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TERTIUM BBS(ウスペンスキー掲示板)

高橋 (メールURL)

P.D.ウスペンスキーと、G.I.グルジェフについて語り合うための掲示板です。参加される方は、少なくとも『奇蹟を求めて』(平河出版社)は読んでおいてくださいね。ボードリーダーは、小森・高橋両名です。

投稿ボタンを押すと、記事の整形結果が表示され、そこで Yes をクリックすると実際に記事が投稿されます。 Yes をクリックしない限り、実際に記事が投稿されることはないので、気楽に投稿ボタンを押しても大丈夫です。

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高橋 RE:RE:感想など(長文) 2000年04月10日(月)10時05分38秒

ワーカーさん、丁寧なレスどうもありがとうございます。

まず、「源流捜し」という言葉ですが、私もワーカーさんと同じく
“Gurdjieff の思想や System の「源流」を捜すこと”と解釈して
いました。そこが伝わらなかったのは私の表現の至らなさだったと
思います。ですから、「源流捜し」という言葉の意味の取り違えが
“コメントの論調”を決めたわけではありません。

ワーカーさんが看破していらっしゃるとおり、実際には以前のワーカー
さんの書き込みの中に、私が“Foudation 系の人々の正統派意識”の匂いを
感じ取ったことが、先の投稿の“論調”につながったのですが、
ワーカーさんがご自分の立場を率直かつ明快に語ってくださったので、
私の思い過ごしだと分かりました。もし気に障る表現があったとしたら
お詫びさせていただきます。

ですから、今後ワーカーさんの発言を“Foudation 系の人々の鼻持ちならない
態度”などとは考えませんので、どうか知識を控えたり限定したりなさらず、
ワーカーさんが公にしても差し支えないと判断される範囲内でご自由に発言
していただきたいと思います。

ところで、ワーカーさんの先の書き込みで興味深い箇所があったの
で、質問させてください。

>Ouspensky 自身、 Gurdjieff から教わったことは、 Guejidff
自身が知っている中のほんの僅かなことであるし、当
Gurdjieff も、もはや Esoteric な繋がりを失ってしまったとこ
ぼしていたという逸話もあり、そのような意味でも、 Gudjieff
すら断片的にしか持っていなかったかもしれない秘教的な思想を
西洋人に分かりやすい形に体系化した内容を "Gurdjieff -
Ouspensky System" と呼んでもいいし、呼ぶべきだとも思ってい
 ます。

“Gurdjieff も、もはや Esoteric な繋がりを失ってしまったと
こぼしていたという逸話”というのはどこに書かれているのですか?
ウスペンスキーがそう言っていたという話は知っていましたが、
グルジェフ自身がそう語っていたとは知りませんでしたので…。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ワーカー Re: 感想など (長文) 2000年04月10日(月)07時12分05秒

  高橋さん、コメントありがとうございます。ワーカーです。


  At 05:53 +0900 2000.04.09, In Article "Re: 文献資料につい
  て ", I wrote:
: 分かりにくい書き方をして、すみません。 Colin Wilson は論外
: としても、過去記事にあげられている、 J. G. Bennett, Louis 
: Pauwels, James Webb, Idries Shah, Rafael Lefort (pseud.), 
: Boris Mouravieff, そしてこの掲示板では取り上げられていませ
: んでしたが、 Pamela Travers など、 Gurdjieff の伝記・逸話
: や「源流捜し」は、出版された当初から、その内容に関して様々
: な批判がなされています。


  高橋さん wrote:
: 「源流捜し」に対して「出版された当初から」「様々な批判」を
: しているのはたぶんグルジェフ・ファウンデーションの人々で
: しょうが、具体的にどんなものがあるのか知らないので、過去の
: 書き込みでは触れることができませんでした。 


  ここで、私が「源流捜し」という言葉が指すものを明示しな
  かったために、私の意図とは違う形で、この「源流捜し」という
  言葉が解釈されてしまったことが、今回の高橋さんのコメントの
  論調に大きく響く結果になってしまったと思います。

  私が「源流捜し」という言葉で表していたのは、 Gurdjieff の
  思想や System の「源流」を捜すことです。この「源流」を「 
  Gurdjieff の言動・著作のみに依って構成される思想とその正当
  な流れ」というように解釈されたように受け取られるのですが、
  いかがでしょうか。

  Pauwels や Lefort などの著作は、第三者による検証が不可能な
  証拠や、推測でもって書かれている部分が多いという批判は、 
  Foundation 系の内外に関係なく、出版当初から指摘されていま
  した。

  Sufi, Gnosis, ギリシア正教、古代ギリシア哲学、チベット密教
  などなどの Gurdjieff の思想の「源流捜し」の部分についても
  批判があったということを書いたもので、特に Foundation 系の
  人々のみが拒否反応を起こすような内容についてではありませ
  ん。


  I wrote:
: 直接の弟子に関しても、 J. G. Bennett をはじめ、孫弟子に当
: たる Maurice Nicoll, Rodney Collin などには、独自の思想が
: かなり混入しており、そのことを踏まえずにテキストを読むと誤
: 解を生じる部分があります。 William Patrick Patterson 
: (Bennett の弟子 ) は、よい本も書いていますが、「源流捜し」
: に関しては、一種独特な持論を展開しています。


  高橋さん wrote:
: J. G. Bennett 、Maurice Nicoll、 Rodney Collinに独自の思想
: が混入しているのはその通りですが、彼らを一様に「亜流」とし
: て片付けるわけにはいかないと私は思っています。特にウスペン
: スキー〜モーリス・ニコールの流れには学ぶに値する多くのもの
: が含まれていると思います。William Patrick Pattersonについ
: ては、どんな「独特の持論」を持っているのか知らないので何と
: も言えませんが、“正統派”の目からは“異端”に属する人なの
: でしょうか。


  この「亜流」という表現も、私の「源流捜し」という表現の不適
  切さから生じた、「源流」の反意語として使っていらっしゃるの
  ではないでしょうか。私は前回の文章で、独自の「展開」という
  表現を使用しているように、「亜流」などという扱いをしていま
  せん。「異端」などの言葉はもちろん使っていませんし、そのよ
  うな考えもありません。

  Patterson の「源流捜し」に関する「独特の持論」というのは、
  上に書いたように Gurdjieff の思想の源流に関してです。その
  時期その時期に、源流の推測には流行があって、 Gurdjieff 存
  命当時からあったのが、 Shah や Subud 関係に取り上げられる 
  Sufi 源流説、それから「 Gurjieff = ドルジェフ」説にあるよ
  うにチベットの「秘密僧院」源流説でした。

  Shah, Bennett, Subud の絡みでは、それぞれ Sufi に関連づけ
  ることで、利害関係が発生するので、その主張は今ではほとんど
  聞かれません。 Bennett が Shah に「騙され」て、土地建物や
  自分のグループを失ったこと、 Bennett が Subud に弟子入りし
  たことなどで、その関心は一気に冷めてしまいました。

  「 Gurdjieff = ドルジェフ」説に関しては、 James Webb の 
  "The Harmonious Circle" で、年代が合わないことが指摘されて
  います。それでも、 Gurdjieff がロシアの諜報活動員としてチ
  ベットに潜入していたという可能性は依然指摘されていますが、
  思想の「源流」としての根拠としては扱われなくなってきまし
  た。

  その後、 "Mouravieff Phenomenon" とも Patterson に酷評され
  ている "Eastan Orthodoxy" 源流説が急浮上してきて、前田樹子
  さんもこの説に同調した本を書いていますが、これも、この説を
  唱えることで Mouravieff に利害関係があったことと、 Eastan 
  Orthodoxy と Gurdjieff を結びつけるには、根拠に欠けること
  などによって、確かにこれは Foundation 系の論者に見られる傾
  向ですが、現在はあまり取り上げられていません。

  そして、私もよく分からないのですが、現在注目されているの
  が、なぜか Patterson によって主張されているエジプト源流説
  です。単行本としてはまだ出ていませんが、その説を主張してい
  る幾つかの文章と彼のナレーションが入ったヴィデオテープがあ
  ります。しかし、どれも核心部分は暈していて、他の諸説と同じ
  く決定的な根拠に欠けています。

