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aaron picture監督 アーロン・ヴァネック (Aaron Vanek)

aaron@beyond-books.com
1997年 5月 4日

 アウトサイダーというタイトルを持つことになってしまった 全ての映画は、同じようなやり方で始まることになると思う。こんな不 浄な光景だ〜埋められたままであった方がよかったクリーチャーが、蜘 蛛の巣の眠りの壁を破って出てきて、あなた達の目覚めている世界に出 没し始める、あなたが必要とするまで。否(いな)、あなたから払って 清めなけらばならない。骨が折れるがカタルシスの得られる映画製作の 過程で、良心を麻痺させるような強迫観念を。

 またはこんな感じになる。私はラヴクラフトの作品と高校の時に出会 った。そして彼はダンジョンズ&ドラゴンズ(テーブルトークRPG) 以来の偉大な存在になった。アウトサイダーという小説を読ん だ後、これらのイメージが私の頭に浮かんできた〜泥道を歩いている男 のイメージ。だが、彼の顔を見ることは出来ない。実際には彼の目を通 して周囲を見ている。映画製作の知識も機会も無かったので、これらの イメージは、私がシカゴにあるコロンビア大の映画専攻に服役するまで 、ずっと眠ったままだった。ここで星が再び正しい位置についたのだ。 そして埃をかぶった心の奥底に長い間放置されてきたイメージが再び表 面化し、私の魂を非人間的に掴んだのだ。

 アウトサイダーが、私が作ろうとしていた映画になることが 、私にはすぐにわかった。これは私が今までで最も作りたかった映画だ ったが、着手するのに7年もかかってしまった(私は、私が作らなけれ ばいけない映画の膨大なリストを持っている。今はそのリストの4番目 (だと思う作品)を製作している)。

 不幸なことに、コロンビア大学の教授陣は、ホラー映画(もしくは” 個人の悲劇”や”つまらない芸術”のジャンルに入らない全ての映画) を認めるほどの寛容さを持っていなかった。だから私は、何を製作して いるのかについて、クラスのインストラクターに嘘を申告していた。そ の上、私にはアンディー・アッシュクラフトという友達がいた。彼は、 私が前期と後期の間の休みの間に書いた脚本に基づいたストーリーボー ド(映画における絵コンテのようなもの)を最初の授業が始まるより前 の日に見せてくれた。

 脚本のために、自分の真の運命に気がついていないもの、というアイ デアを私は採用した。原作では、ナレーターは怪物のような生き物であ り、生まれてからずっとそうだった。原作の構想を踏襲する時の問題の 一部は、映画全般にあたって1人称の視点を貫くことだった(すなわち 、登場人物の目を通してみることだ)。なぜなら、それはとても気を散 らすような手法だからだ。そこで、神秘の禁じられた本に引きつけられ 、隠匿者で、典型的な行動様式から外れた男の話を私は選んだ。私はこ の人間の”実生活”をフラッシュバックによって見せた。これは通常の 映画で良く見られる典型的な”三人称”的視点によって見せることが出 来た。私は、このメインキャラクターが死から蘇ったのだが、自分が死 んだことに気がついていないという設定にに決めた。彼は、自分が誰で あるのかもわからない。しかし、彼はある場所へと引きつけられて行く 。彼がそれに向かって行くと、徐々に思い出してくる。彼が目的地にだ んだんと近づいていくと、最後に彼は自分が誰であるのか気がつく。そ して、彼が何になってしまったのかを。

 原作にあった自己発見の旅に沿って、ラヴクラフトが用いたのと同じ 結末を迎えさせることに私は決めた。すなわち、ナレーターは彼の異質 性に喜びを覚え、彼の地下の殻に隠れることを拒否する。脚本中で、私 は映画の最後のセリフの雰囲気を捉えようと試みた:
  英語でのセリフ
"I know why I was brought back from the nether world. To learn the final lesson. I never was a part of the world of light. Death has cleansed me of that lie. I can now feel this dark planet turn beneath my feet. I know, and I smile."
  日本語訳
(「なぜ私が地下の世界から戻ってきたのかがわかった。最後 のレッスンを習うためだったのだ。私は光の世界の一部であったことは 無かったのだ。死はそんな嘘から私を洗い清めてくれた。私は今では、 この暗い惑星が私の足の下で回転していることを感じることが出来る。 私には分かる。そして私は微笑んだ。」)

