Find Your Friends!
This site is hosted for FREE on VirtualAve -- yours can be, too! Click here for more information.
入口メインリストフレーム版新規作成と管理失礼


P.D.OUSPENSKY BBS(P.D.ウスペンスキー掲示板)

高橋 (メールURL)

P.D.ウスペンスキーについて語り合うための掲示板です。事前にウスペンスキーの主著の訳書『ターシャム・オルガヌム』(高橋弘泰訳・コスモス・ライブラリー)『奇蹟を求めて』(浅井雅志訳・平河出版社)を読んでいることを前提とした話になっています。ボードリーダーは、高橋・小森両名です。


投稿ボタンを押すと、記事の整形結果が表示され、そこで Yes をクリックすると実際に記事が投稿されます。 Yes をクリックしない限り、実際に記事が投稿されることはないので、気楽に投稿ボタンを押しても大丈夫です。

「改行有効」もしくは「改行無効」で記事を投稿して、 & < > を表示させるためには、それぞれを &amp; &lt; &gt; と入力しなければいけません。「整形済み」で記事を投稿する場合には、 & < > をそのまま入力して下さい。

名前   (必須)
メール 
URL 
返答先 
題名  
内容 (必須)


記事を書く時刻順目次スレッド検索過去ログ最近の記事


山田 HiROSHiさんへ 2001年05月05日(土)22時49分31秒

HiROSHiさん、お応えありがとうございます。
♪〜ピンポ〜ン♪〜お察しの通り2冊は読んでおりません。なかでも、ハルトマン夫妻の著作は書店で見たこともない「幻の書」です。
☆HiROSHiさんが、色々あれこれ読まれていて、その中でも目に止まる断片というのは、やはり御自分の「ビーイング」と何らかの結びつきをかんじる箇所なのでしょうか。いろいろな人のグルジェフをご紹介いただけたら、私としましては嬉しいです。面倒なんていわずに、宜しくお願いしたい今日この頃です。
★拝見するに「ニュー・マン」は、新約聖書の秘教的な読み方の解説書といったところですね(?)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


山田 RE:浅井講演 2001年05月05日(土)22時02分50秒

仕事優先で、私はちょっとムリです。週サイクルのお仕事なので金曜日2週続けてのお休みはとれないです。掲示板のオフ会も、また日時の都合が合いましたとき、宜しくお願いします。浅井さんと言えば、もう10年以上前にお会いしたことがあります。その頃グルジェフを通して知り合った男友達の結婚式の2次会で偶然お見かけしました。形式的な御挨拶だけでしたが、ある目覚めの諦るさ(あかるさ)を持った方(こんなこと私がいうのも僭越ですが・・・)という印象でした。この先もしグルジェフ関係の講演があれば、聴講したいところです。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


山田 RE:ナクシュバンディ教団の11の規則の書 2001年05月05日(土)21時26分28秒

11の規則のうち、<10−数の停止>というのが、いまひとつ私にとっては分かりにくいものです。ある型と任意の数の本質的なものが結びついていて(例えば、三位一体とか、周期的な7とか12など)それらの反復されている事象に気づく、というようにとりあえず理解したのですが、次の「別の形態の数え方」とは、どーゆー事をいっているのでしょう??その書には、そのあたり、もう少し具体的な説明のようなものは書かれているんでしょうか・・・

す、すみません。たぶん、小森さんは「断片でも訳出して紹介したのだから、これでやれやれ・・・」と、思われたかもしれませんが、かいま見ただけによけいに興味をもってしまいました。で、また気がむいた時など、他の記事の内容や文脈から思い浮かんだことなどありましたら、また紹介などお願い致しますね。(なんとなく<ひけめ>にひけめを感じて申し訳ないので、あまり期待しないことにします。)
でもなんだか、かいまみた逆効果でどこかワクワクの山田です。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi RE:「ワーク記」のような著作はあるのでしょうか? & ああ・・日本での刊行は。。。 2001年05月05日(土)10時17分00秒

山田さん
 遅ればせながら、そして高橋さんがすでにお答えになっているので、補足として・・・。

>グルジェフ、ウスペンスキーの直弟子のワーク経験者のなかで、自分自身のビーイング、意識の次元、各センターなどと結びつけて書き表された「ワーク記」のような著作などあるのでしょうか。<
 以前にもお勧めしましたが、ハートマン夫妻の『グルジェフと共に』はお読みになったでしょうか? これがそれに当たると思います。あと、フリッツ・ピータースの『魁偉の残像』です。ともかく、まずは手に入るもの、この二冊を読んでしまってください(山田さんはまだ読んでいないとにらんでいるので・・・間違っていたらごめんなさい)。

>HiROSHiさんは、誰のどういう著作を翻訳されているのでしょう・・・とても気になっているのですが・・・もしもし〜<
 はい、は〜い。これも高橋さんが答えています。今はこれといった一冊に集中しきれなくて、あれこれ手をつけては中断しています。自分への刺激としても、そんな断片を紹介していく場を作ろうかと考え始めていますが、面倒くさそうだなとも思う今日この頃です。

>モーリス・ニコールの「ニュー・マン」という著作はどんな感じの本なのでしょうか。<
 『キリストのいくつかのたとえ話と奇跡の解釈』という副題がついています。裏表紙の紹介文を訳してみます。

 『新約聖書』は、人間とは大いなる発達が可能な種であるというアイデアに、多くの注目をささげています。ニコル博士が大いに関心を寄せている、この意識の変容というものは、外面的な表われとしての世界から、内面的な理解としての世界まで、漸進的な焦点の変化を必要としています。よく知られている『新約聖書』のたとえ話の文字どおりの意味に対立するものとして、隠されているものに光を当てることで、そのような内面的な理解が、ついには人間を成し遂げられ得る進化の高次の状態に導くことができるということを、ニコル博士は示しています。

 ひとまず、そんなところで・・・。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 2001年05月01日(火)22時07分58秒

掲示板がちょっと変な具合になってますが、そのうち直ると思います。
じゃんじゃん書き込んで下さい。(笑)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO RE:浅井講演会 2001年04月30日(月)14時24分31秒

 五月十一日(金)橘女子大文学文化セミナーというやつですか。すると本職(英語教育)のお話だと思うのですが、あるいは別にあるのでしょうか。
 ワークについての講演やデモンストレーションは今もやっておられるのでしょうか?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 RE:笑い  2001年04月28日(土)14時33分31秒

>何年にも渡って私が参加して来たグループのミーティングやレクチャーで、何かしらの笑いがあったのは数えるほどだったということに思い当たった。教えに関わるものは何であれ、まじめで厳粛なものでなければならないと常に決め込んでいたのだ。<ワーク>に笑いの余地はない。<


そういえば、パターソンか誰かの本にこんな話がありましたね。(内容は不正確。)

ニューヨークのワーク・グループに参加したばかりの人がジョン・ペントランド卿に、こう質問した。

「ニューヨークのワーク・グループの人たちはなぜいつもあんなに厳粛な顔で歩いているのですか?
 彼らは道ですれ違っても挨拶すらしようとしません。」
 
ペントランド卿は、苦笑しながらこう答えた。

「彼らは、自己を想起しようとしているのさ。」

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi 笑い 2001年04月28日(土)04時37分35秒

