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P.D.OUSPENSKY BBS(P.D.ウスペンスキー掲示板)

高橋 (メールURL)

P.D.ウスペンスキーについて語り合うための掲示板です。事前にウスペンスキーの主著の訳書『ターシャム・オルガヌム』(高橋弘泰訳・コスモス・ライブラリー)『奇蹟を求めて』(浅井雅志訳・平河出版社)を読んでいることを前提とした話になっています。ボードリーダーは、高橋・小森両名です。

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山田 <グルジェフ思想>をめぐってとは? 2001年01月11日(木)15時12分13秒

私は、なぜかラジニーシには、それほどの関心をもたないまま、現在にいたっているのですが、インドに生まれて、東洋の精神的流れをもつ彼が<グルジェフの思想>をどうみていたのか、マイケルさん(ベネット夫人が、この人に「ラジニーシのもとに・・・」とすすめたわけにも興味があるところですが)との対話はその一端がうかがえるものなのでしょうか?

しかし・・・(ブツブツ)・・小森さん、本のタイトルって、<ひとつ>数字が違うって、とおーってもおーきなことですよね〜〜^^特に<検索>のばあいは・・・(ブツブツ)・・・「102匹ワンちゃん大行進」とか、「2002年宇宙の旅」とか、「オオカミと6匹のこやぎ」とか、「25の瞳」(これはコワイ!)とか、「2億光年の孤独」・・(ここまで果てしないと問題ないかぁ)・・・

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小森 ベネットが亡くなったときの弟子たち 2001年01月11日(木)02時05分14秒

 ウスペンスキーが亡くなったとき、弟子たちには混乱と困惑がありましたよね。ウスペンスキー夫人はグルジェフの元に戻るように指示し、ベネットや、夫人の周りの人たちはグルジェフのもとに戻ります。
 モーリス・ニコールと、ロドニー・コリンは、グルジェフ拒否派で、独自の道を行きます。
 イギリスに残った他の弟子たちは、フランシス・ロールズ博士らがまとめたようです。

 グルジェフとウスペンスキーの高弟だったジョン・G・ベネットが亡くなったとき(1976年)の状況が、ウスペンスキーのときの状況と似ているようです。さる本を読んでいて、今日発見しました。ベネット派の弟子の筆頭格だったマイケルは、ベネット夫人に今後のことを相談します。するとベネット夫人は「ラジニーシのもとに行きなさい」と勧めたそうです。マイケルは夫人の意向に従い、ラジニーシのもとを訪ね、グルジェフ思想をめぐって彼と話をかわしますが、折伏(?)されるにはいたらなかったようです。さる本というのは、"BELOVED OF MY HEART"というラジニーシのダルシャン・ダイアリーのことで、そのときの会話記録が掲載されています。(要望あれば、その会話内容を簡単に紹介してもいいですが──)

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高橋 『アメリカにおけるグルジェフ』浅井雅志(デコード・プレミア・エディション1982)その3 2001年01月09日(火)23時33分46秒

 リーダーはまずメンバーに、外面的には平凡な人間であることを要求する。従って、我々がこの種のスクールなりコミューンから想像しがちな奇抜な服装の者は勿論、いわゆるヒッピー・スタイルの者もいない。それどころか、普通のアメリカの若者の、いや日本の若者の基準からしても彼らの服装ははるかにきちんとしている。つまり平凡である。また彼らの多くはかなり立派な家や車を持っているが、それもアメリカの中流家庭の基準に照らせば全く平凡で、スピリチュアルな様子などまるでない。リーダーは、外面的な操作によって自分を際立たせようとするあらゆる努力を停止させ、それに注がれていたエネルギーを内部に向けさせようとする。

 次の要求は、すべてのメンバーが職を持ち、ある程度の収入を持つことである。…第四の道は生活の中で、市民生活の中で実践される道である。…この道を進もうとする者は、普通の人間の間に住む、外面的には普通の人間でなくてはならない。この点を見誤れば、グルジェフの教えは誤解され、そしてイーデン・ウエストのような性格を持つスクールも誤解されることになる。…我々は、二十人とは言わないまでも、数人を養えるだけの収入を持ち、かつ「誠実」でなくてはならない。そして人間はそうあることである意味では十分なのだ。…オビヴァテル(良き市民;引用者註)であること自体、すでに宇宙における意味と役割を全うしているのだ。そして第四の道はここから始まる。グルジェフが「オビヴァテルを見下す者はワークする資格がない」と言ったのは、まさにこのことを意味している。ドロップアウト=精神的人間という図式は直ちに払拭されねばならない。

 イーデン・ウエストというスクールは、現世否定、俗世界離脱といった考えとは無縁であり、いや、より積極的に日常生活の中に留まって意識の階段を登ることを目指している。従って、自分の職業としている仕事において責任を果たすこと、或いは立派な業績を上げることは非常に重視されている。…なぜならば、何をやるかよりもいかにやるかの方がはるかに重大だからである。高尚な仕事をいやいや惰性でやるよりも、意識的に、かつ楽しんで日常茶飯事を遂行することの方がいかに人間の調和的発展にとって必要であるかを彼は繰り返し説いている。そして人間は、意識的に、楽しんでやらないと何事かを本当に熟達することはできない。それゆえ、彼はこう付け加えている。「しかし、何かをうまくやれる者はほとんどいない」と。

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高橋 『アメリカにおけるグルジェフ』浅井雅志(デコード・プレミア・エディション1982)その2 2001年01月06日(土)18時41分57秒

 彼らはこのイーデン・ウエストというスクールを何かを学ぶところと考えてはいるが、必ずしもグルジェフ・スクールとはみなしていない。無論、彼らのワークの基本となっている思想、方法の多くはグルジェフに負ってはいるが、同時に彼の後継者たち、ウスペンスキー、J.G.ベネット、M.ニコル等が独自に発展させた考えをも取り入れている。とりわけ、彼らの行っているエクセサイズはムーブメンツの多くは、ベネットの…シャーボーン・ハウスから取り入れられており、その意味ではベネットの影響は大きいかもしれない。

 しかし注目すべきはそういった仔細なことではなく、いわゆる「グルジェフ運動」、いや、さらに大きくは「ニュー・ウェイブ」などと呼ばれることもある特に60年代以降の精神運動に対する彼らの姿勢である。彼らは、こういった流れ…が容易にカルト、熱狂的流行に陥ること、そしてその愚を見ぬいており、その過ちを犯さないよう強く自らを戒めているようである。…この認識が徹底すれば(そしてそれは非常に難しいことではあるが)グルジェフなりベネットなりの名前を口にすることはほとんど必要なくなる。彼らが行っているのは、グルジェフの思想の「研究」ではないからだ。彼は崇拝、あるいはペテン師扱いの対象から降ろされて一人の存在した人間となり、彼がこれこれの思想を伝達したということではなく、その内容そのものが問題となってくる。換言すれば、その思想の自らの生への適用が、そしてそれのみが問題となってくる。

 それゆえ、グルジェフの思想、人物、とりわけその源泉や背景などについてより詳しく知ることだけを目的としてここを訪れることは不毛な結果しか生むまい。彼らはそのようなことをディスカッションの対象とはしない。いや、ここではなり得ない。ここで議論の対象となるのは、すなわち問題とされるのは、その日一日の自己の行為であり、その観察であり、包括的に言うならば「自発的犠牲」と「意識的努力」である。

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小森 スタインは 2001年01月06日(土)18時21分59秒

山田さん、すみません。ガートルード・スタインの本の正しい題は「三人の女」です。「四人の女」だとパット・マガーですね、そちらも持ってますが(^_^;
ただ、スタインの作品は、あまりワークとかに関係がありません。ピーターズの「魁偉の残像」(めるくまーる社)に出てくるのですが。

