伊賀上野城
 忍者の里と呼ばれる伊賀国。その中心地が伊賀上野市です。伊賀上野城は市の北側に位置しています。
 伊賀は「天正伊賀の乱」で焦土と化します。その伊賀にやってきたのが1585年大和国郡山城主の筒井定次が国替で伊賀国に入国、城郭を築きます。これが伊賀上野城です。
 後、1608年定次は改易、伊賀、伊勢国主として藤堂高虎が入城し、上野城の改修を行います。豊臣氏討伐戦に備えるために堀を深くし30メートルの石垣で囲み5層の天守を築きます。
 ところが竣工前の1612年に暴風雨のため天守が倒壊、大坂の陣で豊臣氏が滅亡、そして幕府の武家諸法度によって諸大名の城普請が禁止されたこともあって、天守は建てられることなく明治維新をむかえます。

 感想は復元天守と石垣しか残っていませんが高石垣はすばらしいです。近鉄伊賀線はローカル線で単線はもちろん二両編成のワンマン電車です。行き方は近鉄大阪線伊賀神戸駅から伊賀線上野市駅下車です。伊賀線は40分間隔です。上野市駅からすでに天守が見えています。


有名な高石垣。下の写真は上から見下ろして撮影。こわいですよ。

伊賀線はこんなユニークな電車が走っています。(上野市駅にて)

天守閣。景観から白鳳城と呼ばれています。これは昭和13年再建。

天守より上野市を望む。

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