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言いつくされたことであるが、世の中の景気を良くするためには、個人が消費支出を増やすことが1番だ。 将来に対する漠然たる不安があるから、年配者は金を使おうとしないし、若い人も貯蓄してしまう。
個人消費を増やすためにはどうすればいいのだろうか。
需要が全くなければ支出はない。そして需要はあるのに消費しようとしないのが問題である。
個人が消費支出をするのを刺激すれば、企業の売り上げは増え、景気が良くなり、税収も増加する。
ではどんな方面にこれを行えばよいのだろうか。
利用者の少ない道路建設などの公共事業などに金をばらまいても、個人の収入を増やすかもしれないが、支出は増えないから、景気の刺激策にはあまり効果がないことは言うまでもない。
そこで、支出を刺激するために、次の3点に重点的に予算を配分するべきである。
1 住宅を購入するのを援助する。
2 福祉を充実する。
3 教育のための予算を増やす。
この3点に予算を投入するのは、あくまでも個人の支出を増加させる目的に沿ったものにする。
そして長期的には、少子化は世の中の活力を奪う本質的なものだから、できるだけ子供を多く生むような政策をとるべきであるが、上記3点はこの点でも効果がある。
以下詳しく述べる。
今日日本において最も不足しているのは住宅である。
いやもう飽和状態であるという人もあるかもしれないが、そんなことはない。住宅とは言えないような劣悪な環境下でのものを除外すれば、圧倒的に不足しているのである。
建築基準法を改正し、いわゆる鶏小屋といわれる住宅や、人が住むのには不適切な環境での住宅の建設は制限する。これは、個人の私権を制限し財産権を侵害するものとなるから、それを保障するために多額の予算を必要とする。どういうふうに行ったらいいかという方法論も難しい。しかし断行すべきである。 小さな住宅の中で財産とはとても言えない家具など山ほどのがらくたに取り囲まれて、不快な生活をしているのが日本人である。住宅を不満に思っている人は多いのだから需要はある。
筆者は都心近くに先祖からの小さな庭付き一戸建ての住宅に住んでいた。土地は結構広かったが国道のそばのマンションの裏側、騒音がひどく日当たりの悪い場所だった。 ある日韓国の友人から、これだけの土地があれば日本ではひと財産と思うが、どうしてこんな生活(つまり惨めな住居生活)をしているのか、といわれて悟るところがあってこれを売り、高い税金を払った残りで郊外の50坪ほどのマンションを買った。現在住居の面では満足した生活をしている。
昔は居住用の資産の買い替えは無税であったが、この税制を復活するとともに、売った金額より以上の支出で新しく買い換えれば、その10%ぐらいは補助するような政策をとる。 土地がそれほど大きくなくても、自分の現在の住環境には満足していない人が多いのだから、買い替え需要が増加してよい住宅やマンションがより売れるようになる。住宅がよくなればそれに付随した家具や設備も備えるようになる。家や土地を持っている金持ちの優遇政策と非難する向きもあるかもしれないが、有効な政策だと思う。
今まで住んでいた所の土地は、家族持ちでない人たちが入居するグレードの高いマンションに建て替え、いわゆる木賃アパートのたぐいは1掃していく。これは行政の仕事である。
福祉の面では、人気の高い総合病院の数を増やし、3時間待ちの3分診療という極めて非生産的なことは行わないようにする。料金は高くてよい。 その代わり山ほど薬を出すような無駄は排除する。現在は効果的な薬は副作用がある、ということから、その副作用を抑える薬をまた出す。例えば、痛みどめの薬は胃腸に悪いから胃薬を出す、というような処方をしているがやめるべきである。 同じ病気で病院が変わればすべて最初からやり直し、ということをなくす。診断のためのレントゲン写真や血液検査の結果などは患者に渡しどこの医者にもみせられるようにする。入院の施設は充実させその代わり料金も高くする。
健康保険での費用負担は減らして個人負担を多くする。診療報酬なども一律とせず自由競争にする。
そうすれば自分の支出に患者は敏感になって、無駄が省けるようになる。
それでは低額所得者が医療を受けられなくなるではないか、という批判が出るだろうが、これに対しては所得に応じて政府が補助をすればよい。ただし、個人負担はある程度は多くなる。
現在でも健康保険は高額所得者ほどたくさん払っているのだから、これのやり方を支払いの面で応用するのである。
