2009年6月30日のテーマ

十年一昔というが、今から五十年も前の大昔、筆者は当時華やかだった左翼と戦っていた。
思想問題は別として、彼らの基本的な考え方は、既得権を守り、現状を維持し、目前の収益からいかに多くの分配を勝ち取るかというものだった。
世の中全体が進歩している中での現状維持は、相対的退歩を意味し、富を増やすことを放棄して分配論に終始することは、生活を守り、豊かにすることを阻害する。
我々は彼らと戦い、彼らのような考え方を克服し、世界に追いつけ追い越せと懸命に働き、やがてジャパン アズ ナンバーワンとまで言われるようになった。
しかしその頃から、日本人は次第に思い上がるようになり、失われた十年を経て、せっかく追いつき追い越した世界から、どんどん遅れ始めているのが現状だ。
それなのにそのことに、ほとんどの人は気付いていない。
そしていつの間にか考え方が昔の左翼のように、既得権を守ること、金を寄越せ寄越せの分配論に終始するようになってきた。
昔は賃金、今は予算である。
何か不都合なことが起これば、すべて小泉構造改革のせいにし、裏で予算の獲得と既得権益を守ることに狂奔する。
極めて危険な兆候だ。
世界から遅れている例を挙げてみよう。
今月の初め、久しぶりに二週間の船の旅をした。
訪問国は北欧三国、ロシア、ドイツ、エストニアである。
もちろん観光旅行でその国のことが正確にわかるわけではないのだが、およその印象が結構本質をあらわしていることが多いので感想を記す。
印象深かったのは、各国で貧困の気配が感じられなかったことだ。
これはロシア、エストニアを含めての話だ。
どこの国にも、低所得者は居る。
だが、この旅行期間中、結構あちこち動いたが、物乞い、ホームレス風の人にはついぞ会わなかった。(日本の都会にならたくさん居る)
日本の盛り場周辺の薄汚い雑居ビルや地震があったらひとたまりもないと思われる木造の商店、住宅地にある木賃アパートのたぐいは、内実はともかくとして、貧困の匂いのするものだが、旅行先ではこのような建物には一切お目にかからなかった。
ストックホルム港に入港する際に通る二十キロほどの水路の両側の島々には、日本人なら誰もがこんな家に住んでみたいと思うような、一戸300坪ほどの土地をもった大きく綺麗な住宅が立ち並び(別に金持ちの家ではない)、コペンハーゲンでは郊外を走る電車の車窓から、小奇麗な低層集合住宅が充分な間隔をあけて建っているのが見える。
掘っ立て小屋のような家がその合間に立ち並んでいるので貧しい人も居るなと思えば、それは集合住宅各戸の物置だった。
日本の住宅が鶏小屋と揶揄されてから久しいが、劣悪な環境の住宅、大地震で必ず壊れるであろう膨大な数の住宅を放置し、姉歯のマンションの行政処分にだけ血眼の日本、これを政治の貧困という。
ヴァルネミュンデ、ロストック、キールといってもこれらを知っている人は少ないだろう。
日本の旅行案内にも出てこないのだが、いずれもドイツ北部の小都市である。
これらの町が景観も美しく極めて元気なのだ。
シャッターを締め切った商店などない。
大きなデパート、スーパー、チェーン店に挟まって、小さな商店は独自の工夫をしてその存在感を保っている。
共存共栄だ。
日本では既得権益を持つ商店街を保護するため、さまざまな規制をかけた結果、大資本は郊外に出店することになり、客はそちらに行って商店街には誰も来なくなった。
保護政策が裏目に出たのだ。
自業自得とはいえ、シャッター商店街を見ていると情けなくなる。
政策の誤りである。
地方重視の政策とかいっているが、高速道路を作ったところで企業が来る保証もないし、市役所や警察を立て替えても、そこに来る人が増えるわけではないのだ。
地方の金持ち(地主や建設業者)を喜ばすだけなのだ。
農業を改革すれば地方は元気になるのに、やろうとしない。
これを政治の貧困という。
日本に帰ってきて、溜めてあった新聞を読んだ。
さしたる記事は何もなく、これはそのまま日本の停滞を象徴しているかのようだ。
小さな記事だったが、アメリカ政府の高官が「北朝鮮が日本を核攻撃すれば、必ず核で報復するから安心して欲しい」といっていた。
これが日米安保の実態だ。
核攻撃された後で報復しても意味はない。
北朝鮮は常識の通用する国ではない。
報復を恐れて核攻撃しないなどということはないのだ。
地対空ミサイルは当てにならない。
核に対する安全保障がこの程度なら、日本はもっと独自の対策が必要だ。
この辺が曖昧なのは、政治の貧困だ。
鳩山総務大臣を首にしたのは、麻生首相唯一のお手柄だ。
この江戸時代の悪代官然とした総務大臣が正義の味方とはチャンチャラ笑わせるが、どうも国民の半数以上はそう思っているらしい。
かんぽの宿に食らいついている役人や業者を温存し、この問題に名を借りた郵政民営化後退による政官癒着構造の復活はなんとしても防がねばならないのに、どうしたことだろう。
民主党はもともと郵政民営化に反対だが、官僚の無駄づかいの象徴を改革できないようでは、この政党が売り物にしている政策、「役人天国の改革」と矛盾すること甚だしい。
今筆者の足元ではルンバ(アメリカ製の全自動無人掃除機)が活躍中である。
音がほとんどしないし、人手なしでベッドの下だろうが部屋の角だろうが強力に掃除してくれるから極めて便利である。
しかし考えてみると、この種のものの発明は日本人の得意とする分野のはずだがどうしたのだろう。
そういえば、ウオークマンはいつのまにかアイポッドに取って代わられてしまったし、携帯電話の世界市場はフィンランドのノキアが圧倒的シェアー、日本が最先端だった半導体は各メーカーが束になっても韓国のサムソンにかなわない、液晶テレビに至っては最先端技術と豪語するシャープがアメリカで、サムソンに特許侵害で訴えられ敗訴する始末だ。
独壇場だった太陽光電池も市場争いで破れつつある。
日本の誇る電機メーカーも後れを取ること著しいのだ。
もうひとつ日本が遅れている例を挙げよう。
生まれて初めて株式会社(三菱UFJフィナンシャルグループ)の株主総会に出席した。
席上盛んに株主価値の向上とか、グローバルスタンダード、開かれた幅の広い企業活動などという言葉が語られるので次の質問をした。
1、 株主価値の向上(株価上昇)を図ると盛んに言われるが、貴社は過去3千円台で時価発行をし、ついで2000円台で再び時価発行増資をされた。そのつど株主価値向上という趣旨の説明がなされたが今株価は600円である。株主価値は向上していないということですが、向上させるという今日の言葉が、水泡に帰した場合責任をとるだけの覚悟で説明されているのか。
2、 グローバルスタンダード、幅広い企業活動と説明されるが、今壇上に40人の役員がいらっしゃるのに、一人も女性が居ない。日本の政界は女性の政治家が少ないことでグローバルスタンダードに最も遅れている、といわれるが貴社はそれ以下ではないでしょうか。役員の選考基準を教えて欲しい。
返事は1、については「株価は上下するものだ」2、については「実力主義で選考した結果である」というものであった。
この会社に未来はない。親の代からの株主だが売却することにした。
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恥ずかしいことだらけの日本。
皆さんはどう思われるだろうか。
  

以   上

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