラヴクラフトのぞっとするようなアイデアを用いていながら、サ ーリングの話はもっと野心的だ。ラブストーリーを導入し、この物語で は必然的な、死体愛をインスパイアさせることから、かろうじて逃れて いる。
ラヴクラフトの書いた嫌悪の感情を催すような「Munoz(ムニーョス )」とは異なり、サーリングの「Munos(ム−ニョス)」は魅惑的で性 的魅力がある。視聴者も彼に好意をもつようになるから、なぜアガサが 彼を好きになったのかを理解することが出来るだろう。この「結びつき 」が物語を、悪寒を催すものだけでなく、悲哀を感じさせるものとした 。
いやそれどころか、何故なら私達が両方のキャラクターを好きになっ ているから、視聴者は死体愛のほのめかしよりも、意外性に欠けるム− ニョスの死体の光景の方にずっと激しい嫌悪を体験する。
これは映像化しにくい作品の素晴らしい映像化である。幾つかの怠惰 な構成とキュートすぎる墓石の碑文によってだけ、安っぽくなっている が。
興味あることに、この2つの作品の構造は似ている。ラヴクラフトの ように、サーリングは多くの1人称による説明を用いているが、セリフ は全くもって彼独自のものである。彼は原作からどの言葉も引用してい ない。文体についてだけ言えば、この作品もたぶんインスパイアされた ものと言えるだろう。
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