『ポケモンえいごであそぶモン!』2003.8.20
キャラテックス、アートクエスト著、 小学館ホームパル、1300円(税別)
子ども向け英語入門書のポケモン・バージョン。今や世界のポケモンなのに、こういう本格的なお勉強モードの入っている本は初めてではないだろうか。(英単語レベルの絵本や、『ポケモンdeイングリッシュ!』というビデオはあるが。)
やさしい英単語はもちろん、日常的によく使う表現が登場し、教材として充実しているのがまずは買い。その上、子どもたちにおなじみのポケモンだから、楽しく英語の世界に入っていけるだろう。アルファベットが、ぜんぶポケモンでまかなえるのはさすが。CD−ROM付きでこのお値段はぜったいにお得!
ちなみに、関係者からちらりと聞いた話では、ポケモンは人間のことばを話さないのが鉄則だから(ロケット団のニャース、ミュウツー、ルギアなど、映画に出てくるエスパーポケモンなどはあくまで例外)、吹き出しを、もろ吹き出しっぽくならないように、けっこう苦労するのだとか。
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アン・ブラッシェアーズ著、大嶌双恵訳、理論社、1480円(税別)
『トラベリングパンツ』の続編。前作がなかなか気に入ったので、けっこう期待していたのだが、個人的にはちょっとイマイチだった。
さわやかな結末へ導いていくストーリー展開はうまいと思うが、個々の話が、あまりおもしろくない。まあ、前作だって、どうってことのない話をうまく組み合わせたのが良かったんだといわれればそれまでだが、それでも、今回のほうは各話があまり立っていなかった。
レーナの恋は、昔のロマンスのような古くさい展開。クサい。でも、あのレーナもやはり現代っ子だなあというオチはまずまず。カルメンとティビーは、前作の焼き直しという感じ。ブリジットの話が一番じんときたが、それ以前に、まず初期設定のリアリティに難あり。トラベリングパンツもはく機会が少なくて、魔力を存分に発揮できていないが、今回は、トラベリングパンツを「はかない選択」にチャレンジしたのかもしれない。
この四人の友情は、前作でも、違和感が多少あったが、今回はさらにそれを感じた。そもそも、いったいなんで大親友なんだろう? もちろん、対外的な説明はなされている(母親同士が、妊娠時から仲良しだったから)。けれども、それだけでは、これほど個性の違う四人が、おそろしく固い絆で結ばれている理由としては不十分な気がする。まあ、ようするにこの物語は、夏休みという「非」日常的な時間だけをピックアップして、彼女たちのふだんの学校生活とかがさっぱりわからないからだろう。もし、さらなる続編があるとしたら、トラベリングパンツのオフシーズン版もやってもらいたい。
ついでに、この仲良し四人組のことを考えていて、ふと思いついたのが、「ソロリティ」である。アメリカの、主に大学にある社交クラブみたいなものだが、これといった共通点(例えば、テニス、チェス、映画とか)があるわけではなく、必要なのはsisterhoodという絆だけ(まさに、『トラベリングパンツ』の原題そのもの)。入会するためには、傍目から見たら「くだらない」としか思えない儀式をクリアして(例えば、一週間ずっと、木の棒を抱きかかえて過ごす。もちろん、授業中だろうと、入浴や就寝時だろうと、一瞬たりとも肌身離さず)、全会一致で承認されなければならない。で、見事入会できたあかつきには、とにかく、つるむ。パーティをする。(ボランティアとかもやるらしいが....)アメリカって、個人主義というわりには、こういう風に無理矢理一緒にいる仲間をつくるなんて変なのーと私はいつも思いながら眺めていた。で、『トラベリングパンツ』は、母親同士うんぬんという大義名分がもともとあるから、堂々と同盟を組めるというわけである。
若い作者の書いたバリバリ現代っ子の話なのに、会話がみょうにレトロ口調なのは(「これ、おいしいですわ、おじさま」@カルメンとか)、なにかを意図があるのだろうか?
