過去の読書記録

2001年4月 ぽるこの読書ひとくち感想文

4月の読書 5冊 

眠りの森   東野圭吾   講談社   1989   2001   

推理特別書下ろし、と書かれている「ドガ」の表紙が印象的なこの本。これも「ミステリを書く!」に出てきた本です。バレエの世界を知らないのに、よくココまで書けたなあ。取材をするにしても、かなり掘り下げているんだなあなんて、そんな思いが頭をよぎってばかりでした。少女が女性に変わる時、バレエを続けることが困難になる。確かにそうであろう。しかしバレエの世界は過酷だ。推理に限らず、バレリーナの生活や環境描写が上手く、なかなか出会うことのないバレエの世界を覗いたなというバレエ入門書にもなりそうな本でした。ダイエットは当たり前、バレエは1日やらないだけで、感覚を取り戻すのに時間が掛かる。バレエ団の財産は、ダンサー。そんなの思いつきもしなかったが、そうなのだろう。残り少ないページ数になっても犯人が特定されず、ドキドキしてしまいましたが、バレエの事だけで生きていくというのは尊敬に値するのか、そうでないのか、難しい問題を上手く盛り込み、犯罪が生まれるきっかけってこんなものじゃないのかなと考えさせられました。恭一郎の「(お嫁さんを)見つけるのは簡単なんだ、」というセリフが、この本をより生きたものにさせている。

高柳バレエ団 チャイコフスキー作曲「眠りの森の美女」  NET BAR 

森井靖子 斎藤葉瑠子 浅岡未緒(黒鳥) 高柳静子 梶田康成(演出家・振付師) 高柳亜希子(白鳥) 紺野健彦 柳生講介 中野妙子(バレエ・ミストレス=女性教師) 風間利之(殺された男性) 宮本清美(風間の彼女)   刑事(加賀恭一郎・太田・富井)

変身   東野圭吾  講談社NOVELS  1993   2001   

著書の言葉 脳死と臓器移植問題については誰もが自分なりの意見を持っていると思う。私も持っている。それがこの作品である。基本的には私は脳死を人間の死とみなすことに賛成であり、自分の死が確認された場合には、臓器を提供してもいいと思っている。ただし−。

画家を夢見、この世にかけがえのない存在として恋人を愛していた青年、成瀬純一を不慮の事故が襲った。そして世界初の悩移植手術。彼のなかに他人の脳の一部が生きているのだ。やがて−彼の心に違和感が生じ始める。自分は一体何者?迫りくる自己崩壊の恐怖?君を愛したいのに愛する気持ちが消えていく・・・・・・ (裏表紙に書かれた紹介文 全文ママ)

やはりまた「ミステリを書く!」で東野氏が触れていたため、楽しみにして読んだ。私の臓器移植考えは、反対である。愛する人が切り刻まれる事は考えたくない。それによって助かる人がいたとしても、それが寿命と考え、生き長らえる事が最良であると判断する事が良いとは思えないからだ。祖母の死までは、賛成だったが、死んだ人の遺体がすぐどこかへ持ち運ばれ、帰って来た時に一部でも無いという事に絶えられないからだ。5体満足で生まれたなら、そのままの姿であの世に行って欲しい。あの世で不自由な思いをして欲しくない、そんな気持ちが芽生えたからだ。私はいくらでも検体にまわしてもらっても構わないのだが、残された人が望まないのであれば(それが故人の遺言でも)、不安定な状態の中であれば、遺体に側にいて欲しいと思う。話は小説に戻るが、早い段階からドナーの正体は推理できたが、こういう事がありえるかもという内容にぐいぐい惹き付けられて行った。以前読んだ東野作品の「秘密」にも似たような印象を受けた。登場人物が少ないだけあって、主人公の心理変化が話を進めていくのであるから、その感情変化の微妙な進行が自然に読者に受け入れられ、この先はどうなるのか?といった楽しみが産み出される。東野作品には、最初に登場する女性が中盤登場しなくなり、最後に登場しみんなをアット言わせることが多いような感じがする。「白馬」しかり、「魔球」しかり。しかし小説などそうそう登場人物が多いわけではないからそうなるのかな? 愛する人が、突然凶暴性を持ち人が変わったとしか言いようがないとしたら、恵のように側にいてあげるとは思えないが、真の愛情とはそういうものなのかもしれないな、と思う。

