ユングの「幻像」とウスペンスキーの「実験的神秘主義」

 

スイスの有名な心理学者カール・グスタフ・ユング(1875-1961)はその自伝「思い出・夢・思想」(みすず書房)の中の、「幻像」という章で、ウスペンスキーの『実験的神秘主義』に通じるような内的体験についての記述を行っている。

 

以下、ユングによる「幻像」の記述の中で、さしあたって興味深い部分だけを引用してみる。

 

「1944年のはじめに、私は心筋梗塞に続いて足を骨折するという災難にあった。意識喪失の中でせん妄状態になり、私はさまざまの幻像(ビジョン)を見たが、それはちょうど危篤に陥って、酸素吸入やカンフル注射をされているときにはじまったに違いない。幻像のイメージがあまりにも強烈だったので、私は死が近づいたのだと自分で思いこんでいた。・・・私は死の瀬戸際にまで近づいていて、夢見ているのか、忘我の陶酔の中にいるのかわからなかった。とにかく途方もないことが、私の身の上に起こり始めていたのである。」(『ユング自伝2』みすず書房「幻像」p124)

 

「ビジョン」の中身そのものについては省略する。それはユングの著作の中にしばしば登場する神秘的な「夢」のヴァリエーションであり、彼独自の世界観の中での出来事だからである。興味深いのはむしろ、その体験に対する彼の態度である。

 

ウスペンスキーは、<実験>が終わった後で日常世界に戻るときがもっともつらい体験だったと述べているが、ユングもまた同じであった。

まずウスペンスキーの『実験的神秘主義』から引用してみよう。

 

「この体験の中で最も不思議だったことは、通常の状態への帰還、つまり我々が「生活」と呼ぶものに戻ってくることであった。これは死ぬこと、あるいは死とはこういうものに違いないと思われることに非常に似ていた。

通常この「帰還」は、その前夜に面白い実験をした翌朝目覚めたときに起こった。実験はほとんど常に眠りで終わった。この眠りの間に私は通常の状態に移行し、我々が毎朝目覚める普通の世界に目を覚ましたのである。しかしこの世界は何か異常に抑圧的なものを含んでおり、信じがたいほど空虚で、生彩がなく、生命感がなかった。それはあたかもすべてが木でできているかのようであり、きしむ木の歯車でできた巨大な木の器械、木のような思考、木のような気分、木のような感覚であった。すべてがおそろしく鈍重で、ほとんど動きがないか、陰鬱な木のきしむ音と共に動くのであった。すべてが死んでおり、魂がなく、感覚を欠いていた。

実在世界にいた後で非実在の世界に目覚めること、生きた世界から死んだ世界に、無限の世界全体から制限され細かく分断された世界に目覚める瞬間は恐ろしいものであった。」

(ウスペンスキー『新しい宇宙像』第八章『実験的神秘主義』より)

 

次に、ユングの体験記から。

 

「(そのビジョンを見た後で)私がもう一度生きようと本当に決心するまでには、実際にはなお三週間あまりかかった。・・・病床から見える街並みや山々の眺めは、点々と黒い穴のあいた絵模様のカーテンのようであり、あるいは意味のない写真が紙面をうずめている、ぼろぼろの新聞紙のように思えた。情けない気持ちで私は考えた。“いままた、私はあの<小箱組織(ボックス・システム)>の中に立ち戻ってゆかねばならないのか。”というのは、私にはまるで宇宙の地平の彼方に、三次元の世界が人工的に作られて、そこでは人間たちがそれぞれに、小箱の中で自己と対座しているかのように思われたからである。・・・人生と全世界とは、私には一つの牢獄のように思え、私がふたたびその秩序に組み込まれるということは、無性に腹立たしいことであった。それらすべてを捨て果てて、私はあのように喜んでいたのに、いままた他の人たち同様に、箱の中に糸で吊されようとしていた。・・・」

(『ユング自伝2』みすず書房「幻像」p129)

 

「この幾週間かは、私は不思議なリズムの中で生活していた。昼間はいつも抑鬱的であり、憔悴し、惨めに感じ、ほとんど動こうとしなかった。“いままた、この灰色の世界に帰らなくてはならないのか」と、まったく憂鬱に思い詰めていた。夕方頃になると、私は眠り込んで、ほぼ真夜中まで眠り続けた。それから私自身に立ち返って、約1時間目覚めていたが、その間はまったく違った状態であった。まるで私は恍惚状態(エクスタシー)にいるようであった。私は、あたかも宇宙空間を浮遊しているように、まるで宇宙という子宮の中で安心しきっているかのように感じた。??そこは途方もない真空状態であったが、しかしあらんかぎりの幸福感に満たされていた??。“これは筆舌に尽くせぬ、永遠の至福だ、あまりにすばらしすぎる”と、私は考えた。」(同上p130)

 

