1982年静岡県静岡市生まれ。左アウトサイドとセンターハーフをこなすレフティ。
サッカーどころ静岡で早々に注目を浴びた逸材で、清水ユース時代にU-16日本代表に選出。3年時には守備的MFやセンターバックにも適応するセンスを見せ期待を集めた。トップ昇格後は03年に大木監督の下で左サイドバック、04年に石崎監督の下でボランチで使われるも定着には至らず、05年オフに契約非更新。鳥栖、山形からもオファーが届いた中、早い段階から興味を示していたベガルタへ完全移籍を決めた。
シーズンを通して使われ続けた経験がまだないために印象が薄いが、正確な球出しを持ち味とする選手だとのこと。足下の技術に定評がありボールが収まる反面、フィジカルはやや物足りなく単独突破は不得手。周りとのコンビネーションの中で上がっていって、パスなりクロスなりを繰り出すイメージだろうか。
ちなみに、03年の仙台−清水戦で、後半のゴールラッシュに舞い上がった東北放送・大井健郎アナが「清水の守備はザルなのか!」と思わず敬意に欠けた実況をしてしまったことがあったが、その試合で清水の左サイドバックを務めていたのはこの村松である。
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一年限りで契約非更新。「全試合出場」の目標むなしくシーズンを通じてわずか27分間の出場にとどまり、人生2度目の通告を味わうことになってしまった。07年は水戸に活躍の場を移して再起を期す。