成瀬純一 葉村恵(純一の彼女) 京極瞬介(犯人) 京極亮子(瞬介の二卵性双子の兄弟) 純一の同僚(葛西三郎 酒井 芝田 班長 ) 番場哲夫(バンバ不動産社長・瞬介の父) 東和大学医学部脳神経外科(堂元 若生 橘直子) 関谷時雄(ドナー)  嵯峨道彦(弁護士 事件に居合わせた女性の父) 典子(純一が庇った女の子) 刑事・倉田謙三 臼井悠紀夫・隣室の住人 心理学者・光国

東野圭吾   光文社   1986   2001

暗号だとか密室だとかの、いわゆる古典的な小道具が大好きで、たとえ時代遅れだといわれようとも、こだわり続けたいと思っております。この小説は、そういったこだわりの産物なわけですが、それが成功しているかどうかは、読者の皆様に判断していただきたいと思います。「著者のことば」

大学3年生の原ナオコは、1年前の冬、「マリア様はいつ帰るのか?」という謎のハガキを残して自殺した兄・公一の死に疑惑を抱いていた。ナオコは、友人のマコトとともに、兄の死んだ信州白馬の「まざあ・ぐうす」ペンションを訪ねた。ペンションには、公一の死に居合わせたメンバーがすべてそろっていた。極秘に公一の死を究明する二人の前に立ちはだかるマザー・グース≠フ唄の謎!そして意外な事実・・・・・・公一が自殺する一年前にも一人の男が奇妙な事故死を遂げていた!ペンションに隠された過去の秘密とは!? マリア様はいつ帰るのか!? 冬の信州白馬を舞台に二人の若者が暗号と密室トリックの謎に挑む、気鋭渾身の書下ろし長編本格推理の白眉!<帯にある作品紹介文 全文ママ>

東野圭吾3作目であるこの作品は、書下ろしである。そして、魅力が増大し、これからが更に期待できるものに仕上がった1つのポイントとなる作品である。(前2冊は駄目とは言わないが、少々読みづらかった。)この作品には、今まで私が読んできた東野作品の中でも1番といえるくらい、どんでん返しが多くあり、人の感情の絡み方が複雑で面白い。(どんでん返しがまったく関連なく記される小説もあり、憤慨するものも多いが、東野作品には、複線が多く張られているのでそういう腹立ちは決してない)それこそが、東野作品の真骨頂であろう。何気ない一言や、行動が後から生かされてくるのだ。最初の驚きは、ナオコの友人が当初男性と思える描写となっているのだが、男であることはうたっておらず、男性っぽい行動をとっていたから、読者である私が勝手に男だと判断してしまっただけなのだったが、実際は女であることだ。何故、自分がそういう判断を下してしまったのか、つい何回も読み返し、自分の勝手な判断に戸惑い、東野作品に更に感嘆を覚えた。それは推理小説の面白みでもあるし、再確認をさせてもらったからでもある。東野圭吾はこの作品を書くにあたって、時間を与えてもらい、よいアドバイザーに出会い、プロとしての第一歩を踏み出したんだろうと思う。素人の私がそういうくらい、伸びたというか、こなれた感じが出てきている。ペンションが今風の旅館であるという記述に、歴史を感じる。さて内容に戻るが、マザーグースの謎解きには舌を巻いた。コンマとピリオド。中学校の時に、先生が懸命に教えてくれたが、ただの点、と丸。じゃないかと聞き流していたのだが、この小説にとっては重大な意味をもたらすものであった。このような高度な思考能力は私には持ち合わせがないので、ただなぞって読み進めただけになったが、小説を書くって、面白いものを書くのって頭を使うんだなあと変な所に感心した。話は変わるが、私にはマザーグースに思い出がある。小学校高学年時代に旺文社のLL教室に通い、クラス代表で大会に出場し学年賞なるものをもらったのだ。クラスの選抜方法は、沖本先生がみんなの暗記してきた詩を聞いて判断するものであったが、判断つかずであったのだろう。最後に、「家で練習してきた人は手を上げなさい」と言われあげたところ代表になったのだ。それが学年賞を取るのだから、誰が出ても同じくらい平等に受賞の可能性はあった筈だ。その詩は今でもよく口ずさむ。one、two backle my shose three、four knock at the door five、six pick up sticks seven、eight 〜という物で、幼心にも「変な詩」と思い、何故これが今まで伝わってきたのか不思議だった。大人ってくだらないなあなんて、冷めた考えであった。そんな思いもあり、なんだか興味を持って読んだ。しかし真琴がいなければ、話は進まないし、解決も出来ないので、真琴について何故そんなに推理できるのかという紹介や人物像に触れて欲しかった。