「これらの幻像が現れている間は、その美しさや感情の強烈さを言い表すことができなかった。それらは、私の今までに経験した事柄の中で、もっともすさまじい出来事であった。昼の世界はそれとは対照的に異なっており、昼間、私は地獄の責め苦を受け、神経を完全にすり減らした。すべてのものが私をいらだたせた。すべては、あまりにも物質的であり、あまりにも粗野、鈍重で、空間的にも精神的にも拘束されていた。見透かすことができないために、すべてのものは束縛されており、しかも、私にははっきりと、すべては空虚であることはわかっていたのだが、ある種の催眠的な力によってまるでそれが現実そのもののように見えた。私は元の自分自身に回復してきたという、この世界への信頼を抱いたのに、この生命は、あらかじめ準備された三次元の箱のような宇宙の中で演技している、実存の断片にすぎないという印象を、取り除くことができなかった。」(同上p132-133)

 

「これらの経験はすべて荘厳であった。夜毎に私は至福状態に漂い、「森羅万象の心像に取り囲まれていた」。その主題は次第に混ざり合って、薄れていった。ふつうこの幻像は約1時間続き、それからふたたび眠りに入るのであった。そしてまた灰色の朝がやってきて、小箱組織の灰色の世界があらわれたと感じた。なんと愚かで、馬鹿げたことなのだろう。かの内的状態があまりにも夢幻的に美しかっただけに、それと引き比べこの世界は、あまりにも愚かであった。この世界での生活に、ふたたび近づくにつれ、かの内的状態はますます淡くなっていき、幻像を見始めたときから三週間を経て、ようやく内的状態は完全に消え去った。」(同上p132)

 

また、<時間>の体験についてユングは注目すべき記述を残している。

 

「われわれは、<永遠>という言葉を使うのにためらいを感じるが、私にとってこの経験は、過去、現在、未来が一つであるような、無時間状態の恍惚(エクスタシー)としかいいようがない。時間の中で生起したものがすべて、その状態では具体的な全体性へと集中して一つに統合される。時間の中に区分されることもなければ、時間概念で図られうるものもない。もっとも適切には、この経験を感情状態として定義されるかもしれないが、しかし決して想像されたものではない。私が一昨日と、今日と、明後日とに同時に存在するといったことを、どうして想像できるだろう。あるものはまだはじまっておらず、他のあるものは確かに現前し、また他のあるものはすでに完了してしまっているという、しかもこれらすべてが一つでもあるといったことを、思い描くことができるだろうか。感情の把握できる唯一のものこそ、統合的全体であり、虹色に輝く全体性であろう。そこでは、はじまる前の期待と、現に起こっているものへの驚きと、起こったことの結末に対する満足、あるいは失望とが同時に包含されている。人は言い表し得ない全体の中に織り込まれ、しかもまったく客観的に、その全体を観察する。」(同上 p133-134)

 

上の記述は次のウスペンスキーの言葉を立証するものだと言える。

 

「我々は過去、現在、未来はいかなる意味でもお互いに異なるものではないことを認めなければならない。存在する唯一のものは現在――インド哲学の言う<永遠の今>だけである。しかし我々にはそれが分からない。なぜならすべての瞬間に我々はこの「今」の小さな断片しか認識していないからである。そしてこの断片だけを実際に存在しているものと考え、他のすべてのものが現実に存在することを否定しているからである。」

(ウスペンスキー『ターシャム・オルガヌム』コスモス・ライブラリー p41)

 

「我々の意識より高いレベルにあり、より広い視界を持つ知覚を想像すれば、この知覚にとっては、我々にとって一定の時間内(1分、1時間、1日、1ヶ月)に起こるように思われることすべてが同時に起こるものとして、すなわち「一瞬」として把握されるだろう。その瞬間の中で過去、現在、未来を区分することは不可能であり、その知覚にとっては、このすべてが「今」であろう。「今」が拡大するのである。」(同上 p48)

 

 

ユングはこの体験をきっかけに、実り豊かな仕事の時期に入る。彼の主要な著作の多くは、この時期にはじめて書かれたという。

その後もさらなる神秘への探究を続けたウスペンスキーとは違い、ユングはこの「神秘体験」を自分の人生にとって非常に肯定的な影響をもたらす一種の恩寵として受け入れたようである。それはあくまでも<実験>という人工的な要素に基づいていたウスペンスキーの体験とは違い、ユングの体験は彼の人生行路の中で時機を得て自然に起こったことだという理由があろう。

 

「病後にはじめて、私は自分の運命を肯定することがいかに大切かわかった。このようにして私は、どんなに不可解なことが起こっても、それを拒むことのない自我を鍛えた。つまりそれは、真実に耐える自我であって、それは世界や運命と比べても遜色ない。かくして、敗北をも勝利と体験する。内的にも外的にも、かき乱すものはなにもない。それは自己の持続性が、生命や時間の流れに耐えているからである。しかしこれらはただ、運命の計らいに、出過ぎた干渉をしないときにのみ流れ去っていくのだ。」(『ユング自伝2』みすず書房「幻像」p136)

 

ユングがこの決定的な「神秘体験」からインスピレーションを汲んでいくことで心理学の分野における研究活動を展開していくのに対し、ウスペンスキーは同様の体験から、その体験そのものを永続的なものにすべくさらなる前進を求めたのであった。ここにはあくまでも「科学」の枠内にとどまろうとした「研究者」と「求道者」の違いが現れていると言えるかもしれない。

 

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