制作者である ぽるこは大のおばあちゃん子でした。

自営業の家に育ったので、いつも祖母宅にあずけられていました。

高校を卒業してからの2年間はおじいちゃんも含めて3人の生活。(じい+ばあ+孫)

じいさん他界後7年間はおばあちゃんの2人の生活。(ばあ+孫)

最後の一年はぽるこの弟も加わり3人暮らししました。(ばあ+孫+孫)

そのばあさんも天国へ召され、思い出を辿りながらこのページを作成しています。


しーちゃんが入院するに至る経緯

脳梗塞の再発 と 右肩骨折


8月20日(金)

朝、4:55に「助けて」と数回連呼する声に、2階で寝ていた姉弟が起こされる。弟が様子を見に行く。するとベッドの側で倒れているしーちゃんを発見。背中に汗をびっしょりとかいていた。転んだ際、右肩を強打したようで、しきりに「痛い。痛い。」を連発。パジャマをめくると、内出血しており、とりあえずベッドに寝かせるが、肩を庇う為「このまま(じゅうたんの上)でいい」と言うので、5分くらい掛かった。

話を聞くと、「トイレに行こうと思った」そうだが、トイレとは違う方向へ歩いて、そこで転んだのだった。少々、ボケが出ているなと感じた。

救急車で、かかりつけの病院へ。骨折とのことだか、自宅で療養することとなる。(年寄りは動きも少ないし、病院は嫌だと言い張った為)

ぽるこは夏休みが終わって、今日から仕事だった。

8月21日(土)

会社は、15:00までなので急いで帰宅。

22:00頃、トイレに行きたいというので、手をつないでゆっくりと介添えをする。トイレから出てきて、ほっとしたのか、少々歩行困難になる。なかなか足が前に出ない。なんとかなだめすかして、ベッドまでたどり着いたその時「もう駄目...」と声を出した。いつもの様に、歩くのに時間が掛かり、疲れてしまったんだろうと思っていた。下を向いて、脂汗をかき、その汗がぽたぽたと下にたれた瞬間、しーちゃんは意識を失ったのだった。

ぽるこの背としーちゃんの背には20-30cmの開きがあったため、顔色がよくわからなかったので、大変驚いた。ベッドに寝転がすように、しーちゃんを寝かせ、汗をかいていたので、うちわで扇いだ。表情は死に顔そのもので、目はトローンとして、ゆっくりと閉じていった。ちょうど、弟が帰宅した時で、2人の様子を隣の部屋から見ていたのだが、左手が痙攣していたそうだ。

汗が落ち着くまで、また、ぽるこの気持ちの動揺が、「119番へ連絡を」という気持ちに変わるまで、5分くらいだろうか。もう少し短かったかもしれない。「おばあちゃん、おばあちゃん」と何度も呼びかける。その時思ったのは、「1週間の夏休みに、4日間香港へ行き、2日間高校野球(都立城東の応援)でたった1日しか、家にいなかった。ぽるこが帰ってくるまで、待っていてくれたのかな? ぽるこの腕の中で、死んでいくのかな...」という寂しいけど、そのなかでもぽるこのことを思っていてくれたんだ、という事だった。でもしーちゃんは蘇った。少しずつ目を開いて、呼びかけに反応したのだった。しーちゃんは、何が起こったのか、よく解らないようなので、ゆっくりと説明をする。

しかし119へ連絡する時、かなり心臓がバクバクしており、電話の声も上擦る。自宅介護ながら、市からのヘルパー派遣は2年以上、回診に来て頂いている先生もいたので、リストは電話の前に張っておいたから、何とか聞かれたことに答えることは出来た。

5分位で、救急車がやって来た。静かな住宅地なので、音が響き渡る。門を開け、玄関の電気を照らし、庭から出入りしなければ入れないので窓を大きく開けておいた。隣のヤマザキさんも驚いた様子で、玄関に出てきていた。救急隊員は、すぐにはしーちゃんを救急車には運ばず、血圧(160と高め)・脈拍・瞳孔確認を行い、どういう状態になったのかの聞き取りを、慌しい中行う。狭い居間に、しーちゃん・ぽるこ・弟・救急隊3名がいるし、初めての事で、別世界にいるような感じを覚えた。救急隊員は、うまい具合に毛布でしーちゃんをくるみ、外のストレッチャーに寝かせた。そして、初めての救急車に乗ることとなった。

一度は乗ってみたい、救急車だが乗るもんじゃないな、とまず思う。かかりつけの病院までは、車で7分、一直線。タイヤがすべり、車が揺れる。救急室に通されるが、先生がなかなかやってこない。しーちゃんの意識もしっかりしてきたし、このまままた意識を失うことがあっても家で見とってあげたい、という気持ちから、家に連れて帰りたいと強く思った。しーちゃんはたった20分くらいで、いつもの調子で話を始め、「帰りたい」を連発する。脈拍も呼吸も安定したが、孫の一存で決めるわけにもいかず、今日は(ベッドの空きがないので)集中治療室で様子を見る、ということになった。

しーちゃんは、脳梗塞の症状で病院に運ばれた為、昨日したばかりの右腕の骨折をみんながわからず、触れたり、動かしたりする。しーちゃんはその度「あ、痛ーィ」と叫ぶ。ベッド上に「右肩骨折しているので、注意」と張り紙をするが、効果なし。

集中治療室は、明らかに余命幾ばくもない人の部屋で、元の元気さを取り戻したしーちゃんを、置いて帰るのには忍びなく、涙をぽろぽろこぼしながら25:00頃、帰宅した。

8月22日(日)

