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どの子にもある自己成長力 ママはお仕事に出ることになり、涼くんを保育園に預けることにしました。毎朝のユウウツのたねは、涼くんが保育園に仮面ライダーの人形をもっていきたがること。「家のおもちゃは持ってこない」というのが、保育園の決まりなのですが、涼くんは、ガンとして受けつけません。毎朝、「おいていく・いかない」の押し問答。あげくの果ては、人形をとり上げたママと、泣きわめいてのお別れです。「まだまだ赤ちゃんなんだなあ。もうちょっとしっかりしてくれないと…」と、ママはユウウツ。「仕事に出るのが早かったのかなあ」と、ちょっぴり後悔していました。 もうすぐ2才になるあずちゃん。このごろ家でのいたずらぶりがあまりにもひどい。ベランダから、おもちゃを次々に投げたり、部屋のすみっこでわざとおしっこをしたり…。いくら叱ってもまたやるので、ママはもう気が変になりそう。1ヶ月前に断乳に挑戦してから、こんな調子です。結局断乳はとりやめたのですが、やはりストレスになったのでは?とママは重い気持ちでした。 「子育て」という言葉からは、親が子供を育てていく、親がちゃんと育てていかないと、子どもは育たない、という感じを受けますね。でも実際は、子どもみずからが育っていく「子育ち」の側面が大きいのです。入園や断乳にしても、トイレットトレーニングやお友だちとの関わりにしても、時期が来た子どもの心の中には、「りっぱなお兄さん・お姉さんになるぞ! がんばるぞ!」という気持ちが、自然にわき出てくるのです。自分で育っていこうとする意欲や力、いわば自己成長力が、どの子にもちゃんと備わっています。子どもの「困った行動」のウラには、「成長したい!」という本音が隠されていることが多いものです。 子育てという難事業を前にしたとき、私たちは親であることの責任の重さに押しつぶされそうになるかもしれません。「これは、失敗できないぞ」とビクビクしてしまうかもしれません。でも子育てに失敗はつきもの。つまずかない育児・欠点のない子育てなんて、ブタが空を飛ぶほどもありえないこと。あなたにカワイイ赤ちゃんをプレゼントしてくれたのが神様だとしたら(お釈迦様でも大宇宙でもかまわないのですが)、神様はあなたの欠点や至らなさもわかってくれているはず。だから子育ての失敗なんかはじき飛ばすだけのパワーを、ちゃんと子どものなかに与えてくれているのです。 ※この本では、親の実例としてママを多く取り上げていますが、これは養育者の一例で あって、パパあるいはおばあちゃん・おじいちゃんの場合も同じです。ママだけに子育ての責任を押しつけようという意図はありませんので、念のため。 |