ルイス・サッカー著、幸田敦子訳、講談社、1100円(税別)
まず、この作品の親本『穴』は、文句なくおもしろい作品なので、未読の方はぜひ。
その『穴』の主人公スタンリー・イェルナッツによる、矯正キャンプのサバイバルガイドである。原作に登場したキャラクターのサイドストーリーが満載。『穴』を読んだことのある人は、ふたたび作品世界に戻りたくなるし、もしこちらが初めてでも、十分に独立して楽しめる。
いわゆるガイドブックの類だが、語り手のスタンリーのスタンスが、みょうにシビアなのがいい。サソリやらトカゲやら、詳しく丁寧に説明してあって、すごいリアルな臨場感がある。矯正キャンプという限られた世界のサバイバルブックでありながら、立派にサバイバルをとげたスタンリーのことばには、すべての人に共通する知恵がつまっている。
幸田さんの訳は、相変わらずテンポよく読みやすい。なおかつ吸引力のある文体。こうありたいもの。
そうそう、何度かサバイバルテストが登場するのだが、私は外しまくりだった。これで、人生をサバイバルしていけるのだろうか....
Harry Potter and the Order of Phoenix(ハリ・ポッターと不死鳥の騎士団) 2003.7.13
J. K. Rowling, Scholastic(U.S. 版)
orderの意味が、勲章なのか、騎士団なのかで、原書の出版前からあれこれ物議をかもしたり、はたまた、今度死ぬのはこの人だ!という予測がヤフーのトップニュースに流れたり、話題の絶えなかった第5巻がようやく登場。ちなみに、死亡者の予測は、見事はずれ!
アメリカ版で870ページ。長い、長すぎる。ファンにはこの長さがたまらなく嬉しいのかもしれないが、非ファンの私には、不要に思える過剰な説明&描写が少なくなかった。なにせ、200ページになって、ようやく学校が始まるのだ。
全体の内容は、第4巻でヴォルデモートが完全復活した後、直接対決に向けての準備号という感じ。だから、重要な人物の死とか、そういう細かい進展はあっても、大筋では、第四巻とそれほど状況は変わらない印象である。では、870ページも費やしてなにしていたのかというと、ヴォルデモート復活をどうしても認めたくない魔法省と、ダンブルドアとの対立があったのである。そして、これが、ひどい。ダンブルドアの勢力を恐れる魔法大臣が、ホグワーツの運営をのっとろうとして、監督者を送りこむのだが、三流コメディのような、リアリティに欠ける独裁政治ぶり。しかも、この監督者の処理が、こんなに長い本なのに、あまりにあっけなく、そして、大きな矛盾をはらんでいる。第6巻以降に説明があるのだろうか?
ハリーは、諸事情をかんがみても、ちょっとキレすぎ。しかも、またもや、周囲のアドバイスをことごとく無視して独断で行動したうえ、とんでもない失態をやらかしたあげく、最後は他人にやつ当たりする。それに、ハリーの父親が、ダドリーやドラコ・マルフォイさながらに、スネイプのことをいじめていた事実が発覚したりして、がっかり。それをハリーに問われて、言い訳するシリウスやルーピンの「おれたちも若かったよなあ」「当時はまだ15歳で、分別がなかったんだ」は、いくらなんでも、あんまりではないか。なおかつ、そのいじめ場面(スネイプの記憶)をハリーにのぞき見させる、作者の無配慮には、呆れたの一言である。
ハリポタシリーズの序盤は、学校物語の部分が魅力的だったのかもしれないが、巻が進むにつれて、ヴォルデモートとの対決モードが濃くなり、お気楽学園モードとだんだん相容れなくなっている。残すあと2巻は、どういう展開になっていくのだろうか。(少なくとも、これ以上長くならないことだけは願う。)
森絵都文、スギヤマカナヨ絵、理論社、1200円(税別)
「世界でひとりだけのあなたへ」という帯のキャッチにある通り、下手すれば自己啓発臭くなってしまうテーマを、さらりとユーモラスに仕立てているのがうまい。昨今では、ゆとりの教育とか、個性重視などが、あまりに大げさに仰々しく、かつ漠然とうたわれるけれど、その人だけの個性は、この本にあるように、ごく身近で具体的なことから発するのだと思う。
個人的に一番ツボだったのは、インドの少年が登場するくだり。主人公のようた君によく似たインドの少年が登場して、あわやようた君のオリジナリティはいかに?! となるのだが、次のページをめくるとほっと一安心。このちょっとした間合いのセンスは抜群。『ウォリーを探せ!』さながらの場面もあったり、アニメのコマ割り画のようなところもあったり、随所に遊び心がふんだんに盛り込まれているイラストも楽しい。