 グルジェフのミーティングの記録を紹介してくれている、パターソンさんの本"Voices in the Dark"のあとがき(Sketch of G. I. Gurdjieff)から
   ↓
 ミーティング自体のことには何のコメントもするべきではないだろう。それぞれの読者が自分自身のために経験すべきものだ。グルジェフの言葉はミーティングという情況において、質問をした者に対して語られたものであるということを覚えておかなければならない。あらゆる問題についてのグルジェフの結語を求めるには、『森羅万象 All and Everything』に当たるべきである。
 ミーティングは、何かしらの考察されたことのない姿勢に疑問を投げかけるものになっているということにも読者は気づかれるだろう。例を挙げると、数年前、グルジェフ氏の声を聞きたいかと友人が私にたずねた。氏がハルモニウムを演奏するものは聞いたことがあったが、声を聞いたことはなかった。友人がミーティングのテープをかけた。そのテープは数分以上は続かないものだったが、それにしても、その声は紛れもないものだった。大峡谷の底からやって来るかのように、深く響くものだった。ときおり、その参加者たちから爆笑が巻き起こった。私はその笑い声に驚いた。何年にも渡って私が参加して来たグループのミーティングやレクチャーで、何かしらの笑いがあったのは数えるほどだったということに思い当たった。教えに関わるものは何であれ、まじめで厳粛なものでなければならないと常に決め込んでいたのだ。<ワーク>に笑いの余地はない。
 ロシアでの最初の頃に、イエス・キリストは決して笑うことがなかったと伝えられているとグルジェフは語った。笑いというものは、肯定と否定とに分かれている低次のセンターだけで起こリ得るものだと語った。高次のセンターにはそのような分割がないので笑いはあり得ない。それで笑いというものを、低次のセンターで過ごしているとか、エネルギーを無駄にしているとか、まじめではないといったしるしとして受け取るようになったのだ。おそらく、笑いについてのグルジェフのこの言葉がタブーの原因だった。しかし、グルジェフは同じ会話の中でこうも言っている。「<笑わない>のにもさまざまある。否定的感情、悪意、恐怖、憎悪、疑惑に完全にひたりきっているために笑わない人もいる」 『第一シリーズ』の中では、グルジェフは別の種類の笑いについて語り、それを“<ネヒトロゴール>のプロセス、すなわち‥‥抑えきれない内的な笑いと呼ばれるプロセス”と称している。
 確かに、知者ぶるという感覚では、<ワーク>は笑いの出る場所ではない。だが、それは理解と良心という秘教的なこの道に招かれた精神的な友たちの間の、温かみや友好関係や友愛を排除するものではない。
 今も変わらぬ状況という生きながらの恐怖の只中で、おそらく読者は、グルジェフ氏が<ネヒトロゴール>しているのを聞き、楽しむことができるだろう。
 William Patrick Patterson "Voices in the Dark" p.300 Arete
   ↑
 高橋さんが何度か紹介してくれている“Voices in the Dark”のあとがきから引用してみました。
 考えてみると、グルジェフ自身の言葉をこれだけまとめて読めるのは『弟子たちに語る』以来のことですね。とは言っても、『弟子たち』が講義のようなものであるのに対して、こちらはミーティングの記録ですから味わいは違っています。
 いろいろな本の中で、ときおりグルジェフ自身の言葉が紹介されているときにいつも感じていたことですが、グルジェフの言葉は頭にではなく、体に響いて来るのを感じます。そして、これだけの量が紹介されていると、やはりとても重いですね。久しぶりに浅井さんに労をとってもらって翻訳してほしいものだと思います。
 高橋さんが第二掲示板の201で紹介されている内容は、この本の中で二、三度繰り返されていた記憶がありますが、私も紹介したいと思ったものでした(珍しく?紹介したい部分が一致しました)。なぜかフリッツ・ピータースの『魁偉の残像』の中にある<自分の神に背いている>という言葉がその度に連想されて、相乗効果のように感じるところ大です。215に似た話もありましたね。
 気がつけば、この訳部分を打ち込んでからひと月以上たっていました。ま、ぼちぼち行きます。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 ナクシュバンディ教団の11の規則の書 2001年04月28日(土)01時10分41秒

翻訳はしないなどと言ったひけめを少し補うためにも、少々興味深い箇所の英訳をしておきましょう。下でグルジェフが学んだメルカーバー教団が話題になったときに、そのモデルの有力候補として私が名前をあげたナクシュバンディ教団。その教典は門外不出とされていますが、ナクシュバンディ・オーダーの11の規則について、イドリース・シャーが"PERFUMED SCORPION"(p.86)で紹介しています。前にHiROSHiさんが紹介してくださったものと似ていますが、その11の規則について、以下に訳出してみます。

1──呼吸を意識すること
自己想起と結びつき、微細な感得を進歩させるレッスンとも結びついていること。
2──段階ごとの観照
一つ一つの行為に気づき、自分がなすすべてのことに注意深くあること。集中心。
3──自己の領域を探査しつくすこと
自分自身の心を自分で探査すること。自己の変容と結びついた覚醒を確立すること。
4──交わりにおいて孤高を保つこと
人と交わるときに、自己意識を排除したり再確立したりする能力をもつこと。
5──想起
人間と超越(the beyond)との間には介在的接触があることを覚えておくこと。そこへ到達する姿勢を精神的に保つことが、超越との接触を保持するのに役立つ。(神への)献身。
6──抑制
文字通り、引き下がること。ある形態の祈りにおける専門用語。
7──用心深さ。
気散じを排し、微細な感覚に鋭敏であること。
8──自省
覚醒ともいわれる。ある意味では今ここに臨在する、絶対的な真実に気づくことに特徴づけられる。
9──時間の停止
思考と行為の反復。他の(よけいな)ものを止めること。
10──数の停止
ある種の型における数の反復に気づくこと。別の形態の数え方。
11──心の停止
ハートを映像化する。個を究極なるものと同一化するための特殊なレッスン。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO RE:浅井講演 2001年04月27日(金)12時24分10秒

 詳細をお教え願えれば幸いです。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 RE:浅井講演  2001年04月26日(木)19時28分01秒

浅井さんの講演、どんなテーマなんでしょう?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 RE:ああ・・日本での刊行は。。。  2001年04月26日(木)19時25分15秒

>刊行しているのはやはり、精神科学系の出版社なんですか。そーいえば、日本以外のアジアではどーなんでしょうね。<

出版社には、種々雑多なものがあります。ペンギンのような大手から出ているものもあるし、弟子達が自分で興した出版社から出しているものもあります。ベネットの本を出しているBennet Booksや ジェイン・ヒープ、A.L.Staveley の本を出しているTwo Rivers Pressが後者の例です。他のアジア地域の事情についてはまるで分かりません。

>モーリス・ニコールの「ニュー・マン」という著作はどんな感じの本なのでしょうか。(題名からの興味です)ニコールはユング系の心理学者で、キリスト教的解釈をするひとなのでしょ?<

本当はHiROSHiさんがお答えになるのがよいかと思いますが、「ニュー・マン」は「福音書の秘教的解釈」とでも言うべき内容で、グルジェフ・ウスペンスキー心理学の観点から福音書の寓話が取り上げられています。
読んでいると、ときおりはっとさせられる解釈が出てきます。

>これからも引続き、実践的なワークに関しての紹介なども、掲示板で宜しくお願いしますね。断片的でも何でも、私にとっては実に貴重な導き書であります。訳される方は、実に大変なこととは思いますが・・・なんとなくすみません。<

断片的な資料でしかありませんが、暇を見つけてやっていこうと思います。好きでやっているのでちっとも大変ではありませんよ。^^

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 浅井講演 2001年04月26日(木)11時34分54秒

5月11日に京都で、『奇蹟を求めて』や『ベルゼバブの孫への話』の訳者である浅井雅志さんの講演会があります。私は一応聴講に行こうかと思ってます。どなたかおいでになられるのなら、ウスペンスキー掲示板、関西オフ会でもやってもいいかと思うのですが、おられますかね?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 Memories of Gurdjieff - A.L.Staveleyより 2001年04月26日(木)07時01分30秒