 不幸なことに、主人公の心中の声は映画の中で意味を持つために頼ら れなければいけないようなものではない。だからしっかりとした注意を 払って入ない人は簡単にその声を見失ってしまう。

 脚本は、私のインストラクターからは最後の瞬間(彼女がいくつかの 心からの良いコメントをくれた時)まで隠さなければいけなかったが、 3つの峡谷(関門?)を全て通りぬけなければならなかった。

 キャスティングは簡単だった。私はハーブ・リクテンシュタインを選 んだ。彼は、過去においても、現在も、そして未来においても少し奇妙 なところがあるのだ。そして、キャスリン・グレイディーを女性役にし た。デイヴィッド・カッツマンが”もう一人の男”を演じた。そして、 私はもう一人の女性としてレベッカ・マスターナクを1つのシーンに登 場する為に配役するはずだった。レベッカは素晴らしかった。時間通り で、熱心で、タイトなドレスやコルセットを着たがっていて、様々な角 度からの撮影の為に絶叫し倒れた。しかし、彼女のシーンはカットして しまった。なぜなら、彼女はあまりに錯乱しすぎたからだ。とはいえ、 今でもこれらのアウトテイクは彼女に渡してある。

 私が聞かれた最も大きな質問は、「どうやってあのメイクアップをや ったんですか?」だ。私の答えはだって?幸運にも、運命的にも、そし て偶然にも、ハーヴェイ・アレン・ディクソンを発見したんだ。彼は、 私が入る数年前にコロンビア大を中退した若いフリーランサーだった。 私と彼が電話で話している時に、彼がラテックス(合成ゴム・プラスチ ックなどの分子が水中に懸濁した乳濁液; 塗料・接着剤に用いる)の値 段を見積もり始めたんだ。私はメイクアップ・アーティストを見つけた ということがわかった。フルフェイスの人工の顔を作る時のように、ハ ーブは顔の型をとらなければならなかった。そう、ハーヴェイはべたつ くものを勢い良く私の主役の顔に塗りたくり、乾かして、それを剥がし た。そしてマスクを製作し始めた。撮影の日に、頭全体と胸の部分と手 を覆う2つの部分(私は今でも片方の手を持っている)のマスクで完全 にハーブを覆ってしまうまでには4時間と2人を要した。我々が覆って しまっった後(深夜の2時くらいだった。たいていの撮影より早い時間 だ)、ハーブをマスクから脱出させるにはもう2時間を要した。彼の髪 からねばねばした接着剤をつまみ出すのに何週間もかかったという事実 で、彼は今でも私を非難する(注:メイクアップの熱烈な愛好者にとっ て素晴らしく、そして短い、ハーヴェイがマスクを作ってい時のビデオ を私は持っている)。

 私が映画を作る上でしなければいけなかった、大きな決定の1つは、 グールについてのものだった。主役が彼自身をグールのようなものだと 見るのが大きな最後の場面で、最もお金のかかったショットだった。し かし私はグールのことに出間取りたくなかった。なぜなら、私は特殊効 果を見せびらかすためだけに特殊効果を見せるのが大嫌いだったからだ 。全てのことはその背景に理由を持っていなければならない。我々は寝 室へやってくるグールのショットをとても多く撮ったが、私はそのうち たったの20秒しか使わなかった。私は後に、墓地に歩き去って行くグ ールのショットを加えた。これは、もう一度この映画を作るとしたらや り直すだろうショットだ(注:墓地のシーンはクライマックスの後のシ ョットだ。だからグールのマスクはハーブの頭を取り出すために既に切 り刻まれていた。ということは、それをテープでふさいで、ハーブのシ ャツの襟を立ててテープを見えなくしなければならなかった。墓地の撮 影の時は、光が早く失われてしまう。そして、ハーブは寒い墓地の中を たそがれ時に、汚れた剥がれ落ちる怪物のマスクをかぶったまま、頭を 右に傾けながら、真っ直ぐ歩かなければならなかった。)。