日曜日ということで、精密検査が出来ず、帰宅が出来ない。しかも集中治療室の隣が、ナース室で、電気が一晩中煌々と付いていたため、「明るくて眠れない」としーちゃんはぽるこが面会に来るなり、愚痴をこぼす。眠れなかったせいか、多少やつれたように見えた。自分の状況は、把握出来ていない。「何で、こんな所に置いておくの?」と言うのだ。明日の精密検査の為、絶食で「お腹がすいた」を繰り返す。水分補給はいいので、ポカリスエットを飲ませると、喜ぶ。ベッドの空きが出たので、普通病室に移動する。夜になると、空腹の為辛い様子が見え、こちらも辛い。

8月23日(月)

会社に行く前に、面会に行く。いつもより1時間早く、家を出、徒歩のところ、バスに乗る。しかしいつも利用している駅より、1つ会社寄りの駅なので通勤しやすい。

しかし、面会に行って面食らった。しーちゃんの手が、ヒモでベッドに縛られているのだ。そして、辛かったのだろう。目の下に見たこともない、クマだでている。涙がじわっと出てきた。昨晩暴れた為、そのような事になったそうだ。点滴をはずしてしまい、看護婦さんに迷惑をかけたのだからしょうがないが... 自分が何でここにいて、何でそばに家族の誰もいないのか、となったら、そうなるだろう。その時のしーちゃんの気持ちを考えると、今日の精密検査が終わったなら、家で充分に看護しよう、という気が高まった。

検査はCTスキャンと心電図。そして昼から、点滴を止め、食事を取る。昼は5割、夜は殆ど食べた。しかし帰れない。骨折している為、日中誰もいない家に、一人で置いておけないからだ。トイレもいけない、食事も取れない。しょうがない。若い人も年寄りも、骨折は1ケ月で直るという。ぽるこも1ケ月のお暇をもらったと思い(食事の仕度から、何から)、家と病院が近いので、安心して入院させることとなった。眠れなかった為、夕食後は眠れそうだ。一応、ハルシオン(睡眠薬)を飲ませるとの事。足のむくみも昨日より取れた。

ただ、たまに家でも出ていた症状・幻覚がひどく、天井を見て、「森だ。」「魚屋で魚を買ってくる。」「ワンピースを着る。」等と言う。かわいそうという気持ちが、ひどい事(入院したくないのに、入院させる)をしているなあ、と感じる。仕事をしないでいれば、いいんだから。

8月24日(火)

今日は疲れたのか、日中は殆ど寝ている。脳梗塞の2回目の症状だが、前回は回復したので安心はしている。しかし今回は、言語障害が少し出て、話す言葉が聞きづらい。顔色は良くなり、快方に向かっているようだ。食後、「ちょっと調子に乗った。」と話すように、食べすぎから吐く。入院したのが、理解できるようになった。幻覚もなくなった。痰が出る。

いろんな検査や、おむつの交換で、しーちゃんの体はしょっちゅう動かされる。(動かさないと、ジョクソウなどの問題もあるし。)その為、右腕の骨折箇所を動かすこととなり、しーちゃんは看護婦の文句をたらたら。肩の骨折は、何をしてもヒビクからなあ。まあ看護婦さんも「あら、そうなの?ごめんなさい。」だし。一応、三角巾を充てる。

8月25日(水)

検査の為、しーちゃんは食事が喉を通らない様子。検査の結果は、脳梗塞の再発とのことで、薬で様子見をすることになる。熱が少々出るが、肺炎の心配はないとのこと。

8月26日(木)

抜け毛がひどいので(毛の量も多い)、ガムテープが手放せない。枕に落ちた髪の毛を、ペタペタと付けて捨てる。尋常じゃない、抜け毛だ。1日200本くらいかな?(普通の人もそれくらいだっけ?)

8月27日(金)

リハビリを始める。やっと便が出て、本人は一安心。生れ故郷の福岡県・直方市のことをよく話す。

8月29日(日)

食事の量は少ない。点滴の針の刺さる箇所が「疼く」というので、気休めで塗り薬を付ける。自分から、親戚の話などする元気はある。水分を多く取らせるよう、気を付ける。肩の痛みが強いので、痛み止めを飲ませるが就寝前に飲むようにしているので、日中は薬をせがむ。(薬に頼りがちなのだ。いくらいっても、万能なものと思うらしい。)

しーちゃんと同居しているのが、孫2人だけなのだ。親戚で介護の当番を決める。朝と就寝前は孫2人。(朝食時間は7:40から) 昼・夜は伯母。(昼食は11:50 夕食は18:00から) ぽるこの母は、週一の昼。 いろいろお互いの生活の事を主張し、ぽるこは誰も信頼できない。喧嘩が絶えない。母は仕事が忙しい。伯母は主人の手前、家のそばで見れない。

8月30日(月)

朝はパン食が多いので、コンビニでオニギリを買うが、冷えていて「マズイ」と言われる。ちっ、と思いながらも、すかしなだめて食事を取らせる。しかし半分寝ている。昼も小食なので、夕食から刻み食に換えてもらう。煮豆が食べたいともらす。

痛み止めに、飲み薬を使うと胃を荒らすので、座薬を使用する。右肩の湿布も、適宜交換してもらう。

8月31日(火)

腰痛と骨折の痛みのダブルパンチ。肩は筋が張っている。朝は声が、少ししか出ない。ちゃんと起きていないからのようだ。30分、そばにいてお話していたら、声も出てくるようになった。しかしご飯は口に入れたまま、飲み込まない。仕事の始業時間もあるし、焦る。食事の時間は7:40-8:15までに食べさせればいいので、余裕はあるのだが...

入院の手続きをする。

しーちゃんの御主人様の祥月命日なので、話をすると、しきりにお供え物の心配をする。