ゲームボーイソフト『ポケモン金(銀)』が発売される前の夏に開催された「任天堂スペースワールド」でポケモン金銀の体験コーナーがあった。私はミュウのデータをもらうのが目的だったが、せっかく来たんだからと『金』の列に並んだ。15分ほど待って順番が来た。さっそくウツギはかせからヒノアラシをもらって、町の中を散策してみたら、ある家のおねえさんが「ピカチュウはすでにしんかしたポケモンである」と抜かすではないか。これは大きなショックだった。
今までのポケモンの常識からいえば、ポケモンは進化する前が愛らしい容姿で、進化するごとにごつくなっていく。ポケモンの中でダントツ人気を誇り、ポケモンファンを越えて広く愛され、まさに愛らしさの代名詞ともいえるピカチュウに進化前なんかあって良いのだろうか。
その少し後に、ピカチュウの進化前の「ピチュー」が『コロコロコミック』で正式に発表された。第一印象は、いかにも受けを狙ったなという感じだった。ピカチュウをより丸く小さく、幼くした容姿で、ピカチュウの面影がある典型的なブリブリだ。ピカチュウファンの中には、最初は多少拒絶反応を示しても、この幼いピカチュウに対して愛情を感じられずにはいられない人もいるだろう。
しかし、キャラクター的にいえばどうだろうか。ピチューはピカチュウを越えることができるのだろうか。ポケモンファンといういわば身内に受けはしても、ピカチュウと同じように、ポケモンが何だかよく分かっていない人にまで浸透するだろうか。
私個人の見解は言えば、Noである。良くてもピカチュウに次ぐ第二グループに仲間入り、おそらくピカチュウが進化したライチュウと同じ程度、悪ければ一時的(今年の映画公開くらいまで)の話題になってしまうだろう。ここで断っておきたいのは、第二グループを見下しているとかそういうことではない。10年に一度とも言われるキャラクター、ピカチュウがポケモンの枠を広げる存在であるとしたら、幅広い第二グループの存在は、ポケモンの基本概念でもある多様性を支える柱であり、第二グループが多種多様であればある程ポケモンの世界の魅力が増すからである。
さて、ではどうしてピチューはピカチュウを越えることができないのか。一言で言えばバランスが悪いからである。絶妙なバランスを保つピカチュウを、いわば崩して創ったのだから、当然といえば当然だ。
まず、身体のライン。首から上が大きすぎて、特に耳がシャベルのような形でほぼ顔と同じサイズというのはバランスを壊している。ぬいぐるみになると、それが体感できる。1/1ピチューはどうもすわりが悪くて、ちゃんと置いたつもりでもすぐにコロンと転がってしまう。
次に色。ポケモン考一ではピカチュウとライチュウを比較したが、それと似たようなことがピチューに対してもいえる。ピカチュウのまっ黄色に対して、薄いレモンイエローのピチュー。一見した華やかさが違う。ピカチュウのほっぺは赤いのに、ピチューはピンクになり、これもコントラストはが弱くなる。また、ピチューは黒い部分が多すぎのもマイナスになっている。後ろから見ると、黒い部分が1/3以上あるのもあまり効果的でない。
また顔のパーツが、顔の大きさに比べて大きすぎだ。とくにほっぺは顔からはみ出しそうである。ぬいぐるみになると(1/1、1200円のぬいぐるみ)、顔のパーツが上部にまとまりすぎ、あごが長すぎるのも気になる。まだグッズが出揃っていない時点で、最初に出たぬいぐるみだけで印象を語るのは公平ではないかもしれないが、とりあえずの現時点での感想である。
最後に、これは映画「ピチューとピカチュウ」を見ない限りまだはっきりしたことは述べられないが、ピチューの性格づけについて。「ベイビィポケモン」と名付けられていることもあり、どうしても、トゲピーと似た路線の幼児的な役割を想像してしまう。幼児はたしかに愛らしいかもしれないが、ファン層を限定してしまう嫌いがある。特に、ポケモンファンに多い『コロコロコミック』の読者対象である小学校高学年の男の子などには、興味対象外になってしまうのではないだろうか。そして、どうしても愛玩用というイメージがあるので、ポケモンの特徴の一つであるバトルには組み込みにくい。ピカチュウは愛らしい容姿なのにも関わらず、コミック(『ポケットモンスター』『ポケットモンスターSpecial』)やアニメで見られるように、負けず嫌いでがんがん闘うのが大きな魅力の一つなのである。
映画公開前の、至極勝手な予想であるが、当たるもよし、当たらないもよし。もしピチューが思いがけなく大活躍してピカチュウを越えてくれたら、また新たなポケモン世界が開かれることだろう。夏の映画公開が楽しみである。