広島県呉市にある海上保安大学校にて年2回、約2ヶ月間にわたって行われる潜水技術課程研修、通称「潜水研修」に参加したのは私が23歳、94年5月の前期研修でした。
23歳と言えば潜水研修に参加する年齢から言えば上になってしまい、真面目に筋力トレーニングしてから研修に行かないとあとから本人が泣きを見る事が多い年齢です。 当時は第1管区釧路海上保安部所属の救難強化巡視船「PL-06りしり」のボットム(下っ端)航海士補として配属された船で下っ端仕事の皿洗いに明け暮れていた時でした。
1回の潜水研修で参加できる人員は13名(左が同期生)と決まっており、大抵は管区(全国を11ブロックに分けている)から1名ないし2名の割り当て枠で決まるのですが、当時(今でも)の第1管区は潜水士希望者がほとんどいなく、かつ現役潜水士も巡視船りしりではたったの4人しか居なかった事もあってか、なんと3人も割り当てがあり、同じく「りしり」に配属されていた機関科の同期と一緒に研修参加することになりました。
潜水研修参加が正式決定すると、古参潜水士からの送り出しの言葉は「研修をクリアーしてこなければ津軽海峡を渡らなくて良いからさぁ〜、船帰ってくるなよ」とこれまた非常に温かい励ましを頂きまして広島に出発しました(^_^;)
さて保安大学校での研修初日は体力測定でして、水泳と陸上(マラソン)の検定があり、当日はとても肌寒い天気の下、みな気合を入れて水泳から測定を開始しましたが、、、
天候も悪く、水温も低かったこともあってか皆泳ぐスピードが上がらずただただ距離を泳ぐとゆう状態になってしまいました。
どうにかこうにか泳ぎ終わってプールサイドで毛布に包まって休んでいると教官が「お前ら自分だけ休んで良いんかぁ!バディがへばってるぞ!見捨てるんか!」その言葉に振り向くと研修生の1人が毛布も被らずプールサイドにうずくまって震えており、皆で彼に毛布をかぶせて風呂場まで連れて行ったのですが、私の頭の中では「トンでもない研修に来てしまった」と今更ながら思いました。 これからが「バディ」とゆう言葉の本当の意味を知る潜水研修の始まりの幕開けでもありました。
この潜水研修のことは小学館「週刊ヤングサンデー」に現在連載されている「海猿」とゆう漫画に面白おかしく書かれており、機会があれば読んで見てください。
訓練はその2に続きます、、、