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地区:岡山県倉敷市 |
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区間:茶屋町〜下津井 |
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軌間:762mm |
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動力:蒸気・内燃→電気 |
岡山県鷲羽山の梺。険しい地形の中に四国への玄関口、下津井町民待望の軽便鉄道が開通した。一時は倉敷への延長も計画されたが果たせず、やがて瀬戸大橋の開通をはじめとする道路の整備がこの鉄道を廃止に追いやる原因となった。
軌道はなくなったが、現在も社名を変更せずバス事業を中心として発展を続けている。
略史
| 明治 |
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44- |
8/ |
2 |
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下津井軽便鉄道 |
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設立 |
| 大正 |
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2- |
11/ |
11 |
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〃 |
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開業 |
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11- |
11/ |
28 |
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下津井鉄道に社名変更 |
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| 昭和 |
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24- |
5/ |
1 |
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〃 |
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電化 |
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8/ |
20 |
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下津井電鉄に社名変更 |
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47- |
4/ |
1 |
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〃 茶屋町〜児島間 |
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廃止 |
| 平成 |
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2- |
12/ |
31 |
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〃 鉄道線 |
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当日限りで廃止 |
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路線図

* 地図上にマウスポインターを置くと下津井電鉄線を表示します
廃線跡現況
この鉄道は児島を境として、二度に分けて廃止されている。平成まで残った下津井側の路線は現役時代に数度訪れたことがあったが、改めて全線を探索してみた。
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A |
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一次廃線部の茶屋町〜児島間は児島付近を除いて、全国各地に見受けられる自転車道へと転用されている。
開業時の下津井軽便鉄道の終点でもある、現JR茶屋町駅は将来の新幹線駅予定地として、大きな用地が確保されている。ただ、今ではこの駅前から超狭軌線が出発していた気配は、みじんも伺えない。
駅前広場の端から自転車道(A参照)が始まるが、これさえ鉄道跡と考える人はどれほどいることか。 |
| 94年8月 |
幸いなことにこの自転車道、比較的たくさんの人に利用されているようだ。
茶屋町から廃線跡に沿って南下するが、最初の天城はそれらしき雰囲気は残るものの痕跡はない。
しかし次の藤戸(B参照)まで進むと当時のホームがそのまま残り、なぜかうれしくなる。 |
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B |
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| 94年8月 |
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C |
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この先、児島までの 林、福田、稗田、柳田、児島小川 途中各駅はすでに駅跡の確認ができず、旧版地形図より推定するしかない。自転車道整備時にかなり改良されたようだ。
児島(C参照)は開業当初の位置より移転し、比較的新しくできたきれいな駅だが活躍したのはごくわずかな期間。 |
| 94年8月 |
二次廃線部の児島〜下津井間は、レールや駅施設がそのまま放置されている。
この区間も、地元の人の話によると自転車道となる予定とか。 |
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D |
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| 94年8月 |
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E |
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児島から南下して、順に備前赤崎(D参照)、阿津(E参照)、琴海(F参照)と続くがレール、ホームはほぼ放置状態で、痕跡の宝庫といった状態。 |
| 94年8月 |
| 今にも電車が迫ってきそうな雰囲気だ。 |
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F |
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| 94年8月 |
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G |
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ほんの短い距離だが琴海付近で瀬戸大橋線、瀬戸中央自動車道と併走し(G参照)、その後これをアンダークロス(H参照)、さらに右に急カーブを描き西に方向を変える。
写真左に雑草に埋もれた鉄道跡が延びる。 |
| 94年8月 |
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H |
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| 94年8月 |
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I |
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さらに鷲羽山(I参照)、東下津井(J参照)と続き、ここからは長い下り勾配(K参照)で下津井を目指すこととなる。 |
| 94年8月 |
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J |
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| 94年8月 |
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K |
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| 94年8月 |
| 下津井の港はその昔、四国への連絡港として重要な役割を担っていたが今はその地位も他所に譲り、険しい地形にも拘らず廃止後の下津井(L参照)にはのどかな雰囲気が漂う。 |
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L |
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| 94年8月 |
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参考資料
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鉄道ピクトリアル通巻173号/下津井電鉄/青木栄一 著・・・私鉄車両めぐり |
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鉄道ピクトリアル通巻493号/下津井電鉄/曽我治夫・木村博真 著 |
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鉄道廃線跡を歩く/宮脇俊三 編著/JTB |
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参考地形図
| 1/50000 |
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A |
岡山南部 |
[S37資修] |
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B |
下津井 |
[S35修正] |
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| 1/25000 |
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a |
茶屋町 |
[S45修正] |
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b |
下津井 |
[S45改測] |
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地図の入手先
国土地理院 > 地形図リスト > 入手方法
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参考web

