『イカタコつるつる』2004.3.19

長 新太、講談社、2004年、1600円(税別)

イカがラーメンを、タコがスパゲッティを、つるつるしていて、そのうち自分の足をまちがえてかんじゃったり、おたがいにこんがらがっちゃったりしながら、それでもひたすら、つるつるつるつるしているだけ。でも、このきみょーな世界が、どうしようもなく楽しい。長新太ならではのユーモラスでかわいいイカタコに、リズムもテンポも絶妙なつるつる。いったんツボにはまったら、しばらくつるつるがとまらない。

もともとは紙芝居用のお話。きっと、子どもたちもこのワケのわかんないつるつるに、大爆笑しているのだろう。へんてこラーメンにへんてこスパゲッティなのだけれど、見ているうちに、こっちもつるつるしたくなってくる。

『蹴りたい背中』2004.2.11

綿矢りさ、河出書房新社、2003年、1000円(税別)

『蛇にピアス』よりも、よほど入りやすい世界だろうと思っていたら、こちらのほうが、共感できず。

一文一文はよいと思うのだけれど、かたまりとして見ると、つながりが弱い気がした。はつにしても、にな川にしても、行動と心情が、なんだかよくわからない人のまま、終わってしまったというか。(とくに、にな川の、オリチャンに対するファン心理は、わたしにはかなり異質に見えた。)それが、まさにアイデンティティのゆらぎだといわれれば、大成功なのかもしれないけれど。

それでも、ハッとするような部分がところどころあって、その才能がどう育っていくのかは楽しみである。いったん図書館で借りて、読まずに返してしまった『インストール』も読んでみよう。

『蛇にピアス』2004.2.11

金原ひとみ、集英社、2003年、1200円(税別)

わたしは耳にピアス穴を三つ(右ひとつ、左ふたつ)開けているが、それでも、耳の軟骨部分にピアスなんて考えられないし、ボディピアスは論外。入れ墨もぜったいにいや。まず、痛そうなものはダメだし、いわゆる「アブノーマル」な性的嗜好とは縁がない(←他人さまの趣味にケチをつける気は毛頭ありません)。

というように、苦手づくしでおそるおそる読み始めたのだが、びっくりするくらい、主人公ルイの気持ちがストレートに響いてきて、めちゃくちゃ共感してしまった。彼女が置かれている状況などふっとんで、魂の部分が、とてもとても美しい。こういう、一種超越してしまうような共鳴に出会えるのは、どういうメディアにせよ、ほんとうに幸せな瞬間だ。

文体も、シンプルだけど、すごく吸引力があり、一字一句惹きつけられて、しみこんでいく。(わたしの場合、つまんなければつまんないほど、速読になる。)20歳で芥川賞とか、リストカットとか、そういうのばかり今は取りあげられているけれど、新しい才能が、すくすく伸びていってくれればと、心から思う。

最後に、ちょっとだけ難をあげれば、最後の4行は、余計だったかも。それでも、全体の勢いから眺めれば、ほんのとるに足らないことだけど。

『世界の中心で、愛をさけぶ』2004.2.11

片山恭一、小学館、2001年、1400円(税別)

150万部の大ベストセラーだし、YAの範疇に入るのかなあと思い、読んでみた。こんなに売れたのは、やはり柴咲コウの帯だろうか。

ひとことでいえば、感傷的でキモい。これって、男性だったら共感できる、とかいうシロモノなのだろうか。いまどき、再生不良貧血→白血病というモチーフも古臭い。いや、モチーフは古臭くてもいいけれど、その描きかたが古臭すぎで、プロットもあまりにベタなのである。それに、現実に死に直面している人間&その家族・友人って、この作品に書かれているほど、ヌルくないと思う。安易に、感傷的なアイテムとして「白血病」を使っているようで、かえって腹がたってしまうくらいだ。また、いちばん伝えたいであろうメッセージを、主人公やその祖父に、ぜんぶ、ダラダラと語らせているのも興ざめである。おまけに、最初のほうは、英語のへたくそな直訳みたいで、ひじょうに読みづらかった。(翻訳者のはしくれとして、反面教師にしたいくらい。)

アマゾンの読者レビューを見ると、この本がわからないのは、年をとっていて自分の感性がにぶいからかもとか、逆にほめている人も、この本の良さがわからないのは感性の問題だとかいっている。これを見て、あのとんでもなく胸くそ悪かった映画『A.I.』を思い出した(「子どもを持ったことのない人には、この作品の良さはわかりません!」とほざく女性とか)。ハリポタにしてもそうだ。この程度のレベルで、感性を疑ったり疑われたりするのは、はなはだ不愉快。

ついでに、この本について、「読書家には物足りないかもしれないけれど、本をあまり読まない人にはいいのでは?」という、これまたハリポタと同じような反応もあった。うーーーん、今の時代って、こういう風に、二極化していて、それが正しい方向なのだろうか、なとど考えてしまった(結論は出ず)。

『狐笛のかなた』2003.11.23

上橋菜穂子著、白井弓子絵、理論社、1500円(税別)

ストーリーがおもしろくて、キャラが立っていて、こちらのモラルにうったえかける。ある意味、これほどまっとうな児童文学はない。

『神の守り人』でも思ったけれど、上橋さんは、きっとこの作品を書いているときに、現実世界とリンクさせようなどとは、まったく意図していないだろう。が、読んでいくと、時代も世界も違うのに、不思議なほど「今」とシンクロしている。それは、人類の営みがずっと変化(進歩)していなからであり、また、上橋さんが人間の核心をしっかりととらえて、普遍化させているからだろう。

政治家がえらそうに平和を希求しても嘘臭さがぬぐえないのは、必ず、その腹では自分への利益を計算しているからである。とどのつまり、あったこともない不特定多数の平和を考える以前に、まず、自分の間近にいる相手との関係が大切なのだ。そんなことを、この本はせつせつと感じさせてくれる。すごーく脳天気な理論かもしれないが、結局のところ、目の前のたったひとりを大切にできずに、どうやって多数をしあわせにできるのかという、ごくごく当たり前のことなのだけど。

小夜と野火のまっすぐさは、「守り人」シリーズのバルサにつながる。この理屈抜きにまっとうな上橋キャラたちには、人間も世界も、なんかうまくいくかも? と励まされる。また、いつもいつも思うが、人間にかぎらず、動物であろうと、異界のものであろうと、表面上の形態にとらわれずに、しっかりと心と心で対等に向かいあわせるのは、上橋さんの最大の魅力である。(個人的に、彼女のスタンスが、ものすごーく好き。)

今回のイチオシキャラは、なんといっても野火。霊狐だからあざといのでは? とか 狐の恩返し? とかそういう勘ぐりをさせるすきもなく、自分の心が求める方向に、迷いなく行動できるいさぎよさが泣ける。異界+狐+人間(変化で)の「あわい」のなかで、動物の純粋さと人間の繊細さをミックスしたようなおいしいキャラである。「聞き耳」という特技を持つ小夜だから、人間のように計算高くない野火に惹かれるのもよくわかる。(こう思うと、人間として、つくづく自己反省したくなる。)霊弧の玉緒ねーさんも、いい味をだしていた(ちょっとアニメ『ポケモン』のムサシを連想してしまった)。




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