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年をとればとるほどいろいろなことを経験するので多少のことには驚かなくなる。
世の中にはさまざまな考えの人がおり、さまざまな行動をする。
自分の考えと違うとそれは間違っている、反対だ、ということも多くあり、それだからこそこの論評で批判しているわけであるが、どんな愚かな意見や間違った行動に対してもそうするからにはそれなりの考えもあるのだろうと思った上での批判であり、その意味では心の中での許容範囲はかなり広い。感情的にも好きではないという気持ちを持つことは多々あるが、嫌いだということはあまりない。
論評も感情的にではなく論理的に行っているつもりだ。
以前ハリーポッターの書評をしたところ、「ハリーの悪口を言うなど許せない馬鹿馬鹿馬鹿、、、、、」という意見を頂戴したが、こういうのが感情的というものであり、第一筆者は本の書評をしたわけであり、登場人物であるハリーポッターの批評をしたわけではない。 要するにこの人は自分の大好きな本に対して少しでも批判めいたことを言われれば生理的に受け付けないのである。
人間は感情の動物であるからこれも致し方がない。 筆者にもこれと同じように感情的に生理的にそして論理的にもどうしても自分の心の中に受け入れることはできないものがある。
それは独裁である。
個人による独裁、組織による独裁ともに大嫌いである。 それが国家であれ宗教であれあるいは一般社会の会社などであれ自分が所属することに激しい嫌悪感がある。
独裁は他の意見を一切無視し、反対する者は抹殺する。
昔の軍国日本はそうであった。軍の方針(それが日本全体の空気でもあったが)に反対する者は抹殺された。独裁者が君臨する国、ヒットラー、ムソリーニ、スターリン、毛沢東、やや小物だがイラクのフセイン等の統治下での生活はとても耐えられない。
言いたいことを言えない、反対することは許されない、個人の行動が強制され制限され抑圧される社会に住みたいとは思わない。
多くの宗教は独裁的であり唯我独尊である。他者の意見を受け入れようとしないし、絶対的な価値観を信者に強いる。
人間には絶対的なものにすがらないと救われないという傾向もあるから、あながち宗教に絶対的な価値観があるといってこれを否定しようとは思わないが、その宗教を信じなかったり反対するものを抑圧するようになると、これは許されるべきではない。
オウム真理教がその代表であるが、合法的であっても、それに似たような宗教が結構日本にたくさんあることは、客観的にものを見ることをできる人ならわかっているであろう。
以前にこの欄で述べたから繰り返さないが、この世の中に絶対的なものなどないというのが信条だから、とてもそのような団体に帰属しようとは思わない。
独裁は犯罪を生み出す。
独裁者や独裁的な組織は自分に反するものを抹殺するために犯罪を犯すことすら平気になってしまうのである。なにしろ自分や自分たちの信条に反するものは悪であるから、悪に対する犯罪は善となってしまう。 そのような行動をすることができないものは、その組織の一員となることはできないのである。今回のアメリカのテロ事件がそのことをよく物語っている。
話の規模は小さいがわが国における多くの不祥事も同じである。
不祥事はそれが発生する土壌があり、表面には出ないが似たようなことは世の中ににたくさんある。 それを意識するにせよしないにせよそのような組織に所属することが良いか悪いかは個人の好みの問題だろうが筆者個人としては大嫌いである。
しかしあえて言わせてもらえば、今回のアメリカにおける多発テロ事件のような大がかりではないにしても心情的に似たような犯罪的行為を行っている団体組織はいくらでもある。テロ事件は大いに批判されなければならないが、それを生み出すような土壌は何もイスラム教過激派だけでなく日本にもあるということをわれわれは理解しなければならない。
少し話は卑近のものになるが、多くの人が帰属している会社にあっても、社歌なるものを毎朝歌わせたり、社訓を朗誦させたりするのは個人の抑圧だと思うし、それに何とも思わず従っている人々がいかに多いかということを考えると、いささかぞっとするのは考え過ぎだろうか。
俺はワンマンだという人がいる。それを否定しようとは思わない。 存外こういう人は最終決定は自分にさせ、時に個人の好みを押し付けたりするが、あまり抑圧したりしないし反対意見も結構よく聞いたりする。
部下の面倒見もおおむね良いことが多い。
一見物分かりがよくて民主的のような感じのするタイプが実は独裁者で組織の名のもとに社員を抑圧したり、平気で部下の首を切ったりするのである。
だがワンマンが行き過ぎると独裁者になる。
その限界はどこだろうか。 筆者の見るところその境目は読売新聞のナベツネあたりにあるのではないかと思う。彼は平気でごり押ししてプロ野球のルールを変えたりするが、新聞の紙面は彼と異なると思われる意見も載せている。
ヒトラーや毛沢東などの独裁者も当初は民衆の評判は極めてよかった。 それがいつしか人々を抑圧し法律をねじ曲げてでも自分の意見を押し付け対するようになるのである。 読売新聞よ大丈夫かと言いたい。
古今の歴史をみれば、人々を抑圧するような国家、組織はやがて衰退し、新しい時代がやってくる。 今のドイツやロシアや中国を見ていればそれがよくわかる。 いやわが日本がその典型的な例ではないだろうか。軍国日本の面影は今はない。
身近かには社歌や社訓を重んじる松下や日立に元気がなく、個性を重んじるホンダやソニーが栄えていることからも分かる。
ではアメリカはどうだろうか。
一握りの金持ちがますます豊かになる弱肉強食の社会だが、国民を抑圧することの少ない国家であるから、内部から崩壊するということはないだろう。
しかし彼らの価値観を他国に押しつけて抑圧している度合いが今以上に高まるとその未来は危うい。
よく不良の息子を立ち直らせようと思ったらまず親が変わることが最善だという。
親が変われば子供も変わる。
国際間の現象にこの法則は当てはまらないかもしれないが、テロ組織も抑圧された社会において育っているのだし、そのような社会はやがて崩壊する。それまで待てないというのなら、まずアメリカが変わることが1番ではないかと思う。
古今東西の歴史において、抑圧や貧困がなくなり、国民が豊かになると社会は安定する。 このような方面に力を注ぐ方が武力で抑え込もうとするよりも効果があるかもしれない。どういう人間がテロリスト実行犯になっているかをよく研究すれば、それが見えてくるのではないだろうか。
独裁者に未来はないし、アメリカは世界の独裁者になってはいけない。
程度の差こそあれ誰しも独裁による抑圧や自分の価値観の否定は嫌いだと思う。
以 上
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