03年10月9日のテーマ パスカルの論評を続ける理由

最近知人から、ホームページで自分の意見を発表し続けるのはなぜか、と問われた。
自己顕示欲充足かな,と思う。
退職して自分の意見を言う場が少なくなったからでもある。
物言わぬは腹膨れるというでは無いか。
東海林さだを説の、ドーダの一種かもしれない。(文芸春秋刊「もっとコロッケな日本語を」参照,面白い) だが知人の問いにはこう答えた。
勤務していた会社に在日期間の長いノルウェーの女性がいた。
彼女曰く、日本人は一寸怖いところがある、それはある一定の方向に全体が流れてしまう点だ。
そうなると全員が同じ価値観を持ってしまい、何を聞いても同じような返事しか返ってこなくなる。
その点あなたは他の人と違って変ったことを言うから面白い。
日本人の一人一人は皆良い人ばかりだが、もっとあなたのような人が沢山いる社会のほうが健全だと思う云々。
お世辞にしても我意を得たりと言う思いで、日本的に考えれば天邪鬼と言うことになるが、一人でも多くの人に、他の人とは異なる自分の意見を伝えたいと思ってこのHPをはじめたと、この知人に返事をしたのだ。
だからこの論評では、日常のマスコミには無いもの,反対のものが殆どである。
また日本では誰もが反対することの出来ない錦の御旗を押したてて反対意見を抹殺する事が多い。
最近でこそ勢いは薄れてきたが「会社(組織)の為」というのがある。
この一言で不条理な意見がまかりとうり、反社会的行為、法律違反が行われてしまう。
会社の為と言うのも実はそれを言う本人の為である事が多いのだが、反対できなくなってしまう。
戦争中は「そんな弱腰でお国の為に死んでいった英霊に申し訳が立つか」と言うのが有った。
その為、世界中から非難されていた日支事変を中止することが出来ず、軍事的,経済的に締め付けられて太平洋戦争をはじめるまでに至ったのだ。
太平洋戦争は軍部が勝手に推し進めたのではなく、そのバックには強硬論で世論を煽りたてた当時のマスコミ、それに乗せられた国民,その国民に迎合して更に煽りたてたマスコミ、と言う連鎖があったのだ。
いまあの時と同じく、マスコミに煽られて形成された世論,その世論に更に迎合するマスコミの連鎖による弊害は、政治,経済,社会から、文化,スポーツ,言論等あらゆる分野に及んでいるから、このパスカルの論評は、及ばずながら警鐘を鳴らしつづけて行くつもりだ。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 今北朝鮮に対する経済制裁論がかまびすしい。
困っているのは北朝鮮,向こうのほうからすぐ折れてくる、と言って見とおしを誤り、この一年の空白を作ってしまった坊ちゃん政治家安倍幹事長はいまでも強硬論を唱えている。
もっと困らせれば折れてくると思っているのだろうか。
そんなことはない。
経済制裁は戦闘行為とみなすと北朝鮮は言っているのだから、徹底的な半日キャンペーンを張って、まだミサイルは飛んでこないと思うが、自発的或は上からの支持により、テロが日本国内で発生することは覚悟すべきだ。
政府は、そういうことがあるかもしれないが構わないと言うコンセンサスが出来た上で、強攻策は採って欲しい。
勿論議論だけなら幾らやっても良い。
今の北朝鮮の体制を崩壊させるのは、大々的な軍事力行使か、平和外交しながら内部崩壊の方向にもって行くしかないのであって、その中間は無いと思うが如何だろうか。
嚇かしに屈するな、と言う意見が強いが、それは相手を知らない現在の日本人の価値観での解釈、彼らは戦争中の日本人と似た価値観で行動することを忘れてはならない。
老い先短いのだから、テロも戦争も怖くないが、孫子の為に平和を祈ってやまない。

以   上

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