ある夜、たまたま私たち女性ばかり3人が最後に部屋に残りました。グルジェフ氏は私たちを呼びとめ、熱心に話し始めました。彼は、毎日、とりわけ彼に会いに来るときには浣腸を行うことが非常に重要であると説明し始めました。私たちの中には悪臭のする排泄物がたくさん詰まっていて、彼のようなノーマルな嗅覚を備えた者にとってそれは耐えがたいのだと言うのです。彼はそれについてさらに詳しく延々と説明し続けました。

私たちは押し黙ったまま立ち尽してしまいました。その夜がそれまで素晴らしかっただけに、あまりにも対照的な雰囲気でした。しかし各人がそのタイプに応じた反応を見せました。M嬢は沈んだ顔をしていましたが、私はこうした場面ではいつもそうであるように、面食らうと共に笑いがこみ上げてきました。グルジェフ氏はすぐに私に目を向けました。まるで彼の目から閃光が放たれたようで、私はどぎまぎしてしまいました。笑いは消えました。にもかかわらず、彼が私を咎めたようには見えませんでした――ただ彼の言うことをとてもとても真剣に受けとめる必要を強調しているようでした。

「私の言うことは本当だ」と彼は私たちに言いました。「彼女にとってだけではなく、皆にとってだ。私に会いに来る者は皆毎日浣腸しなければならない。いつもこのための器具を持っていることが必要だ。持っていなければ、明日の朝早くここに来なさい。あげよう。5時に来なさい。」

彼は私たちを追い出し、私たちは考え込みながらも彼の言葉に従って一晩中薬局を探しました。私たちは「その器具」をもらうために彼を訪ねるほど愚かではありませんでしたから!

しかし、人間の心の排泄物を取り除く器具は、薬局には売っていません。それは各人が自分で作らなければならないのです――私たちの場合は、グルジェフ氏の手法と指導に従って。

Pg. 56 - Memories of Gurdjieff - A.L.Staveley

この記事にコメントこの記事自身スレッド


山田 ああ・・日本での刊行は。。。 2001年04月26日(木)00時59分48秒

小森さん、本職優先の件、了解しました。本意のお仕事ができますように。
でもまあ・・・向こう60年あることだしなぁ・・(なに気なくブツブツしつこい山田です。。)そうそう「スパイダー・ワールド」購入しましたが、まだ読み始めてないです。

高橋さん、お応えありがとうございます。
海外で、一つのジャンルを築いているとの事ですが、やはり、グルジェフ、ウスペンスキーが実際にワーク指導していただけあって、欧米ではその流れが連綿と続いているのですね。刊行しているのはやはり、精神科学系の出版社なんですか。そーいえば、日本以外のアジアではどーなんでしょうね。

しかし、日本でもウスペンスキーの著作の中では、「ニューモデル」ぐらいは何とかしていただきたいですね。時々訳されているのをみてると「コンシエンス」も興味深いですが。出版社事情は全く知らないのですが、未来までもの人間の精神性を見据えた気骨ある出版社は日本にはないのかなぁ。。モーリス・ニコールの「ニュー・マン」という著作はどんな感じの本なのでしょうか。(題名からの興味です)ニコールはユング系の心理学者で、キリスト教的解釈をするひとなのでしょ?

これからも引続き、実践的なワークに関しての紹介なども、掲示板で宜しくお願いしますね。断片的でも何でも、私にとっては実に貴重な導き書であります。訳される方は、実に大変なこととは思いますが・・・なんとなくすみません。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 RE:「ワーク記」のような著作はあるのでしょうか?  2001年04月24日(火)20時32分51秒

はい。グルジェフ、ウスペンスキーの直弟子、あるいは孫、曾孫弟子たちによるワークについての著作は文字通り山ほどあります。

海外では「Fourth Way関係の著作」として一つのジャンルを築いているのですが、問題は、少部数であっても切実な需要のあるこうした本を出そうとする出版社が日本にはいまのところ存在しないことです。

現在日本で出版されている関連著書は私のHPの「日本語で読めるウスペンスキー関係著作リスト」のコーナーにほぼ載せてあります。今後どんなものが刊行される予定なのか私には分かりません。『ニューモデル』についても現在宙ぶらりんの状態です。

私の知っている限り、ウスペンスキーの『ニューモデル』、『コンシエンス』、『イワン・オソキン』、モーリス・ニコールの『ニュー・マン』、ロドニー・コリンの『永遠の生命に関する理論』はひととおり訳し終わっています。(後者の3冊はHiROSHiさんの手になるもの)。

これらはすべてどちらかといえば理論的な著作なので、実践者による「ワーク記」ということになると、今のところ、私がぼちぼち行っている断片的な訳をこの掲示板でアップしていくくらいが関の山です。ウスペンスキーの主要著書ですら出版するのが難しいのですから、他の弟子達の本は何をか言わんやでしょう。
将来的には、オンデマンド出版なども検討した方がいいのかもしれません。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 本職優先です 2001年04月24日(火)01時29分28秒

山田さん、私は作家業が本職ですので、翻訳は、いま抱えているコリン・ウィルソン以外はやる予定はないですよ。翻訳してると小説書く時間がなくなります。あしからず。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


山田 「ワーク記」のような著作はあるのでしょうか? 2001年04月24日(火)00時14分37秒

コトン!(いちおう、着地の音です)   しょーもない書き出しとともに、掲示板を渡り歩いて、もう、お疲れモードになってます。でも、書かねばなりません。がんばるん。

ワーク掲示板に書いているうちに、つよく思いました。
グルジェフ、ウスペンスキーの直弟子のワーク経験者のなかで、自分自身のビーイング、意識の次元、各センターなどと結びつけて書き表された「ワーク記」のような著作などあるのでしょうか。

それから、たぶんシャーかスーフィーを翻訳して頂ける(なかばゴーインですみません!)小森さんからお聞きしたことでもあるのですが、これから先、グルジェフ・ウスペンスキー関係の著作の刊行予定などはあるのでしょうか?英語が読めない私としましては、ぜひ、お願いしたいところであります。秘教学を学んでいる人達の為にも、どうぞ宜しくお願い致します。
現在も、高橋さんは、ウスペンスキーを主に翻訳なさってるんですか。
HiROSHiさんは、誰のどういう著作を翻訳されているのでしょう・・・とても気になっているのですが・・・もしもし〜

気がむいた時にでも、お応えください。よろしくお願いします。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 MAN CANNOT CHANGE HIS RELIGION--BECAUSE RELIGION IS CONSCIENCE. 2001年04月19日(木)18時54分10秒

グルジェフ氏は一度、ウェリントンで、「誰でも高次の生命を信じる者が祈るときには大量のエネルギーを解放する」と言いました。…そして彼は付け加えました。

「意識的努力と意図的苦悩を通して、返すべきときには、あなたが盗んだエネルギーを返すことを自分に約束しなさい。」

…グルジェフ氏の英語は略式で、普通理解されているものとはまったく違う言語のようでした。実際彼はほとんど話しませんでした。…彼の存在、声、仕草のすべてが、意味のある言葉を伝えていました。その意味はその人の中で広がり、時には神聖な感覚を与えました。

…ある夜、エクササイズを与えた後で、彼は「これは本当の祈りである」と言ってハルモニウムを手に取り、柔らかいメロディアスな曲を弾きました。彼はそれをしばしば夜の集まりの終わりに演奏し、私たちが帰途に着く時間であることを知らせるのでした。そのときのメロディーは特に精妙で、ほとんどむせび泣いているかのようでした。弾き終えた後、彼は自分だけに語りかけるかのように「アーメンA m i n」とつぶやきました。

