しーちゃんの入院生活 最初の1ケ月

環境の変化による幻覚に悩まされる


9月1日(水)

入院保証金3万円を納め、入院手続きを済ませる。CTスキャンを行ったことを話してくれる。

9月2日(木)

上の前の、歯茎が腫れたようで、痛がる。ご飯を「おいしい。」という。痛みは和らいだそう。亡くなった人の夢をよく見る、という事を話してくれる。

9月3日(金)

やはり右腕が痛いようだ。

9月4日(土)

うつらうつら、している事が多い。

9月6日(月)

先週のCTスキャンの結果、異常なしとのこと。入院費の心配をする。本家のことを、しきりに気にする。(もう何十年と交流がない。末っ子の為、兄弟・姉妹・伯父伯母は全て死亡している。)

9月7日(火)

おかゆが嫌いなので、食べない。(普通のご飯が好き) おかずと果物は、食べる。昼食の煮込みうどんは「美味しい。」 腕が痛いのに、整形外科の先生が回診にくると「痛くない。」という。

下剤を飲み、便を出す。

夜、面会にくると叫んでいた。「看護婦さ〜ん!看護婦さ〜ん!」 驚いて駆け寄ると、「あの子(自分の娘)が、勝手に私を入院させた。家に帰って、私がいないと、ぽるこがビックリするので、看護婦さんに伝えておいてもらおうと思ったの。」という。毎日、朝晩面会に来ているのに、覚えていない様子。入院して2週間が経つというのに...

また、ここは生まれ育った直方市だ、と言い張る。そして、みんな(既に故人)はどうなったかを尋ねられる。しかし、「どうしてるかねえ。」としか言えない。まさか「もう何年も前に亡くなってるよ」とは。いくら「しーちゃんは86才だから、おばさんが生きていたら、もう100歳を越えているでしょ。」といってもわからない。若いまま、と勘違いするのではない。いて当たり前、と思っている。

9月8日(水)

右の足の裏(土踏まずのかかと寄り)が、「針を刺したように痛い!」というので、スティックゼノールをまんべんなく塗る。

「本家の人はみんな亡くなった。」というと、「みんなここの病院で亡くなったのね。」と泣く。

  1. カテーテル(細い管)を太腿の付け根の血管に差し込む。
  2. 脳の血管に造影剤を注入する。
  3. レントゲン撮影を行う。

同意書にサインをする。

9月9日(木)

会社を休む。あまりに「寂しい。」を連発するので、会社に行ってられない。ずっとお話していても、帰るというとスネる。

検査日。検査を手術と勘違いし、怖がる。緊張の為か、腹痛を起こす。(便が出る。) 異常は見つからず。しかし右手・右足がパンパンに浮腫む。

9月10日(金)

元気なく、声も小さく、食欲もない。

9月11日(土)

手足の浮腫みが取れない。クマがひどい。りんごのすりおろしを食べさせる。同室の人からの差し入れだが、そこの家族(姉妹3人)が、競争のように我が家に、食べ物をくれる。お金持ちらしいが、いささか毎回だと迷惑だ。(これは○○産の梅干、これは△△で購入したふりかけ) こちらはあげるようなものもないし。うちに愛想を振り撒くより、自分ちのばあさんを大事にしろ!

9月12日(日)

手足の浮腫み取れず。全身清拭する。大判のタオルをベッドと体の間に挟み、介護をしやすくしているが、よくタオルが行方不明になる。やはり病院に持ってくるものには、大きく名前を書かないと。隣のベットの人が使っているようだが、返せとは言えない。(面会にこない家だと、すぐわかるが、入れ替わり色々な人がくる家だと、誰が持ってきたか、わからない状態だし。)

相撲が始まる。しーちゃんはスポーツ観戦が大好きだ。テレビカードを購入(12時間千円)し、寝ながら見る。しかし、長いこと見ていると目がチカチカするようだ。土日は会社が休みだからいいけど、平日の16:00頃の時代劇を見せてあげられないのが残念。(一緒に見ないと、寝てしまうのだ。)

9月13日(月)

朝食の介助の時間に間に合わず、行った時にはすでに看護婦さんの介助で、食事は終わっていた。するとしーちゃんは「看護婦さんはいぢわるだ。急いで食べさせる。ぽるこがこないので、おなかが痛くなった。」と、ダダをこねる。喋りは正常。もう、寝坊はしません。ゴメンナサイ。

遠赤外線効果のある、腰当クッションを購入。(ピップ製品) 少しでも、腰の痛みが和らげば...しかし効くのかな?

夢と現実 わからなくなって、怖がる。(わからない自分が怖いのではない。)

9月14日(火)

腰が赤くなっている。痛いという。ジョクソウの初期? 右肩の骨折で、体位交換が難しかった為だろう。しかし、ようやく骨が付いてきたようで、右肩を下にして、横向きに寝かせても、痛みはない。体が動かせないので、こまめにマッサージを行わなければ。ゼノールとシッカロールを塗ると安心する。

9月15日(水)

入浴の手続き・予約をする。しかし1週間後。(3500円掛かる。別途支払う。) 清拭をたまにするのみだったのだ。肩の痛みがなくなったので、ようやくだ。

「病室に蛙が這っている。」などと言う。幻覚がまたひどくなってきた。しかしちゃんとした会話も出来る。幻覚と現実が、一緒になっている。帰るというと「私をほっておくのか?寂しい。」というので、看護する側もほとほと困る。機嫌が悪く、精神的に不安定だ。

親族会議。相続の件。いよいよか...ぽるこの住んでいるこの家も、しーちゃんが死んだら立ち退かなくてはならない。思い出の詰まったこの家を離れ難い。しかし孫には相続権がない。

9月17日(金)