  それから、 Patterson は、決して「異端」とは見なされていま
  せん。彼は、 Bennett - A. G. E. Blake ("Beelzebub" や 
  "Fragments" の "Guide and Index" を作成・編集したことでも
  有名 ) の流れに属する人で、 Gurdjieff Foundation の創始者
  である故John Pentland 卿とも繋がりのあった人です。

  確かに Patterson のエジプト源流説はかなり疑問視されていま
  すが、それまでの "Eating the 'I'", "Ladies of the Rope", 
  "Struggle of the Magicians", "Taking with the Left Hand" 
  などの著作は、割と高い評価を受けています。

  余談になりますが、私の先程の Enneagram についての投稿に関
  連することですが、この Bennett, A. G. E. Blake とも、 
  Enneagram に関する本を書いています。過去記事の参考文献には
  あがっていなったので、追加しておきます ([1][2][3]) 。


  I wrote:
: これはご存じだと思いますが、 Ouspensky の "System" の解説
: にしても、 Gurdjieff と決別してから独自の「展開」が見ら
: れ、 Gurdjieff の思想を純粋に調べたいならば、 Ouspensky の
: 著作は "Fragments" しか参照しなくてもよいという意見さえあ
: るぐらいです。


  高橋さん wrote:
: その観点からすると、「グルジェフ・ウスペンスキーのシステ
: ム」という言い方は間違いということになるのでしょう。ワー
: カーさんご自身はそれについてどうお考えなのか興味あるところ
: です。


  もはや繰り返す必要はないかと思いますが、この文脈は「源流」
  云々の話とは、もはや関係がありません。 Gurdjieff の弟子達
  のその後の思想的「展開」も亜流や異端とは見なしていないとい
  うことも、もう一度断っておきます。

  私自身の見解としては、 "Fragments" 以外の Ouspensky の 
  The Fourth Way 関係の著作は、 "Gurdjieff - Ouspensky 
  System" と誰もが呼べると思っています。まさに Ousepnsky の
  「展開」が不可分に含まれているからです。 "Fragments" に関
  しては、 Gurdjieff の言行録と Ouspensky 自身の思索とを
  はっきりと分離して書いてありますので、そういう意味では、逆
  に Gurdjieff と Ousepnsky の System に関する見方の相違点な
  ども先鋭化してきて、興味深いところです。

  "Fragments" を "Gurdjieff - Ouspensky System" と見なすかど
  うかは、次の点をどう見るかといういうことにも関わっていると
  思います。すなわち、 Gurdjieff がロシアに現れた時点で彼の
  思想や System が完成していたかどうかです。

  確かに The Work の形態やそれぞれの次期における各 The Work 
  の比重は、その時期に依って随分と違います。それを、彼の「完
  成された」教えを西欧文明の元に生まれた人々にどう適応するか
  に変遷があったと見るのか、彼の思想 System 自体も「発展・実
  験段階」であったと見るのかという問題に関わってきます。

  現在の様々な人名辞典やオカルト史研究書では、ほとんど全てが
  後者の意見になっており、それに加えて Gurdjieff は、「後継
  者の養成に失敗した」ということになっています。そのような観
  点からすると、 Gurdjieff の System は未完であったというこ
  とになり、その思想の発展段階にとても大きく関わったというこ
  とで、 "Gurdjieff - Ouspensky System" というように全く同格
  に扱っても構わないと思います。

  Ouspensky 自身、 Gurdjieff から教わったことは、 Guejidff 
  自身が知っている中のほんの僅かなことであるし、当 
  Gurdjieff も、もはや Esoteric な繋がりを失ってしまったとこ
  ぼしていたという逸話もあり、そのような意味でも、 Gudjieff 
  すら断片的にしか持っていなかったかもしれない秘教的な思想を
  西洋人に分かりやすい形に体系化した内容を "Gurdjieff - 
  Ouspensky System" と呼んでもいいし、呼ぶべきだとも思ってい
  ます。

  ただ、それ以降の各弟子の思想的「展開」は、 Gurdjiff の預か
  り知るところではないので、 "-" で示される内容は、「共作」
  という意味ではなく、「展開」、「流れ」という意味で使用する
  方がよいと思っています。


  I wrote:
: 以上のように、それぞれの著作を後代の研究者たちがどのように
: 評価し、扱っているのか、それぞれの著者がどのような人物で、
: どのような意図を持って、どのような読者を対象に書かれたの
: か、その著作にどれぐらい著者の思想の「展開」が反映されてい
: るのか、などを知っておく方が ( 知っていれば併記した方が ) 
: 誤解が少なくなるかと思います。


  高橋さん wrote:
: 少し疑問に感じたのですが、「後代の研究者たち」というのはそ
: れぞれの個人の思想に対して本当に客観的な判断を下しているの
: でしょうか。文献を引用する際にいちいちそういう評価を併記す
: るのは、かえって読者にいらぬ先入観を持たせることになるので
: はないかという気もします。


  個人の思想に対して「客観的」であるというのは、研究者の大半
  が主体的に The Fourth Way に関わっている性質がある以上、学
  問としての哲学や思想の研究以上に、成立し得ない部分があると
  思います。

  この引用されている私の文章も大変分かりにくくなっており、こ
  ちらの意図に反するように解釈されてしまった恐れがあります。
  「それぞれの著作を」というのは、前に書いている Pawuels や 
  Lefort などのことです。「それぞれの著者が〜」も同じくそう
  です。

  ですから、後代の研究者達が「それぞれの著作」をどのように
  扱っているのかということを知っておくということは、分かり
  やすく言うと、現在の研究者達は「一般的に」そのような著作
  をどのように評価し、扱っているのかという、広い意味での研
  究者達のほぼ一致する「総意」なり「常識」なりを抑えておい
  た方がいい、ということを言いたかったのです。

  もちろん文献資料としての扱い方に関しても、「後代の研究者た
  ち」にもいろいろな立場があるので、主観が入ることは否めませ
  んが、近年の論文形式にされているものに関しては、文献学的、
  史学的な考証が加えられている場合が多いので、初期の著作ほど
  曖昧な論拠や推測に基づく結論は少なくなっていると思っていま
  す。

  私としては、「後代の研究者たち」にしても、その人がアカデミ
  ズムに身を置く人なのか、それとも The Fourth Way 関係のいず
  れかのグループに身を置く人なのか、などの情報は併記しても、
  読者に「いらぬ」先入観を与えることにはならないと考えていま
  す。

  あくまで私の個人的なコメントですので、このことを特に主張し
  たいわけではないですし、このことについて深く議論するつもり
  はありませんでしたので、参考程度にとどめていただければ幸い
  です。もちろん、更なるコメントは歓迎します。


  I wrote:
: ただ、これらのことは、出版されている文献を集めても見えてこ
: ない部分もありますので、やむを得ないこともあると思います。
: そういう部分で補えることがあれば、私が知っていることなどほ
: んの僅かですが、今後もコメントさせていただくことがあるかも
: しれません。


  高橋さん wrote:
: コメントの際には、どんな資料のどの箇所を根拠にしているかを
: 明示していただければありがたいです。


  私の文章を引用していただいた部分を再読していただければ、理
  解していただけると思いますが、私は、「ただ、これらのこと
  は、出版されている文献を集めても見えてこない部分もあります
  ので、やむを得ないこともあると思います。そういう部分で補え
  ることがあれば、〜今後もコメントさせていただくことがあるか
  もしれません。」と書いています。

  ですから、そういう面でのコメントに関しては、文献には載って
  いない以上、参照資料や参照箇所を示せないのは、明らかです。
  勿論、何かを断言して主張するときには、第三者が参照可能な参
  照元を示して述べるつもりです。

  少し話が脱線するようですが、私は海外での Gurdjieff 
  Foundation 系の人々と、それ以外のグループに属する人々、ま
  たそれらの伝統に属さないグループに属する人々などの不毛な議
  論を長年見てきました。

  その中で目立つのはやはり、 Foudation 系の人々の正統派意識
  の高さやその硬直した態度と、それ以外の人たちの Foudation 
  系の人々が見せるそのような態度への批判という構図でした。或
  いは、「伝統の上に胡座をかいているが何の成果もあげていな
  い」 Foundation 系の人々に対して、自分たちの方がより柔軟
  な "Method" を持っていると主張するグループと、あくまでそれ
  を「正統派」の論理で矯正しようとする Foundation 系の人々の
  熱の入った使命感、という対立の構図もありました。