皆が帰途に着きました。私は、まるで突然羽が生えたかのように軽やかな足取りで歩みました。…

その同じ夜に、彼はこう語りました。「私は偽物の宗教について話しているのではない。四つの本物の宗教がある。キリスト教(ローマ教会と東方正教会)、イスラム教、ユダヤ教、そしてバラモンの宗教だ。これらの宗教は人類の内的なサークルを代表するハイアラキー(階層構造)を持っており、そこでは本物の秘教の伝統が生命を保っている。規律は厳密なパターンを持ち、知識、儀式的行為、すべてが意味を持ち、心理的訓練や儀式は存在(ビーイング)を変化させ、人間の進化を引き起こすように作られている。それは単に人々が集まって自分の声に耳を傾け、想像上の太陽を崇めているだけの集団ではない。」…

「私には僧院に多くの息子たちがいる」とグルジェフ氏は言いました。彼は私に向かって個人的にそう言ったのですが、何人かの人々に聞こえるように、彼には僧院に50人以上の息子たちがいると言いました。

私はそれがもちろん、霊的な子供たちのことだということが分かりました。彼の思想を学んだ多くの人々が、宗教的な共同体に道を見出していたからです。それはそれが唯一の道だからではなく、彼らの性質がそちらへ導いたからであり、グルジェフ氏の訓練によってそれが彼らの道であることがはっきりしたからです。…

私にとってのグルジェフ氏の最大の贈り物は、宗教に対する尊敬心を取り戻させてくれたことだと感じます。おそらく失ってはいなかったのでしょうが、私は失ったと思い、そのように振舞っていました。私は自分の宗教に反抗心を持ち、その儀式や限界を超えたところにあるものを見ることができませんでした。私が次のことをはっきり理解するためにはグルジェフ氏が必要だったのです。彼はこう言いました。

「人間は彼の宗教を変えることはできない――なぜなら宗教とは良心であるから。
MAN CANNOT CHANGE HIS RELIGION--BECAUSE RELIGION IS CONSCIENCE.」

(Mrs. Popoff Gurdjieff :His Work On Myself ,With Others,For The Work)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 2001年04月17日(火)21時44分52秒

ウスペンスキー氏が「<システム>は神について何と言っていますか」と質問されたとき、「私は彼について聞いたことがない I never heard of Him.」と答えることがあったのは本当です。

「では神はいないのですか?」と聞かれると、「たぶんいない。何の保証もない」と言いました。私のグループのメンバーがしつこく神について問い続けると、ウスペンスキー氏はこう言ったものです。「その問題は放っておきなさい。」

しかし私は心の中でこう言っていました。「神は私にとって存在する。私はそれをハートの中で知っている。私は神を愛している。」

私は二重の態度を取っていました。私は神への信仰を確信していましたが、ウスペンスキー氏がそのように答えるのは正しいことだとも本能的に知っていたのです。というのは、それがどんなに聖なるものであれ、私たちはこれらの言葉をあまりにも簡単に弄ぶからです。

私たちは実際にそれが何を意味しているのかを知らずに魂や悪魔について語るのと同じレベルで神について語ります。私はウスペンスキー氏が、神を信じている人々が内的に葛藤し、彼と信念をかけて争うことを、彼を問い詰め、否定することを期待していたのだと感じました。それを肯定するにせよ否定するにせよ、偽善者であることを止め、神という概念を、通常の概念を混ぜることなしに、私たちにとって可能な最も高いレベルにもたらすことを彼は願っていたのです。

私はウスペンスキー氏に対していつもそう感じていました。そしてそれはある日、彼が人間の中の「多くの私」について話していたときに証明されました。彼は、私たちは自分の言っていることが分かるまで「私」という言葉を使ってはいけないと厳しく言いました。

「悪魔に何が起こったかを見てみるがいい」と彼は言いました。私は抗議しました。 
 
「しかしウスペンスキーさん、神はモーゼに<私は私であるものである I am that I am>と言ったではないですか!」

私は一列目に座っていました。彼は黙り、しばらく私を見つめ、優しく柔らかな声でこう言いました。「そうだ。しかしあなたは神ではない。あなたの中には<私>というものがない。あなたはワークしなければならない。<私>を持つために激しくワークしなければならない。」

「私にワークするエネルギーがあれば!」私は心底言いました。

「あなたはそれを持っている。あなたはそれを議論に浪費している」彼は私を長いこと見つめ、意味深長に微笑みました。

その瞬間私は、私たちが彼の言葉を理解していないことが分かりました。彼が否定していたのは私たちが質問して疑問を晴らすことだったのです。彼が否定したのは私たちに考えさせ、私たちが選んだ立場に意識して立ち、そう言われたからではなく、自分が選んだからそれを信じるということのためだったのです。それは私にとってとても大切なことでした…

(Mrs. Popoff Gurdjieff :His Work On Myself ,With Others,For The Work)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 Gurdjieff International Review  2001年04月03日(火)11時10分22秒

新しい号が出ましたね。相変わらず充実した資料が満載で、そのうちポイントだけでも紹介したいと思います。(英語の読める方はもちろん原文でどうぞ。)

http://www.gurdjieff.org/

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO 余談 2001年03月31日(土)01時18分33秒

>ALRDTPさま
 エニアグラム進化論、品切れですか。僕もあの本を読むまで知らなかったん
ですが、著者はかなり昔からグルジェフ、ウスペンスキーを読まれているベテ
ランのようです(十菱麟と関係のある方という噂も聞いたことがありますが、
どうなんでしょう)。京都に三月書房(書店だったかな)という傾向書籍ばっ
かりの小さな本屋があります。あそこなら、残ってるかもしれないですよ。
ブックオフをこまめに回るという手もありかな。洋書の古本は、http://
www.AddALL.com/Used/も便利。

 ブラヴァツキーにもチベット行きの説があるのはご存知だと思いますが、それをまじめに論証する神智学徒がいるとは思わなかった。Jean Overton 
Fuller, Blavatsky and Her Teacherですが・・・うーん。
 K.Paul Johnson, The Masters Revealedは、神智学のマスターは、ブラ
ヴァツキーの知りあいだった当時のエジプト、インドの宗教政治リーダーたち
をモデルにしているという説で・・・これまた、うーん。ブラヴァツキーもグ
ルジェフも、イシュマイル派グノーシスをソースにしていると断じてるのも、
どうもいただけないです。ただ、十九世紀後半の中近東の政治運動と秘密結が
面白いといえば面白い。エリック・アンブラーじみていて。
 しかし、ここまで来たら、出口王仁三郎は蒙古からチベットへ渡っていた、
なんて言いだすのがいてもいいかな(?)。

 ブラヴァツキーはさておいても、十九世紀後半から第二次大戦までのユーラ
シア大陸には、小説より奇なる冒険家/山師連がけっこういたのでしょう。
 ドルジェフと言えば、Rom Landau, God Is My Adventureを挙げるの忘れ
てました。ヤングハズバンドのチベット遠征隊に参加したというAchmed 
Abdullahなる大陸浪人(?)が、ニューヨークで出会ったグルジェフに向っ
て”ひさしぶりだね、チベット以来だ”とタジク語で話しかけたという映画じ
みたエピソードが有名・・・と、実は、現物が見つからなかったので、これは
Webbの本からの孫引き。もっとも、この本の内容は、昔の事で忘れてしまいま
したが、期待したほど面白くなかったという記憶あり。
 以上、余談でした。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


