|
外務省問題はその腐敗の構造に対する批判が甚だしい。当然のことではある。 だがそのこと自体とは別に、外務省問題に象徴されるのは実は問題意識の欠如であり、仕事の非能率、生産性の低さではないかということである。
そもそも彼らが行っている行為は、大がかりな横領は別として経費の水増しなどすべて昔は日本の民間企業のほとんどで似たようなことが行われていたのである。昔サラリーマンだった60歳以上の人ならば皆知っているはずである。
タクシー代をごまかしたり(昔は領収書も出さなかったしタクシーチケットもなかった)、接待に使った料亭やバーから多めに請求させてリベートをとったり、仕事もないのに会社に残って残業代を稼いだりする例は日常茶飯事的にあった。 多少派手にごまかしても、あいつは子供が4人もいるからなぁ、などと社内でも大目に見られたりすることもあった。 どうしてもごまかし行為はできない正直者もいたが、仲間を内部告発などしなかった。
空出張して忘年会や社員旅行の2次会の費用に充てていたりもした。
ただこういうことはすべての人間が公平にその恩恵に浴するわけではないから、会社の中の士気の低下を招くし、仕事への取り組方もルーズになる。 そこで次第に管理が厳しくなり、また社員の方も裏金で稼ぐよりも一生懸命働いて自分の給料が上がったほうがよい、と考えるようになりこの風潮は30年ぐらい前にはなくなった。
これと合わせるようにMTP(アメリカを源流とする合理的な仕事のやり方の教育訓練)をはじめとして、さまざまな社内教育が企業の中に浸透し、マネジメントは大幅に改善され、意識も向上した。 一方役所の中でも一応の教育訓練は行われたが十分ではなく、古い殻を引きずったままの風土が改善されなかった。
だから日本企業の中では、とっくの昔に消滅してしまった悪しき慣習がそのまま残ってしまったのである。
給料は民間に合わせて上っていったが、仕事のやり方は民間と比べ非能率非生産的であり、問題意識に乏しく怠惰な組織のままなのである。外務省問題は実は役所全体の問題を象徴的に表していると思える。
およそ官公庁に行けば、どこでも机の周辺にうずたかく書類の山が築かれ、これを見ただけで非能率であることがわかる。 何も知らない人には仕事が忙しいように見えるかもしれないが、それは全くの錯覚で、書類の山は実は非能率の象徴だということを知らなければならない。 およそきちんとした企業であれば、終業後のオフィスはきれいに片付けられ、1枚の書類も見つけることはできないはずである。
企業では予算をとればそれに見合う成果が必要である。役所では、極端なことを言えばOBが働ける職場を作り出すのが最大の成果であって、こんな組織にモラルやモラールを求めてもないものねだりなのだ。
「パーキンソンの法則」で有名なパーキンソンは仕事の量とは関係なく役人は増え続けると分析しているがその通りで、すべての役所がそうだと言って過言ではない。 要は平気で半ば公然とごまかし行為をする、またかばい合いをするその古い体質に問題があるのだ。そのような組織の中では厳しい仕事もなければ、真の意味でのチームワークもできないのだ。
今日も外務省で3人が新たに逮捕されたが、およそ外務省にいる人間なら、程度の差こそあれだれもが似たようなことをしているはずであり、そして30年以上前の日本企業でもそうだったように、誰がどのようなことをしているかは、だれもが知っているはずなのである。
そしてここから先は非常に微妙な問題であるが、雅子妃殿下の父親である外務省の重鎮小和田氏もこれらのことを知らないはずはないのだ。 ここにこの問題がどのような形で収束するかのキーポイントがあるような気がしてならない。
ただ問題は、だれがいくらの金をごまかしたかというようなことはむしろ小さく、大切なことは古い体質を引きずっている仕事のやり方が、わが国の国益になるとはとても思えない点でてある。
腐敗を追及して犯人を捕まえることも大切だが、古い体質を改善し仕事の進め方を合理化すれば、おのずからこの腐敗の構造はなくなるであろう。
以 上
|