02年10月15日のテーマ 北朝鮮拉致被害者帰る

北朝鮮に拉致されていた人々のうち、生存の確認された5人が今日10月15日24年ぶりに帰国した。
肉親と笑いながらそして涙を浮かべながら抱き合う姿をテレビが映し出しているが、生の感情がこもっていて極めて感動的である。
テレビカメラはここぞとばかり実家を映し、親戚、友人、近所の人に感想を述べさせるなど大車輪だが、この極めて政治的な事件は同時にプライバシーの問題なのでマスコミはあまり騒がないで欲しい。
また24年の歴史は重い。
その間には色々なことがあったろうしそれはこれから追々判ることだろう。
だから今はそっとしておくべきなのだ。
被害者達に何か話をさせればそれが柵となって良い結果をもたらさないだろう。
複雑な事情が在っただろうし今もあるだろう。
思い込みと心無い報道が被害者達やその家族そしてもっと沢山いるといわれる拉致された人々に悲劇をもたらさないようにすべきだ。
それにしても北朝鮮が拉致を認めて謝罪したということは極めて重大かつ画期的なことである。
そもそも拉致事件そのものはでっちあげとか、事件そのものが存在しないと主張し続けていたのを、一転して拉致を認め謝罪したのだから、大変なことである。
今までの数々の疑惑、大韓航空機事件とか、爆破による大統領殺害未遂とか、韓国への侵攻のためのトンネル掘削とかは、ほぼ北朝鮮の犯行に間違いないと想定されていたが、これもでっちあげとして真っ向から否定していた根拠が薄弱となってしまった。
北朝鮮の内部にも自分たちの非は認めなければならない、とする勢力があり、やがてはこれらも認めざるを得ないことになるだろうが、そうすれば結局金正日の責任も認めざるを得ないことになるから、現体制の崩壊はそう遠いことではないだろう。
その意味でこの拉致事件は大きなメルクマークとなったのである。
日本でも北朝鮮総連は分裂状態になってしまったというし、社民党に至っては土井党首が謝罪するはめになってしまった。
彼らは北朝鮮のいうことを真に受けていたのだから、これは当然のことであるとしても、二言目には日本政府の言うことはあてならないとか、嘘吐きだとか罵っていたくせに、自分たちの仲間の言うことは無条件に検証もせず受け入れてしまうところに、これらの組織の最大の弱点がある。
体質的に、昔日本が天皇陛下のためという名の下に、いま北朝鮮が偉大な将軍さまのためとして数々の不当行為を正当化する考え方と変わりはないのだ。
心情的に社民党というのは嫌いではないのだが、こういう体質は最もおぞましいものであることを反省しなくてはならない。
騙されていたなどという言い訳は、大人の政党のすることではない。
今拉致被害者の記者会見が行われているが、明るい顔をしているのは家族たちであって、本人たちは心なしか少し沈んだような表情がうかがえる。
どうやらこの人たちは、北朝鮮にあって特別待遇を得ているようであるが、それはいかなる状況下で得られたものだろうか。他の8名が死亡と発表され本人たちもがそのことを知ったようなので、自分達の身と引き比べ顔色にもそれが影響しているのかもしれない。
被害者の1人は、自分は記者会見の場に出る資格はないと渋ったという。
いずれにしても北朝鮮が過酷な飴と鞭を使い分けたことは疑いないだろう。
人は生まれた瞬間から死ぬことが約束付けられている。
だが死ぬまでは懸命に生き続けなければならない。
そのためにどのような手段を選ぶかはその人の人生観であり価値観であるだろうが、その結果はその人の責任であり、とやかく言うべきではない。
日本は、物資は豊富かもしれないが、それが人生のすべてではない。
日本は天国北朝鮮は地獄と決めつけて、帰国した5人をその家族とともに無理やり連れ戻そうとすることは、決して本人たちのためにならないだろう。
勿論帰りたいのだけれども北朝鮮を恐れてということであれば、何としてでも帰国させるべきだなのはいうまでもない。
ただわれわれは餓死はしないかもしれないが、自殺率が世界一ともいわれる国に住んでいることを忘れてはならない。

以   上

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