良くあるタイアップ型の温泉紹介番組。例によって若い女性レポーターが湯につかりながら、「馬鹿」がつくほど明るい口調で温泉の紹介をしている。湯けむりにバスタオル一枚の若い女性。チャンネルを替えるタイミングを失う。
その後、部屋でレポーターが食事の紹介をするシーンに移る。例によって女将が横に座り、どこどこで取れたものだとか薀蓄を垂れている。レポーターは、I♥UKとデカデカと書かれたセーターを着ている。温泉旅館で豪華な懐石料理を前にしながらのI♥UK。ついついチャンネルを替えるタイミングを失う。
画面は次の日の朝になる。旅館周辺の雪景色。レポーターが外へ出て雄大な自然を満喫している。BGMにボサノバが流れている。雪景色にボサノバ。またもやチャンネルを替えるタイミングを失ってしまう。
エンドロール。無力感。テレビが嫌いになりそうだ。
通名を持っている人の中で、「名前が二つあれば、うまく使い分ければいい」と言う人がいる。
君はうまく使い分けてますか? 実際は生活のほとんどの場面で通名を使ってるんじゃないかな? それも「本名」として。
「子供の頃から通名で呼ばれてたから、本名みたいなものだ。」なるほどそうかもしれない。親から呼ばれて育った名前に愛着を持つのはごく自然なことだ。
しかし通名というのは、その名の通り「通称名」である。決して本当の名前ではない。日本国外では、自分の名前だと証明することすらできない。もし君が親から通名で呼ばれて育ったのなら、それは親の責任だと僕は思う。
通名を使っている人は、結婚や海外旅行など、自分の出自を明かさねばならないときに、心の中で激しく葛藤することになる。その葛藤は、はたして君にとってプラスになるものですか? 自分の子供に体験させたい葛藤ですか?
子供の頃から本名を使っていると、時にはいじめられることもあるかもしれない。しかしそのことによって生じる葛藤は、大きなプラスになると思う。人種差別に対する認識、アイデンティティの確立。もちろん全員がそうだというわけじゃないけど、多くの子供が本名を使うことによって「自分に自信を持てる」と僕は思う。
少なくとも僕は、自分の子供を本当の名前で呼ばないような無責任な親にはなりたくない。「名前は一つ」である。
韓国が復活してきた。
IMF不況も何のその、昨年度の経済成長率は9%を記録し、国際通貨基金(IMF)体制以前の水準を回復した。わが祖国も見捨てたもんじゃない、なかなかやるもんだ。あの手この手を尽くしてもなかなか伸び悩んでいる日本の経済とは大違いである。
この違いは何だろうか。
もちろん、いろんな要因があるとは思うが、僕が特に感じるのは、「危機感」である。現在日本にはまだまだ「危機感」が足りないと思うのは僕だけだろうか。国債残高が300兆円を超え、国家の経済が破綻寸前の状態だというのに、国民にはどこか「どうにかなるさ」という空気が漂っている。うーん、「ケンチャナヨ」精神は、韓国の専売特許じゃなかったのか?と首を傾げたくなる。
危機感が足りないのは僕たち在日社会でも同じだ。
帰化者が年間1万人を超え、在日韓国・朝鮮人の人口は減少傾向にある。また、これまでの外登法改正等により、僕達は普段「在日であること」を意識することがなくなってきた。つまり、同化しつつあるということだ。
先の青年会中央大会で、ここ数年常に方針の一番目に掲げられていた地方参政権の獲得運動を退け、在日の歴史を見つめなおすことがトップに掲げられた。「在日であること」を意識するには、歴史の勉強が第一とのことだ。
正直なところ、この方針が地味だという印象は否めない。しかし、在日青年が「在日であること」を意識するには、もうこういう方法しかないのかもしれない。この一年間の活動内容で、青年会の存在意義というものも、自ずと見えてくるだろう。
もうすぐ、1999年の夏が終わる。
ノストラダムスの大予言は「大虚言」に終わってしまった。五島勉とか、ノストラダムスで有名になった人たちの行く末が気になる。まあ、もともとそういう予言書に興味を持って解読しようとする人はかなりの詭弁者だろうから、テキトーに言い訳を考えて、言い逃れるに違いない。あれだけ世間を騒がせて、とんでもないやつだ。