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山田 迎 春 2001年01月06日(土)16時48分05秒

新世紀、おめでとうございます。(遅ればせながら・・・)

「ターシャム」後半、年内に読了しました。それよりも、年末の大そーじに「エイッ!」と一番に開けたダンボール箱から「奇蹟を求めて」が奇跡的にみつかり、あまりにもアッケなくみつかったことに、ヘンな物足りなさを感じながらパラパラ再読しています。^^

「ターシャム」を読んで、意識の進化の流れにおいて(P412〜P415に書かれていた様々な進化の記述は興味深いです)私もまた「新しい種子」でありたいと思っているのですが、今回、「奇蹟」の<創造の光>を読んでいて、「絶対〜月」までの宇宙秩序のなかで、地球上で我々人間がその機械性に抗い、自己の内で意識化するプロセスをたどり、やがては恒久的な「私」を形成すべく努力することは、この宇宙系の中でどんな目的や価値、あるいは必要性があるのか+++神智学の進化系においても、現在は「地球」という星がとても重要で、霊的にバイブレーションの質を上げることが大切であることは分かっているのですが・・・「奇蹟」にかかれている他に、グルジェフ、ウスペンスキーに限らず、誰か他の人でも(う〜ん、モーリス・ニコルなんかどーですか・・・)このことに言及している話が、もしあれば教えてくだい+++

それから、「ターシャム」のなかで、「高次の論理学」として述べられていましたが、直観、無限、恍惚・・・これらは、論理学として字義どうり受け取るばかりでなく、「存在(ビーイング)の変化」として理解できることが私の理想です。真の「恒久的<私>」を見出すには、この3つ組を基盤として自己認識の変容を深めていく必要性を思ったりしました。

しかし、「奇蹟」を読んでいて、前の時には、なんなく素通りした個所も(たとえば「ターシャム・オルガヌム」の名前さえも)このHPのおかげで、いろいろその文脈においての関係性がよく分かるよーになりました。(感謝!)

それから・・・小森さんにご紹介いただいたなかで「タラント氏」は、入手できましたが、ガートルート「四人の女」(中央公論社)は、見つからなくて、街の本屋さんに「四人の女」で検索してもらったら、パトリシア・マガー(創元推理文庫)というのがでてきたのですが、多分全く関係ない本ですよね〜??(わからん・・)

久しぶりにたくさん書いてしまいましたが、今年もまた書いてみたいことがあれば、ボチボチ(私の場合はポツリ、ポツリ、プッツンかな・・すみません)と投稿させていただきますので、宜しくお願いいたします。

それから、また、間違いさがししてみました。
p372 11行目   すで(い)終了→すで(に)
P372 13行目   (すでに{その}にある)→{その}がなんかおかしいなぁ・・・「そこ」じゃないかなぁ・・・
p375最後から6行目   最も(曲げしい)瞬間→(激しい)だと思うけど・
p386の一番最後    (本を)が重複してるよ
p423の表、一番下の1行目   「生きた意識的宇宙という」と「感覚」の行をつめてね。              
                        以上でした・・・

超お暇な方はどーぞ^^

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小森 ロシア語(原典)版『ターシャム・オルガヌム』 2001年01月05日(金)23時26分21秒

ロシアで復刊されている『ターシャム・オルガヌム』の情報です。↓

http://www.grandpub.ru/books/out_tertium-organum.htm

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小森 台湾・中国で出版されているウスペンスキーの訳書 2001年01月04日(木)01時40分44秒

台湾の出版目録でウスペンスキーを調べたところ、以下の中国訳が見つかりました。「鄔斯賓斯基」がウスペンスキーとよみます。
第四道 鄔斯賓斯基 斐華出版社 1984.7
人可能進化的心理學 鄔斯賓斯基 斐華出版社 1979.4
探索奇蹟 鄔斯賓斯基 方智出版社 1999.6
↓台湾でのそのジャンルの目録がのっているページです。
http://www.geocities.com/Yosemite/Forest/1670/dsdbook.htm

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高橋 『アメリカにおけるグルジェフ』浅井雅志(デコード・プレミア・エディション1982)その1 2001年01月03日(水)10時47分24秒

[これはきわめて重要な論文で、わが国でグルジェフ・ワークに関心を持つ人々にとって興味深いことがたくさん述べられています。書かれてから20年近く経った今も、まったくその意味を失っていません。本当は全文を紹介したいくらいですが、すべて転載するのは問題があるので、この掲示板上で特に重要と思われる部分を何回かに分けて紹介します。]

 グルジェフはアメリカでは確実に「市民権」を獲得した、とまず最初に言っておこう。ただし、どのような「市民権」かが問題である。これについて、私の訪ねた一つのスクールを念頭に置いて少しばかり述べてみよう。
 サンタ・ローザを訪ねたのは今度が2回目である。サンフランシスコの北約80キロの所に位置するこの町は、我々のグループ、イーデン・ウエスト・キョートの母体、イーデン・ウエストの本拠がある。会員は約80人、いくつかのハウスホールドに分かれて住み、セバストポール、サンフランシスコ、オークランド、バークレイに支部を持っている。
 活動は朝6時のモーニング・エクセサイズから始まる。これはハウスホールド毎に行われるエクセサイズだが、特色はリーダーが絶えず指示を与えることである。約20分のエクセサイズの後、それについての感想を話し合ったり、リーダーがその日の課題を与えたりする。朝食の後はそれぞれの仕事に行く。男女共はほとんどの者が職を持っていて、学生や主婦は少ない。夜、たいてい8時から、ほとんど毎晩何らかのミーティングがある。…形こそさまざまだが、常にディスカッションないしは質疑応答が大きな比重を占めている。ただし新入会員には特別のカリキュラムが組まれていて、それには約20回の講義(週2回程度)と『奇蹟を求めて』を読むことが含まれている。
 活動のもう一つの大きな柱はムーブメンツのクラスである。毎週日曜日の朝行われ、サンフランシスコやオークランドのハウスホールドから車でやって来る。…
 この他、あらゆることが活動の対象となり得る。例えばメンバーの誰かが結婚することになれば、とりわけ新郎新婦ともにメンバーであれば(活動の性格上そうであることが多い)、結婚式とその準備すべてがスクール全体で取り組む仕事となる。或いは、数年前からセバストポールにムーブメンツのクラスや集会の開けるかなり大きな建物を造っているが、これもメンバーの手でのみ行われている。。…彼らはこういった活動全体を『ワーク・パーティ』と呼んでいる。…このワーク・パーティの根底には、メンバーの間でなされるあらゆる活動、行動をこのワークの視点に立って行おうという視座がある。
 ここで行われているワークには、以上の三つの柱がある。すなわち、1.ミーティング、 2.ムーブメンツ、3.ワーク・パーティである。これらの他に、それぞれのハウスホールドの中で、料理、皿洗い、掃除、ごみの搬出、庭の手入れ、買い物などの家事を男女の別なく分担して行っている。ミーティングは夜遅くまで続くこともあり、朝は6時に起き、その上に職業としての仕事と家事が加わるのだから、メンバーの一日は極めて忙しいと言える。

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高橋 私家版について 2001年01月01日(月)19時29分42秒

小森さん
私家版、アイデアとしては面白いと思います。買いたい人が100人もいるか? という気はしますが、そういうことは抜きにして記念に作ってみてもいいかな、と。ただ、問題は私が非常に無精者だということです。HPは今のところ苦にならないのですが・・・

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小森 ウスペンスキーの新世紀 2001年01月01日(月)12時36分22秒

21世紀になって、広大かつ深遠な射程をもつウスペンスキーへの認知が高まることを期待します。ところで、下の発言を見ると、高橋さんの企画とか腹案が目白押しなんですね。