山田 所感 2001年03月31日(土)01時10分18秒

こんにちは。
「超能力」の記事を読みまして、「奇蹟を求めて」の中の一文を思い出しました。
(一字一句、正確ではありませんが)「<奇蹟>というのは、ある世界において、他の世界(次元)の法則が顕現することである。」というものです。
「超能力」と言っても、物理的な力から霊的な力まで、実に様々であると思いますが、ある一つの能力に強くこだわり過ぎてしまうと、自らの全体性に関係する「生のリアリティ」の探求のエネルギーの消耗になってしまう、と私なんかは思ってしまいます。その探求の道のプロセスにおいて、自然とそういった力が付随してくるのであれば別ですが・・・

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 WEBBの本 2001年03月30日(金)15時32分45秒

MATANGOさん、こんにちは。

>>彼の論によると、ダライ・ラマの顧問でロシアと関係が深かったラマ・ドルジェフ(河口慧海の本にも出て来ます)の部下でロシアの諜報活動もしたUshe Narzunoffこそ、グルジェフその人では、ということなんですが・・・。グレイト・ゲイムを持ってきた着想には、さすがウェッブと思いました。ただ、最大の難点は、Narzunoffの写真がグルジェフに似てない、ということ。>>

↑Narzunoffの写真がグルジェフに似てないのは、私も同意します。
前後の事情に鑑みて、グルジェフが、当時チベットに派遣されていたロシアの使節団の一員であったのは、それでも、可能性が高いと思います。ナルゾノフではなかったかもしれないが、ドルジェブ・チームの一員の一人であったというのは有力です。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ALRDTP エニアグラム進化論 2001年03月30日(金)02時49分19秒

どうも在庫切れのようです。書店にもありませんでした。うーん油断してました。MATANGOさんのおっしゃる内容なら買っておくんだった。コリン・ウィルソンの「覚醒への戦い」もネット書店2社から在庫切れ通知がきました。Webbの本はBookFinder.comで探して再注文するつもりです。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 『スプーン――超能力者の日常と憂鬱』 2001年03月29日(木)19時10分13秒

番外編(雑文・資料集)に森達也著『スプーン――超能力者の日常と憂鬱』の感想をアップしました。いかがわしさも真実も含めて、「超能力」というものをめぐる状況がありのままに語られていて面白いです。 

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO Re:Webb 2001年03月28日(水)12時17分38秒

 Meetingの背景でしたら、Speeth & Friedlander, Gurdieff: Seeker of the Truthという写真集が以前出ていました。ついにグルジェフのソースの真相解明かと思って買ったら全然反対で、世紀の変わり目の中央アジアのそれらしい写真を多く集めたもので、ますます真相から遠のくだけでしたが、グルジェフの歩いた頃のアジアの雰囲気が分かって、それなりに楽しかったです。

 Webbの『Harmonious Circle』は、この地域の宗教文化について詳しくないですが、「グレイト・ゲイム」と呼ばれる、十九世紀末のロシア、イギリスなど列強間の勢力闘争に焦点を当てています。彼の論によると、ダライ・ラマの顧問でロシアと関係が深かったラマ・ドルジェフ(河口慧海の本にも出て来ます)の部下でロシアの諜報活動もしたUshe Narzunoffこそ、グルジェフその人では、ということなんですが・・・。グレイト・ゲイムを持ってきた着想には、さすがウェッブと思いました。ただ、最大の難点は、Narzunoffの写真がグルジェフに似てない、ということ。イギリス人から見たらアジア人は同じに見えちゃうのかなあ。

 アルメニアというと、国民的吟遊詩人にサヤット・ノバという人がいましたよね。日本人にも分かりやすい哀切あふれるメロディーで好きなんですが、どうもグルジェフの曲想にはとおい。グルジェフ&ハルトマンの曲のソースについては、何か研究はあるんでしょうか。

 前田樹子の『エニアグラム進化論』は、エニアグラムの解説というよりは、システムのソースについての議論がなかなか詳しいです。ALRDTPさんの参考になると思いますよ。イドリス・シャーとベネットの事件について書いてある40〜46頁だけでもどうぞ。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ALRDTP アルメニア 2001年03月28日(水)00時58分50秒

MATANGOさんありがとうございます。おそらくサルムング教団もグルジェフがいろいろな地域の修道院を見たときの印象の合成で、特定のモデルは存在しないかもしれませんね。もちろんナクシュバンディ派の影響は最も強いと思いますが。ただ紀元前3000年ころからアルメニア語が存在しており、9世紀から11世紀バグラトゥ王朝時代にかなりの教会が建てられたようなので、ポゴシャンと廃墟で羊皮紙を発見したというのは事実のような気がします。日本アルメニア友好協会のHPに文化や歴史が詳しく、なかなか想像できなかった建築物の様子がよくわかりました。こうなってくると悪い癖で実際に行ってみたくなります。私の場合「注目すべき人々との出会い」はワークの書と言うより文学作品というイメージが強く、どうしても背景が気になります。(エニアグラム進化論まだ読んでません。「奇跡を求めて」もエニアグラムのところにくるとわからなくなってしまいます。)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO Re: メルカーバー 2001年03月27日(火)23時16分02秒

 「メルカーバー」というと、カバラ用語にメルカバという言葉があります。出典はそんなところでは?  Webbによると、グルジェフはスーフィズムだけでなく、カバラ、仏教、キリスト教、19世紀欧米のメスメリズム、オカルティズムなど、いろいろなソースから、あのシステムを作りだしたのではないかという説です。「サルムン教団」や「真理の探究者」も、秘密結社などではなく、そのモデルとなるような、志を同じくする者たちの薔薇十字主義的な友愛団という形で存在した可能性を示唆しています。  東洋だけでなく、西洋のヘルメス的伝統に依拠しているという指摘は、面白い。そのヘルメス的伝統も高踏的なものばかりではなく、P・B・ランドルフという19世紀アメリカのオカルティストの性魔術の影響があったとか、19世紀のポップなオカルト本の影響も挙げています。  最初にWebbの本を読んだ時は博覧強記に驚いたのですが、最近、久方ぶりに少し読み返してみると議論の強引さを感じてしまいました。 それでも、グルジェフが何か東洋の秘密の教団からイニシエートされ、その教団から指令を受けてロシアに登場したと考えるよりは、秘教に関心ある友人達と古今東西のオカルト本を読み漁り、アジアの様々な場所をめぐって、システムを自分たちで作り上げたという彼の論は僕には魅力的です。  ALRDTPさんは、前田樹子『エニアグラム進化論』は読まれましたか?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ALRDTP メルカーバー 2001年03月26日(月)01時02分18秒

小森さんありがとうございます。ナクシュバンディ派の本拠地がブハラのようで地理的にも合致します。(イズルミーン渓谷は見つけられませんでした。)あと気になるのはグルジェフがサルムング教団に関する記述を見出した「メルカーバー」という書物が実在するかですが、この点を調査した資料はあるんでしょうか?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 ナクシュバンディ教団 2001年03月25日(日)12時36分56秒

ALRDTP さん、こんにちは。
今の与えられた情報の中で、サルムング教団に最も近いと思われるのは、スーフィーのナクシュバンディ教団ではないかと思います。最近オマール・シャーの"Orders of Naqshbandi"という本を買ってみましたが、そこはかとなく、グルジェフの教えとの親近性を感じさせます。
イドリース・シャーも、スーフィーの系譜の中では、ナクシュバンディの派生分派の流れを汲んでいるようです。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ALRDTP サルムング教団 2001年03月25日(日)03時22分11秒