話は変わるが、8月14日の夜、NHKで阿波踊りの中継をやっていた。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損ソン」のアレである。
チャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカ……
テレビでは、お囃子にあわせて何百人もの人があの滑稽な踊りを踊っている。おそらく、街全体で何万人もの人が踊っているのだろう。みんな笑顔でとても楽しそうだ。
チャンカチャンカチャンカチャンカチャンカチャンカ……
いつのまにかテレビに食いつくように見入ってしまっている自分に気づいた。この規則的なお囃子のせいである。延々と続くミニマルなフレーズは、狂騒的な笛の音とあいまって、僕をトランス状態に導いていく。
そんな僕の様子を見透かしたように、お囃子の速度がますます上がってきた。まるで、「さあ、見てないでいっしょに踊りゃんせ」とせかされているようである。テレビの踊り子はそのお囃子にあわせて、狂ったように激しく体を躍らせている。おそらく頭の中では大量のエンドルフィンが分泌しているのだろうその表情は、楽しさを超えて、恍惚感に満ち溢れているようだ。
僕は、この阿波踊りが人々に愛されている理由がわかった気がした。何も考えなくてもいい、いや何も考えられなくなる踊りの原点が、ここにはある。いつか、僕も、踊りに行こう。
最近、僕は邦画をよく観る。ああ、この言い方は良くないか。日本映画というべきだね。アクションではやっぱハリウッドにかなわないので、いかにも日本ぽい、素朴で泥臭いやつがいい。
例えば、「絆」。98年公開だが、全然新しさを感じない。涙無しでは見れない、ベタベタの人情モノだ。
役者も重要だ。だいぶ昔の映画だが、「魚影の群れ」の夏目雅子はスゴイ。全身で演じてる。何かに、とりつかれたように。
「萌の朱雀」も秀作だ。演技と感じさせない「演技」。ゆっくりと流れる時間。この味は、日本映画でしか出せないと思う。
さて、今回一番紹介したい映画は、岩井俊二監督の「スワロウテイル」である。公開当時結構話題になったので、観た人も多いだろう。僕はこの映画を今年になってから観た。この映画には、上で紹介したような日本ぽさ、泥臭さは全然ない。何故なら、舞台となるのが円都(イェンタウン)という、金儲けのために日本へやってきた不法滞在外国人の街だからだ。台詞も、大部分は中国語や英語である。キャラクター、カメラワーク、照明、どれをとってもとても斬新だ。
この映画は、主人公が在日外国人のためか、かなり感情移入してしまった。しかし、その中でも一番胸を捕らえたのは脇役の在日アメリカ人が言った台詞だ。
「確かに、両親はアメリカ人だけど、生まれたのも育ったのもここ日本よ。おまけに、日本のひどい英語教育のおかげで俺はまったく英語が喋れない。こんな俺って日本人?アメリカ人?俺たちこのルックスのお陰で、どこ行っても外人扱いだ。でも、間違いなくこの国で生まれて、この国で育っちまったんだ。この国しか祖国がないだろ?要は、産声を上げるときも死ぬときも畳の上ってことよ。あんたたちはいいよ、まだ帰れる祖国があるから。」
僕の祖国は韓国だ。でも、帰るべき所じゃない。そう、僕らには帰れる祖国はないんだ。疎外感を感じながら、僕はその夜何回も「マイウェイ」を聴き続けた。
先日、韓国に住む友人から国際電話がかかってきた。内容は、吉本興業の電話番号を教えて欲しいというものであった。コメディアンにでもなるつもりかと聞くと、笑いながらそうじゃない、と答えた。テイトウワの所属事務所が吉本で、話があるからとのことだ。テイトウワ(鄭東和)といえば、ニューヨークで活躍する在日韓国人DJで、日本では結構有名だ。僕も以前ライブに行ったほどだ。気になったので、詳しい話を聞いてみると、どうやら彼を韓国でデビューさせたいとの壮大(?)な計画があるようだ。面白いじゃないか、僕は友人にそう答えた。
