草野たき著、講談社、1400円(税別)
中学二年生の香緒と、親友のちなみ。
ちなみの好きな男の子、梨本くんは、じつは香緒が好きだったということから、ふたりの友情に亀裂がはいる。これだけだったらよくありそうだけれど、さらに香緒のいとこ、知里とその友人、るう子の関係、るう子の恋愛ドロ沼劇などがうまい具合に重なり合って、オリジナリティを出している。
ある物事の見え方は、ほんの少し角度を変えるだけで変わってしまうことが、よく表れている。ひとつの恋が、本人、その親友、そして相手によってこうも重みが違うのか、とか。ちなみを待ち続ける香緒と、去っていった恋人を執拗に追い回するう子は、行動は正反対に見えてもじつはあまり変わりがないということも、共感できる。あと、香緒が梨本くんのバンドにゲスト出演することを決めても、あっさりその後ふたりが上手くいかないってのがいい。作者はそういう大事なポイントをしっかり押さえている。無機質にも感じられる知里の、さりげないエピソードもうまい。
登場人物がそれぞれに心の痛みを抱えながら、それでも前向きに頑張って生きていくという姿勢がとても伝わってくる、こちらも元気になれるような心地よい作品である。
山岡ひかる文/絵、偕成社、1000円(税別)
絵本です。
目覚まし時計が止まっていて、寝坊してしまったという経験は誰にでもあるだろう。目覚まし時計がきちんと動いてくれない、そんなささやかな(でも本人にしてみれば重大な)事件を扱った絵本である。
よしのりがもらった目覚まし時計は生き物だった。この時計くん、自分の名前には「のり」(ご主人の名前の一部)がないといやだとか、目覚まし時計であるからにはご主人の役にたとうとして必死で徹夜するとか、役立たずながらも、なんともほほえましくいじらしい。対するよしのりは、目覚まし時計としては出来損ないの「ちびのり」をなんだかんだ言いながら大切にしている。わざわざ、ちびのりのためにざぶとんをひいてあげているさりげない心配りが、ふたりのほんわかとして関係をうまく見せている。
貼り絵というテクニックが、人間はもちろん、本来は無生物である時計に暖かみを加えている。納豆の糸がつーっと口からひいていたり、という細部もユーモラス。
『隣のアボリジニ−小さな町に暮らす先住民』 2000.11.10
上橋菜穂子著、筑摩書房、1200円(税別)
古代ファンタジー「守り人」シリーズの作者、上橋さんは、文化人類学者という肩書きも持っている。その彼女が、オーストラリアに滞在して、アボリジニについてフィールドワークをした時の記録が本書である。
やはり、実体験にもとづいた話だから迫力がある。アメリカのネイティブ・アメリカンにしろ、オーストラリアのアボリジニにしろ、美化、神聖化された情報ばかりが流れてくるなか、きれい事なしの、おとなりさんとしてのアボリジニの姿を知ることは、すごく意義深い。だいたい、これまでさんざん搾取しておいて、都合のいいときだけ神聖化して癒しを求めるなんて、本人たちにしてみれば冗談じゃないだろう。
生活保護を受けながら、そのお金でお酒を飲みブラブラしているアボリジニの人たちを、けっして責めるわけでもなく、かといって同情するでもない、作者の冷静な視点は説得力がある。ほんとうはたくさんの文化集団に分かれていたのに、白人の勝手な都合で「アボリジニ」と統一されてしまい、なおかつ文化も奪われながら、それでも根底にはそれぞれの伝統にしばられ、文化を持っている彼らに対して、なんともいえない複雑で切ない思いを抱いてしまった。
作者が提示したのは、オーストラリアの片隅の、ある家族像にしかすぎないけれど、こういう本物から得られるものは大きい。たいていの人には、自分が入り込んで一緒に暮らしてみようという勇気やチャンスなどないから、なおさらだ。こういうとんでもない宝物って、表面上には見えなくても、きっと 彼女の創作世界へプラスに働いているんだろうな。
村上春樹 柴田元幸著、文藝春秋、740円(税別)
現在ベストセラー上位に入っている本である。たしかに読み応えがある。翻訳にたずさわる人でなくても、小説が好きな人、はたまた読むこと/書くことが好きな人には、なかなかの説得力がある。
さて、この本は、翻訳のノウハウやテクニックではなくて、「心」を語っている。そこがなによりも魅力なのだ。翻訳ってこんなにおもしろいんだ、ということを改めて教えられた気がする。質問をする翻訳勉強者にしてみれば、ふたりの答えは、なんだか雲をつかむような曖昧な話に受け取れなくもない。けれど、それだけこの二人が実践をかさねそこまで到達したんだなというのがかえってよくわかる。
全ての文章が、ケースバイケースなんだから、数学の方程式みたいに、パパッと唯一の正解が出てくるわけない。そういう答えをする人は、かえって疑わしいと思う。
作家が本業の村上は、翻訳することで自分の頭のバランスを保つ、とか、文章、文学的に勉強するのに翻訳が役にたつとかというコメントが興味深い。あと、作品に対する偏愛。やっぱりこれって大切だよなあ。文章のビートとリズムについても、ふむふむと納得してしまった(自分の文章はどうだろうか、とちょっとヒヤッとしてしまったが....)。