時間と空間がごっちゃになっている。

「○○ちゃん(ぽるこの弟)は直方から、会社にいっているのか?」(直方は、しーちゃんの生家 60年前に離れている)

「九州へ帰らないと大変なことになる」 (九州は45年前に離れている)

「娘の家にはやっかいにならない。家に帰る。」 (娘の家には、喧嘩した義理の息子がいるから)

9月18日(土)

いつも2人で、1時間くらい話をする。ぼけから、わけのわからない話もするが、10-15分を過ぎると正常に戻る。会話の重要さを感じる。ぽるこの母は、全く面会にこない。すると、しーちゃんも「そんな人は知らない。」と言い始めた。もとから、交流のない娘なので、しょうがないが、ぽるこの母はなにも感じないようだ。

3日間、右手に熱があったが治まった。

9月19日(日)

爪を切り、耳掃除をし、マッサージをして、清拭。頭の汚れは、固く絞ったタオルで拭く。

今まで9年間、(内6年間は、祖母と孫の2人の生活)一緒に暮らしてきて、家に帰るとしーちゃんがいないということはなかった。だけど、今回離れてみて(といっても家と病院はバスで15分、歩いて5分の距離だが。)、一番参っているのはぽるこだ。いつまでも生きているとは、思わないが、急に素直な性格になったしーちゃんはいとおしい。家で一人で食べる食事が、こんなにもまずく、寂しいものだとは思わなかった。毎日、しーちゃんのために作っていた食事も、今は毎日が出来合いのものばかり。仕事で帰りが遅くなったら、慌てて料理して「もうこんな生活は嫌だー。」と思っていたのに。

体も、病院通いが毎朝・毎晩だと疲れる。でも会わないと、「しーちゃん、寂しいだろうな。心配しているだろうな。」だし、自分が会わないと精神的に参ってしまうのだ。遊びに行きたい、でも行くとしーちゃんに会えない。寝ていたい、でもしーちゃんが...今まで、家で生活介助していたよりも、楽な面もあれば、辛い面もある。しかし、家で介助していたほうが、時間にとらわれず楽だ。病院だと、面会時間があるからだ。あー。

9月20日(月)

看護婦さんに九州の本家に電話してもらうよう、頼み込んでいる。看護婦さんも大変です。

9月21日(火)

入浴日なのだが、具合が悪いと言って自ら断る。うまくなだめすかさないと、駄目だ。知らない人に風呂に入れてもらうこと、家族がそばにいないことに、かなりの抵抗があるらしい。しかし、入浴日は週2回しかなく、しかも予約制。次回は、またずいぶん先になる。

9月22日(水)

おむつを替えた後に、便が出る。しかし病院は替えてくれない。ぽるこがやる、といっても「ちゃんと尿の量など、調べているので...」と勝手にやらないように言う。そのため、しーちゃんは機嫌が悪い。

右半身のむくみがある。

骨折が、ずいぶん良くなったので、自宅へ帰る準備を始める。といっても、電話や住所、家族構成などを繰り返し言わせるのだ。5回言えば、思い出す。しかし、ここ1週間、3人の自分の子供の名前を忘れる。今日は弟が1日付き添っていたのだが、長く付き添うと機嫌が良い。「すこぶる快調。」との発言も。やはり昔の人。男の子は頼りになる、らしい。(じゃあ、ぽるこは?と意地悪して聞くと、「あんたはあんたで、頼りにしてます。」とヨイショしてくれます。)

9月23日(木)

床ずれの痛みをよく訴える。姿勢を正せば、痛くないのだが、腹筋と背筋が弱い為、すぐグニャっとなってしまうのだ。

右手が使えず、食事は全て介助していたが、味噌汁は自分で飲むようになる。ただ、顎を引かせないと、器官につまるので、介助はまだまだ必要だ。

9月25日(土)

亡くなった人は、あいまいに答えず、はっきり「亡くなった。」と話そうと決める。

気分がよく、ベッドアップする。よく喋る、と看護婦さんから。入院費の心配をする。

9月26日(日)

全身清拭

9月27日(月)

下痢になったので、冷たいものを嫌がる。右手が動くようになったので、自分で食事を取らせるように、練習させる。リハビリが疲れるようで、寝てばかり。

9月28日(火)

入院して以来、初めての入浴。気分がいいようだ。

いつもつかっている湯飲みを、叔母に「湯飲みは汚い。茶渋、ひび割れ。家で使っていたとは言え、こういう所で使うのは如何なものでしょうか?」とメモを残される。ムカツク。そして、自分の持ってきたプラスチックのコップを使わせる。病院で、他の人と張り合うことないのに。(おばさん連中の戦いは激しいのだ。)しーちゃんの気に入っている、陶器のでいいじゃないか?プラスチックじゃ、美味しくないんだよなあ。なんだか嫌な気分になる。

9月29日(水)

肩のレントゲンを撮る。骨折は直ったので、退院出来るとのこと。しーちゃんは嬉しそうに話す。しかし、病院は「ご飯を何も出してくれない。」

また叔母と対決。耳掻きは危ない。綿棒を使うように。しーちゃんは耳掻き、自分で出来るのに。綿棒は嫌いなのに。そして相続の件、入院中に固めようと必死になっている。しーちゃんが家に帰ると、都合が悪いらしい。面倒見てきた孫には、何もないのだ。

9月30日(木)

家の襖の張り替え。しーちゃんが、様子が変わって嫌がるんじゃないかと思ったが、叔母が「綺麗にしたい。」と。叔母が住む家じゃないのにな。ぽるこの家でもあるのに。いずれ訪れる、葬式のためにとのことだけど。もう何年も住む家じゃないのに、なぜお金をかけるんだろうか? 去年も相談もなしに、屋根の吹き替え(200万)をする契約をしていた。(クーリングオフしたが。)