彼がこんなことをやりだしたのも、金大中大統領の日本文化開放政策があってこそである。先日、韓国の有名な詩人、金素雲を祖父に持つ日本人歌手、沢ともえさんが韓国で初めて、公式の場で日本語の歌を歌った。また、12月には韓日合作の映画、「愛の黙示録」が公開される。ただ、音楽にしても映画にしてもあくまでも「公式的に」初めてであって、NHKの衛星放送が何の法的制限も受けることなく各家庭で受信されていることからもわかるように、日本映画や歌謡曲は特に若い世代を中心にかなり浸透している。岩井俊二監督、中山美穂主演の映画「Love Letter」などは、日本より韓国での人気のほうが高いくらいだ。しかし、特に発信側にとっては、正式開放になるかならないかというのは大きな問題だ。カネが絡むからである。いくら流行っても、発売できないのでは一銭にもならないのである。
僕の友人は別に音楽関係に従事している者ではないし、莫大な経済力もないので、成功するかどうかはわからない。ただ、彼がいつも言っていた、「韓日の架け橋になるような仕事がしたい」という言葉を思い出した。そう、今がチャンスかもしれない。韓国と日本の間にある、見えない「カベ」を壊す作業に取り掛かるのだ。この場を借りて友人に言いたい。ガンバレ。
最近、韓国の超人気アイドル歌手グループ、SESが全国ネットの人気歌番組に出演した。日本で、今まで活躍した韓国人歌手といえば、みんな演歌歌手だ。少々滑稽な訛り言葉も手伝って、私たち若者にはどうも韓国というと、重く暗いイメージがあった。ところが、SESは違う。カワイイし、メンバーが日本出身、米国出身なので、日本語や英語もペラペラだ。
先日、コリアン・ポップス・カーニバルなるものに行ってきた。カンサネとリアのライブである。驚いたのは、その客層。韓国人、あるいは在日は多くて3割くらい、ほとんどが若い日本人であった。聞くと、現在、着実にコリアンポップスのファンが増えつつあるという。
たまにこんな風に考えることがある。いっつもアボジ・オモニたちに「サランヘ」や「釜山港へ帰れ」を聴かされてきた私たちの世代の在日は、ともすれば日本人以上に韓国に対する偏見があるのではないか。アボジの姿とダブらせて「韓国ってなんとなくダサイからイヤッ」って思ってる人多くない?
だとしたら、次の世代はどうだろう。民族意識が薄くなって、どんどん日本人に同化していくだろうとアボジたちは言う。確かに、そうかもしれない。でも、考えてみてほしい。2002年W杯の頃になれば、音楽をはじめとした文化交流が活発になり、テレビや新聞からも、おそらく親や民族団体が伝える以上に大量の韓国情報が入ってくる。「韓国と日本って仲間なんだ」って思える時代がきっとやってくる。そんな時代にこそ「自分を隠さず自信を持って生きる」ことを伝えるべきではなかろうか。友達に、「僕は韓国人なんだよ」と気軽に言える勇気を。
ああキャンプに行きたい。キャンプに行って大自然に触れたい。
透き通った空気、木々のざわめき、鳥たちのさえずり、懐かしい土の匂い。
最近ストレスがたまってるのか、無性に田舎に行きたくなる。仕事を忘れて、自然と一体化する。とても気持ちよさそうだ。
去年の夏、高校時代の友人と新潟にキャンプに行った。あくせくした世間と隔離された3日間。僕たちは誰もいない浜辺にテントを張り、裸で寝ころんだ。波の音が涼しい。大自然を前にすると、僕たち人間は、とてもちっぽけな存在に思える。参政権がどうとか、本名がこうとか、考えなくて済む。もちろん仕事のことや、こじれた人間関係も全部まとめておおらかな大地が吸い取ってくれる。僕たちは、たわいもない話をして、腹がよじれるほど笑った。たき火を囲みながら、真剣に語り合った。本当に幸せだった。
このキャンプで、気づいたことがある。僕が青年会に求めているもの。それは友達だ。「青年会の友達」じゃなくて「韓国人の友達」でもない、本当の友達。君にはいるだろうか。
さあ、行こう。みんなで行こう。大地の息吹を感じるために。きらめく星空と出会うために。かけがえのない友達を見つけるために。本当の自由を探すために。
僕は普段あんまりテレビを見ないのだが、毎週欠かさず見る番組がひとつだけある。TBS系列の「世界遺産」である。日曜日の11時半近くになると僕は、それまでやっていた全ての作業を止めて、ワインを片手にテレビの前に座る。この番組は、「ながら見」をしてると、本当の良さがわからない。テレビとステレオのスイッチを入れ、部屋の明かりを消す。ステレオのスピーカーから出る音は普段のテレビの音と比べてはるかに迫力があり、まさに「首筋から音がする」のである。