  そのような構図をここに持ち込みたくはないし、私はどちらの立
  場にも理解を示す形で、ここでは発言させていただきたいと
  思っています。そういう意味では、私の発言は、全ての人が参照
  可能な資料だけに基づいたことしか書かない方がよいのかなとも
  思いました。

  私は、伝統の流れに属する人や一般の研究者やその他の方々から
  様々な私的な資料や遺物を見せてもらったり、話を聞いたりはし
  ていますが、そういうことを話すのを Foudation 系の人々の鼻
  持ちならない態度と重なって、「鼻につく」のであれば、私はそ
  のように見られて有益なやりとりが阻害されるのは本意ではない
  し、そうなるなら、控えようと思います。

  以上、長文になりましたが、私のここでの基本的な態度と、前回
  のこちらの書き方の不備から生じた「源流捜し」等の言葉の取り
  方の相違に関連する私の推測と説明は、だいたい理解していただ
  けたかと思います。

  それでは、高橋さんをはじめ、皆様のさらなるコメントをお待ち
  しています。


  [1] J. G. Bennett, Enneagram Studies, Samuel Weiser, 
      1983, 133p.,  ISBN 0-87728-544-6

  [2] J. G. Bennett, The Planetary Enneagram, Santa Fe: 
      Bennet Books, 1990, ISBN 0-9621901-3-6

  [3] A. G. E. Blake, The Intelligent Enneagram, Boston: 
      Shambhala, 1996, 391p., ISBN 1-57062-213-2

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ワーカー Re: 文献資料とエニアグラム 2000年04月10日(月)07時06分50秒

  小森さん、お返事ありがとうございます。ワーカーです。


  小森さん wrote:
:   この、エニアグラムに関する話も、おうかがいしたいです。
:   エニアグラム関連の本は、日本でもちょっとしたブームで、
: 鈴木秀子さんらの「九つの性格」などベストセラーになっていま
: す。グルジェフが源流のはずなのに、全然オリジナルにふれてい
: ないエニアグラム書の流行に疑問を感じているところでもありま
: すし。


  まず、 Ichazo の "Enneagon" と Gurdjieff の Enneagram の関
  係について、最新の資料である、


  * William Patrick Patterson, Taking with the Left Hand: 
    Origin of Enneagram, Fellowship of Friends, & Esoteric 
    Christianity, Telos, 1995, 176p., ISBN 1-879514-10-9


  を御一読下さい。ここでは、 Ichazo の "Enneagon" は、 
  Gurdjieff からの「盗用」であるとし、 Ichazo と The Fourth 
  Way group との関わり、 Ichazo が 1950 年には "Fragments", 
  "Tertium Organum" のコピーを譲り受けていたことなどが記され
  ています。

  この本には書かれていなかったと思いますが、この時期に既に 
  Ouspensky と決別した Rodney Collin が南米に来ています。そ
  して、 Rodney Collin の著作の中には人間の「タイプ」を 
  Enneagram を当てはめたものが既に存在しているようなのです 
  ( 未確認 ) 。

  Collin がこの時期に南米に来ていたことが、即 Ichazo と接触
  したという推測には繋がりませんが、この Collin の類型論と 
  Ichazo - Naranjo の流れにおける "Enneagon" の性格類型論の
  整備史の資料が手に入れば、その内容を比較することに
  よって、 Collin -> Ichazo への影響が窺えるかもしれません。

  これ以上のことは、まだ発表・刊行されていませんし、滅多なこ
  とは言えないのですが、次の私の高橋さんへの返答とも関わるの
  ですが、まだ共通して参照できる文献なり資料が用意されていな
  い以上、私はこういうことについての発言をしない方がいいのか
  もしれません。

  ところで、話が連想で飛びますが、この頃、ブラジルに現れた、
  明らかに The Frouth Way の影響を受けた教えを説き始めた人物
  に、 Samael Aun Weor という人がいます。 Gnosis Center の主
  催者で、日本にも「ノーシス」という団体名で支部が入ってきて
  います。

  Weor の "Gnostic Psychology( 邦訳『ノ−シス心理革命』ミチ
  コ・ネリ訳 新泉社 (1983) 189p., ISBN:4787798022)" などを
  読むと、 "Fragments" の影響が非常に強く現れています。今、
  手元にこの本がないのですが、確か原書の初版が 1950 年ぐらい
  でした。

  この本によると、 Weor は、 1949 年に日本で言う薬事法違反の
  ような罪で、服役しています。この間かその後にブラジルで 
  "Fragments" の本かコピーを入手していたと思われます。

  このような例もある中で、 Ichazo の "Ennagon" の出所も当然
  推測されるわけですが、どのような訴状による裁判でどのような
  判決が出たのかは知りませんが、 Ichazo からの Enneagram が 
  Gurdjieff のそれとは分けて扱われている以上、その共通のルー
  ツとして Sufi 等の、それこそ根拠薄弱な推測で、そのルーツが
  語られているのを甘んじて享受するしかないのだろうか、とも
  思っています。

  私個人としては、 The Fourth Way group と Ichazo の接触以外
  に、上に書いた Collin の類型論との関係を調査してみたいと
  思っています。

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高橋 感想など 2000年04月09日(日)22時35分03秒

以下はワーカーさんの発言(Re: 文献資料について 2000年04月09日(日)05時53分52秒)に対する私のコメントです。

> Colin Wilson は論外としても、過去記事にあげられている、 J. G. Bennett, Louis Pauwels, James Webb, Idries Shah, Rafael Lefort (pseud.), Boris Mouravieff, そしてこの掲示板では取り上げられていませんでしたが、 Pamela Travers など、Gurdjieff の伝記・逸話や「源流捜し」は、出版された当初から、その内容に関して様々な批判がなされています。

「源流捜し」に対して「出版された当初から」「様々な批判」をしているのはたぶんグルジェフ・ファウンデーションの人々でしょうが、具体的にどんなものがあるのか知らないので、過去の書き込みでは触れることができませんでした。 

>Shah, Mouravieff ( 後継者の Robin Amis), Robert Burton などは、 Gurdjieff とは関係なく、自分自身が「秘教的なグループ」を持っていた人で、 Gurdjieffian や "The System" に関心を持つ人た
ちを自分のグループに惹きつけるための内容が多分に含まれており、参考にするに当たっては、その内
容をしっかり吟味する必要があります。

同感です。

>直接の弟子に関しても、 J. G. Bennett をはじめ、孫弟子に当たる Maurice Nicoll, Rodney Collin などには、独自の思想がかなり混入しており、そのことを踏まえずにテキストを読むと誤解を生じる部分があります。 William Patrick Patterson (Bennettの弟子 ) は、よい本も書いていますが、「源流捜し」に関しては、一種独特な持論を展開しています。

J. G. Bennett 、Maurice Nicoll、 Rodney Collinに独自の思想が混入しているのはその通りですが、彼らを一様に「亜流」として片付けるわけにはいかないと私は思っています。特にウスペンスキー〜モーリス・ニコールの流れには学ぶに値する多くのものが含まれていると思います。William Patrick Pattersonについては、どんな「独特の持論」を持っているのか知らないので何とも言えませんが、“正統派”の目からは“異端”に属する人なのでしょうか。

>これはご存じだと思いますが、 Ouspensky の "System" の解説にしても、 Gurdjieff と決別してから独自の「展開」が見られ、 Gurdjieff の思想を純粋に調べたいならば、 Ouspensky の著作は "Fragments" しか参照しなくてもよいという意見さえあるぐらいです。

その観点からすると、「グルジェフ・ウスペンスキーのシステム」という言い方は間違いということになるのでしょう。ワーカーさんご自身はそれについてどうお考えなのか興味あるところです。

>以上のように、それぞれの著作を後代の研究者たちがどのように評価し、扱っているのか、それぞれの著者がどのような人物で、どのような意図を持って、どのような読者を対象に書かれたのか、その著作にどれぐらい著者の思想の「展開」が反映されているのか、などを知っておく方が ( 知っていれば併記した方が) 誤解が少なくなるかと思います。

少し疑問に感じたのですが、「後代の研究者たち」というのはそれぞれの個人の思想に対して本当に客観的な判断を下しているのでしょうか。文献を引用する際にいちいちそういう評価を併記するのは、かえって読者にいらぬ先入観を持たせることになるのではないかという気もします。