もちろん流通本としての刊行を期待したいところですが、いくつかの企画に関しては、私家版での刊行を企画してもいいのではないかと考えます。 私は、同人誌をいくつも刊行した経験があります。予算が数万円程度かかりますが、百頁弱の本を百部刷るというようなことも可能です。千円〜二千円程度(送料込み)の価格で買いたい人が百人いれば、儲けは出ませんが、印刷代の回収くらいはできるかと思います。ですので、今年はそういう本の刊行も考えませんか? いかがでしょう、高橋さん。そして既に翻訳をしているHiROSHi さん。

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 新年おめでとうございます 2001年01月01日(月)01時48分53秒

明けましておめでとうございます。去年は皆さんから様々な情報と刺激を頂き感謝しています。今年もよろしくお願いいたします。

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小森 謹賀新年 2001年01月01日(月)01時01分23秒

あけましておめでとうございます。去年の正月には、ウスペンスキーの英語著作全冊読破を、一つの目標としましたが、他の目標が達成できなかった中で、これだけはほぼ達成しました。といっても講義録には未読あり。今年は、モーリス・ニコールのコメンタリー全巻読破を一つの目標にします。

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ALRDTP 21世紀の死闘 2001年01月01日(月)00時56分43秒

新年おめでとうございます。最近分析哲学と量子力学の泥沼で苦闘していますが、ここに来て皆さんの書き込みを読んでいると励まされます。ドーマルとウェブの本が届き、何か新情報がありましたら報告します。

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高橋 明けましておめでとうございます。 2001年01月01日(月)00時12分19秒

明けましておめでとうございます。

21世紀に入り、これからもますますウスペンスキーHPの充実を図っていきたいと思います。
正直言って紹介したいものがありすぎて頭がパンクしそうです。
思いつくままに並べていくと―――

・『ア・ニュー・モデル・オブ・ザ・ユニバース』の各章ごと解説
・Conscience—The Search for Truthの連載
・「ウスペンスキーをいかに読むべきか――現代オカルティズムにおけるその役割」の執筆(神智学や人智学その他のオカルティズムとの比較研究)
・ロドニー・コリン『永遠の生命の理論』解説
・ロドニー・コリンの人生と思想についての研究
・モーリス・ニコールの著作解説
・オレージ、ベネット、ジェイン・ヒープ、ジョン・ペントランドなど他のグルジェフの弟子たちの紹介
・ その他ワークについての文献紹介と研究 など

今年もよろしくお願いします。

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高橋 『覚醒のメカニズム――グルジェフの教えの心理学的解明』 2000年12月31日(日)14時14分17秒

チャールズ・タート著、吉田豊訳、大野純一監訳『覚醒のメカニズム――グルジェフの教えの心理学的解明』(本体2700円+税、536頁、コスモス・ライブラリー)が2001年1月15日に発売予定という案内が来ました。

「グルジェフ・ウスペンスキー・トランスパーソナル心理学ファン待望の大著」ということで、現代のグルジェフィアン心理学者として有名なチャールズ・タートによる研究書の訳書です。ワークについてかなり突っ込んだ記述もあるようです。

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高橋 ブラグドン、グルジェフ、クリシュナムルティ 2000年12月30日(土)08時52分33秒

ブラグドンがグルジェフを拒絶した理由は何だったんでしょうかね? 彼に関するよくない噂を聞いていたのでしょうか。それとも自分には必要ない人だという判断だったのでしょうか。まあ、あまり詮索しても仕方がないことですが。
彼がクリシュナムルティについて書いた文章から、少し引用します。

「クリシュナムルティほど私に強烈な影響を与えた人は他にいない。…自己満足の攪乱者として、私は彼に比肩しうる人物に会ったことはない。グルジェフとは違って、彼はそのためのいかなる意図的な努力もしないが。…彼と一緒にいた後、私は常に自分が精神的に浄化されたのを感じ、また彼は私の創造的機能を鼓舞するように思われた。…
 
 『私の教えは神秘的でもオカルト的でもない』と彼ははっきり言う。…
 まさにクリシュナムルティの教えの単純さが、あまりにも見識を備えすぎた精神を混乱させる。『私はインドで、もし私の教えをもっと複雑にすれば、より多くの信奉者を持つだろうと言われたことがある』と彼はかつて語った。…ミート・ローフや魚の代わりに、彼は真っ白な愛の小麦粉と鋭利な真理の釣り針だけを与える。『では、あなた自身のパンを焼き、あなた自身の魚を釣りなさい』と彼は言っているように見える。」
(『クリシュナムルティ 人と教え』クロード・ブラグドン、『クリシュナムルティの世界』大野純一編訳、コスモスライブラリーより)

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小森 カリール・ジブランとクリシュナムルティ 2000年12月30日(土)00時51分47秒

Chandmal Asitによる" One Thousand Moons - Krishnamurti at Eighty-Five"という本の中では、カリール・ジブランがクリシュナムルティに会った話が出ていますね。ちょっとびっくり。
Kahlil Gibran wrote, "When he entered my room I said to myself, 'Surely the Lord of Love has come.'"

↑上の文章でのHEはクリシュナムルティです。

たぶん、クリシュナムルティをカリール・ジブランに引き合わせたのは、両者の熱心なファンであったCLAUDE BRAGDONでありましょう。ブラグドンは、20世紀前半の重要な精神史の巨人のほとんどにかかわっているのに、なぜか「自分はグルジェフにはまったく関心がない」と、拒絶反応を示しています。

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高橋 anecdote 2000年12月29日(金)22時04分11秒

ある「音楽」(グルジェフが膝の上でハルモニウムを演奏したとき)の後、録音機のテープが切れて、彼は次のような冗談を話した(これは記憶から書き起こしたもので、語られた言葉どおりではない。途中で多くの笑いがあり、ジョークにはジェスチャーや表情が伴っていた)。

あるスコットランド人が年老いて、死ぬ覚悟を決めた。そこで彼は墓堀人のところに行って、葬式について尋ねた。はじめに彼は銀の取っ手のついた素敵な棺を見て、「これはいくらかかるんだい?」と聞いた。「500ポンドだ。」「だめだ、高すぎる。」それから彼は真鍮の取っ手の棺を眺めた。「これはいくら?」「250ポンドだ。」「だめだ、高すぎる。」それから木の取っ手のやつを見て、「これは?」「100ポンドだ。」「だめだ、だめだ、まだ高すぎる。」そして、扉を開けて部屋を立ち去りながらこう言った。、「生きてる方が安上がりだ。死ぬのは止めた!」

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高橋 スクール・ワークの例 2000年12月26日(火)23時35分57秒

〔海外のサイトで、あるグルジェフ・スクールでワークしている人が、普段どのような活動をしているのかという質問に答えたものがありました。参考までにその内容を訳して載せておきます。〕

>スクールではどんな活動が行われているのですか?