「Sony Presents」
始まった。烏山雄司の壮大なテーマ音楽が流れる。
この番組の特徴は、ナレーションが少ないことだ。緻密で美しい映像と、心地よい音楽があれば説明などほとんど必要ない、とでも言いたげだ。 映像と音楽に酔いしれて、僕は30分間の旅に出る。ある時は、雄大なアメリカの自然の中へ、ある時は古代のヨーロッパへ、またある時は神秘的な中東の古都へ。
現在、UNESCOに登録された世界遺産は582件にものぼる。一生かけても、全部行けっこない。でも、この地球に生まれたからには、少しでもこの星の事を知りたくて、今日も僕はテレビの前で旅支度をする。
僕の友達の中に、外国人登録証を受け取るまで韓国人であることを知らなかった奴がいた。親から韓国人であることを聞かされなかったそうだ。
まあ、16歳じゃなくても、実際10歳くらいまで知らなかった奴はたくさんいるハズだ。親から日本の名前で呼ばれ、日本語を喋り、日本の学校に行ってお正月にはおせち料理を食べる。こんな環境で自分が外国人だと思う奴はいない。
僕は生まれたときから本名しかなく、韓国語で挨拶をし、韓国人学校に行ってお正月にはトックを食べていたので、元日本人だと思っていた彼の気持ちはわからない。彼は、やはり韓国人だと聞かされたときはかなりショックを受けたそうだ。「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。」誰だってそう思うよね。
韓国国籍である以上、どんなに隠そうとしても外登は持たなければならないし、外登を持つ以上、自分が韓国人だと自覚しなくちゃならない。自分の事を曖昧にしたまま他の事がハッキリするわけがない。なぜ彼の親は彼に韓国人だと教えてあげなかったんだろうか。彼がどれだけ悩むか考えなかったのか。
「日本に居場所がなくなっていくような気がした。」
彼はその後、韓国留学を決意する。僕と知り合ったのはその頃だ。そこには、自信に満ちた彼の姿があった。だから、彼からこの話を聞いた時にはとてもびっくりした。在日って、やっぱり深いんだなぁ。
彼は今、日本で在日の奥さんと幸せに暮らしている。子供には、生まれたときから韓国人だと教えてあげるそうだ。
彼女と会うのはその日で5回目だった。その日僕は午前中に授業を終え、明洞の「テラス」という喫茶店で1時50分から7分間だけ彼女を待った。彼女はある観光会社で秘書をしていて、僕より一つ年上だった。
「アンニョン」。彼女の第一声はいつもと同じだった。彼女はその日、いつもと違ってとてもカッコいいスーツを着て僕の前に姿を現わした。これまで彼女は僕に合わせてかどうかわからないけれど、学生っぽい服を着ていたのだ。しかし、僕はその日の彼女の格好を見てため息をつかずにはいられなかった。それほどその濃紺のスーツは彼女に似合っていたし、彼女もその服を完璧に着こなしていた。
僕たちはその喫茶店で、しばらくこの前会ってからのことを話し合った後、買い物に出かけることにした。彼女はお気に入りのジーンズに似合うニットが欲しかったし、僕はいつもより寒い今年の秋に合う落ち着いた色のパンツが欲しかった。3軒ほど回って、僕たちはそれぞれ十分に満足の行く品物を見つけた。
僕たちはそれからそれぞれ服の入ったかばんを持ちながら、演劇を見に行くことにした。彼女と演劇を鑑賞するのは2回目だ。彼女は大学時代演劇を専攻していて、最近も舞台衣装のデザイン学校に行きたいんだけど、そうすると会社を辞めなければならないと悩んでいたことがあった。
その日の演劇はちょっと難しかった。僕は理解できないところを彼女に聞きながら見た。彼女はその度に僕に一生懸命説明してくれた。
僕たちはそれから夕食を共にして別れた。「明日電話するね。」最後に彼女はこう言ってバスに乗った。僕は家に着くまでの間、食事のときに彼女が「会社辞めることにしたの」と僕に打ち明けたときに見せた幸せそうな笑顔をずっと頭に描いていた。