>ただ、これらのことは、出版されている文献を集めても見えてこない部分もありますので、やむを得ないこともあると思います。そういう部分で補えることがあれば、私が知っていることなどほんの僅かですが、今後もコメントさせていただくことがあるかもしれません。

コメントの際には、どんな資料のどの箇所を根拠にしているかを明示していただければありがたいです。

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小森 文献資料とエニアグラム 2000年04月09日(日)13時53分19秒

ワーカーさん。お返事ありがとうございます。おかげさまで、何人かの伝記作家の位置づけに、新たな理解が得られました。
 ジェイムズ・ムーアの伝記は、私はもっていないので未読ですが、高橋さんはお持ちのようですね。浅井雅志さんが翻訳をなさっていると聞いたので、刊行されるのを待っているところですが、出版事情のせいで延期されているようですね。
イドリース・シャーについては、私は独自の価値をもつ著作家だとは思いますが、グルジェフ関係に触れている記述は、もともと全く信用がおけないだろうと感じていました。

>また機会があれば書くかもしれませんが、恐らくこの Rodney
Collin 経由で、 Oscar Ichazo の Enneagon ⇒ Enneagram の変
形の流れがあったようです。

  この、エニアグラムに関する話も、おうかがいしたいです。
  エニアグラム関連の本は、日本でもちょっとしたブームで、鈴木秀子さんらの「九つの性格」などベストセラーになっています。グルジェフが源流のはずなのに、全然オリジナルにふれていないエニアグラム書の流行に疑問を感じているところでもありますし。

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ワーカー Re: 文献資料について 2000年04月09日(日)05時53分52秒

  小森さん、お返事ありがとうございます。ワーカーです。


  小森さん wrote:
: さきほど”BRIDGE12"とかいう、ウスペンスキーが作者名の謎の
: 文献を、古書オークションで発見したので注文したのですが、ウ
: スペンスキーに限っても、私家版、関連文献の森は深いのだと痛
: 感しました。


  その資料は、


  * The Bridge: P. D Ouspensky Commemorative Issue, London: 
    The Study Society, 1997, 257p.


  のことだと思います。これも Ouspensky の没後 50 年を記念し
  て出されたものです。多数の論者が Ouspensky に関する文章や
  論文を寄せたものです。いろいろ参考になることが多いと思いま
  す。


: この掲示板をどこ経由でご発見になりましたか? 検索ページで
: しょうか。グルジェフ関連のページがいくつかありますが、そこ
: からここへリンクはっているところは知らないし──。「日本
: で」というご発言からすると、もしかして海外におられる方で
: しょうか?


  年に何度か WWW のサーチエンジンで、 The Fourth Way に関連
  する幾つかのキーワードで検索していまして、先日それで引っか
  かりました。それから、今は私は日本にいます。


:  このご発言の後半は、ちょっとよくわからないところがありま
: した。文献資料を援用していた、過去の私や、高橋さんの発言に
: 関して、こういう内容を添え書きした方がよい、ということで
: しょうか?
: たとえばコリン・ウィルソンは、文献資料的にはいい加減な人だ
: から、その証言はあまり信用がおけない、とかそういうことを添
: えた方がよいということでしょうか。


  分かりにくい書き方をして、すみません。 Colin Wilson は論外
  としても、過去記事にあげられている、 J. G. Bennett, Louis 
  Pauwels, James Webb, Idries Shah, Rafael Lefort (pseud.), 
  Boris Mouravieff, そしてこの掲示板では取り上げられていませ
  んでしたが、 Pamela Travers など、 Gurdjieff の伝記・逸話
  や「源流捜し」は、出版された当初から、その内容に関して様々
  な批判がなされています。

  「源流捜し」の件は、書き出すと長くなるので措きますが、伝記
  関係の真偽に関しては、最も信頼できるものとして ( 問題がな
  いわけではありませんが ) 、


  * James Moore, Gurdjieff: The Anatomy of a Myth: A 
    Biography, Massachusettu: Element Books, 1991, 415p.


  を参考にして下さい。 Moore は、 Gurdjieff Foundation のイ
  ギリス支部のリーダーの一人で、相当量の資料を駆使して、従来
  の想像や虚偽が入り交じって書かれた Gurdjiff の生涯を少しは
  見えやすくしてくれています。

  また、 Shah, Mouravieff ( 後継者の Robin Amis), Robert 
  Burton などは、 Gurdjieff とは関係なく、自分自身が「秘教的
  なグループ」を持っていた人で、 Gurdjieffian や "The 
  System" に関心を持つ人たちを自分のグループに惹きつけるため
  の内容が多分に含まれており、参考にするに当たっては、その内
  容をしっかり吟味する必要があります。

  直接の弟子に関しても、 J. G. Bennett をはじめ、孫弟子に当
  たる Maurice Nicoll, Rodney Collin などには、独自の思想が
  かなり混入しており、そのことを踏まえずにテキストを読むと誤
  解を生じる部分があります。 William Patrick Patterson 
  (Bennett の弟子 ) は、よい本も書いていますが、「源流捜し」
  に関しては、一種独特な持論を展開しています。

  これはご存じだと思いますが、 Ouspensky の "System" の解説
  にしても、 Gurdjieff と決別してから独自の「展開」が見ら
  れ、 Gurdjieff の思想を純粋に調べたいならば、 Ouspensky の
  著作は "Fragments" しか参照しなくてもよいという意見さえあ
  るぐらいです。

  以上のように、それぞれの著作を後代の研究者たちがどのように
  評価し、扱っているのか、それぞれの著者がどのような人物で、
  どのような意図を持って、どのような読者を対象に書かれたの
  か、その著作にどれぐらい著者の思想の「展開」が反映されてい
  るのか、などを知っておく方が ( 知っていれば併記した方が ) 
  誤解が少なくなるかと思います。

  これは、 Gurdjieff や Ouspensky の思想や伝記関係以外にも、
  近代オカルト史における神智学や Guejieff の流れの位置づけや
  関係についての議論についても言えます。

  ただ、これらのことは、出版されている文献を集めても見えてこ
  ない部分もありますので、やむを得ないこともあると思います。
  そういう部分で補えることがあれば、私が知っていることなどほ
  んの僅かですが、今後もコメントさせていただくことがあるかも
  しれません。

  長くなりそうなので、やや抽象的な書き方をさせていただきまし
  たが、私がコメントしたかったことが少しでも明瞭になっていれ
  ば幸いです。

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小森 POEMS OF SACRIFICE 2000年04月09日(日)03時02分06秒

ウスペンスキーの未刊小説の中の詩だけを英訳した"POEMS OF SACRIFICE"を売ってくれるページを発見しました。この発言に付したURL から飛んでください。ううむ。ロシア革命が起こらなければ、ロシアで刊行されていた小説なんでしょうね。全文英訳して刊行してほしいものです。ロシア語原稿では読めないのが口惜しい〜〜

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高橋 ターシャム・オルガヌム(42) 2000年04月08日(土)22時24分00秒

 四次元と三次元の関係を調べると、幾何学は高次元空間を調べるのに明らかに不十分であることを認めざるを得ない、とウスペンスキーは言います。
 「セント・ペテルスブルグ」を「年」で測ることができないように、四次元体を三次元体で測定することはできないことは前に指摘しました。
 その理由は明らかです。四次元体は無数の三次元体で構成されています。従って、それらには共通の基準が存在しません。四次元体と比較すれば、三次元体は線に対する点のような存在だからです。線は点で測定できず、面は線で測定できず、立体を面で測定できないように、四次元体は三次元体で測定することはできません。
 三次元の幾何学で三次元空間との関係における四次元空間の場所を定めることができない理由もはっきりしています。
 一次元の幾何学(直線)では、線の属する面の位置を定めることができず、面の上(二次元の幾何学)ではその面が側面である立体の位置を定めることができないように、三次元の幾何学、三次元の空間の中では、四次元空間を定義することはできないからです。
これまで述べたことすべてから推測すると、この空間のあらゆる点は高次元空間の線の断面だと言うことができます。リーマンの言い方を借りれば、物質原子は四次元から三次元への入り口なのです。

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小森 ハーモニアス・サークル(7)外と内の革命 2000年04月08日(土)19時01分28秒

