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カラフルな壁画
1537年にオランダ人入植者により、建設されたオリンダ市には、植民地時代の古い町並みが残されている。20年間(17世紀)は、オランダが占領していた。
行き方
グァララペス通りとAv.dantasBarretoFlorentinasの交差する辺りに大きなバスターミナルがある。そこから乗って30分弱。0.75ヘアル。
乗客は他に2人のみで、オリンダでぽるこが降りるまで誰も下車せず。その為、すごい早かった。急行だったようだ。同じバスに乗ったおばあさんに「これはボアビアジェン海岸に行くバスか?」と聞いたら、そうだというので乗ったら、全く反対方向のオリンダだった。バスがターミナルを出て、「なんか違う方向に走り出したみたい...」と思ったが、下車せずおばあさんを信じた。レシーフェの大きな地図しか持ってなくて、オリンダはすごい小さな別途表記の地図しかなくオリンダへ行ったので、適当に歩いてたけど、一応の名所は見れていたので、おばあさんを恨むことはない。少々ムカツいたが。
オリンダの地名はセーの丘(オリンダが一望)からの眺めを見て「オー、リンダ(oh 美しい)」と政治家さんが言ったためついた地名。政治家と聞いて少々興ざめ。
なぜオリンダに行ったのか
1994年に「真夏の夜のスキャット」というCDを購入した。オス・トレス・ブラジレイロス(ブラジルではオス・トレス・モライス)というモライス3兄妹弟からなる1960年代のグループで、聞いていちころになった。サバービアスイートの橋本徹さん、吉本宏さんの名前にも安心し、こりゃ当たりだなと思ったわけです。中でも「今宵のリンダ」(LindaEmNoiteLinda)は「♪オリンダ リンダ リンダ」(ブルーハーツではないけれど)というフレーズを多用し、素敵な歌声でぽるこ&トリを魅了した。ライナーノーツをあまり読んでいなかったのだが、このリンダはここ「オリンダ」だと勝手に思い込んでいた。(このHPを作成するまで、そう思っていた。) なので、「いつかはオリンダへ行って、この曲が作られたその風景を見たい」と今回の旅行で行ってみようと思ったのだった。まあ違っていたけど、そう思えるほど素敵な曲(勿論歌も、ジャケットも)なのです。ちなみに東芝EMI(TOCP-8266)です。
セ教会前広場にて レース編みが広げて売られている。
ここでビールを飲みました。日差しは強く照り付け、下から歩いてきて程よく疲れ、心地よい風が吹いて... 国籍は米国と思しき、65才くらいのご夫婦が、弾き語りにつかまり(というか喜んでいた)、無料で聞くこともできました。そのご夫婦は、周りから差し出されるココナツジュースや何やらを、音楽を聴きながら&ビデオを撮りながら、受け取っていました。でも後で、お金を相当ぼったくられるんじゃないかと、見ていて心配でした。
ミゼルコルジア教会前には物品販売所がないが、セ教会前はいろいろある。お土産屋さんは8軒くらい。木彫りが多い。ココナツを模した商品(灰皿、入れ物)が目に付く。
ココナッツのゴミ箱(セ教会前)たくさんあってナカナカかわいらしい。
サンベント修道院
人が殆ど歩いていないのにも関わらず、怖くなかった。ブラジルを歩くときは、人が少ない・いない場合はものすごい恐怖を感じるんだけど... 素敵な模様のタイルやかわいいペイントで彩られた町並みが、とても温かく感じた。1階の家の窓から体を乗り出して、誰も通らない通りを眺めているおじいさんがいたが、1時間後もその姿勢のまま、通りを眺めていた。