まず、この質問は少し形式的すぎるtoo formatoryと思います。スクールにはある一つのパターンというのはありませんし、あったとしても今日の世界のどこにそんなスクールが存在するでしょう? スクールには教師(複数)が必要で、教師を選ぶには識別力が必要です。直接グルジェフの教えを受けた弟子はもうほとんどいませんので、私たちは孫の世代にあたります。今グループを指導しているのは孫の世代であり、中にはグルジェフの弟子の下でも働いたことのない継子もいます。だから識別はより一層大切です。「権威」になるためにはそう宣言するだけでよく、弁舌の才さえあれば羊たちを銀行に導くこともできるのですから。

あるスクールの典型的な一日は五時の起床から始まります。沐浴の後、六時に集合します。そこで朝の体操か瞑想が行われます。七時にはパンとヨーグルトとコーヒーの簡単な朝食を取ります。それからほとんどいつも実用的な仕事に従事しますが、この仕事には内面的な修練が伴います。絶えず目覚めさせるための合図もあります。(これは言葉だけとは限りません。)正午には昼食を取り、若干の休憩の後、午後四時まで働きます。それからお茶の時間になり、その日のテーマについて討議します。

仕事の中身は、トイレ掃除、食事の準備、庭造り、家の修理、手作業等々です。そのさいには、必ず摩擦を起こすような状況が作られます。自分のやりたくない仕事や、一緒に働きたくない人々との仕事を与えられます。権威的な人々がトイレ掃除や給仕をし、恥かしがり屋はプロジェクトの責任者になります。違った言葉を話す人々や異文化の人々が一緒に仕事をします。男女は正しい関係を持たねばなりません。

一日を通して「ストップ・エクササイズ」がありますが、これは教師の合図の下でのみ行われます。一日のテーマに加えて一週間のテーマも与えられます。

お茶の後には別の種類の仕事か、六時の食事まで瞑想が行われます。夕食はルーチンのものと、正装で臨む特別なものがあります。何週間もパンと水だけのこともあれば、断食するときもあります。特別な機会には豪華で手の込んだ料理が作られます。食事や労働の間に沈黙を守ることもあります。そうしたときは、自分の肉体を感じ、呼吸を観察します。

夕食の後は七時まで自由時間です。それから十時かそれより遅くまでムーブメンツがあります。ムーブメンツがないときには、音楽を使ったワークや、絵画や演劇その他の芸術的なプロジェクトがあります。ときにはクリスチャンや仏教徒の僧、ダーヴィッシュなどを招いて話を聞いたり質疑応答を行います。

十時以降は自由時間で、個人的な用事をしたり他の人々と話したりします。たいてい夜中過ぎに眠りにつき、翌朝五時に目覚ましが鳴るまで眠ります。
睡眠は個室か、十人程度の相部屋で雑魚寝することもできます。バスルームは共同です。
まだまだ言えることはありますが、とりあえずこのへんにしておきましょう。

この生活は疲労困憊するようなものではありません。次の日にはまったく違う日がやって来ます。別の教師が少し変化をつけます。しかし目的は自己知識です。教師たちは言うに及ばず、誰もグルジェフになろうとはしません。教師は謙虚で忍耐強い人です。必要なときには確固とした態度を取りますが、生徒と敵対するようなことは決してありません。不適切なことをさせられる人はいません。偽りの人格は滑り落ち、偽りの主観的な道徳観は揺さぶられるかもしれませんが、真実や善良さが犠牲にされることは決してありません。
教師と生徒の間よりも、生徒どうしの間で問題がよく起こります。

日々の経験やグルジェフその他の著書についての質疑応答が行われる時間もあります。『ベルゼバブ』の朗読も行われ、ときには長時間に及びます。

これはすべて不完全な記述でしなかく、スクールによって活動の量や種類はさまざまです。

<外的な活動の例>

グループ・ミーティング(週一度、自己に対するワークから発見したことを報告する。次の週のテーマについて決定する)

ムーブメンツ(週一度、あるいはそれ以上。クラスによって回数は異なる)

料理、食器洗い、準備と給仕、庭造り
手仕事(機織り、絵画、印刷、出版など)
コーラス、オペラ、クラシック、グルジェフ・ハルトマン音楽
ピアニストのためのグルジェフ・ハルトマン音楽の練習、演劇
調査グループ(テーマを決めてグループで調査する)
読書会(『ベルゼバブ』をいかに公正無私に読むかを学ぶ)
グループの資金を稼ぐための特別プロジェクト
テーマ・グループ(週ごとのテーマを設定、提示する)

<ワーク週間>

真夏に8日間、午前7時に到着、午後8時から11時に解散。
内容は上記のようなもの。

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高橋 Ouspensky Foundation 2000年12月26日(火)19時58分24秒

小森さん
そのHPは私も見たことがあります。資料をダウンロードして読んでみましたが、確かにウスペンスキーの理論に基づいて活動しようとしているようですね。具体的にどんなことをしているかは分かりません。

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小森 オランダで 2000年12月25日(月)17時52分20秒

オランダで精力的に第四の道関係の本を刊行してくれる良心的な出版社があるんですね。喜ばしいことです。ところで、これもオランダなのですが、こんなページを見つけました。ここはご存じですか? どういう活動をしているところでしょう。

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HiROSHi Re:J.H.REYNERのウスペンスキー評伝(12/6) 2000年12月25日(月)07時08分42秒

小森さん
>コリン・ウィルソンの『ウスペンスキー』でも序文等で取り上げられている、J.H.レイナーの"OUSPENSKY:THE UNSUING GENIUS"という本は、探しているんですが、入手できません。・・・どなたかお持ちな方、おられます?<

 「少なくともあと四ヶ月はかかってしまうけれど、EUREKAで出版準備を進めている」とのことです。

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小森 ロシアでグルジェフ・ウスペンスキーのリバイバル 2000年12月25日(月)00時04分15秒

今月発売の「ジャーロ」二号(光文社)に短篇を書いたので、もらった雑誌を眺めていたら、ウスペンスキーとグルジェフに触れたエッセーがありました。鴻英良(翻訳家)の「現代のロシア・ミステリー事情」というエッセーです。
同誌325頁より。ちょっと引用↓
>>>
 いま、ロシアでミステリー小説がフィーバーしている。たとえば、モスクワなどの街路を歩いてみれば、眼につかないわけにはいかない光景がある。地下鉄駅の周辺や人の集まりそうなところには、かならず書籍の路上販売をしている人がいて、ちょっと覗いて見ると、アガサ・クリスティだとか、レイモンド・チャンドラーなどの作品がけばけばしい表紙の装丁で、われわれの眼を引きつけようとしているのである。それと、もうひとつ、そこでは、グルジェフとかウスペンスキー、あるいはレーリヒやブラバッキーなど、神秘主義ファンならたまらないロシア系の神秘主義者の本がなんでも手に入るのである。
 世界がざわついているような感じが、そうした路上書店の周辺には漂っている。

>>>

ロシアで刊行されているグルジェフの著作は、英語版からのロシア語訳でしょうね。グルジェフはロシアで活躍し、ロシア語で講義していたにもかかわらず、ロシア語の著作はないですからね。
ウスペンスキーのものはどうでしょう。革命前のものの復刻が出ているのでしょうか。英訳からのロシア語訳かなあ。


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高橋 クリスマス特別企画は今夜限り! 2000年12月24日(日)21時07分04秒

HiROSHiさんへ
『オレージアン・バージョン』調べて下さってありがとうございます。読む必要があると感じたら、注文しようと思います。(そうしている間に売れてしまうかもしれませんが。)

EUREKAから出たウスペンスキーの伝記、どんな内容か分かりませんが、読んでおく必要はありそうですね。表紙を見て「あっ」と思いました。

>この出版社は本当に小部数で出版して、売れたら増刷するような形を続けているようですが、このやり方が本来はいいのではないかなどと思います。<

確かにそれが理想的な形かもしれませんね。

ロドニー・コリンの『The Theory of Eternal Life』ありがとうございました。図表も完璧で、このまま印刷しても立派な本になりそうです。内容は、一通り目は通したのですが、これからじっくり読み直してみます。非常に興味深いアイデアが含まれていて、彼が師について書いた文章など感動的ですらあります。

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HiROSHi RE:C・デイリー・キング 他 2000年12月24日(日)10時03分27秒