解説は権田萬治であるが、その中に多岐川恭の「濡れた心」や小峰元の「アルキメデスは手を汚さない」などと同じ系列に連なる学園ミステリーで、と書かれている。この二作品も次回読んでみよう。

原ナオコ 沢村マコト マスター シェフ 高瀬 クルミ ドクター夫妻 芝浦夫妻 上条 大木 江波 中村 古川 村政警部

ジャックとジル ミル ハンプティ・ダンプティ セント・ポール 旅立ち ロンドンブリッジ オールド・マザー・グース

江戸川乱歩   ポプラ社   1964   2001

「ミステリを書く」という本には、本当に影響を受けました。他の推理小説を書く人の本も手に取るようになったし、推理小説に接したのは何の本でしたかという質問では、エラリー・クイーンや江戸川乱歩などのそれぞれの意見も聞くことができました。「やっぱりみんなも始めはそうなんだなあ」と嬉しくなり、そのものを今更読んでみようと思いました。じゃあ、自分は何を読んだのかなあ?と考えてみたところ、やはり小学校高学年の時に推理小説を読み始めたのが読書の最初でありました。幼い頃は謎解き本が大好きだったので、それが進歩した形で読み始めたのです。活字を読むことは苦痛だったのに、読むのが面白くてたまらなくなりました。集団登校の待ち合わせ場所である、マンションの1角に無料図書棚があり、そこで手に取ったのが洋物の推理小説でした。「じゃ、何に心を奪われていたのだろう」と今更読み返すことにしました。しかし、当時と同じ本は図書館へ行ってもありません。多分ホームズだと思うのですが...日本の小説は、古すぎたのです。今から20年前とはいえ、怪人二十面相はないだろうと幼心にわかっていました。洋物のほうが、洒落ていたという単純な理由でもありましたが。

しかし日本人なのだから、江戸川乱歩は外せません。ということでこの本を読みました。怪人二十面相の1巻です。よく聞く、小林少年も少年探偵団も明智小五郎も、怪人二十面相も全て登場するのですから、読んでおいてよかったのですが、やはり子供向け。次回は他の江戸川乱歩作品を読もうと思います。

東野圭吾 香子の夢−コンパニオン殺人事件   祥伝社   1988 2001

「ノン・ノベル」創刊にあたって 「ノン・ブック」が生まれてから2年1カ月、ここに姉妹シリーズ「ノン・ノベル」を世に問います。「ノン・ブック」は既成の価値に“否定(ノン)”を発し、人間の明日をささえる新しい喜びを模索するノンフィクションのシリーズです。「ノン・ノベル」もまた、小説を通して、新しい価値を探っていきたい。小説の“おもしろさ”とは、世の動きにつれてつねに変化し、新しく発見されてゆくものだと思います。わが「ノン・ノベル」は、この新しい“おもしろさ”発見の営みに全力を傾けます。ぜひ、あなたのご感想、ご批判をお寄せください。昭和48年1月15日 NON・NOVEL編集部

