六〇歳定年後、スウェーデンからモロッコまで、ユースホステルに泊まり気の向くまま自転車で旅をした汗とビールの五ヶ月間の記録。格安宿泊料金。そして何よりも自由な時間と痛快便利な行動半径。定年後だからこそ楽しめる。2007年改訂版発売中。
第一章 スウェーデン
ストックホルムのYHに落ち着く/ジャジャ馬自転車との出会い/出国直前の体調/
いよいよ出発/タバコのなんと高いこと/豪華朝食に感激/中年同宿者からの忠告/
ルピナスの満開の道を走る/鉄の扉を前にして/折鶴を試みるが/
自転車にはきつい、大地のうねり/初めてのキャンプ/寒気厳しく、風強く/
国旗に対する思い/独学生ライダー三人組/これが日本の定年チャリダー/スウェーデン最後の夜
第二章 デンマーク
第三章 ドイツ
第四章 オランダ
第五章 ベルギー
第六章 ルクセンブルグ、ドイツ再入国
第七章 フランス
第八章 スペイン
第九章 ポルトガル
終 章 愛車と共に帰国
あとがき
著者紹介
上 林 三 郎(かんばやし さぶろう)
1936年9月、京都府宇治市生まれ
1961年3月、京都大学理学部卒業、民間会社に就職
1996年6月、定年退職
旅行歴―1996年、四国徒歩遍路
1997年、北海道バイク旅行
1998年、欧州縦断自転車旅行(本編)
2000年、ドナウ河自転車旅行
著書に、『定年遍路記』(文芸書房)
平成一○年(一九九八)の夏、五ヶ月を要してスウェーデンのストックホルムからモロッコのタンジールまで約八千キロメートルの自転車旅行をした。自転車旅行というと、初めにお断りしておかなければならないのだが、あの青壮年者の、勇壮な、野宿(テント宿泊)を中心とする元気溢れる魅力的な響きをもつ旅行、または欧州の北端やアフリカや南米の南端などの、気候の厳しさだけでも危険きわまりない波瀾万丈のような旅行、そのように聞こえるが自分の場合はそうではない。年も年だがそれよりもお恥かしい話となるが、自分は自転車には全くの素人で、どのような自転車を現地で買えばよいのかは勿論のこと、パンクの修理技術すら身につけないでスウェーデンに出かけていったのである
。
欧州の天候、特に風の向きや地理をまともに調べもせずに飛び出して行ったのだから、よってこの旅行記は少しでも旅なれた人には、なんてバカげた旅だ、幼稚の極み! となるであろう。こうまずお断りしておかねばならない。
それに本格的な自転車旅行記には、あの有名な井上洋平氏『自転車五大陸走破』(中公新書)や池本元光氏『アフリカよ、キリマンジャロよ』(サイマル出版会)、川端裕介・るり子夫妻『チャリンコ西方見聞録』(朝日新聞社)、それに国内旅行であるが川西文嬢『チャリンコ日本一周記』(連合出版)など、まことに面白いものが沢山あって、中高級自転車旅行を望まれる諸氏にはまずそのような御本を紹介させて頂く。そういう点では残念ながら自分の出る幕ではない。
さて、それにも恥じずあえて本にする、その心なりや如何に? となるのであるが、それには、素人はしろうとなりに年寄りはとしよりなりに、五ヶ月間ささやかな面白味を感じたのである。それを駄文ながらこうして冥土への土産にまとめた次第と申し上げる。
もう一つ、何度も、内外を問わずいろいろの人に問われたのであるが「その年でどうして自転車で?」という問題がある。その経緯を正直に述べるならば次のようになろうか。
一○年ほど前の在職中にひょんなことからフランス語の勉強を始めた。日仏会館の仏語教室に通うものの学力は遅々として進まない。それでもしかし、いつの日にかフランス本国でこのトツトツ語を使ってみたいものと淡い夢を見ていた。出来ればフランスの観光地でではなく田舎で、と考えていた。それも、明治大正期の、画家、音楽家、文学者、医者、政治家等の、日本の先輩諸氏がお世話になったあのマルセーユ〜リヨン〜パリ間、彼等は完工直後のスエズ運河を抜け遠路の船旅を終えて欧州大陸の玄関口マルセーユに上陸し、馬車や蒸気機関列車で北上してパリを目指したのであるが、その彼等が最初に触れたヨーロッパの大地を、逆コースながら自分も徒歩でテクテクと歩いて幼稚ながら仏語を試したく考えていたのである。
この夢を数年温めているうちに、オランダの土木技術の結晶である長大なアイセル湖締切り堤、それにあのナチスドイツの忌まわしい歴史となるのであるが、Uボートの発進基地、北独のキール旧軍港等も一見したくなってくる。こんなことをとりとめもなく一友人に酒の席で話していると、スウェーデン通のその男から「キールまで足を伸ばすのであれば、スウェーデンは素晴らしく美しい国で……」と勧められる事になる。夢が膨らむのはいいが、スウェーデンのストックホルムからとなると、そんな遠い北欧からマルセーユまで本当に歩けるのだろうかと心配になってきて、単純に、では自転車にするかとなったのである。
「自転車で? 年を考えて車でとは考えなかったのか?」とも問われる。しかし不思議と車のイメージは湧いてこない。旅は出来る事なら歩きがいい、と思う。夭逝されたが池田拓氏『南北アメリカ徒歩縦横断日記』(無明舎出版)、妻をなくされ六五歳から九年間二万九千キロ、日本全国を網の目のように歩き通され、戦時中滞在された南京への再訪記も併記されている蓮井英乗氏『ひとり歩いた白い道』(近代文芸社)、教職をなげうってリアカーをひいてアフリカ大陸及びサハラ砂漠を踏破された永瀬忠志氏『リアカーマン、アフリカを行く』(学習研究社)など、これらの行脚記には感動する。それにバイク旅行の達人、賀曾利隆氏ですら日本一周旅行に五○tバイクを選んだ理由の一つに「最高制限速度の時速三○キロというのが見聞に最適……」(『中年ライダーのすすめ』平凡社新書)と述べている。
こうしてあまり深くも考えず、気象、特に欧州の風の方向も調べず、自転車も現地で買えばそれでいいという程度の、いい加減ばかりの知識のままで、そして宿も何とかなるだろうとひとり決めして出発したのである。
ただ宿については、出発直前になってユースホステルの存在を知る。慌てて、老年ながら、その会員になって、以後現地で大変助かる事になる。
よってこの拙著では、
@年をとっても或る程度の自転車旅行は楽しめる
Aお金を節約しつつ、宿はユースホステルを利用すればそう心配することはない
B大都市観光地も悪くはないが、外国の田舎もそれなりに結構楽しい
C言葉に苦労するのは本当だが、致命的ではない、ジェスチャー語がある
Dしかし風雨、それも強烈な風は計算に入れておかねばならぬ
といったことを中心に、高級内容ではないが、「年をとっても、初めてであっても、中学一、二年生英語であっても、海外自転車旅行は或る程度はできる」を振り返って綴ってみたい。