同期生からのメッセージ
2000年8月28日寄稿

3.駒ヶ嶺正人くん(3−6)からのメッセージ (その1)

空が広かった日

その日の昼前から、いやな風が吹く中、仕事で会社に出ていた父に代わり、中学生の兄を中心にロープやかすがいで板塀の補強をしたり、雨戸を釘で打ち付けたり、ガラスにテープを貼ったり、家族総出で考えられる限りの準備をした。
自分も、何かしら役に立とうと、うろちょろして邪魔していたような気がする。
夕方からは、いよいよ風が強くなり、雨も降り出した。父は帰ってきたが、迫り来る不安の中で、夕食をどうしたのかは全然覚えていない。
乾パンでも食べたのだろうか。
段々すきま風のうなりが強くなり、雨戸がガタガタと鳴り始める。雨が雨戸とガラス戸の隙間から吹き込んでくるが、トランジスターラジオから聞こえるニュースでは、まだこれからが本番だという。

暗くなってしばらくすると、外は「ブォーン!」という風のうなり、「バンッ!」と何かが倒れる音、「ガシャン!」と何かが割れる音で満たされ、家の表と裏の雨戸は、風の息に合わせ音を立てて内と外に膨らむ。もうとっくに停電していて、家の中は真っ暗だが、雨戸を風で倒されないよう、持って行かれないように、皆で必死で押さえる。吹き込む雨でぐっしょりだ。
家がミシミシ軋む音が焦りをかき立てる。家の中の空気が膨らんだり、萎んだりしているのが分かる。雨戸を一枚持って行かれただけで、風が吹き込んで屋根は飛ばされてしまうだろう。
風の叫び、家が壊れそうな音、互いを励ます緊迫した声で、頭の中がぐるぐるになって、もう何時間が過ぎたのか全然分からない。始まる前に少しあった楽しいような気分も、もう恐ろしさですっかり吹き飛んでしまっている。


・・・と、急にすっかり全てが静まり返った。風のうなりは遠のき、雨戸もたまにカタン、カタンっと鳴るぐらいだ。
何ヶ所もあった雨漏りの勢いも、ポツリ、ポツリ、金ダライに落ちる音が途切れがちになっている。

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翌朝、打ち付けた板を外して雨戸を開け、表を見ると、何だか景色が変わっている。板塀が全部倒れてしまい、通りが丸見えだ。
父に手を引かれて、近所をぐるっと歩くと、どこの塀も倒れていて、ぺしゃんこに潰れて屋根だけになった家もある。
見上げると、朝から暑く青く晴れ渡った空が、やけに広く見えた。



昭和34年9月26日、僕らが小学校二年生の時、名古屋を直撃した伊勢湾台風の忘れられない思い出です。
南区で大被害があり、田代小学校の講堂にも、長い間沢山の避難者が生活していました。
自然災害で避難生活との報道がある度に、あの頃のことを思い出します。
半田市にあった父が勤める会社の紡績工場も、父に連れられて行ってみると、高潮と風雨ですっかり浸水して駄目になっていました。良く事情は分からなかったのですが、月刊漫画雑誌「日の丸」を抱えて行ったことを何故かはっきりと覚えています。

名古屋を離れて久しく、いきなり現在のことを語るのが何だか憚られるので、皆さんと共通の記憶を辿ってみました。




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