高橋さん
>私としては彼の『オレージアン・バージョン Oragean Version』も読みたいところですが、これは古本でも手に入らないようですね。<

 bookfinder.comで一件見つけました。
 ただし、photocopy(写真複写)というもので、$45.00-です。

ALRDTPさん
>Z-shopでハーモニアスサークルを買ったつもりなんですが、なぜか売り切れになってました。これはオークションなのですか?カードの番号を打ち込んだ時点で購入できたものと考えていましたが。<

 基本的なことですが、売り手と送料に関しての相談をして、送料を加えて送金しましたか?
 こういったやり取りをしている間の時間差で売れてしまうこともあるし、売り手も情報だけを持っていて、実際には本を持っていない場合、送料を含めて送金しても、そちらの時間差で売れてしまっていたということもあるみたいです。
 いずれにせよ、売り手も五つ星での評価がされていて、「本が届かない!」というメールが寄せられているものもあり、注意が必要なshopだとは思います。

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HiROSHi ウスペンスキーの新しい(?)伝記 2000年12月24日(日)08時03分11秒

 モーリス・ニコルの本などを自力(?)出版しているオランダのEUREKAから、新しい本の紹介メールが届きました。

 P.D.OUSPENSKY: PIONEER OF THE FOURTH WAY by Bob Hunter
 First edition in 250 individually numbered copies. Quality paperback with sewn bindings.
296 pages $ 25.00
 You can view the cover on: http://utopia.knoware.nl/users/eureka/PDO.htm

 この出版社は本当に小部数で出版して、売れたら増刷するような形を続けているようですが、このやり方が本来はいいのではないかなどと思います。

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HiROSHi ロドニー・コリン『永遠の生命に関する理論』 2000年12月24日(日)08時01分29秒

 実験的に、そして自分に発破をかけるために、一日に一章ずつを高橋さんに送信しつつ、最終日に最終章を間に合わせるべく訳を進めていたロドニー・コリンの『The Theory of Eternal Life』ですが、危ういところがあったものの、どうにか計画どおりに形だけは終了することができたようです。
 進行中のものと、以前に訳した部分を同時に見るのは初めてのことだったので、先に訳した部分のことをまるで覚えていないということも含めて、何かと発見もありました。訳している最中は、一行や、ときに一単語にくっついてしまうあまり、前後関係というものが自分ではなかなか分からないのですが、今回のやり方で、少しは前後関係を見ることができました。
 もっとも、私以上に前後関係を見ることができているのは高橋さんのほうだと思うので、何か気づいたことがあったら、気が向いたときに教えてくださいね。おかしなところがありすぎて困る!かもしれませんが・・・。
 もとより、この訳は自分のあまりの読み取り不足を補うために始めたものですが、中途半端な完璧主義というのがあるので、最初の思いつき以上のものにはなってくれたようです。
 あと補遺が一章残っていますが、それが終わったら少し間をおいて、その後、自分が初めてこの本を読むつもりで読んで、興味のある方にお渡しできる形にできればいいなと思っています。

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高橋 C・デイリー・キング 2000年12月23日(土)22時00分09秒

C・デイリー・キングの『タラント氏の事件簿』読みました。
私としては彼の『オレージアン・バージョン Oragean Version』も読みたいところですが、これは古本でも手に入らないようですね。

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高橋 『スクールとは何か』補足 2000年12月22日(金)23時01分29秒

昨日アップした『スクールとは何か』は重要な文書ですが、私自身は彼に100%同意しているわけではないことを断っておきます。特に神智学と人智学に対する見解について。(マルティヌスのことはよく分かりません。)

HiROSHiさん
貴重な資料の紹介ありがとうございます。Anna Butkovsky-Hewittの本は、パターソンの本でも一部引用されていますが、読んでみたいと思っていたものの一つです。それにしても本当にすごい読書量ですね!

ALRDTPさん
>スクールに関する記事読みました。私はいつも眠りの中で探求を行って
いるのではないかと恐れていますが、自分が眠っているのかいないのか
検証する方法がわかりません。特別な高次の体験を持たない人間を覚醒
させる方法はあるのですか? <

おそらく、誰もが「自分は眠っている」ということを前提にしたほうがよいのではないでしょうか。自分が眠っているということを単なる比喩としてではなく、文字通りに実感したときがワークの第一歩です。それは「特別な高次の体験」よりもはるかに大切なことだと思います。

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ALRDTP 数学の哲学 2000年12月22日(金)00時01分57秒

ターシャム・オルガヌム訳書のP311に書かれていることはまさに現代の
「数学の哲学」の重要なテーマです。このテーマは50年後にゲーデルに
よって改めて問題とされましたが、まだ論争は続いています。もしこの点
に関心を持たれる人がいましたら、次の2つの論文を読んでみてください。
「数学的対象に関するゲーデルのテーゼ」 チャールズ・S・チハラ
「数学的直観」 チャールズ・パーソンズ
(リーディングス数学の哲学・ゲーデル以後 勁草書房)

スクールに関する記事読みました。私はいつも眠りの中で探求を行って
いるのではないかと恐れていますが、自分が眠っているのかいないのか
検証する方法がわかりません。特別な高次の体験を持たない人間を覚醒
させる方法はあるのですか?

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HiROSHi ウスペンスキーと神智学協会 2000年12月21日(木)23時27分32秒

 まだ読んではいないのですが、高橋さんのHPで更新された『スクールとは何か?』の中に<神智学協会>の文字が見えたので、それにつられてご紹介。
 著者は、オソーキンの恋人ジナイダのモデルではないかと、パターソンさんに推測されているAnnaさんです。

 私はサンクトペテルブルグの神智学協会のメンバーではありませんでしたし、ウスペンスキーがメンバーであるということも知りませんでした。ともかく、それは彼の本を読んだ直後のことでした。協会での初めてのミーティングに出席したときに、実際のウスペンスキーに会ったのです。もっとも、協会の重要で活動的なメンバーであるマダム・カメンスキーが、彼の名前を指名して、あるテーマに対する彼の意見を求めるまでは、彼が誰であるのか気づいていなかったのですが。質問のテーマは、東洋や西洋のスクールにおける高次の能力の開発についてのものでしたが、彼女はその場の出席者たちに対して、ウスペンスキーに説明をしてほしかったのです。でも、ウスペンスキーは、自分は自らの考えに没頭している最中で、その場に関わりたくないと述べて、解説することを断りました。
 その後、夜のミーティングの終わりに、私はウスペンスキーとの会話に加わりました。彼は私に、マダム・カメンスキーに対しての答えは、単なる言い訳にすぎなかったし、自分はすでに協会を去ることを決めているので、どのようなものであれ、彼女との討議には加わりたくはなく、また彼女の有能さを信じることもやめていると語りました。この決意は、“インナー”サークルのミーティングに参加するようにと誘われているという事実にも関わらずというもので、彼によれば、それは私たちが出席したばかりのミーティングとはまるで違うものだということでした。“インナー”サークルのミーティングでは、普通のメンバーたちには手に入れられない悟りの段階を経験すると断言されていました。
 「普通のメンバーたちというものは、ただ眠っているだけなんだ!」と、彼は私に冷笑的に語りました。「だが、“インナー”サークルには、おそらくより大きな眠りがあると感じている」
 「そこには狼たちがいないのが残念とでも言っているようですね」と、私は言いました。
 「そのとおり! 少なくとも狼は強さを表に出している。羊は単純に眠っていて、彼らが<神>の似姿になることを熱望したり、隠された高次の能力を開発する振りをしたりすることは、絶望的なことだ」
 "With Gurdjieff in St. Petersburg and Paris" by Anna Butkovsky-Hewitt, p17-18, Routledge & Kegan Paul

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高橋 スクールとは何か? 2000年12月21日(木)22時57分17秒