<著者のことば>宝石が大好きで、有名宝石店のウインドウを眺めるのが趣味。将来の夢はお金持ちと結婚して、ヨーロッパの古城を別荘に持つこと−まるで映画「ティファニーで朝食を」のヘップバーンみたいな女の子が今回の小説の主人公です。その彼女のまわりで次々と事件が起こるわけですが、彼女はいわゆる探偵役なんかをする気は全然なく、ただひたすら自分の目的のために突き進みます。そんな彼女を見ていると、作者自身、密室や犯人探しなんかはどうでもよくなってくるから不思議なものです。そういうわけで、今回は楽しく書かせてもらえました。どうぞ「ムーン・リバー」でも聞きながらお読みください。

第一章 彼女には大いなる目的があるのだ 第二章 三文小説みたいな死に方 第三章 すすり泣きが聞こえてくる 第四章 共同戦線を張りましょう 第五章 重大な相談事あり 第六章 二人の男の軌跡 第七章 君と一緒にビートルズ 第八章 ペーパーバッグ・ライター 第九章 ウインクで乾杯 この作品は月刊「小説NON」誌に「ウインクで乾杯」と題し、昭和63年7月号から9月号まで連載されたものに、著者が刊行に際し、加筆・訂正したものです。

この題材が、コンパニオンという多少関係のある職業であったことから、楽しく読むことができた。今から13年も前に書かれたものなのに、ひとっつも違和感なく読めるというのが、驚き、筆力を感じた。香子みたいに、王子様を探すことを素直に出来ることが、かえって感情移入しやすく、あっけらかんとしていていいなあと多少の羨ましさもあり、香子の行動に魅力を感じた。いい作品である。タイトルも素敵だ。

バンビ・バンケット (コンパニオン小田香子 牧村絵里 江崎洋子 真野由加利 社長・丸本久雄) 華屋(宝石店)  営業社員の米沢 華屋社長・西原正夫 西原の息子(長男・昭一 次男・ 三男・健三) 秘書・佐竹 高見不動産専務・高見俊介 高見礼子 築地警察所・加藤 本庁捜査一課・芝田 伊瀬耕一(画家の卵で絵里の恋人)

青春の門 第一部 筑豊編   五木寛之   講談社   1989   2001

来週、福岡へ行くので参考になる小説は、と探したらこの本があった。祖母の出身地・直方へ行くので正にぴったりと思い読み進めていた。祖父は炭鉱のお偉いさんとして勤めていたので、かなりのいい思いをしたと聞かされていた。当時の炭鉱には、華やかさがあり、いい時代を過ごしたそうだが、ぽるこはそれを知ろうとせず、祖父祖母の死をきっかけに詳しく知りたいと思うようになった。

そして筑豊のよき時代である描写、川筋気質や朝鮮からの労務者が居たことを始めて知り、少しは祖父の事を知れたように思った。しかし九州のガイドブックには、「青春の門」がよく書かれているが、青春の門=筑豊が、最初の香春岳の文章くらいでしか、イメージが湧いてこなかったのは残念でならない。

あらすじとしては、登り蜘蛛の刺青をした伊吹重蔵の子供、伊吹信介の幼少から大学に進学するまでの、よくも悪くも普通に過ごしてきた少年時代が書かれている。そして、ただ単に、直方・飯塚・田川で育ったというものなだけである。全?巻を読まなければ、判断はつかないので、また後日。ハーレー・ダビットソンが登場したのには、ぶったまげた。ハーレーに乗ってみいという誘惑にかられた。

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