「一生をかけた労苦に実を結ばせない元凶である好奇心の虫」(注目すべき人々との出会い)から解放されていないので、どうしても教団の位置が気になります。ザラフシャン河やピャンズ河への言及から考えてタジキスタンあたりでしょう。特にペンジケントには古代都市遺跡もありますし。ここからユリ・ルボヴェドスキー公の向かったヒマラヤ北斜面に向かうにはかなり苦労するはずですが。(タジキスタン国立博物館に資料が残っているかもしれません。)また、第5章でグルジェフ自身が予測したところによるとウルミアとクルディスタンの間のどこかとなり、イラン北部からアルメニアが該当します。現在タジキスタンやクルディスタンは紛争地域であり現地調査は無理ですが、この地域の宗教的歴史は知りたいと思っています。Webbの本ではどこまで書いてありますか?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 re:『ミルダッドの書』 2001年03月20日(火)00時55分10秒

ALRDTPさん、こんにちは。
拙訳書をお読みいただき、ありがとうございます。『ミルダッドの書』は、これはこれで非常に重要な一書で、霊感に導かれて記された一書と言えましょう。いま見ると、訳文に不満があり、結構手直ししたいものがあるのですが──

この記事にコメントこの記事自身スレッド


ALRDTP ミルダッドの書(ミハイル・ナイーミ) 2001年03月19日(月)23時28分29秒

小森さんの訳書ですがようやく入手しました。ドーマルの「類推の山」の未刊部分或いはサルムング修道院での教えはこういうものではないかと思ってます。文学としてもとても読み応えがありました。分析哲学や証明論をやっている立場では次の文は考えさせられます。
「議論と証明に頼らなければならないものは何であれ、遅かれ早かれ証明と議論によって打ちのめされることになる。」

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 Exchanges Within 2001年03月19日(月)19時27分06秒

前回紹介したExchanges Withinという本は、アメリカのグルジェフ・スクールの責任者であったペントランド卿が行っていたグループ・ミーティングの記録です。
もちろん書物だけで実際のミーティングと同じ体験をすべくもありませんが、日常的な経験に即して語られる対話には、より理論的なウスペンスキーの『第四の道』とはまた違った味わいがあります。
以下、何回かに分けてその目次を並べてみますが、全体の雰囲気のようなものは伝わってくると思います。(訳はいいかげんです。)

A better understanding now appears like a lack of understanding
よりよい理解は理解の欠如のように見える。

My possibility for change is only now when I realize my mechanicalness
変化の可能性は自分の機械性に気づいたときにのみある。

We can remember this mechanical person as ourselves
我々はこの機械的な人物を自分だと思っている。

All negativeness is based on the idea that machines should be conscious
あらゆる否定性は機械が意識的であるべきだという考えに基づいている。

We substitute for work this introspective thinking
我々は内省的思考をワークに取りかえる

I have to find a new part of me and a new method of thinking
私の新しい部分と、新しい思考方法を見つけなければならない

To sincerely question myself is a possible act of will
誠実に自分自身に問うことは意志の行為である。

The less one invents in this work the better
このワークではこしらえものが少ないほどよい。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO RE:『覚醒のメカニズム』 2001年03月18日(日)12時12分50秒

 『覚醒のメカニズム』読みました。良くも悪くも「システム、マイナス、グルジェフ、プラス、タート」の本。
 欠点は、まったくグルジェフが見えてこないことですが、長所を言えば、グルジェフを見なくてすむ点では?

 教師はいない、文字はある、そこには薬も毒もある、落とし穴もある。これを実践に移すとなると難しい。そうすると、1別の教師を探す。一生グル遍歴で終るかもしれない。2さらなる文字を探す。オカルト訓詁学、古書趣味に陥って、文献収集に終る。あるいは隠されていた秘密の教えがあったとか言いだすかもしれない。3自習する。ワークは習慣となり、ただの独善的な俗物になるかもしれない。4自立的グループを作る。ただの独善的俗物、プラス、人の良い方々の茶話会になるかもしれない。5自分が教師となる。自我が肥大して、独善的な俗物に固まってしまうかもしれない。

 そういう危険が待っている中で、タートのように、「心理学者としてここまでは分かる」「体で試してみてここまで理解できる」「それ以上はグルにつけ、ただしスカのグルはこうして見分けられる」と、はっきり割り切ってしまうことは、僕はそれなりに価値あることだと思います。知識人というのは、よく、分からないのに分かったふりをする機械なので(グルジェフに苛めらたわけですが)、タートのこのてらいのない誠実さには好感がもてました。

 欲を言えば、たとえばロバート・アントン・ウィルソンの西洋オカルティズムの実践的再解釈のような徹底した部分があればとも思いますが、タートはアカデミシャンですからしょうがないのかもしれない。学問的制約というだけでなく、アカデミシャンやセラピストの書いたニューエイジ本は、心理学実験室や診察室の現実にどうしてもとらわれて、日常生活の複雑な現実に目がいかないから調子が平板になってしまっているのかもしれない。

 ともあれ、グルジェフという強烈な存在を、ニューエイジ系心理学書の読者に伝えるにはどうしても和らげざるをえない、その方法にも、上下があって、タートは良い方だと思いましたが、どうでしょう。
 しかし、トランスパーソナルの中心人物と言われながら、タートの単行本の邦訳がこれで二冊目だったというのに驚きました。日本のトランスパーソナル連はこの二〇年、何してたんだろう。寝てた?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 EXCHANGES WITHIN - QUESTIONS FROM EVERYDAY LIFE SELECTED FROM GURDJIEFF GROUP MEETINGS IN CALIFORNIA - 1955-1984 2001年03月17日(土)08時14分35秒

ペントランド卿:ワークとはプロセスだが、それは上がったり下がったりのプロセスではない。成長は上がったり下がったりすることはない。上がったり下がったりするのは成長ではない。機能ではあるが、成長ではない。だから、私たちのわずかな経験をこのプロセスに結びつけるのはとても重要なことだ。次のことを知るのはとても大切だ――たとえ私が人生の中でレベルが成長していなくとも、静かな環境や読書の中で、ある経験を持つことができる。理解を通して、いわば私の願望を教育し、ワークへのアプローチを教育し、徐々により永続的な変化が現れる可能性を生み出すことができる。(EXCHANGES, p.244)

ペントランド卿:要点は、アイデアを取り入れる頭(head)と、スケールを取り入れる感情(feeling)が決して出会わないことにある。感覚(sensation)はそれらを関連付ける要素だ。感覚を通して、思考を感じ、感情を思考するのだ。感覚は関連付ける要素だ。頭脳と感情は肉体の中でのみ出会う。これが感覚を実践することの意味だ。私の頭脳は体全体をもって感じる。肉体の感覚と共に、頭脳と感情は一緒になることができ、それはいわゆる内的な生命inner lifeの基礎となる。それは感情を呼び戻す方法だ。
(p.343, EXCHANGES WITHIN - QUESTIONS FROM EVERYDAY LIFE SELECTED FROM GURDJIEFF GROUP MEETINGS IN CALIFORNIA - 1955-1984)

ペントランド卿:この内的な生命inner lifeに触れる方法がある。難しいのは、私は自分一人ではそれに触れることができないということだ。私一人では今私が何であるかの真実に達することはできない。ある程度は試みることができる――注意深く、耳を傾けることはできる。しかし私一人ではできない。私がそれを無視してきたことに気づかないかぎり、それが入りこむ余地を作ってこなかったことに気づかないかぎり、内的な生命に至ることはできない。しかしそれでも何か他のものが必要だ。私たちが探究について話すのはそのためだ…内的な生命は神秘的なものではないが、それに至る道は知られていない。それがやって来るとすれば、無意識の中からやって来る。あらかじめ計画されたものや本に書かれたもの――たとえそれが『ベルゼバブの話』であっても――からではない。
(p.327 , ibid.)