HPに“Conscience”より「スクールとは何か?」の訳をアップしました。
これは数あるウスペンスキーの発言の中でも最も重要なものの一つではないかと思っています。

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ALRDTP 警戒 2000年12月20日(水)23時39分53秒

ただ物理の状況も射程に入れておかないと「CSICOP」や「と学会」の
標的にされる危険があるので私は少しづつやっておきます。時間に関しては
意識とセットで考えないとダメだろうと考えてます。

P.S. Z-shopでハーモニアスサークルを買ったつもりなんですが、なぜか
売り切れになってました。これはオークションなのですか?カードの
番号を打ち込んだ時点で購入できたものと考えていましたが。

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高橋 RE:宇宙「創生」について  2000年12月20日(水)22時25分48秒

>そもそも宇宙の「創生の原因」とか「出発点」という考え方そのものに問題があるような気もします。あくまで私がそう感じるだけですが、万物は同時に“ある”のであり、発生とか変化、推移というのはどこまで行ってもある特定の下位の次元から見た主観的な概念であり、せいぜいよくて本質の断面に過ぎないのではないでしょうか。物理学における<特異点>論議も本質的には不毛な気がします。<

私も鎖さんと同じ意見です。時間をリニアな(直線的な)ものとして見る限り「ビッグバン」のような考え方は出てくると思いますが、時間を閉じた曲線(円周)と見、さらに万物は同時に“ある”と考えるなら、宇宙創生の瞬間についての議論は、無益とまでは言わないまでも、今ほど決定的に重要なものとは思われなくなるでしょう。

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ALRDTP 時間の発生 2000年12月20日(水)01時25分16秒

物理では、宇宙創生期の量子的状態では時間という概念は存在しない
ようです。物質間の相関関係がはっきりしない状態では時間概念が定義
できなくなるからです。では物質とは何か?これもよくわかりません。
素粒子までいくと「波」でもあり「粒子」でもありますから。4次元が
数学的に他の次元と違うというのも、我々の認識能力に基づくからという
説もあります。ただ物理における時空は観測で決定される可能性がわずかに
あると思いますが、その後に控える数学的無限になると憶測か神学に近いもの
があり想像もつきません。ウスペンスキーの問題提起に対し21世紀中に答え
が出せないにしても、わずかでも前進したいですね。

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 宇宙「創生」について 2000年12月20日(水)00時55分20秒

 宇宙の創生を(第4次元としての)時間上の過去に求めようとする限り、単なる理論の域を出ないと思います。宇宙創生を探るためには、多次元世界を丸ごと捉えるようなまったく別種の大きなビジョンが必要であるように思われます。
 ただ、そもそも宇宙の「創生の原因」とか「出発点」という考え方そのものに問題があるような気もします。あくまで私がそう感じるだけですが、万物は同時に“ある”のであり、発生とか変化、推移というのはどこまで行ってもある特定の下位の次元から見た主観的な概念であり、せいぜいよくて本質の断面に過ぎないのではないでしょうか。物理学における<特異点>論議も本質的には不毛な気がします。

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ALRDTP 数理科学 特集 時間とは何か 2000年12月20日(水)00時19分18秒

2001年1月号の特集に興味深い記事がありました。
最近M理論が注目を浴びていて、それによると宇宙は5次元のようです。
また宇宙が時間的閉曲線から生成されたとする理論もあり、この場合
宇宙創生の第一原因は存在しません。

鎖さんが興味をお持ちの生物の時間に関しては、ゾウでもネズミでも
共通に、一呼吸する間に心臓は4.5回打ち、心臓が約15億回打てば寿命
になるそうです。

P.S. 書泉グランデに「ターシャム」6冊ありました。
   池袋芳林堂には1冊でした。

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高橋 1948年12月 2000年12月19日(火)21時56分46秒

1948年のクリスマスの何日か前、誰かがぴかぴかした金属でできたエニアグラムを持って来ました。彼らはそれを、グルジェフ氏がいつも座る小さな長いすの反対側にある今の壁に掛けました.。図形の線が交差する箇所には、夜になると光る小さな電気の灯りがついていました。この図形の下には4フィートの長さの居間用のテーブルがありました。ドロシーと私はクリスマス用にこのテーブルを装飾しようと決めました。

私たちは何年も小さな天使を集めていました。誰かが小さなクリスマスの木を運んできて、子羊を持ってくるものもあり、小型のそりをクリスマス・ツリーの上に置く人もいました。私たちはそれに聖母マリアを付け加えました。いつもそれを装飾の端にある円形の階段の上に置くのが慣わしでした。たくさんの犬、猫、ねずみ、馬、鹿、リス、天使の合唱隊、赤い帽子を被った小さな雪だるまも並べました。

クリスマスになると私たちはこれらの小さな人形を居間のテーブルに飾りました。幼子を抱いた聖母マリアの向かい側にあらゆるものを並べました。聖母マリアが上に立った四つの金色の円形の階段に、小さなろうそく立てをセットし、それに小さな細いろうそくを立てました。そして階段の下にある小さなねずみの後ろに、赤い服を着た小さな女性の人形を置きました。

1948年のクリスマスに、私たちはこの人形全部をグルジェフ氏の居間に運び、エニアグラムの下のテーブルに並べました。

すべての人形を並べ終わったとき、グルジェフ氏がたまたま寝室から姿を現しました。
彼は私たちが何をしているのか見に来ました。そしてしばらく立ったまま天使や動物たちで飾られたクリスマスの飾り付けを眺めました。突然彼の顔に大きな微笑が広がり、幸せな子供のようにこう言いました。「どこでこんなものを見つけたんだい?」
(Pages 26-27 - Episodes with Gurdjieff - Edwin Wolfe)

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高橋 ロドニー・コリンとフランシス・ロールズ 2000年12月18日(月)22時55分16秒

ウスペンスキーが亡くなった時、彼の最も身近にいた弟子で有力だったのはロドニー・コリンとフランシス・ロールズですが、この二人はかなり対照的な存在だったようです。

ロールズはウスペンスキーの<システム>の純粋性を保持しようと、ライン・プレイス(ロンドンのウスペンスキーの屋敷)に留まりながら異端的な考えの排除に傾いたのに対し、コリンはロールズから見ればまさに異端的な『天体の影響の理論』や『永遠の生命の理論』といった書を物し、活動の幅を一気にメキシコへと広げます。

ロドニー・コリンの本は突飛なところもありますが、それだけに常人にはない特殊な洞察が込められていて、はっとさせられる箇所もしばしばあります。そこには確かにウスペンスキーの宇宙論、次元論の一つの展開形が存在するといってよいでしょう。

一方フランシス・ロールズの本は読んだことがないのですが、彼と彼のグループに関するいくつかの記録を読む限り、内容的に『第四の道』におけるウスペンスキーの思想を発展させたものは存在しないように思われます。ただしその活動は”Bridge”(HPの「ウスペンスキーに関する本洋書編」参照)からも分かるとおり今も着実に続いているようです。

コリンは激情的なところがあり、ウスペンスキーの存命中ワークの最中にロールズの横っ面を思いきり引っ叩いたことがあったといいます。ロールズは常々ロドニー・コリンは変死するだろうと言っていたらしいですが、その予言は的中してしまいました。ロールズ自身はインドでグルに出会い、グループごと彼に帰依して、晩年は幸福に過ごしました。

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高橋 RE:(高橋さんへ)re:『四次元』と『新しい宇宙像』  2000年12月18日(月)22時54分17秒

reverieさん、こんにちは。

>それは何をもって「的」とするかによりますね。『ターシャム・オルガヌム』
におけるウスペンスキーの思索における「的」が本当に「的」なのかどうか、
この検証作業がおろそかになっている面があると思えるのです、私には。<

