標茶駅を出るとすぐ左に大きく進路を変え、釧路川を横切る。この橋が風雲橋(AB参照)。
簡易軌道とはいえ、かなり立派な橋梁。これだけの川幅になると、多額の建設資金が必要であったと思われ、この橋を含む区間の開通が最後まで残されていた。 |
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A |
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| 94年5月 |
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B |
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今は道路橋として再利用されている。
写真からは「標茶線第三号橋」の文字が読みとれる。 |
| 94年5月 |
この軌道の廃線跡は自然に帰った箇所が多く、南標茶〜下御卒別間に道路転用地(C参照)をやっと発見した。
しかしこの状態では、近い将来再び自然に戻る可能性もありそう。
更に進んでも軌道跡と判断できるだけの遺構はなかなか発見できず、各所にそれと推測される場所を発見するのみ。 |
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C |
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| 94年5月 |
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D |
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厚生〜神社間にて、道路と平行するかつての軌道用と推測される築堤(D参照)を発見。
だだ前後につながりはなく、軌道跡と断定できるものは何もない。 |
| 94年5月 |
神社付近では電柱の足下に無造作に置かれた枕木(E参照)を発見。犬釘の跡も消え、簡易軌道のものかは知るすべがない。
この付近、軌道跡を道路に転用したのか、あるいは新たに建設された道路に偶然軌道敷が絡んでいただけなのか、なんとも微妙な両者の関係である。 |
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E |
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| 94年5月 |
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F |
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中御卒別〜大曲間では、道路脇に転がるコンクリートの固まりを発見(F参照)。
軌道の橋台なのか、はたまた全く関係のない構造物か。付近に民家はなく、聞取り調査も出来ずに探索は難航を極める。 |
| 94年5月 |
| 大曲付近で道路脇に張出す、それなりの雰囲気を持った土地(G参照)。このあたりに乗降所があったはずだ。 |
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G |
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| 94年5月 |
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H |
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沼幌付近にはかつての橋梁が残る(H参照)。風雲橋に続く確実な遺構だ。
一応自動車道路に転用されてはいるが、写真撮影時はこの先(左)通行止となっていた。 |
| 94年5月 |
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