 他の製作記録:17分の映画を撮るのに全費用は2500ドルかかり 、少なくともその80%は最終段階(フィルムの複製)の費用である。

 主演女優のキャスリンは丁度撮影の前に足を挫いてしまった。だから 彼女の全てのシーンは座っているか、寝ている必要があった。これは丁 度良かった、なぜなら彼女は1フィート程ハーブより背が高かったから だ。これは高さの違いをうまく避けるには楽な方法だった。

 屋敷(これはちなみに、実はエヴァンストン歴史協会で、彼らは〜く たばっちまえ!〜内部を撮影させてくえなかった)の前にある階段のと ころであなたが見る死んだ鳥は、撮影の最中に私が見つけた、実際の痙 攣していたほとんど死にかけた鳥である。私は良いショットを見逃すよ うなヤツではないので、その鳥を(慎重に、手袋をして)拾い上げて、 撮影のために階段の上に置いた。私は誰かが後で見つけるように、そこ にその鳥を置いてきた

 映画の中で、最も恐ろしかったショットの1つは、最後の、鏡を壊す シーンだ。私は3枚の鏡を買った、どれもおよそ1フィート平方のもの だ。そして、それらをこの古い地下室に立てかけた。私はハーヴェイ( メイクアップの男だ)にグールの片手を私の手に装着させた。そして、 鏡の裏側に前もって刻み目をつけた(カットした)。私は爪を手のひら に抱えて、カメラマンはスローモションの効果を出すために高速度撮影 をした(不幸なことに、私の好みからすると十分にゆっくりではなかっ たが)。私はフィルムに写っているように、鏡を殴り破った。私は切り 傷は負わなかった。しかし、全身にガラスの破片がが飛び散ってくるの はとてもショックな体験だった。私はこのテイクを3回行った。そう、 7分のフィルムの為に21年分の悪運を使い果たしたんだ。

 非人間的なグールの悲鳴は南アフリカのオオコウモリの声のサンプリ ングをゆっくりにして、同じ音を2秒ずらして音声トラックに重ねて録 音したものだ。だから悲鳴は始まったあと、”コーラス”になるように なっている。もしくは、そうなるように期待して作ってある。

 映画に対する反応は賛否両論だった。私のクラスのインストラクター はこれをひどく嫌って、俳優になぜメイクアップをしたのかと完璧に途 方に暮れていた。しかしながら、最初の上映を見た何人かは、この映画 を楽しんでくれた。そして、ある7歳の男の子はとっても怖いと言って くれた。それでこそ頑張った甲斐があったというものだ。

 私は、第1回シカゴ・アンダーグラウンド映画祭にフィルムを送った 。映画祭の無料入場券をもらえたら良いなと期待しながら。だがまさか 映画祭の作品として採用されるとは思っていなかった。映画祭で上映さ れると聞いてから、主人公の心中の声が聞き取り難いことに気がつくと 、私は急いで映画の最後の仕上げ過程(短調で退屈な、お金のかかる手 続きだ)をやり遂げだ。鮮明な主人公の心中の声なしには、この映画は 全く理解不能だった為に、セキをするような声での上映では、むしろ尻 すぼみになってしまうからだ。しかしながら、私は音声トラックをリミ ックスして、映画をビデオへと変換した。そのおかげで、2年続けて地 方のSF大会でも上映してもらうことが出来た。

最後に、ウェブに感謝したい。私がビヨンド・ブックス(Beyond Books) と巡り合う事が出来て、第1回 H・P・ラヴクラフト映画祭で上映されるように取り計らってもら えたことを。映画が出来て2年後に、私はついに完璧な上映をしてもら うことが出来たのだ。

もし誰かコメントや質問があったり、映画を見てみたい人がいたら、こ こにメールを送って欲しい。 AaronJV@aol.com


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