ぴたは小学校の頃、円周率を小数第31位まで言えることと、「憂
鬱」という難しい漢字を書けることが自慢な、おかしな子どもでし
た。
 つまりそれだけ、ぴたは「鬱」から遠いところにいるおめでたい
人間でした。

 そのせいか、「鬱」を抱えていると自称する人と大喧嘩をやらか
したことが、過去に何度もあります。             
 相手から傷つくことを言われた時は、自分が傷ついたということ
をちゃんと相手に伝えて、以後もよい人間関係を築きたい。そう考
えるぴたは、ぴたの人格攻撃をする人が鬱であっても、柔軟に対処
しなかったのでした。                    
 その相手の「ごめん」の後には、「でも僕は鬱だから時々そうい
うことを平気で言ってしまう、それはわかって欲しい」とくる。 
 「鬱って、言い訳の道具じゃないだろう。」とぴたが応酬して、
そこからまた互いに際限ない人格攻撃に発展する。そして、ぴたの
意地っ張りが引っ込みをつけるタイミングを逃して、絶縁です。 
 鬱に正面に向き合うことのなかったぴたが、陥るべくして陥った
結末だと言えました。                    

 ぴた自身はどうなのかと言えば、              
 もちろん気分が沈む時期というものは当然人並みにはあるのです
けれど、でも、その気分の沈んでいる自分を客観的に冷静に見てい
る別の自分が常に側にいる感じがするのです。         
 何をやってもうまくいかず、やるべきことをほったらかしにして
いる、どうしようもない「自分」は、決して演技でもなんでもなく
本当に心のバイオリズムが低調になっているのですけれど、   
 一方で、「落ち込むことも人生には時々必要だし、それを乗り越
えて人間は大きくなるんだし、憂鬱はいつか晴れるものだし、この
間周囲から腫れ物に触るように丁寧に扱ってもらえるし、滅多にそ
ういう時期がるわけじゃないし、こんな気分の自分自身を今のうち
は楽しんでおこう」と冷静に考えていたりもするのです。    
 だから、そんな器用なことをやっているぴたは、ほんとうの鬱か
らは、まだまだ遠い所にいるのでしょう。           

 ぴたは、誰にでも訪れる一過性の「鬱」と、病としての「鬱」は
全く異なるものだと思っていました。             
 でも実際は、例えば暖かくして一晩眠れば治る風邪もあれば、注
射や点滴が必要な風邪もあるように、             
 「病である鬱」と「病でない鬱」を分けるのは困難だし、あるい
は分けることにそんなには意味がないのかもしれません。    
 精神科医による治療が必要な鬱にもほんとうにいろんな種類があ
るようで、そしてそのどれもが、脳内の物質のアンバランス、人生
の悩み、本人の性格、等の因子が複雑に絡み合っているようなので
す。それらの因子のうちの主なものが何かによって、内因性うつ病
(大うつ病)と呼んだり、神経症性うつ病(気分変調症)と呼んだ
りするようですし、またその他にも様々な種類の鬱(心的外傷後ス
トレス障害、いわゆるPTSDなど)があるようです。       
 治療としてはカウンセリングが有効な場合もありますし、脳内の
物質のアンバランスについては投薬がかなりの部分有効なのだそう
です。                           

 ぴたを含め、多くの人は、鬱や精神医療に対して理解が浅く、ま
た浅いのみならず妙な偏見を持っていたりするのではないでしょう
か。                            
 ぴたは「心の問題が薬という物質で治る」という現象に納得がい
かないと思ったときもありました。              

 ぴたの友達には、「鬱」を抱えて精神科に通っている人が結構い
ます。ぴたの感覚では、ノンケよりもゲイの友達のほうがその割合
が多いように感じています。ぴた主義とリンクしている仲間に、鬱
を抱えている人が何人かいることも、そして、精神医療に携わって
いる、あるいは携わろうとしている人が何人かいることも、けして
偶然ではないでしょう。                   

 去年、ぴたは鬱を抱えた友人を二人も自殺で失いました。   

 時にはぴたと大喧嘩をさせる鬱。              
 そして、時には人の命を奪ってゆく鬱。           
 ぴた自身は鬱というものをよく理解できず、そのくせ鬱の持つ強
靱な力については嫌というほど実感してきたので、「鬱」あるいは
「憂鬱」な人に対しては、かなり臆病になってきました。    

 彼氏も、以前は何か障害が多く現前すると、自分の殻に完全に閉
じこもってしまう傾向にありました。             
 全くメールをくれない、電話をしても生返事しかしてくれない。
「付き合っている仲なのに、苦しさを共有しようとしてくれない、
なんの力にもなれない、頼りにされない俺は、一体相手にとって何
なんだろう。」そんな風に考え出すと、自分もまるで引きずられる
かのように「憂鬱」になりかけることが多かったのでした。   
 それは十二分に、「彼氏たるもの、相手の鬱状態を解消させるべ
し」との自分の中の勝手な規律に支配された自分が躍起になりすぎ
ていたためでもあったと思います。              
 今でこそ彼氏も自分をうまくコントロールできるようになってき
たのか、あるいはぴたのほうが自分自身をコントロールできるよう
になってきたのか、彼氏が何か困ったことがあればぴたに話してく
れるようになりました。                   

 そもそもぴたが子どもに関わる職業に就きたいと思って硬い法曹
の道を選んだのも、こんな屁理屈こきは人の心という柔らかいもの
を扱うのに不向きだからと自覚していたからでした。      

 でも今は、そこから逃げる訳にはいかないと思い始めています。
 ぴたには薬の処方箋は書けないけれど、           
 あなたの話を聞くのもまだまだ下手くそかもしれないけれど、 
 こんな奴でも、少しでも鬱に近づける人間になれるでしょうか。

Special thanks to T & H



Date : December 10, 2001