ウェブ『ハーモニアス・サークル』の第六章は、"the inner and outer revolutions"。
ウスペンスキーがグルジェフと出会ってから協働し、ロシア革命の戦禍に巻き込まれて国外脱出をはたすまでの過程が詳述されています。かなりの箇所は『奇蹟を求めて』に書かれていることに基づき、ハルトマン夫妻の『グルジェフとともに』も参照されています。
最初の二人の出会いに関しては、グルジェフは1910年の『ターシャム』刊行後からずっとウスペンスキーに目をつけていたようです。弟子たちにウスペンスキーの本を読ませて著者がどういう人物か推測させたりしています。ウスペンスキーは、グルジェフと会うことを最初に勧められたときは、またはやりの神智学かオカルティストのたぐいかと乗り気がしなかったようですが、行ってみるとたちまちグルジェフに魅せられたようです。
この章の記述は、かなり『奇蹟を求めて』に依拠しています。ワークが進展する様子や、フィンランドでの実験の成果などなど、興味深い史実がたくさん掘り起こされています。
ウェブは『奇蹟を求めて』が、この上ない明瞭さと誠実さで書かれている反面、この本は肝心なことを隠している点で欺瞞的でもあると評価しています。ウスペンスキーが、グルジェフの道が結局自分に合わないのは、それが「第四の道」ではなく「僧侶の道」だからだと感想を漏らすところがありますが、この「僧侶の道」でウスペンスキーはなにか別のことを比喩していたのではないかとウェブは推測しています。
革命が広がって、ウスペンスキーはグルジェフに一刻もはやい国外脱出をすすめるのですが、グルジェフは国内にとどまるべきだと言って聞きません。革命の進展に関しては、ウスペンスキーの予想が的中し、グルジェフの予想は、表面的言動をみるかぎりでははずれたようです。結局ウスペンスキーは脱出の時期を失い、ボルシェビキの支配する真っ只中のロシアに取り残されます。彼は単独の決死の脱出行をする羽目になります。

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小森 RE:文献資料について (was Re: はじめまして)  2000年04月08日(土)03時27分27秒

ワーカーさん。ご教示ありがとうございます。何やらすごいインサイダー情報がありまして、目を回しそうです。リストの方は修正しなくてよさそうなので、ホッとひと息です。
ウスペンスキーの未刊行小説の原稿があるというのがまず衝撃です。それはぜひ刊行してもらいたいです。さきほど”BRIDGE12"とかいう、ウスペンスキーが作者名の謎の文献を、古書オークションで発見したので注文したのですが、ウスペンスキーに限っても、私家版、関連文献の森は深いのだと痛感しました。

>どの項目に関しても、興味を持ちました。残念ながら全て dead
link になっているようですので、見られるようになり次第、読
ませていただきます。

これは、高橋さんのページのつくりに問題があるためと思われます。私は高橋さんのページは見えますが、ブラウザとOSによっては、高橋さんのページが開かないためと思われます。高橋さん、早急に改善した方がいいですね。

こんなにウスペンスキーにお詳しいワーカーさんにおいでいただけて幸運のきわみです。この掲示板をどこ経由でご発見になりましたか? 検索ページでしょうか。グルジェフ関連のページがいくつかありますが、そこからここへリンクはっているところは知らないし──。「日本で」というご発言からすると、もしかして海外におられる方でしょうか?

それから公の掲示板には書けるのと書けないものがあるとのことですので、もちろん無理にとは申しません。書ける範囲のことで発言してくだされば幸いです。

>コメントしたかったことの内容で、共通する要素を纏めると数種
類に絞られるのですが、その中でも最も多いのは、文献資料の扱
いについてです。その資料の著者の経歴、後代の一般的な評価な
どを添えた形で、参照、紹介、コメント、比較したほうがよいと
思います。

 このご発言の後半は、ちょっとよくわからないところがありました。文献資料を援用していた、過去の私や、高橋さんの発言に関して、こういう内容を添え書きした方がよい、ということでしょうか?
たとえばコリン・ウィルソンは、文献資料的にはいい加減な人だから、その証言はあまり信用がおけない、とかそういうことを添えた方がよいということでしょうか。

今後ともよろしくお願いします。

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ワーカー  Re: 初めまして 2000年04月08日(土)02時39分45秒

  高橋さん、お返事ありがとうございます。ワーカーです。


  At 23:50 2000.04.07, 高橋さん wrote:
: もしよろしかったら私のHPへの感想や意見などもお聞かせ下さい。


  どの項目に関しても、興味を持ちました。残念ながら全て dead 
  link になっているようですので、見られるようになり次第、読
  ませていただきます。

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ワーカー 文献資料について (was Re: はじめまして) 2000年04月08日(土)02時30分24秒

  小森さん、お返事ありがとうございます。ワーカーです。著作リ
  ストの件、お急ぎのようですので、簡潔に書いておきます。


  At 13:55 2000.04.07, 小森さん wrote:
: 刊行予定の『ターシャム』の巻末に私は著作リストを付したので
: すが、そこにあげられてない本がいくつかあります。他の本に吸
: 収合併されているものは取り上げなくてもよいという観点でリス
: トアップしたのですが──
: さっそく。聞きたいことが山積していますが、まず。
: "Notes on the Gospel of Saint John",
: ↑この本は目録では見たことがありましたが、入手できなかった
: 本です。『新しい宇宙像』のなかの「キリスト教と福音書」の章
: に重なるのでは? と推測していたのですが、現物を見てないの
: で、わからなかった本です。
: "New Horizons: Explorations in Science", 
: "Poems of Sacrifice"
: ↑上の二冊も目録では見たことがあるのですが、本が手に入らな
: いので、わからなかったものです。前者は編集著作かとも思って
: 省きましたが、後者はウェブの伝記に言及があり「こんな本刊行
: されたの? 」と疑問に思っていた本です。
: よかったら上の本の初刊時の刊行年と出版社をご教示ください。
: リストに加えたいと思います。


  結論から言いますと、上記の 3 点の資料に関しては、巻末リス
  トに載せる必要はないと思います。私が把握している各文献の情
  報を書いた上で、その理由を説明します ( 題名、発行年は初版
  のもの ) 。


  [1] Notes on St. John's Gospel, Mexico City: Ediciones 
      Sol, 1949, 27p.

  [2] New Horizons: Explorations in Science, Globe Press, 
      1990, 220p.

  [3] Poems of Sacrifice, Oregon House: Always and 
      Everywhere Publishing, 1997


  資料 [1] は、 "A New Model of the Universe" とは別物で
  す。 "Mexico" という国名から想像されるかもしれませんが、 
  Ouspkensky の弟子の Rodney Collin が Ouspensky の死後に出
  版したものです。

  この時期には、 Collin は既に Ouspensky の妻との諍いも
  あって、 Ouspensky とは決別していますので、ひょっとすると
  無断で出版したものかもしれません。内容は明らかに 
  Gurdjieff の息がかかったもので、 "A New Model of the 
  Universe" のものとは違います。

  また機会があれば書くかもしれませんが、恐らくこの Rodney 
  Collin 経由で、 Oscar Ichazo の Enneagon -> Enneagram の変
  形の流れがあったようです。

  資料 [2] は、 "A New Model of the Universe" からの抜粋でし
  た。

  資料 [3] は、恐らく Ouspensky の没後 50 年を記念して出され
  たもので、 Yale Univ. の P. D. Ouspensky Memorial 
  Collection から発見された、 Ouspensky の初期の未刊行の小
  説 "Atis, the Bloodless Sacrifice" の中にあった三つの詩を
  抜き出した小冊子です。

  関係者向きに 250 部限定で、手作りで製本されたものですの
  で、一般の販路には流れていないかもしれません。

  以上、一般に出回っておらず、発行部数も少なく、抜粋されたも
  のであることから、巻末リストに入れる必要はないと思いま
  す。 Ouspensky 関係はこのようなものが多く、他にも数十点ほ
  どありますが、それが後に単行本に纏められているものもありま
  す。


: コメントしたいところがいろいろあったとのことですが、時間の
: かなりたった旧発言に関しても、間違ったことや、私らの知らな
: いことの指摘などあったら、簡単でも教えていただけると幸いで
: す。


  やはり、コメントしたいことがあまりにも多いのと、コメント内
  容が掲示板で公にすることではないことも少なくないため、コメ
  ントはこれからのものに限らせていただきたいと思います。

