05年6月8日のテーマ 阿呆らしい郵政民営化論議

駄々をこねて審議拒否をしていた民主党が国会に戻ってきて、漸く郵政民営化の論議が予算委員会で始まった。 だがその内容は,全くお粗末である。
今の公社のままでも目的は達成できるから敢えて民営化する必要が無いとか、民営化後のビジネスモデルにおける社会保障費の計算が定かではないとか、大量の解雇が発生する可能性が有る、僻地の人が置き去りになる、などなど共産党に至ってはアメリカからの押しつけだから反対だと言う。
共産党はこれが余程嬉しいらしく、機関紙ではこれが大見出しになっていた。
彼等は憲法はアメリカからの押し付けだから改正しようと言う主張に、大事なのは中身だと激しく抵抗しているではないか。
昨今の右傾化社会に対する歯止めの役割をある程度期待しているのだが、こんなことでは一般国民からの乖離は縮まることは無いだろう。
ある共産党の地方の幹部と議論し、特定郵便局は自民党の集票マシーンなのだし、発想の転換をして、民営化に賛成するぐらいで無いと共産党は脱皮できないぞ、といったが勿論教条的な彼らのこと、聞く耳は無かった。
郵政民営化の本質は何か。
資金の運用は多くは国債であるが、地方債、公団公社債、財務省を通じての運用で特殊法人に流すと言う利権の構図は否定できないし、それに乗じて訳の判らない連中が口出ししてそのお零れにあずかる、この仕組みがあることも容易に想像できる。
これを絶ち切らなければやがては破綻し、途方も無い財政負担を招くから、民営化するのだ。
仕事らしい仕事を禄にしなくても無事に勤まる名誉を伴った美味しい職業、特定郵便局長の存在にメスを入れることなのだ。
郵政事業は黒字であり、政府の補助は受けていないと言う人がある。
冗談ではない。
政府保証の融資だから問題ないことになっているのだが、そのさきでは不良債権がかなりでるという意見があるくらいだ。
そして特殊法人は税金も払わず政府の補助を受けて金利を払っていることを忘れてもらっては困る。
お笑いぐさは赤字局の閉鎖によって過疎の地域の人達が見捨てられるというものだ。
そしたら政府はそんなこと(閉鎖)致しませんと言っていた。
そもそも過疎の地域の人達の殆どは車を持っている。
生活難で一家心中するような人達でも持っている。
そして今でも家のすぐそばに郵便局があるようなごく小数の人を除いては皆車で郵便局に出かけているのだ。
仮に今まで行っていた郵便局がなくなっても、ちょっと遠出をすれば良いだけの話だ。
そもそも我々はいかなる目的で郵便局に行くのだろうか。
手紙の差出はポストが有れば良い。
速達や書留はその使命は終わらんとしている。(今でも個人の利用者は殆どない)
現金の出し入れはATMが有れば良い。(もうすぐあらゆる金融機関のものが統一されるだろう)
小口の振込は郵便局は無料だから、利用する人は多いだろうが、これとて電子振込制度の普及やコンビニとのタイアップで、身近に郵便局が絶対必要ということにはならないのだ。
日常の生活にとっての必要性は殆どない。
乱暴なようだが、地域の特殊性を考慮に入れつつも廃止できるものはさっさと整理してしまうべきなのだ。
さもなければ、日ならずして大赤字を抱え込み、結局は我々国民が尻拭いするようになるのだ。
これをさも大問題のように取り上げるのは茶の間の正義である。
筆者の住んでいるところは東京の住宅街だが、小さな郵便局が歩いて五分のところと十五分のところに二つある。
十五分のところは駅に近いこともあって混んでいる。
五分のところはいつも空いている。
局員が四人いて特に午前中は手持ち無沙汰にしている。
ところがこんな局でも外に一人防犯の為のガードマンが立っている。
どう考えてもここは赤字にちがいない。
もしこの局がなくなれば、確かに多少不便になるが、さしたる事はない。
贔屓にしていた近所の八百屋が廃業したほうがもっと不便だ。
僻地の人達が困りますなどといえばそれだけでまあ可哀想、と言うことになり、真の功罪の論理的な解明には程遠い議論になってしまう。
国民生活にさしたる問題がないのに、命をかけて民営化法案を阻止すると言っている連中がなんのために反対しているかをよく考えれば、その本音は見え見えである。
マスコミは今回の法案は反対派に妥協しすぎている、中と半端だと言う論説を載せる一方、反対派が大騒ぎすると、嬉しそうに報道する節操のなさだ。
小泉改革はその方法に異論はあるが、挫折させてはならないと思っている。
なお郵政公社は、国民の総人口の約五倍の五億五千万口座あるのはおかしいとの批判に対し、同じ人が毎月定額貯金をすると其のたびに証書を発行するから、1年で12口座出来る。
だから口座数の多いのは不自然ではないと言っているが、ちょっと待って欲しい。
公社はいま名寄せをしているのだからその段階で整理をし、利用者数(一般の銀行で言う口座数)が何人か判る筈である。
この点を公社に聞くと、合計預金額一千万以上の人の名寄せはしているが、以下の人は名寄せしていないのでわからないというまことに不思議な返事が広報のほうからあった。
一千万以下の人の名寄せをしなければ、一千万以上の人の名寄せは論理上できないではないか。
この点を追求すると、まだ名寄せは全部終わったわけではないから正確なことはわからないという。
だがおよその見当はつく筈だし、名寄せ終了後の口座数を是非発表して欲しいと思う。
そうすればペイオフ逃れ、民業圧迫、財産隠しの批判にキチンと答えられる筈だ。
だがシステムの構築が大変とか訳の判らないことを言ってまるでやる気が感じられなかったことをご報告しておく。
一人の人が証書を10枚も20枚も持っているのは通常のケースではないだろうし、どうせ数字に後ろ暗いところがあるのだろうと邪推しておく。
  

以   上

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