私が言ったのは、reverieさんがウスペンスキーの思索における「的」だとみなしているものは
本当に「的」なのかどうか、ということでした。
それはそれとして、reverieさんの「ターシャム・オルガヌム論」続きをお待ちしています。

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reverie (小森さんへ)re:ハクスレーの体験等 2000年12月18日(月)05時02分32秒

こんにちは。

>いま出典を確かめずに書いていますが、鈴木大拙の「禅とはなにか」でたしか、
>次のような言葉がありました。
>「道を求める前は、山は山であり、川は川であった。道に入ると、山は山でな
>くなり、川は川でなくなった。道を得ると、山は山であり、川は川であった」
>(記憶で書いているので、ちょっと不正確かも)

『続伝燈』にある青原惟信の、
見山是山 見山不是山 見山祗是山
ですね(抜粋)。最初の悟る前の見え方、悟って世界が一変した時の世界の意味、
そして悟りが深まった時の世界、この3つのレベルの見事な表現の事ですね。

>ハクスレーの「知覚の扉」で述べられているのは、上の言葉で言えば、三段階
>目の「山は山であり、川は川であった」の箇所に相当すると思うわけです。ウ
>スペンスキーの言う、高次元の体験等は、「山は山でなくなり、川は川でなく
>なった」の方に相当するところだと思うので、ハクスレーの体験の例は、反例
>にはならないと思うわけです。

私の解釈は逆ですね。『知覚の扉』の体験や悟りの直後の世界が一変して見える
体験が「見山不是山」だと思います。『続伝燈』でも師の元で悟りを得ることで
「見山不是山」となったとありますし。しかし「見山不是山」ではまだ向上道で
すから「見山祗是山」にまで降りてこなくてはならないと。

3つ目の「見山祗是山」の山は最初の「見山是山」の山と似ていますが、空や無
による激しい変貌(これが2つ目のレベル)の後に再び蘇ってきた山ですから内
実は全く違いますね。

>にはならないと思うわけです。ただ、これは、あくまで私の個人的感想で、こ
>れが正しいと押しつける気はありません──

同じく私の個人的感想です…と言いたいところですが、実は上記の私の解釈は故、
井筒俊彦(イスラム学)の説の受け売りです(笑)。

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reverie (高橋さんへ)re:『四次元』と『新しい宇宙像』 2000年12月18日(月)05時01分00秒

>私はウスペンスキーの代弁者だなどと大それたことは毛頭思っておりません。
>あの本を訳したというだけで、ただの一読者にすぎませんので、私の読み方に
>対して貴方に軟弱とか弱腰とか言われる筋合いはないと思っております。

失礼いたしました。仰るとおりです。軟弱云々は議論に余計であるだけではな
く、無礼な言葉でした。その表現を撤回し、お詫びいたします。

>まあ
>ウスペンスキーがreverieさんのこれまでの書き込みを読んだら「なんて的外
>れな議論だ」と言うとは思いますがね。

それは何をもって「的」とするかによりますね。『ターシャム・オルガヌム』
におけるウスペンスキーの思索における「的」が本当に「的」なのかどうか、
この検証作業がおろそかになっている面があると思えるのです、私には。

率直に言えば、ウスペンスキーの本書での思索の射程は遠大ですが、思索の基
礎がためや検討があまりに杜撰なように感じます。地盤が揺らいでいるのに、
巨大な伽藍を構築しようとしていると。

>前にも書いたとおり、四次元や高次元についてのウスペンスキーの考え方を詳
>しく知るには『新しい宇宙像(ア・ニュー・モデル・オブ・ザ・ユニバース)』
>に収録されている『四次元』と『新しい宇宙像』の章を検討する必要がありま
>す。次元に関する『ターシャム』での議論はアナロジーのレベルで終わってい
>ると私は思います。

私の今回の議論は全て『ターシャム・オルガヌム』の記述に限ったものですか
ら、それで「ウスペンスキーの思想全体」を決め付けようとは思いません。し
かし「同書における主張」を評価することは可能ですし、意味があると考えま
す。

>『新しい宇宙像』の出版は実現すべく目下努力しておりますので、しばらくお
>待ちください。 

はい。出版された折には拝見するつもりです。

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HiROSHi 浅井さんとファウンデーション 2000年12月17日(日)17時51分59秒

高橋さん

>その『DECODE』という雑誌には、浅井さんがニューヨークのグルジェフ・ファウンデーションを訪ねたときの記事もあるそうですね?<

 以前お会いしたときに、浅井さんが雑誌に実際のワークの現場について書いている文章があると話しましたが、そのときの私の伝え方が悪かったのか、何か別の話題と混じってしまったのか、ともかく、グルジェフ・ファウンデーションについては、「イーデン・ウエストはこれとはいかなる関係も持っておらず、私自身も多くを知らない」と書かれているだけですので、浅井さんとファウンデーションという連想は断ち切ってください。

 それはともかく、今日久しぶりに読んでみて、触り程度とは言え、実際の活動内容が日本語で書かれているものは皆無であることを考えると、いまだに貴重な文章(ざっと数えて6000文字くらい)だと思いました。
 浅井さんが承諾してくれれば、HPにアップしてもらいたいくらいだと思ったり(18年も前のものですから、嫌がるでしょうね)、それはそうと現在の浅井さんの考えを聞いてみたいと思ったりしました。
 これ以外に浅井さんがグルジェフについて書いている文章は、日本ピラミッド協会という怪しい団体名で出版されている、『オカルト・ムーヴメント』というさらに怪しいタイトルの本の一章で、グルジェフの紹介記事を書いているのがある程度だと思うので、もっと発言を聞いてみたいものです。

 高橋さんには、何かしらの形で近々コピーをお渡しします。

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高橋 RE:イーデン・ウェスト  2000年12月17日(日)13時57分31秒

HiROSHiさん、貴重な情報ありがとうございます。
その『DECODE』という雑誌には、浅井さんがニューヨークのグルジェフ・ファウンデーションを訪ねたときの記事もあるそうですね?
もしよかったら、その部分も紹介していただけませんか。

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HiROSHi イーデン・ウェスト 2000年12月17日(日)11時35分57秒

 昨日のオフ会で、ちらっとイーデン・ウェストの話題が出たときに、曖昧な記憶しかなかったので黙っていましたが、『DECODE』という、1982年におそらく一冊出版されただけの雑誌に、浅井雅志さんの文章が載っているので、情報としてご紹介。

>サン・フランシスコの北約八十キロの所に位置するこの町(サンタ・ローザ)は、我々のグループ、イーデン・ウェスト・キョートの母体、イーデン・ウェストの本拠がある。会員は約八十人、いくつかのハウスホールドに分かれて住み、セバストポール、サン・フランシスコ、オークランド、バークレイに支部を持っている。

 浅井さんの文章を読む限り、日常的に、とても実質的な活動をしているようです。

>グルジェフの思想、人物、とりわけその源泉や背景等についてより詳しく知ることだけを目的としてここを訪れることは不毛な結果しか産むまい。彼らはそのようなことをディスカッションの対象とはしない。いや、ここではなり得ない。ここで議論の対象となるのは、すなわち問題とされるのは、その日一日の自己の行為であり、その観察であり、包括的な言うならば「自発的犠牲」と「意識的努力」である。

 ちなみに、入会、脱退が全く自由で、いかなる金も要求されない(ただし建築等のための金は積み立てている)とのことです。

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高橋 オフ会参加ありがとうございました 2000年12月16日(土)23時54分19秒

ウスペンスキー掲示板初のオフ会に参加してくださった皆さん、お疲れ様でした。
グルジェフやウスペンスキーの話で集まってこんなに盛り上がれる(?)とは去年の今頃は想像もできなかったことです。これからも機会があればやりましょう。