  コメントしたかったことの内容で、共通する要素を纏めると数種
  類に絞られるのですが、その中でも最も多いのは、文献資料の扱
  いについてです。その資料の著者の経歴、後代の一般的な評価な
  どを添えた形で、参照、紹介、コメント、比較したほうがよいと
  思います。

  しかし、これらの事情は刊行物から明らかにならないことも多い
  ので、無理のないことだと思います。それらのことに関しても、
  触れられる部分に関しては、今後コメントしていきたいと思いま
  す。

  以上、簡単な内容でしたが、参考にしていただければ、幸いで
  す。

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高橋 RE:はじめまして 2000年04月07日(金)23時50分46秒

ワーカーさん、はじめまして。
さっき掲示板を覗いてびっくりしました。
相当筋金入りの方の登場ですね。
ウスペンスキーの著作は一般に刊行されていないものまで含めてほとんど読破されているとのこと。(中学二年生で"Fragments" の原典ですか…!)もしや"The Fourth Way" 関係のグループで活動されている方でしょうか。

>この掲示板の過去記事を読ませていただいて、コメントさせていただきたい部分はたくさんあるのですが、あまりにも量が膨大になるのと、こちらにそれだけの時間がないのとで、コメントは今後の投稿からにさせていただこうと思います。

もしよろしかったら私のHPへの感想や意見などもお聞かせ下さい。

>これを機会に皆様と Ouspkensy, Gurdjieff, The Fourth Way, Esotericism, 近代オカルティズムなどに関して有益なやりとりができることを期待しています。よろしくお願いいたします。

こちらこそよろしくお願いいたします。

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小森 2000年04月07日(金)13時55分53秒

はじめまして。ようこそいらっしゃい。わー濃い方があらわれたぁ(嬉)。
読破されたウスペンスキーの本のリストを見て少々焦っております。刊行予定の『ターシャム』の巻末に私は著作リストを付したのですが、そこにあげられてない本がいくつかあります。他の本に吸収合併されているものは取り上げなくてもよいという観点でリストアップしたのですが──
さっそく。聞きたいことが山積していますが、まず。
"Notes on the Gospel of Saint John",
↑この本は目録では見たことがありましたが、入手できなかった本です。『新しい宇宙像』のなかの「キリスト教と福音書」の章に重なるのでは?と推測していたのですが、現物を見てないので、わからなかった本です。
"New Horizons: Explorations in Science",
"Poems of Sacrifice"
↑上の二冊も目録では見たことがあるのですが、本が手に入らないので、わからなかったものです。前者は編集著作かとも思って省きましたが、後者はウェブの伝記に言及があり「こんな本刊行されたの?」と疑問に思っていた本です。
よかったら上の本の初刊時の刊行年と出版社をご教示ください。リストに加えたいと思います。

それからこれまでの掲示板での議論をお読みになられたそうで、ありがとうございます。かなり長大なものですのに(^_^;
コメントしたいところがいろいろあったとのことですが、時間のかなりたった旧発言に関しても、間違ったことや、私らの知らないことの指摘などあったら、簡単でも教えていただけると幸いです。

うーん。濃い方においでいただけて嬉しいです。これからも時々発言にいらしてください。m(__)m

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ワーカー 初めまして 2000年04月07日(金)06時43分34秒

初めまして。先程、この掲示板を発見しまして、過去記事を一通り読ませていただきました。日本でこれほど P. D. Ouspensky を高く評価し、なおかつ翻訳活動をされている方々がいらっしゃると知って、嬉しく思っています。

思い返せば、私が最初に Ouspensky の著作を目にしたのは、中学校二年生の頃に手に入れた、 "Fragments" の原典でした。その頃は Ouspensky のことを、 G. I. Gurdjieff のペテルスブルグ・グループの高弟ぐらいにしか思っていませんでした。

その後、 "The Fourth Way" 関係の様々な著作や資料を入手していくうちに、 Gurdjieff の "System" や "The Work" とは一線を画した Ouspensky 独自の思索があることを知って、その独自性を改めて知ることになりました。

Ousepenky の本で読んだものは、今思い出す限りでは、 "Conscience: The Search for Truth", "The Cosmology of Man's Possible Evolution", "The Fourth Way", "A Further Record: Extracts From Meetings 1928 - 1945", "A New Model of the Universe", "Notes on the Gospel of Saint John", "In Search of the Miraculous", "Letters From Russia 1919", "New Horizons: Explorations in Science", "Poems of Sacrifice", "The Psychology of Man's Possible Evolution", "A Record of Meetings", "Strange Life of Ivan Osokin", "The Symbolism of the Tarot", "Talks With a Devil", "Tertium Organum: A Key to the Enigmas of the World" ( 順不同・一部内容に重複あり ) 等です。一般に刊行されていない資料や Ouspensky 研究書等も、知っているものはだいたい入手して読んでおります。

今まで Ouspensky の著作に関しては、 Gurdjieff の思想とその周辺における部分のみに関連して重点的に読んでおりましたので、これを機会に一人の思想家として、書かれた年代順にもう一度読み直そうと思っています。

この掲示板の過去記事を読ませていただいて、コメントさせていただきたい部分はたくさんあるのですが、あまりにも量が膨大になるのと、こちらにそれだけの時間がないのとで、コメントは今後の投稿からにさせていただこうと思います。

長くなりましたが、これを機会に皆様と Ouspkensy, Gurdjieff, The Fourth Way, Esotericism, 近代オカルティズムなどに関して有益なやりとりができることを期待しています。よろしくお願いいたします。

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小森 RE: “Teachers of Gurdjieff”について  2000年04月06日(木)22時17分15秒

高橋さん。『グルジェフの師たち』は、タイトルがそそられるから買おうかなとも思っていた本ですが、この感想からすると、読まなくてもいいみたいですね。役立つ情報ありがとうございました。
しかし、その本の著者はイドリース・シャーなんですかね。もしシャーだとしたら何故別名を使ったのか。シャー界隈による本なのは間違いなさそうですが、彼の側近あたりが書いた本かもしれませんね。

シャーに関しては、私はこないだの「奇蹟」の巻(国書刊行会)でシャーのスーフィー譚のアンソロジーを編んだくらいなので、割合愛読している著作家です。ただ、グルジェフやウスペンスキーに到底比肩はできない存在だとも思っています。スーフィズムの紹介者としては、すぐれた書き手だと思っていますが、グルジェフ派を取り込もうとするのは、ちょっと僣越な気がしますね。
それと、著作の質が初期のものからだんだん落ちてきている面もありますね。1980年代に入ってからは、ちょっとというのがありますから。
国書刊行会の近刊予告に出ていたシャーの本『スーフィーたち』は本当に刊行されるのかな?

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高橋 “Teachers of Gurdjieff”について 2000年04月06日(木)21時57分32秒

 先日購入した『グルジェフの師たち』についての感想を断片的に述べてみようと思います。まず、これがイドリス・シャー自身または彼の周辺の人物によって、グルジェフに関心を持つ人々にシャーの“教え”への関心を持たせる意図をもって書かれたことは間違いないと思われます。本のあらすじは、著者が中近東を巡ってグルジェフの師を訪ね、グルジェフが若い頃属していたスーフィーのスクールを次々に渡り歩くというものですが、本物の旅行記の持つ臨場感に欠け、最初の数章を読んだだけで、ストーリー全体が完全なフィクションであることが分かります。
 文体そのものも、「説教くさい」「味も素っ気もない」という表現があながち外れではないとの感想を持ちました。イドリス・シャー独特のもってまわった文体が悪い方向に発揮されている感じで、著者が出会ったという“グルジェフの師たち”を通して語られる言葉は、同じことの繰り返しという感が否めず、深みにも欠け、とりわけ感銘を呼ぶところもありません。そのメッセージを要約すれば、「好奇心で教えを求めてはならない。本当の教えは遠い外の世界を探し回ることによってではなく、日常世界の中でこそ得られる」とでも言えるでしょうか。結局主人公はヨーロッパに戻って、自分の住む場所の近くにあった秘教グループ(その名前はもったいぶって伏せられている)に加わるというオチで、最後に推奨される本のリストとしてイドリス・シャーの全著作が並べられています。
 本のあちこちに散見される、当時のグルジェフ・グループ(ザルツマン夫人その他グルジェフの後継者を自称する人々のグループ)への批判は、その活動に飽き足らなさを感じている人々の心をくすぐる目的で書かれたものでしょう。当然のことながらウスペンスキーも批判されています。曰く「ウスペンスキーは知的にグルジェフの教えを理解しようとして失敗した」、「ウスペンスキーは特定の時と場所と人を選ぶことの必要性を知らなかった」云々。前にイドリス・シャーの他の著作を読んだときには一理あるかもしれないと思われたこのような批判も、読者を獲得しようとするためのシャーの戦術という「裏」を知ってしまうと説得力を失いました。 
 欧米でこの本が出たのは約25年前ですが、当時この本に代表される「スーフィーもの」に“引っ掛かった”人々は少なくなかったようです。私は個人的に、イドリス・シャーは、その博学ぶりからしてひょっとしたら何らかの形で「スクール」につながりがあるのではとも感じていましたが、この底の浅い『グルジェフの師たち』を読む限り、それは過大評価だったようです。

