ポケモン考六 「邦画の歴史をぬりかえたポケモン映画」 (99年11月)

 ポケモンはゲーム、テレビアニメのみならず、映画でも快進撃を続けている。
 日本では、昨年夏に劇場版ポケモン第一号の「ミュウツーの逆襲」が公開されて、動員650万人越す大ヒットとなった。これは、アニメでは『もののけ姫』についで歴代二位の記録である。
 その「ミュウツーの逆襲」が十一月八日にアメリカで封切られた。連日各メディアで取り上げられているから、ご存知の方もいるかもしれないが、これが日本以上の大フィーバーぶりなのだ。上映館数はハリウッド大作なみの約三千館、試写会の募集をすれば、一分間に七万件も電話があり回線がパンクしたり、週間興業成績は他のハリウッド大作をおさえて一位になった(邦画がアメリカ映画を抑えて一位になったこと自体が初の快挙)。
 公開からたったの一週間で、これまでのアメリカにおける邦画の記録(ちなみに、『Shall we ダンス?』)を軽く超えてしまった。アメリカでのアニメ映画の記録(『ライオン・キング』)も抜いてしまいそうな勢いなのだ。
 もちろん、アメリカで、ポケモン映画だけが突然ヒットしたのではない。現在テレビアニメは、アニメ部門で視聴率一位を独走しているし、ゲームの売上もトップ10にポケモンソフトがひしめき、おもちゃやカードも、ポケモンは大人気で常に品薄状態である。
 ポケモンブームが過熱しているなかで、満を期して公開された映画が大ヒットしたのはうなずける(それに、公開から一週間の間は限定カードを来場者にプレゼントという特典もあった)。
 けれど一方で、アメリカの新聞などでの、ポケモンに対する評価は概して厳しい。絵がディズニ−より汚いとか、ストーリーが偽善的だとか、賞賛よりも批判が目につく(東西の名作をリメークして、悲劇を無理矢理ハッピーエンドにする方が、よっぽど偽善的だと思いますが...)。しかし、その姿勢の根底には、ここまでアメリカの子どもたちが大熱狂しているポケモンに対して、日本にそう易々とのさばらせてなるものかぁ!!というやっかみが全くないとは言えないだろう。
 日本のアニメは以前からアメリカで放映されていたし、定評もあったはずだ。だが、どうしてポケモンだけ、社会現象化するほどすごいのだろうか。
 ひとつは、任天堂のマーケット戦略と、マルチメディアでの商品展開作戦が優れていたことに起因する。このことは、日本でのブームにも共通している。しかし、いくら戦略が優れているからといって、商品そのものの力が弱ければ、大衆には受けないだろうし、かりに一時的にヒットしたとしても長続きはしない。爆発的に売れても、一年後には忘れ去られているようなものは少なくない。
 さらに、日本でもアメリカでも、同じように大ブームとなる魅力はなんだろうか。特に、ピカチュウが日本と同じようにアメリカでも人気があるというのが意外だった。
 ピカチュウは、いかにも日本人好みの愛らしい容姿(悪く言えばぶりっ子)で、どちらかというと不気味なキャラクター(ファービーやミュータントニンジャタートルズなど)が人気のアメリカでは、はたして好意的な反応が出るのか疑問だった。
 おそらく、ピカチュウ人気は、容姿だけでなく、テレビアニメで主役のピカチュウの、ヒーロー的な性格づけが功をなしているのだろう。ちょこちょこ可愛いしぐさに、甲高い鳴き声のピカチュウは、パッと見では相当ブリブリしている。けれど、アニメで主役を張っているピカチュウは、かなり好戦的な一面も持ち、自分よりも何倍もあるようなポケモンに臆せず向かっていく。もちろん、ぼろ負けすることもある。しかし、前向きでけっしてめげない。そこには、アメリカのフロンティア精神や、アメリカンドリームに通じるハングリーさがあるのだ。そんなピカチュウの容姿と性格のギャップがうまく融合して、アメリカの子どもたちにも受け入れられたのではないだろうか。