1981年三重県四日市市生まれ。本職はセンターハーフだが、ユーティリティ性が高いため左サイドバックで使われることが多い選手。
小学校から地元でサッカーを続け、決して強豪とはいえない四郷高に進みながら国体選抜入り。その実力が認められ、99年横浜Mに入団する。初めてベガルタの練習に参加したのは2000年終盤。当時の清水秀彦監督の古巣だった縁で横浜Mから木島良輔とともにテストを受けに来仙、その後木島は横浜に呼び戻され天皇杯に出場し、村上だけが翌年ベガルタ入りした。
加入した01年は、最終節・西京極でのJ1昇格決定直後、スタンドから雪崩れ込んで喜びを爆発させるサポーターの一人に間違えられ危うく警備員に捕まりかけるなど、まだ無名の存在であった。しかし徐々に出場機会を増やし、J2に降格した04年は36試合に起用、以降クラブの中心選手となっている。
「キャノン砲」と形容される豪快なミドルシュートが特長。以前は打てども打てども決して枠には飛ばなかったのだが、都並監督が就任した05年に突如として精度が高まった。ただ、攻撃面で貢献したい気持ちが先行するのか全体のバランスと相容れないポジション取りが多く、守備での期待は望むべくもない。性格は素直で一本気なナイスガイ。良き兄貴分として選手を引っ張り、また率先してイジられ役にもなるムードメーカーである。
ちなみに、ニックネームの「ショージ」は、名字が「村上」であることからつけられたらしい。ドゥーン。
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06年一杯で契約非更新。主将の重責を担うも、攻から守への切り替えの遅さを指摘され左SBの定位置争いから脱落。厳しい通告が下ってしまった。
しかし、複数のポジションをこなせるマルチ性や昇降格を経験した実績は他クラブの興味の対象となるには十分で、複数のオファーの中から、二年越しのラブコールを送ったJ1川崎を移籍先に選択した。得意の攻撃性を発揮するには申し分ないチームだろう。