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高橋 RES 2000年04月05日(水)23時50分17秒

>とうとう本決まりになりましたね。祝!『ターシャム・オルガヌム』刊行決定。
この掲示板での活動の成果が、一つ結実したという面もあると思うので、わがことのようにうれしく思います。とにかくめでたいことです。書物自体のもつ価値からすれば、1980年の『奇蹟を求めて』刊行以降、わが国のあらゆる刊行書の中でも、最高の価値を有するものと言ってよいと私としては思っています。

ありがとうございます。何とか絶版にならぬよう息の長い出版物になることを願っています。

>翻訳書が、刊行されたら、この掲示板上で、それをテキストにした、ウェブ上読書会を開催できないものかとも思います。参加者が多少増えてくれないと寂しいですが。

面白いアイデアですね。有志が集まれば是非実現したいものです。

>私の意見としては、第二の、ウスペンスキーがグルジェフのもとを去ったのには正当性があったという見方をとります。ただ、その背景と事情については、よくわからない面が大きいので、「真相はわからない」という方がより正確でしょうが。

ご意見ありがとうございます。以前この掲示板上で触れなかったところまで徹底的に掘り下げて考察してみるつもりです。

ムラヴィエフのエピソード、興味深いですね。彼の『グノーシス』という本は読んでみたいきがしますが、かなりの大著らしいのでまだ手が出ない段階です。しかしこのエピソードはムラヴィエフとウスペンスキーの世界観の違いを端的に表しているように思います。

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小森 ハーモニアス・サークル(6)奇蹟の探索 2000年04月05日(水)20時43分06秒

ハーモニアス・サークル第五章「奇蹟の探索」

続く第五章は、ウスペンスキーのグルジェフ遭遇以前の思想の概観です。『ターシャム・オルガヌム』と『新しい宇宙像』の思想の要約紹介に大部分の頁が費やされているので、そちらを読んでいる人には大体が既知のことがらです。前にこの掲示板で引用紹介した、『ターシャム』に関する積極的な評価が出ているのもこの章で、ウェブ自身も、『ターシャム』が大変な傑作であることは認めています。

ムラヴィエフのウスペンスキー回顧録の紹介も載っています。そこで面白いのは、人生のモットーを聞かれたとき、ムラヴィエフは「人生何があろうと二かける二は四である」と書いたそうです。続いてウスペンスキーにモットーを求めると、彼は笑って「人生何があろうと、二かける二は決して四にならない」と書いたそうです。

なかなか意味深なエピソードです。『ターシャム』に出てくる、論理の第三水準においては、2×2=4は真理ですが、第四水準に以降したとき、それは違ってくるという話が出てきます。そういう観点のことをたぶんウスペンスキーは述べたかったのでしょう。

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小森 コリン・ウィルソンの立場 2000年04月05日(水)18時41分18秒

ちなみに、グルジェフとウスペンスキーの訣別に関してのコリン・ウィルソンの見解は、時期によって変化していると言えるかと思います。というのも彼のグルジェフ伝『覚醒への戦い』の終章「グルジェフ対ウスペンスキー」では、大雑把には、グルジェフが正しくウスペンスキーが間違っていると述べているように解釈できるからです。その後ウスペンスキーに対する評価が、ウィルソンの中では上昇したようです。

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小森 グルジェフとウスペンスキーの訣別 2000年04月05日(水)03時06分50秒

高橋さんのホームページを覗いたら、グルジェフとウスペンスキーについて新たにアップされてますね。これは、この掲示板の初期で話題になっていたことの、たぶん増補改訂版なんでしょうね。ウスペンスキーがグルジェフを裏切ったという見方の方が、一般的には多いようですね。私自身の見解としては、もちろんそれには与しません。私の意見としては、第二の、ウスペンスキーがグルジェフのもとを去ったのには正当性があったという見方をとります。ただ、その背景と事情については、よくわからない面が大きいので、「真相はわからない」という方がより正確でしょうが。

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小森 祝!「ターシャム」刊行決定! 2000年04月05日(水)02時58分14秒

とうとう本決まりになりましたね。祝!『ターシャム・オルガヌム』刊行決定。
この掲示板での活動の成果が、一つ結実したという面もあると思うので、わがことのようにうれしく思います。とにかくめでたいことです。書物自体のもつ価値からすれば、1980年の『奇蹟を求めて』刊行以降、わが国のあらゆる刊行書の中でも、最高の価値を有するものと言ってよいと私としては思っています。

翻訳書が、刊行されたら、この掲示板上で、それをテキストにした、ウェブ上読書会を開催できないものかとも思います。参加者が多少増えてくれないと寂しいですが。

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高橋 お知らせ 2000年04月04日(火)19時15分05秒

私の訳した『ターシャム・オルガヌム(第三の思考規範)』がコスモス・ライブラリーより近日中に出版される予定です。
詳しいことは追ってお知らせします。

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高橋 BLAVATKY NET 2000年04月02日(日)21時24分38秒

は知っていましたが、あまり活用できていません。
なんせ『イシス』も『シークレットドクトリン』もだいぶ前に英書を買ったものの
両方とも途中で挫折しているもので・・・

しかし小森さんの翻訳ソフトの日本語を『超宇宙論』と同じというのは、さすがに高橋克巳氏に失礼では?(笑)

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小森 試しに一節 2000年04月02日(日)14時30分09秒

試しにブラバツキーの"ISIS UNVEILED"の序説を翻訳ソフトにかけてみました。
ここ
にあります。
しかし、読んでも二割〜三割くらいおぼろげに意味がわかるくらいか。『超宇宙論』の翻訳レベルと同じくらい?
辞書をきたえれば、もう少し精度はあがるかな?

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小森 なんとブラバツキー全集が 2000年04月02日(日)14時12分17秒

DMTさん
貴重な情報ありがとうございます!
わー、本当だ。ブラバツキー全集だぁ。
ひまがあれば,英語の読めない人のために、翻訳ソフトに全部かけてみようかとも思います。うちの翻訳ソフトに、神智学用語はいっぱい記憶させて、それように鍛えようかなあ。
不十分な日本語にしかなりませんが、それでも、日本語でブラバツキーを読みたい人がいたら、やりますのでリクエストしてね。

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DMT ブラバツキーの全著作が 2000年04月02日(日)12時17分26秒

なんと、ブラバツキーの全著作がネット上に公開されてました。
・・・英語勉強しよ。

BLAVATSKY NET

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小森 変更 2000年04月01日(土)23時57分22秒

諸般の都合によりまして、この掲示板の管理責任者を高橋さんにバトンタッチすることにしました。別にこの掲示板の活用や位置づけは従来通りですので、皆様のかわらぬご愛顧をよろしくお願いします。ボードリーダーは変わらず二人でやりますので、ここを共同運営していく形なのは変わりないと思います。

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小森 修正 2000年04月01日(土)22時18分08秒

下のベネット発言の国会図書館のリンク先指定が間違っていたので,修正しておきました。

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DMT RE:面白いサイト 2000年04月01日(土)21時53分51秒

神保町の北沢書店にもグルジェフ、ウスペンスキーの本が何冊かありました。

>もう一つの方は、どこに「シークレット・ドクトリン」のことが書いてあるのか分かりませんでした。

「kharis」は最近ブラバツキーの記事を降ろしてしまったようです。

>他にもあったら教えてください。

下のURLの人類食物説は・・・トンデモすぎますね。
でもグルジェフがアイデアの元なのかもしれません。

http://deoxy.org/geoman.htm

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小森 ニードルマンというと 2000年04月01日(土)21時15分43秒

高橋さんの「奇蹟を求めて」の解説のページを見ました。
ニードルマンというと、グルジェフィアンとも紹介され、めるくまーる社から一冊本が刊行されていますね。
めるくまーる社のグルジェフ関連書籍のページ

行あけは、あきすぎのような気がするのですが?

