標茶町営軌道を訪ねて 減速進行 > 標茶町営軌道
見出しマーク 地区:北海道 区間:標茶〜上御卒別/中御卒別〜沼幌 軌間:762mm 動力:内燃

かつて、道東には数多くの簡易軌道が存在した。道路の建設、維持管理が困難を極め、軌道が大切な交通手段となっていた。当時の不便な生活を頭に浮べながら廃線跡を辿ったが、この軌道の遺構は数少ない。


 廃線跡現況

標茶駅を出るとすぐ左に大きく進路を変え、釧路川を横切る。この橋が風雲橋(AB参照)


簡易軌道とはいえ、かなり立派な橋梁。これだけの川幅になると、多額の建設資金が必要であったと思われ、この橋を含む区間の開通が最後まで残されていた。
A 開運橋
94年5月
開運橋プレート B 今は道路橋として再利用されている。


写真からは「標茶線第三号橋」の文字が読みとれる。
94年5月
この軌道の廃線跡は自然に帰った箇所が多く、南標茶下御卒別間に道路転用地(C参照)をやっと発見した。


しかしこの状態では、近い将来再び自然に戻る可能性もありそう。
更に進んでも軌道跡と判断できるだけの遺構はなかなか発見できず、各所にそれと推測される場所を発見するのみ。
C 南標茶〜下御卒別間
94年5月
厚生〜神社間 D 厚生神社間にて、道路と平行するかつての軌道用と推測される築堤(D参照)を発見。


だだ前後につながりはなく、軌道跡と断定できるものは何もない。
94年5月
神社付近では電柱の足下に無造作に置かれた枕木(E参照)を発見。犬釘の跡も消え、簡易軌道のものかは知るすべがない。


この付近、軌道跡を道路に転用したのか、あるいは新たに建設された道路に偶然軌道敷が絡んでいただけなのか、なんとも微妙な両者の関係である。
E 神社付近
94年5月
中御卒別〜大曲間 F 中御卒別大曲間では、道路脇に転がるコンクリートの固まりを発見(F参照)


軌道の橋台なのか、はたまた全く関係のない構造物か。付近に民家はなく、聞取り調査も出来ずに探索は難航を極める。
94年5月
大曲付近で道路脇に張出す、それなりの雰囲気を持った土地(G参照)。このあたりに乗降所があったはずだ。 G 大曲付近
94年5月
沼幌付近 H 沼幌付近にはかつての橋梁が残る(H参照)。風雲橋に続く確実な遺構だ。


一応自動車道路に転用されてはいるが、写真撮影時はこの先(左)通行止となっていた。
94年5月

 参考資料

鉄道ピクトリアル通巻259号/北海道植民軌道各説/千葉譲 著・・・簡単な沿革等の紹介

 参考地形図

1/50000 A 標茶   B 鶴居   C 弟子屈
1/25000 上オソツベツ [S45修正] 中久著呂 [S43修正] 標茶 *[S43修正]

 地図の入手先
    国土地理院 >  地形図リスト > 入手方法


 参考web

二邑亭駄菓子のよろず話 > 北海道の簡易軌道(標茶町営軌道)

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