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 物理学とスケールの概念 2000年12月16日(土)01時13分18秒

 グルジェフ・ウスペンスキーのスケールの概念は、世界の謎を解く決定的な鍵に違いないと思うのですが、物理学でそれに相当するような(せめて類似の)考え方はあるのでしょうか?
 量子論における「電子は波(現象)であると同時に粒子(物質)でもある」という一見矛盾とも思える理論は、スケールの概念を応用すると非常に理解しやすく、ある意味、まったく当たり前なことであるとすらいえます。また「シュレーディンガーの猫」やヒュー・エバレットの「多世界解釈」などは、次元論と組み合わせれば、より完全な世界観を得るための材料になると思います。
 アトミズムから脱却して、スケールの概念(及びそれに付随する階層的時間観)を活用することは、物理学の将来にとって非常に重要なことだと感じます。「ターシャム・オルガヌム」や「システム」は時代遅れどころか、宗教や哲学はいうに及ばず、科学においてもこれから絶大な貢献をする力を持っていると思います。

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小森 RE:ロドニー・コリン『天体の影響に関する理論』  2000年12月15日(金)00時16分37秒

ロドニー・コリンといえば、ウスペンスキーの最期をみとった、最大の愛弟子ですよね。HiROSHiさんの訳出希望書でも、第三位に『天体の影響に関する理論』が挙げられていたので、私も読みたいなと思っていたところです。しかし、この本、新刊では買えませんよね? 古書で安いの売ってないかな。
高橋さんの紹介を読むと、これまた、めちゃくちゃ面白そうな内容じゃないですか。高橋さん、次に翻訳すべき一書の一つでは?

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小森 SHUSHUD "MASTERS OF WISDOM OF CENTRAL ASIA" 2000年12月15日(金)00時04分44秒

↑題名の本を、古本屋で見つけたので買って読みました。これも、グルジェフの秘教の源泉を探索する本です。著者は、グルジェフの秘教の由来は、スーフィー教団にあると確信しています。中央アジアに存在していたスーフィー教団を数多く調べあげています。
グルジェフとウスペンスキーの弟子だった、ベネットが最後に書いた未完の著作がやはり"MASTERS OF WISDOM"というもので、ベネットなりに調査した、アジアの秘教知識の総覧書です。これも最近買ったので、読んだらまたこの掲示板で報告します。

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高橋 ロドニー・コリン『天体の影響に関する理論』 2000年12月14日(木)19時03分02秒

ロドニー・コリン『天体の影響に関する理論』の解説をHP(関係する人々のコーナー)にアップしました。コリンの著書や思想は日本ではまったくと言っていいほど紹介されていませんが、ウスペンスキーの宇宙像を展開したものとして非常に興味深い内容を含んでいると思います。そのうち全貌が明らかにされることを期待します。

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小森 ハクスレーの体験等 2000年12月13日(水)02時45分11秒

reverieさん、こんにちは。
前回の発言で、共通理解と異なる意見の判別が、少しつけやすくなったような気がします。ハクスレーの体験に関するコメントはもっともだと思いました。

いま出典を確かめずに書いていますが、鈴木大拙の「禅とはなにか」でたしか、次のような言葉がありました。
「道を求める前は、山は山であり、川は川であった。道に入ると、山は山でなくなり、川は川でなくなった。道を得ると、山は山であり、川は川であった」
(記憶で書いているので、ちょっと不正確かも)
以下の意見は、単なる私の主観的な感想なので、正しいウスペンスキー理解とか、禅理解とか主張するわけではありませんが──
ハクスレーの「知覚の扉」で述べられているのは、上の言葉で言えば、三段階目の「山は山であり、川は川であった」の箇所に相当すると思うわけです。ウスペンスキーの言う、高次元の体験等は、「山は山でなくなり、川は川でなくなった」の方に相当するところだと思うので、ハクスレーの体験の例は、反例にはならないと思うわけです。ただ、これは、あくまで私の個人的感想で、これが正しいと押しつける気はありません──

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高橋 マダム&クロード・ブラグドン 2000年12月12日(火)22時40分38秒

HPの「ウスペンスキーに関わりのある人々」に
マダム・ウスペンスキーとクロード・ブラグドン追加しました。
マダムについてはまだ書きたいことがあるので、そのうちHPにアップします。
ブラグドンは、彼の自伝に、オレージから彼への手紙と、彼がグルジェフに
ついて書いた手紙が収録されているそうですが、誰か読んだ方はいますか?

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高橋 『ターシャム・オルガヌム』は賞味期限切れの書物か? 2000年12月12日(火)22時28分34秒

 四次元というテーマは、キュービズムのような前衛芸術の動きともあいまって、20世紀初頭は一種のブームだったらしいですが、最近では流行らなくなっているようです。同様に二次元と三次元のアナロジーも、使い古されたのか、昨今の書物ではあまり見かけることがありません。しかし『ターシャム』の議論はむしろ今こそ多くの人に新鮮なインパクトを与えるのではないかとも感じます。
 
 次元論というと20世紀後半以降は理論物理学の専売特許のようになっていますが、彼らは通常オカルト的な匂いのするものには見向きもしません。そんな中でデビッド・ボームのような人はやはり貴重な存在だったと思います。彼とクリシュナムルティとの対話ビデオを見たことがあるのですが、人類の良心というものが伝わってくるような内容でした。似非文化人のシンポジウムよりもああいう番組をテレビで流して欲しいものです。

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 「ターシャム・オルガヌム」わかった気がします 2000年12月12日(火)02時15分14秒

デヴィッド・ボームの反アトミズムの姿勢は、非常に共感できる魅力的なものだと感じます。“極小”という概念をちょっと突き詰めて検証してみれば、<物質>に全ての基盤を置く考え方がいかに怪しいものであるかは誰にでも素朴に感じられるはずです。「日常的な」ものも含めていかなる観点からも“極小”をすっきり納得できることはないように思います。しかし、論理そのものに飲み込まれることなく、根気強く演繹を続けるには、多くの人の場合、あまりにも注意力が欠けているのでしょう。殆ど無意識な決めつけの上に我々の世界観は成り立っていますね。

 ボームの考え方にウスペンスキーの次元論をあわせると、存在というものの不可思議さ、頼りなさを突きつけられる思いです。一体、存在の基盤は何なのか?  
 私の場合、こんな風にして、物的存在としての自己の虚無性を感じたとき、初めて<神>という言葉が意味を持ちはじめました。

 そこには<神>のみがあり、私は消え去り、同時に初めて存在する。<神>の中に。存在は輪郭を持たない。輪郭は断面であり、時に概念である。
 これは「ターシャム・オルガヌム」だと感じています。全体はすべての部分であり、不可分である。

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高橋 『四次元』と『新しい宇宙像』 2000年12月11日(月)22時20分28秒

reverieさん
私はウスペンスキーの代弁者だなどと大それたことは毛頭思っておりません。あの本を訳したというだけで、ただの一読者にすぎませんので、私の読み方に対して貴方に軟弱とか弱腰とか言われる筋合いはないと思っております。まあウスペンスキーがreverieさんのこれまでの書き込みを読んだら「なんて的外れな議論だ」と言うとは思いますがね。

前にも書いたとおり、四次元や高次元についてのウスペンスキーの考え方を詳しく知るには『新しい宇宙像(ア・ニュー・モデル・オブ・ザ・ユニバース)』に収録されている『四次元』と『新しい宇宙像』の章を検討する必要があります。次元に関する『ターシャム』での議論はアナロジーのレベルで終わっていると私は思います。
『新しい宇宙像』の出版は実現すべく目下努力しておりますので、しばらくお待ちください。

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