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 『覚醒のメカニズム』 2001年03月17日(土)08時12分14秒

チャールズ・タートの本は、なかなか読めずにいます。
どうも読む気が起こらないというか、ページを開けて読み始めても頭に入ってこないのです。これはキャサリン・スピースの『グルジェフ・ワーク』やハリー・ベンジャミンの『グルジェフとクリシュナムルティ』にも感じたことですが、どうも<システム>の解説書というのは水で薄めたような感があって、やはり直接原典(『第四の道』など)に当たるに如くはないという気がします。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン 訳について 2001年03月17日(土)01時55分55秒

 今『第四の道』の第一章の部分を自分で推敲してみて、夥しい量のいかがわしい訳を発見しました。直してますが、いずれもっときちんとしたものにしようと思います。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン HiROSHiさん 2001年03月13日(火)23時46分35秒

 まあ訳なんていうのは本当に大変ですよね。これはターシャム・オルガヌムと違って英語が簡単だから、訳なしで読書会でもしたいなというのが本音です。しかし訳が出たとしても原文で読むというのには多少意味があるかとも思うのです。カスタネダを原文で読んで発見したことがいくつかあるからです。 >全部で16章あるので、16人いれば一人一章ずつで済みますね。  そうですね。今私のサイトでは幸い第一章の続きを訳してくれている方がいますが、このサイトでもどうでしょう。HiROSHiさんも挑戦されては?

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi RE:The Fourth Wayの訳 2001年03月13日(火)05時46分01秒

イストランさん
 >この訳ですが、HiROSHiさんは訳さないのですか?<

 まずこの本の分量を見て、とても手におえるものではないと思っていたので、自分が訳すということは考えたことはありませんでしたが、イストランさんの訳を見て、少し刺激されました。
 全部で16章あるので、16人いれば一人一章ずつで済みますね。
 ただ、この本は誰かが訳し終えているのではないかという気がしていて、その出現を待っているところもあります(叶わないことかな?)。
 ちょっと考えてみます。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン 2001年03月13日(火)01時16分32秒

 どうも有り難うございます。励ましのお言葉と受け取らせて頂きます。 ところでいつかタートの覚醒の本について書評を伺いたいなとも思ってます。タートは記憶違いでなければ Crack in the cosmic egg とかいう本でカスタネダの解釈をしていたのですが、どうもあんまり、という感じでしたので、本屋に行くといつも覚醒の何とかを手にするのですが、なんだかなというふうに買わないで帰ってきます。

この記事にコメントこの記事自身スレッド返答先


高橋 はじめまして。 2001年03月11日(日)19時00分21秒

イストランさん
書きこみありがとうございます。イストランさんのホームページで『第四の道』の翻訳が進められているのは知っていました。
イストランさんと私とではウスペンスキーやグルジェフについての観点が若干違うように思われますが、こうしたマイナーな(?)トピックについて議論する場として、お互い貴重な存在だと思うので、これからも「よき隣人」としておつきあいさせていただければ嬉しく思います。

HiROSHiさん
Scaleの訳については、私はそのまま「スケール」と訳しましたが、強いて日本語にするなら「規模」とか「尺度」でしょうか。「スケール」の方がすっきりするような気はしますが。

あと、この掲示板はいちおう現在の管理人は私名義ですが、実質的には小森さんと二人で共同管理しています。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン The Fourth Wayの訳 2001年03月11日(日)16時32分22秒

HiROSHIiさん、こんにちは。そうですね。他の訳語もいい加減なものがあると思うので、いろいろと教えてくださいね。この訳ですが、HiROSHiさんは訳さないのですか? ところでここのリンクを造るときに、小森さんの掲示板だと思っていたので、そういうふうに造ってしまったのですが、改めて見てみるとここは高橋さんの掲示板なのかしら。それだったらどうも失礼しました。サイトの方と合わせて直しておきます。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi RE:イストランさん 2001年03月11日(日)08時13分18秒

 イストランさん、はじめまして。
 『THE FOURTH WAY』の訳文を読ませていただきました。ありがとうございます。
 やはり日本語で読めるというのは良いことだと思いました。と同時に、自分が基本的なことを忘れているということに気づきました。改めて、基本に戻ることを怠らないようにしなければと思いました。

 ひとつだけ気になった点。最初の方でscaleを<てんびん>とされていますが、これはあとのほうにあるようにそのまま<スケール>としたほうが良いでしょう。『奇蹟を求めて』の中では<等級>とされている言葉で、訳すとすれば<尺度>が該当すると思うのですが、このへんは高橋さん、いかがでしょうか?

 HPのほうはちらっとタイトルを見た程度です。何しろ、初めて高橋さんのHPを見たときにはめまいを感じたほどに、利用していながらもインターネットの情報量にはいまだに困惑を覚えつづけているので、いずれじっくり拝見させていただくかもしれません。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン みなさん、はじめまして 2001年03月11日(日)00時45分44秒

 この掲示板と高橋さんのサイトは常々拝見させて頂いております。私はグルジェフやウスペンスキーの言っていることには多少のついていけなさを感じるものですが、これから少しずつ勉強していきたいと思っています。それから、こうして貴重な資料を累積する御姿勢には共感するとともに、見習いたいと思っています。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


イストラン 2001年03月11日(日)00時35分36秒

 HiROSHiさん、はじめまして。『第四の道』の第三章の否定的情動の記述を読んでいたら、第二掲示板の方での否定的情動に関する頓珍漢な問いを発見して、ひさしぶりに三日月氏をつついてみようかと思ったのですが、ちょっと心理的抑制が利かずにそのまま表現してしまいました、へへへ。

この記事にコメントこの記事自身スレッドURL


HiROSHi また馬鹿をやってしまいました。 2001年03月10日(土)10時11分30秒

 先の『第四の道』、投稿した後にイストランさん=ixtlanさんだと気づきました。本当にそそっかしいと赤面です。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi 第四の道 2001年03月10日(土)09時51分24秒

 第二掲示板のほうで発言されたイストランさんをたどって行ったら、“THE FOURTH WAY”の訳を試みられている方(ixtlanさん)がいらっしゃるのですね。
 原書20ページのまん中で中断されているままのようですが、ぜひ続けていただきたいものです。440ページ近い原書の量を思うと、気の遠くなるような作業だとは思いますが・・・。
 私が知らないだけなのでしょうが、改めていろいろなサイトがあるのだなぁと半分感心。

 ところで高橋さんが連載されているラジオドラマ『魔術師たちの闘争』に対して、先日、このペースなら一週間くらいで終わりそうですねと書き込んでしまいましたが、原文をざっと見直したら、倍以上の量がありましたね。プレッシャーをかけてしまっていたらごめんなさい。
 ときどきは休憩を入れてくださいね。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


 re:魔術師たちの闘争のキャシー  2001年03月09日(金)11時52分10秒

 HiROSHiさん、ありがとうございます。
 このラジオドラマが史実にもとづいているのであれば、たしかにキャシーはマンスフィールドではありえませんね。私は、グルジェフの彼女に対する態度がけっこう紳士的で丁重であることや、キャシーのことを弟子でないといっていることから、かってにキャシーをマンスフィールドみたいにイメージしていました。
 HiROSHiさんのご説明に沿って考えると、劇中のキャシーのやや無邪気な女の子みたいな雰囲気は、晩年のマンスフィールドよりうら若きスピースの方がぴったりきますね。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi 魔術師たちの闘争のキャシー 2001年03月09日(金)05時15分43秒