ついでにブッククラブ回のことを書こうと思っていま見たら、「ブッククラブ回」のページが開かない! なぜ!? 店をたたんだのかな??

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高橋 書店 2000年04月01日(土)20時30分26秒

>その本は、私も西荻窪のぷらさーど書店で見たことがあります。
もしかして、お買いになったのはあの店では?

ご名答! インターネットで買ったもの以外は、グルジェフ・ウスペンスキーに関する本はほとんどあの店で入手しました。(ニコールの本も取り寄せました。)

HP,『奇蹟を求めて』をUPしました。

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小森 プラサード書店 2000年04月01日(土)20時22分53秒

高橋さん。その本は、私も西荻窪のぷらさーど書店で見たことがあります。
もしかして、お買いになったのはあの店では?
あそこは、時々掘り出し物が置いてあるので、私もパターソンの「魔術師たちの闘争」やJ.G.ベネットの「長い巡礼」バックの「イリュージョン」等々、忘れがたい名著の英語版の本を買った、思い出深い本屋です。学生時代、モーリス・ニコールの「コメンタリー」全巻があの書店においてあったことがあって、ほしかったのですが、一冊三千五百円くらいで、小遣いで買うには高価すぎて涙を飲んであきらめたことがあります。結局、一昨年に青山のブッククラブ回で、セットで買いました。
いまグルジェフ、ウスペンスキー関係の本(洋書)が店頭にある店って、その二つくらいしか日本にないんじゃないでかね。と思ったら、大阪の旭屋書店の洋書コーナーにもウスペンスキーの本が置いてあったなあ。

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高橋 “The Teachers of Gurdjieff”と“Ladies of the Rope” 2000年04月01日(土)17時14分47秒

洋書屋で“The Teachers of Gurdjieff / Rafael Lefort”と“Ladies of the Rope / William Patrick Patterson”という本を見つけたので、買いました。

前者は、グルジェフの師たちを見つけることに成功したと主張する著者による本で、25年前に出版されたときに話題になったものらしいです。前田樹子さんは『エニアグラム進化論』の中でこの本をイドリス・シャーの手になるものとして、内容についても「味わいがあるわけではなく、…多分に教訓的で、味も素っ気もない悪文」として散々に酷評しています。僕の感想はまたこの掲示板かHPに書こうと思います。

後者は、1930年代にグルジェフがパリで作った女性だけからなる「ロープ」というグループについての研究書で、結構な大著です。著者は“Struggle of the Magicians”(小森氏のHPの読書録参照)を書いた人で、まだ初めの方しか読んでいませんが、内容的にはかなりしっかりしたものだという印象を受けます。これも感想はいずれ書きます。

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高橋 RE:表紙画像  2000年03月31日(金)23時48分43秒

小森さん
写真ありがとうございました。早速アップしました。(紹介されている本について)
すべての写真が使えるように頑張って完成させていきます!

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小森 表紙画像 2000年03月31日(金)19時42分22秒

高橋さんのホームページ展示用には、ウスペンスキーの著書の表紙画像を、さっき送信しておきました。ウスペンスキーの著書は、英語版と日本語訳されたものは全てもっているのでみな取り込みました。が、「悪魔との対話」は新刊がなく、所蔵している古書は表紙がかなり傷んでいたものしかなかったりします。ご容赦あれ。

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小森 ベネットの遍歴 2000年03月30日(木)20時30分27秒

失礼。誤字の訂正です。
訳されて以内⇒訳されていない

ベネットは、元はイギリス秘密情報部に勤めていて、コンスタンティノープルに滞在していたときに、ロシアから革命の戦火を逃れてきた、ウスペンスキーとグルジェフに会うわけですね。国外へ逃れるビサを発行できる立場にいたせいで、両者は西欧にわたることができたわけです。
ベネットは、しかし、どうしてあんなに多くの師のもとを渡り歩かなければならなかったのか。グルジェフ以前ならともかく、グルジェフの死後三十年近く遍歴が続きますからねえ。それが謎です。スブドなんて、グルジェフに比べたら全然小者にしか見えないけれど、グルジェフの後継者とベネットはみなしているようですしねえ。

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高橋 J.G.ベネット 2000年03月30日(木)19時12分32秒

ベネットは波乱万丈の生涯を送った人で、グルジェフの弟子の中でも最もエキセントリックな部類に入るのではないでしょうか。
彼の自伝は、特にグルジェフとウスペンスキーとの交流を描いたあたりは中々興味深かったです。膨大な量の著作、講演録が残されているようですが、それだけでは伝わってこないものがあり、著作そのものは深みに欠けるきらいがあるように思います。

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小森 ベネットの訳書 2000年03月29日(水)23時44分55秒

グルジェフ、ウスペンスキーの主要弟子であり、ロシアから亡命してきたウスペンスキーをイギリス永住の便宜をはかった、ジョン・G・ベネットは、グルジェフの弟子の中で、たぶん一番著書が多い人です。一冊も日本語には訳されて以内だろうと思っていたら、最近開設された国会図書館の検索ページで一冊訳書があるのを発見しました。
『スブト 魂をゆすぶる力 二十世紀の奇蹟』J.G.ベンネット著 建部哲也,前田樹久恵,十菱麟‖共訳(理想社)
刊行年は1958年です。めるくまーる社から出た『スブド生命の歓喜』とは別の本ですが、扱われているインドネシアの師は同じ人ですね。

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高橋 ターシャム・オルガヌム(41) 四次元の性質 2000年03月29日(水)23時07分45秒

 三角形をひっくり返すのが平面以上の空間(三次元空間)の中でないとできないように、そのような操作は高次元空間の中でないとできません。四次元空間の存在を認めたとしても、幾何学的な条件とは別の理由のために、手を内側から引っぱり出してひっくり返すことはできませんが、この例は有効です。理論的には、手を内側からひっくり返すような性質のことが四次元空間では可能であるに違いません。なぜならその空間では、我々の空間と時間における別々の遠く離れた点は互いに接触しうるからです。

 テーブルに広げられた紙の上にある点は皆互いに離れていますが、紙をテーブルから取り上げて折り曲げればどんな位置にある点でもくっつけることができます。紙の一方の端に「セント・ペテルスブルグ」と書き、もう一方の端に「マドラス」と書いても、紙を折り曲げればその二つを造作なくくっつけることができます。また、一方の端に「1812年」と書き、他方に「1912年」と書いたとしても、この二つをくっつけることができます。一方の端に書いた赤いインクが乾いていなければ、その数字は別の端に映ってしまうでしょう。紙が再び広げられた後で、そのことを知らない人が見たら、なぜ一方の端に書かれた数字が別の端にも書かれているのか理解できないでしょう。彼が二次元空間の中で考えている限り、遠く離れた点がいかにして接触しうるのか理解できないでしょう。しかし三次元空間の中で紙をイメージするやいなや、その可能性は彼にとって現実で明らかなものとなるでしょう。

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高橋 ターシャム・オルガヌム(40) 四次元のシンメトリー 2000年03月26日(日)22時11分10秒

ヒントンの引用

 「お互いに等しく、まったく同様の形をしているが、実際にも想像でも空間の同じ場所に当てはめることのできない形が存在するのを我々は知っている。
 我々の「両手」は、この非対称的類似性の複雑な例である。それらは似ているがまったく異なっている。一方は右手で、もう一方は左手であるから。二本の手を完全に同じ形にする方法は一つしかない。
 右手の手袋と左手の手袋は、右手と左手が同じでないのと同じように互いに一致しない。しかし手袋を裏返しにすれば一致する。今、立体としての手を手袋を裏返しにするようにひっくり返すとしてみよう。…もしそのような操作が可能であれば、右手は左手のまったく正確な模型となるであろう。」『思考の新紀元』より)

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