また一定金額以上の所得者の健康保険料は頭打ちがあるが、これの上限をもっと引き上げる。今の健康保険のシステムは、個人の支払いが少ない人ほど国や企業の負担が低い。そして所得額に応じて頭打ちがあるから、健康保険が赤字になる。 高齢化社会が進み、医療費はますます増えるのだから、より充実した医療が受けられるように制度改正し、3時間待ちの3分診療をなくせば、個人の費用負担が倍になってもこちらを選択する人はかなりあるはずである。どんな病院を選ぶかは個人の自由なのだ。 旅行にグリーン車があるように、そういう制度を導入しても良いのではないか。 その代わり現在でも横行している有名病院への入院に際してのお礼であるとか、手術や診療、有名な先生の指名に支払われている領収書の出ない費用はこれを収賄と考え一切なくすべきである。 要は、この医療の世界に自由化を導入すればよいのである。
無駄を省いてサービスをよくする。そのためには政府も個人も多少の費用負担は必要である。病院の数が増え、有効な医療機械等の設備が増えれば、世の中の景気にも良い効果をもたらすのではないか。
さらに福祉の面では、有料老人ホームを増加する。およそ介護保険で1人のヘルパーが家庭訪問し、午前に1人午後に1人面倒をみるというようなことは極めて効率が悪い。老人ホームで行った方がはるかに効率が良い。
日本の老人たちは、家庭で家族に面倒を見てもらいたいのであって、老人ホームには行きたくないと考えているというのが定説であるが、それは疑わしい。
劣悪な施設の中で惨めな生活をしている公的な介護施設を嫌っているのである。それでも公的な養護老人ホームに入居するのは、倍率が高くて非常に難しいという。私立の老人ホームは快適であるが入居費用が極めて高い。費用の面でもサービスの面でもこの格差があまりにも大きい。これを埋める努力を行政がすべきだ。欧米諸国はこれらの施設が極めて発達していて、老人たちが余生を気楽に過ごしている。
現在日本にはある程度の工事を行ったが建設中止になっているゴルフ場がたくさんある。完成したが経営が破たんしている所もたくさんある。環境の良いところにある程度の設備があるのだからこれを利用して、快適な老人ホームを作ったらどうだろうか。 入居者の費用を軽減するために設備に関しては政府が資本支出して運営は民間に任せ、独立採算制にしたらよいのではないか。 介護保険も積極的に援助できるようなシステムにする。現在の民間の老人ホーム入居費用の2分の一程度なれば、ある程度の金融資産のある老人たちは喜んで入居するのではないか。ほとんど自動車の通ることのない農道を作るより経済効果ははるかに高いと思うがいかがだろうか。
最後は教育であるが、国の予算を増加させて教師の数を増やし、1クラス当たりの生徒の数を減らし、学校教育を自由化する。
授業料をどれだけとるかは学校の裁量に任せ独立採算制とする。
現在登校拒否が大きな問題となっているが、思い切って義務教育の制度を見直しても良い。義務教育というのは、学校へいかなければいけない、という制度であるが、登校拒否や学級破壊などその制度そのものの存在が危ぶまれているのだから、学校へ来たくない人は来なくてもよい。 学級破壊を行うものはどんどん退学させる。ただし学校へ行きたいのに親の勝手で行かせない、などということはないように教育委員会がチェックする。学習塾や家庭教師に結構お金をかけているのだから授業料の高い学校があってもよい。良い学校は競争も激しく、当然授業料も高くなるだろうが、そういうところの先生の給与も高くなる。教員の移動もスカウトという形で積極的に行えばよい。収入の少ない家庭の優秀な子供が高い授業料の良い学校へ行きたい場合はそれなりの奨学金を出すようにする。しかしこの子が授業料の安い学校行った場合より個人の費用の負担は高いいものとする。
要するに、公平な自由競争を行うようにすればよい。学校の通学範囲も思い切って広くする。
学校も特色を持たせ、文芸、美術、体育、あるいは数学などさまざまな重点のある特色を持った学校があっても良い。
学校教育が活性化し、子供たちの活動が活性化すると、いろんな意味での消費も進む。
親たちも、何か問題があるとそれをすべて学校や先生のせいにするのをやめることである。
人間社会にはさまざまなことがあり、それは小学生や中学生の世界でも同じなのである。責任の追及が激しくなればなるほど、学校や先生たちは何もしなくなってしまう。そうすれば子供たちは外の世界は詰まらなくなって、家の中テレビゲーム世界に没頭してしまうようになるのである。
以上要するに、人々の所得は増やすかもしれないが消費に回ることの少ない道路工事、余り利用されない建築物をはじめとする世の中を活性化しない公共事業に予算を使うのではなく、社会を活性化させ、人々に安心感を与え、貯蓄より消費を促す政策をとるべきなのである。
もちろん雇用もこの面では増える。
結果として、個人の金融資産が減れば、その分景気が良くなるのである。
以 上
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