鎖さん

>キャシーというのはスピースでしょうか? 私はてっきりマンスフィールドのことだと思ってました。<

 ちょっと日付を調べてみました。
 マンスフィールドがプリオーレで亡くなったのが1923年1月9日、ウスペンスキーがアメリカから戻ったのが1947年2月18日、ミーティングは2月24日から6月18日まで六回行なわれたようです。
 ですから、このラジオドラマの舞台は1947年2月24日以降ということになります。ちなみにウスペンスキーが亡くなったのは10月2日です。
 キャサリン・スピースという人は私にはどうも印象が薄くて、キャシーだけは架空の人物だと思っていたのですが、『グルジェフ・ワーク』の著者紹介に晩年のグルジェフと交流があったと書かれていますので、スピースに間違いないでしょう。
 スピースの生年月日は分かりませんし、グルジェフも正確には分からないわけですが、五十歳くらいの年齢差のあるふたりの会話ということになるようです。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


 re:魔術師達の闘争 2001年03月08日(木)10時34分12秒

 グルジェフ関係に通じた人にとっては面白いドラマですね。グルジェフやウスペンスキーが平たい言葉で気さくに話しているのは何だか妙で、まあそれも面白さの一つかもしれませんね。ただグルジェフの発言は、彼にしては周到さや狡猾さが足りない不用意な感じがして、何か違和感があります。
 キャシーというのはスピースでしょうか? 私はてっきりマンスフィールドのことだと思ってました。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi re:魔術師たちの闘争 2001年03月08日(木)04時33分07秒

 いや〜、高橋さんがこれを訳してくれて、いろいろな意味で楽しんでいます。ありがとうございます。このペースで行くと、一週間ほどで終わりそうですね?
 私も原文を読んだ直後に訳してみたいという気がしたので、いくつかのセリフは頭の中で日本語になっていたのですが、“Who's Rodney Collin?”の部分はなぜだか「ロドニー・コリンってぇのは何モンだい?」みたいにこびりついてしまっていて、これではグルジェフが江戸っ子になってしまうと、ひとりで笑っていました。高橋さんはグルジェフを江戸っ子にしていなかったので助かりました。

 VOYEN KOREISさんをgoogleで当たってみたら、絵を描いている人ですね。ちょっと気になります。

 ところで、キャシーのセリフに脱字があります→さて、何からお話し<しまょう?>

小森さん
>キャシーというのは、『グルジェフ・ワーク』の著者のキャサリン・スピースですよね。<
 なるほど! 思いつきませんでした。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


小森 re:魔術師たちの闘争 2001年03月08日(木)01時27分00秒

高橋さんの訳で初めて読みましたが、なかなか面白いですね。出典があるドラマなんでしょうね。キャシーというのは、『グルジェフ・ワーク』の著者のキャサリン・スピースですよね。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


高橋 魔術師たちの闘争 2001年03月06日(火)21時36分17秒

先日HiROSHiさんが紹介してくださった、ラジオドラマ Struggle of Magiciansを訳し始めましたので、できたところまでアップしていきます。著者はどんな人かわかりませんが、グルジェフとウスペンスキーについて深く知っている人に思われます。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


HiROSHi 真理への旅 2001年03月05日(月)21時16分19秒

MATANGOさん、はじめまして。

>正確には、日本ではなくて近代ピラミッド協会です<
 ご指摘、ありがとうございます。目の前に本を置いて打ち込んだはずなのですが、どうして<日本>と思い込んでしまったのか・・・? この掲示板に書き込みを始めて以来、どうも私はこの手の間違いをよく犯しているらしいということに気づきます。ですから、私の書き込むものは疑ってくださいね。または、即座に間違いをご指摘いただけると助かります。

 浅井雅志『真理への旅――グルジェフ、その前半生』の名前が出たところで、少しそこから引用させていただきます。あまり浅井さんの文章を引用することは気が引けますが、ベネットの本からの訳文部分ですし、私は一時期この言葉を大切にしていて、この言葉のしおりを作って、本を開けるたびに目につくようにしていたとことなどを思い出したので・・・。

 引用部分は、クワジャの一人、アブデュルハリック・グジュヴァンが残した、『クワジャガンの道』ともいうべき指針とのことです。私には役に立った言葉でした。(間違えないように打ち込まないとね)

1 Hush der dem 一呼吸毎に存在しなさい。一呼吸の間といえども注意を散らさないように。常に、またあらゆる状況下で自分を覚えていなさい。
2 Nazar ber kadem あなたの踏み出す一歩一歩にあなたの意図を保ちなさい。あなたは自由を求めており、それを決して忘れてはなりません。
3 Safer der vatan あなたの旅は故郷に向かっています。あなたは目に見える世界から、現実(リアリティ)の世界へ旅していることを覚えておきなさい。
4 Halvat der endjuman 群衆の中で孤高を保ちなさい。いかなる振る舞いをしても、内部では自由でいなさい。自己をいかなるものとも同一化(identify)しないように。
5 Yad gerd あなたの友人、すなわち神を常に心に留めておきなさい。舌の祈り(zikr)を、心の祈り(galb)をしなさい。
6 Baz gasht 神に還りなさい。いかなる目的のためでもなく、ただ現実感(リアリティ)をつかむために。
7 Nigah dasht 邪悪な思考と闘いなさい。精神を、外的なことであろうと内的なことであろうと、今あなたがしていることに集中しなさい。
8 Yad dasht 神的存在の特性に対して、常に醒めていなさい。心の中の神の存在に気付くようになりなさい。
 浅井雅志『真理への旅』より/『オカルト・ムーヴメント』創林社 p132
 J.G.Bennett "GURDJIEFF:Making a New World" p34 Harper & Row

 ベネットの『GURDJIEFF:Making a New World』は大昔に買ったままで読んでいない(というより、その頃は買ってはみたものの、英語なんか読めないと思っていた)のですが、引っ張り出してバラバラ見たところ、次の日本語化の課題にしようかなという気になってきました。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


MATANGO はじめまして 2001年03月04日(日)22時06分26秒

Googleで遊んでいる内にたどりつきました。過去ログを読ませていただき、詳しい方も多いものだと驚いております。

せっかくですので余計な知識を二つ、書きこんでおきます。

ファン・マーネンの名前が出ていましたが、彼はエリアーデの小説「セランポーレの夜」に登場いたします。インド留学中の友人だったようです。ちなみにこの小説の筋はソーンダイク(だったかな、思考機械シリーズの作者)「家」が下敷きになってたと思います。

HiROSHiさんの古い発言で、すいませんが。
「日本ピラミッド協会という怪しい団体名で出版されている、『オカルト・ムーヴメント』というさらに怪しいタイトルの本」。正確には、日本ではなくて近代ピラミッド協会です、ハハハ、さらに怪しい(笑)。章の題目を挙げておきます。横山茂雄「影の水脈」、岩本道人「神智学の誕生」、平井恭介「後期神智学協会とメシアニズム」、田中義廣「アガルタと太初の伝統」、浅井雅志「真理への旅--グルジェフ、その前半生」、井村宏次「清水英範と霊術家の時代」、森岡正芳「自己意識の変容と拡大」。「真理への旅」は、ベネットに依拠したグルジェフの伝記的紹介です。

この記事にコメントこの記事自身スレッド


1つ前の過去ログ:P.D.OUSPENSKY BBS(ウスペンスキー掲示板) (0016)


記事の削除と修正  Password:
記事の編集画面において User-ID には club と入力して下さい。

掲示板の設定変更  Password:


CGI_Board 0.66+VA0.01